探偵の作法

水戸村肇

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路地に消えた犯人

管理人の女性

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「依頼でしょうか?」
 久能は立ち上がり、ドアに向かう。その間にもう三度、ドアが叩かれる。
「はい、今開けます」
 久能がドアを開けると、「よう、むっちゃん」と赤茶色の髪の女性が現れた。
 くわえ煙草に、かすれた声。初めてこの事務所を訪ねた時に会った女性だ、そう久能は思い出す。
「ちぃーす、うららさん」
「お、しおりんもいるじゃん。それに君、ここで働くことになったんだ」
 女性は久能の顔に自分の顔を近づけて、「探偵って感じじゃないけどね」と笑う。
「あら、久能くんを知ってるの?」
「一度ね」
 女性は久能の背中をバンと叩く。
「はい。面接の日に」
「つっても、自己紹介がまだだったね。私はこのビルの管理人、四季島しきしまうららっつーものです。どうぞ、よろしく」
「あ、どうも、久能連三郎と申します」
 久能がお辞儀をすると、「固い、固い」と四季島は更に久能の背中をバンバン叩く。
「それで四季島さん、今日はどうしたんですか?」
 睦美の言葉に、「そうそう」と四季島はなにかを思い出し、廊下に消える。そして段ボール箱を抱え、戻ってきた。
「これ、うちの実家から送ってきたんだよ。つっても独り身にしては多くてさ、お裾分けに持ってきたってーわけ」
 段ボール箱の中には、ぎっしりとミカンが詰まっていた。
 架純は中を見ると、「うわー、こんなにいっぱい」と目を見開いた。
「いつもすいません」
「いいっていいって。で、どこに置く?」
「給湯室がいいかな」
「あ、それじゃ俺が」
 久能は四季島の抱えた段ボールに腕を伸ばす。
「お、すまんね」
 久能が段ボールを抱えた瞬間、「ぎぇっ」というカエルの鳴き声のような声。
「お、おもい」
 久能の足腰が、情けなく震えている。
「久能くん、私が持ってくよ」
「え、だ、大丈夫?」
「だいじょーぶですよ、このくらい」
 架純はその華奢きゃしゃな身体で軽々と段ボール箱を抱えると、給湯室へと入っていった。
「久能くん、もうちょっと身体を鍛えないと」
 睦美の容赦ない言葉に、「は、はい……」と久能は情けなく腰をさすった。
 四季島はゲラゲラと笑いながら、「そうだぞ、くーくん」とポケットからミカンを取り出し皮をむく。
「そういやむっちゃん、この近くで殺しがあったらしいぜ。ラジオでやってた」
 その言葉に、二人は黙る。
「区縫の連続殺人犯だって捕まってねーのに、物騒だよな」
 四季島はミカンを咀嚼そしゃくしながら、二人の変わった様子に気づいたようで、「ん、どうしたん?」と首を傾げた。
「それね、うちの子たちが関わってるのよ」
「マジ!?」
「マジなの。第一発見者ってやつ」
 四季島の好奇の視線が、久能の顔へと注がれる。
「見たの、死体?」
「俺たちが発見した時は、まだ生きていましたよ」
「犯人は?」
「見てないですよ」
「そうなの。消えちゃったのよ、犯人」
「どういうこと?」
 キョトンと二人を見る四季島に、久能は今日起きたことを手短に話して聞かせた。
「ってーと、自殺かもしれないってわけか」
「その可能性もあるけど、あんな場所で自殺する理由があるとも思えないのよね」
 睦美の言葉に、「だよな」と四季島も同意する。
「もし殺しだとすると、出入りできないところから、忽然こつぜんと犯人が姿を消した。それって密室殺人ってーの、それと似てない?」
 四季島は人差し指を立て、どうよ、と久能を見る。
「天井がないんで、密室ではないですけどね」
 久能は笑う。
 すると、「そうだわ」という架純の大声。
「ど、どうしたの?」
「そうよ、天井がないのよ。あ、うららさん、ほうじ茶です」
「サンキュー」
 四季島は湯飲みを受け取り、一口すする。そして「で、天井がないってーのは?」と尋ねた。
 架純は椅子に腰を下ろすと、興奮気味にミルクを煽る。そして両手を組みそこに顎を乗せ、「それはですね」と三人を見た。
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