探偵の作法

水戸村肇

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三ツ葉第一銀行現金強奪事件

G事案

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 今日も何事もなく終わるだろう。
 若手警備員は、険しい顔でハンドルを握りながらも、心のどこかではそんな風に高をくくっていた。
 助手席に座った先輩警備員も同じようで、頬杖を突き窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めていた。
 気持ちのいい快晴に、細く開けた窓から入り込む夏の匂い。
 現金輸送車は多額の紙幣を載せ、まっすぐに伸びた国道を快調に進んでゆく。
 この通行量ならば、目的地である三ツ葉第一銀行台場崎支店までは後四十分ほどで着く。
 後は事故らなければいい。若手警備員は欠伸あくびを噛み殺し、赤信号のためにゆっくりとブレーキを踏んでゆく。
 前方に止まった黒のRX‐7が、左折するためにウィンカーを出している。
 左には緑豊かな沿道があり、その奥には大学ほどの広さを誇る国立の科学研究所の近代的な建物が見える。
 左折するということは、RX‐7の運転手は研究所で働く人だろうか。二人の警備員は共に同じことを考えていた。
 研究所の反対側には広場があり、そこにはレトロチックな時計台がある。
 九時五十九分。そこから長針と短針が動き始め、その動きを止めた瞬間、周囲に轟音が響いた。
「な、なんだ!?」
 二人の警備員は周囲を見回す。広場にいた人々が、悲鳴を上げて身を寄せ合っている。
 研究所の入口にいた警備員が、慌てた様子で沿道に飛び出してきた。
 前方の信号は青に変わり、RX‐7は研究所の敷地へと入ってゆく。
「あ、あれ!」
 若手警備員が指差す前方数百メートル先、鬱蒼と生い茂る木々の向こうから黒煙が空に向かって伸びていた。
「あそこって、弐品薬品のあるところじゃないか?」
「そうかもしれないですね。なにか事故でもあったんですかね?」
 そういう二人の声は震えていた。
 それでも仕事中という意識があってか、若手警備員はゆっくりと現金輸送車を発進させる。
「爆発っぽいですね」
「かもな」
 先輩警備員はスマートフォンから伸びたイヤフォンを片耳にはめ、ラジオを聴き出した。
「まだ特にやってないな」
 徐々に黒煙との距離が近づいてゆく。
「こりゃ相当ひどそうだ。下手したら死人が出てるぞ」
 若手警備員は「そうですね」と、ハンドルを握りながら身を乗り出し、木々の向こうに目を凝らす。
 すると後方から、けたたましいサイレンの音が聞こえてきた。
「お、警察だ」
 若手警備員がサイドミラーを見ると、一台のパトカーがもの凄いスピードで迫ってくるのがわかった。
 そしてパトカーは現金輸送車の隣にくると、スピードを落とし並走を始める。
「なんだ?」
 パトカーの車内を見れば、助手席に座った制服警官が、ジェスチャーで止まれといっていた。
「どうしましょう?」
「いうことを聞くしかないだろ」
「ですよね」
 若手警備員はウィンカーを出し、現金輸送車を道路端に寄せて停車した。
 するとパトカーもその前方に止め、車内から二人の制服警官が無線機を手に現金輸送車へと近づいてくる。
 二人は事情が呑み込めないなか窓を開け、「なんですか?」と制服警官に話しかけた。
「すいません。BU警備保障の方ですね?」
 童顔な警官の言葉に、若手警備員は「そうですけど」と頷く。
 その背後で、長身の警官が無線機に向かい「明日原1から警視庁。対象を発見、どうぞ」と低い声でいう。
『対象を発見。警視庁、了解』
 ノイズ混じりに聞こえてくる男の声は抑制的だが、切迫しているのが伝わってくる。
「ど、どういうこと」
 若手警備員の言葉を遮り、「警視庁に三ツ葉第一銀行台場崎支店の爆破予告がありました」と長身の警官がいう。
