探偵の作法

水戸村肇

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路地に消えた犯人

路地での殺意

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 久能が『朝霧探偵事務所』で働き始めてから、一週間が経っていた。
 いくぶん仕事にも慣れ、久能は猫探し二件、人探し一件の依頼をこなしていた。
「架純くん、ちょっと持ってはくれまいか?」
「もう限界です」
 二人は両手に膨れ上がったスーパーのビニール袋を持ち、眩しい陽射しに照らされた歩道を進む。
「だから車でいこうっていったんだ」
「こんな天気のいい日は、歩いていきたくなるのが、人情ってもんじゃないですか。それにそんな風にいうんだったら、もっと強く止めてくださいよ」
 二人は全身に汗をにじませ、愚痴をこぼす。
「もう、秋はどこにいったんですか!」
 架純は木々でできた日陰に移動し、ビニール袋を地面に置いた。
「久能くん、休憩休憩!」
「おいおい。早く帰んないと、睦美さんに怒られるぜ」
 そういいながらも、久能も日陰に移動し汗を拭った。
 時刻は午後一時二十分。このペースでいけば、事務所まで二十分はかかりそうだ。
「自販機発見!」
 向かい側には、『金井かない商店』という看板の掲げられた寂れた店があり、その前に自動販売機が一台設置されていた。
「ちょっといってきます! 久能くん、なにか飲みますか?」
「じゃあ、炭酸系で」
「了解です! お金は後払いでけっこうですから!」
 架純はビシリと敬礼をし、自動販売機に向かい一目散に駆け出した。
 相変わらず元気だなぁ。小さくなる背中を、久能は目を細めて見守っている。
 札が自動販売機に呑み込まれ、一回、二回、三回、四回……、おい何本買うんだよ、と久能は心のなかで突っ込んだ。
 その思いが通じたのか、架純の動きがはたと止まる。
 そしてなにか気になることでもあったのか、壁に張り付くように移動して、『金井商店』近くにある路地の奥を覗き込んだ。
「どうしたんだい!」
 久能の問いかけに、架純は振り返る。口元で人差し指を立て、静かに、のジェスチャーをしている。
 なんだなんだ。久能は足元に置かれた荷物を気にしながらも、架純の方へと小走りで移動した。
「どうしたの?」
「シッ!」
 架純は無言で、路地の奥を指し示した。
 いったいどうしたっていうんだよ。久能は架純の後ろからそっと顔だけを出し、路地の奥を覗き込んだ。
 薄暗く、車一台通るのがやっとといった感じの細い路地。両サイドには壁があり、木造のアパートが見える。
 けれど、これといって変わったことはない。
 久能は路地を観察しながら、「なに?」とささやいた。
「聞こえたんです、声が」
「近所の人じゃない」
「違います。あれは、悲鳴でした」
「悲鳴?」
 架純の様子から、冗談をいっているとは思えない。聞き間違いでないのなら、この路地でなにかあったということになる。
「ちょっといってみる」
 久能は覚悟を決め、静かに路地に入った。「私もいきます」と、架純も続く。
「気をつけて」
「うん」
 無人の路地。両サイドの壁は、よじ登るのには難しい。隠れる場所もない。話し声はおろか、生活音すら聞こえない。
 突き当りで、路地は右に折れている。久能は顔だけを出し、奥を覗く。
 更に薄暗く、突き当りには電柱があり、そこにもたれ掛るようにして一人の男性の姿があった。
「あ!」
 架純が短い悲鳴を上げた。
「大丈夫ですか!」
 久能は一目散にそちらに向かい駆けだした。
 男性は三十代後半くらいだろうか。脇腹の辺りが血で染まり、そこにはナイフか突き立っていた。
 久能はしゃがみ込み、男性の顔を覗き込む。
「まだ息がある。架純ちゃん、救急車!」
「は、はい!」
 架純はポケットからスマートフォンを取り出して、すぐに119番に繋いだ。
「架純ちゃん、ここにいて」
「ど、どうしたんですか?」
「ちょっと見てくる」
 久能はそういうと、男性のいた場所から左に折れる路地を駆け足で進んだ。
 途中、隠れられるような場所はない。
 路地を抜けるとそこは歩道で、車道があり、その向こうは堤防となっている。
 路地の前ではちょうど道路工事をやっており、年配の交通誘導員の姿があった。
「すいません」
「ん? なんだい?」
「ここから、誰か出てきませんでしたか?」
 久能は路地の方を示す。
 交通誘導員は迷惑そうな顔でそちらを見て、「いんや、誰も出てこんかったぞ」といった。
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