「爆破予告!?」
「現在、他にも数件の爆破予告が出されています。その一つが弐品薬品の化学薬品工場です」
 すると無線機から、『警視庁から明日原1』とノイズ混じりに聞こえてくる。
「明日原1です、どうぞ」
『台場崎支店、不審物件を発見できず、どうぞ』
「明日原1、了解。こちら輸送車の捜索に入る、どうぞ」
『警視庁、了解』
 長身の男はそういうと、「これに爆弾が仕掛けられている可能性があります。捜査の協力を願います」と二人の警備員に鋭い視線を送った。
 それを聞き、若手の警備員は困ったように先輩警備員へと視線を送る。
 先輩警備員は逡巡しゅんじゅんしながらも首を縦に振り、「本部に連絡する」といい車外に出た。
「そしたら車をこちらに移動させてください」
 童顔の警官が、道路脇にある空き地を指さす。
 若手警備員は緊張した面持ちで頷くと、誘導に従い現金輸送車を空き地に移す。
「これでいいでしょうか?」
「はい、助かります」
 若手警備員は車外に出ると、先輩警備員の姿を探す。けれど長身の警官と共に、その姿はどこにもない。
『警視庁から各局。見土口みどぐち郵便局において不審物件を発見。なほ本事案はG事案等に発展……』
 童顔の警官はそれを聞きながら、現金輸送車の周囲を見て回る。
「本当に、爆弾なんてあるんでしょうか……?」
「行内に見つからなかったとなると、あるとすればここくらいなんですよ」
 童顔の警官は懐中電灯を取り出すと、地面に這いつくばり現金輸送車の下を照らす。
「あの……、爆弾が見つかったら……」
「すぐに処理班を呼びます」
 そうはいうが、もし爆弾があったとして、この瞬間に爆発してしまったら、自分たちはひとまりもないだろう。
 早くこの場から逃げ出したい。よくそんな軽装で狼狽うろたえもせずにいられるな。暑さと蝉の鳴き声に意識が溶けそうだ。
 若手警備員は額や首筋に浮かぶ汗を拭いながら、童顔の警官の後ろ姿を眺めることしかできない。
「会社の許可が取れた。どうだ、あったか?」
 長身の警官が小走りでやってきて、地面に這いつくばる童顔の警官に尋ねた。
「いえ、ありません。あるとしたら、おそらくなかでしょうね」
 童顔の警官は服についた砂を叩きながら、茫然と立ち尽くす若手警備員を見た。
「すいませんが、車のなかを見せていただきたいのでドアを開けてください」
「な、なかですか?」
 若手警備員は周囲を見回し、先輩警備員の姿を探す。けれど未だに見つからない。
「う、上の者に聞いて……」
 若手警備員の言葉を、長身の警官の「時間がないんです」という声が遮る。
「会社の許可はもらいました。早く、ドアをあけてください」
 長身の警官が、若手警備員へと一歩近づく。
 その隣に童顔の警官が並び、「なにか隠し立てすることでもあるんですか?」という。
「い、いえ、そういうわけじゃ……」
「でしたら、こちらもそれなりの対応をとらざるを得なくなりますが」
 警官たちの静かだが、威圧的な声。
 若手警備員は生唾を呑み込み、「わ、わかりました」と震える声を絞り出す。
 そして現金輸送車に近づくと、鍵を取り出し後方にある扉を開けた。するともう一枚の扉が現れる。
 それも開けると、なかにはグレーのケースが綺麗に並べて置かれていた。
 長身の警官が、目線で童顔の警官に合図を送る。
「それじゃあ、確認させてもらいますね」
 童顔の警官はそういうと、車内へと足を踏み入れた。そしてケースの向こう側を調べ出す。
 その光景を、若手警備員はただ見つめることしかできない。そしてその光景が、若手警備員が意識を失う前に見た最後のものとなった。
「こちらは完了した。予定通りTに向かう」
 長身の警官は、地面に横たわる若手警備員を見下ろしながら、無線機に向かいそういった。
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