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三ツ葉第一銀行現金強奪事件
警視庁から各局
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その日の葛井署刑事課は、目立った事件もなくいたって平和に始まった。
葛井署に勤務する安楽城聖夜は、デスクでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
『地荻衆議院議員事務所爆破事件から今日で七年。犯人は未だ捕まらず』
被害者は当時若手のホープと期待された地荻嘉津治衆議院議員に秘書一人、事務員二人。
事件前日には犯行予告ともとれる文書が各マスメディア、ネット上に拡散されていた。
当時、犯行予告がありながらも防ぐことができなかった警察の失態を責めるメディア、世論の声が嵐の如く巻き起こった。
警察庁、警視庁の幹部などは、毎日のように国会議員に呼び出され、事情を聴くという名目の叱責を受け続けた。
それが七年も経てばこんなにも小さな記事となり、世間では話にすら上らない。安楽城はなんともいえない気分となった。
「今日で七年ですか」
その暗い声に、安楽城はハッと振り返る。
一応ボブカットなのだろうが、その前髪は両目を隠し、その下にはチラチラとのぞく黒縁眼鏡。それにパンツスーツに黒のレインブーツ。
「なんだ、南海くんか。驚かさないでくれよ」
背後に立っていたのは、安楽城の後輩である南海心だった。
「そんなに驚くことないじゃないですか」
南海の肩が、微かに下がる。
「あ、いや、ごめんごめん。急に声かけられたから」
自分も刑事らしいと思ったことはないが、南海は格別に刑事らしくない。
それでも葛井署の数少ない女性刑事、それも署内最年少で刑事となった、であることには違いない。
いったいどういう経緯で、どういった動機で南海は刑事となったのだろう。安楽城は南海を見るたびに不思議に思う。
「手詰まりって感じですかね」
その言葉に安楽城はハッと我に返り、「爆破事件のこと?」と南海に尋ねる。
「そうですよ。安楽城先輩、ちゃんと話を聞いててください」
「いや、聞いてた聞いてた。橋寺署も大変だろうな」
南海は慌てる安楽城の顔をじっと見つめ、「怪しいです」と呟きながら、安楽城の隣の席に腰を下ろした。
「思想犯という話もありますが、その辺りはどうなのでしょう?」
「まあ、当時のことはわからんが、間違いなく公安は動いてただろうし、今も動いてるだろうな」
同じ組織に属しながらも、その活動がこちらに伝わってくることはほとんどない。
そのため組織内の様々なところで対立があると聞くし、その弊害が表立って問題となったこともある。
「ですけど、未だ犯人逮捕には至らず、捜査規模も縮小されてしまった」
迷宮入り。そんなことを囁く人々もいる。
「安楽城先輩は、まだ学生の頃ですよね?」
「そう。だから当時の内部事情なんかは、先輩に軽く聞いた程度しか知らないよ」
「捜査資料とか読めないかな……。橋寺署、もしくは本庁にいけばあるだろうけど……」
南海は貧乏ゆすりをしながら、顎を撫でる。その前髪に隠れた鋭い眼光は、誰にも見られたことはない。
「おいおい、新米刑事」
安楽城は手にした新聞紙を丸め、「捜査は趣味じゃないんだぞ」と南海の頭をポンと叩いた。
南海は頭を両手で押さえ、ジッと安楽城の方を見て、「パ……、パワハラ」と唇を尖らせる。
「な、これがパワハラ!?」
その言葉は思いのほかに刺さったようで、安楽城の動きがピタリと止まる。
その隣で南海はくすりと微笑んで、安楽城には聞こえないほどの声で「冗談」と呟いた。
『警視庁から各局、警視庁から各局』
平穏を切り裂く音声に、刑事課にいるすべての人間が顔を上げる。
『明日原市矢地場一丁目三番地、弐品薬品化学工場で爆破事件発生。繰り返す、明日原市矢地場一丁目三番地、弐品薬品化学工場で爆破事件発生』
葛井署に勤務する安楽城聖夜は、デスクでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
『地荻衆議院議員事務所爆破事件から今日で七年。犯人は未だ捕まらず』
被害者は当時若手のホープと期待された地荻嘉津治衆議院議員に秘書一人、事務員二人。
事件前日には犯行予告ともとれる文書が各マスメディア、ネット上に拡散されていた。
当時、犯行予告がありながらも防ぐことができなかった警察の失態を責めるメディア、世論の声が嵐の如く巻き起こった。
警察庁、警視庁の幹部などは、毎日のように国会議員に呼び出され、事情を聴くという名目の叱責を受け続けた。
それが七年も経てばこんなにも小さな記事となり、世間では話にすら上らない。安楽城はなんともいえない気分となった。
「今日で七年ですか」
その暗い声に、安楽城はハッと振り返る。
一応ボブカットなのだろうが、その前髪は両目を隠し、その下にはチラチラとのぞく黒縁眼鏡。それにパンツスーツに黒のレインブーツ。
「なんだ、南海くんか。驚かさないでくれよ」
背後に立っていたのは、安楽城の後輩である南海心だった。
「そんなに驚くことないじゃないですか」
南海の肩が、微かに下がる。
「あ、いや、ごめんごめん。急に声かけられたから」
自分も刑事らしいと思ったことはないが、南海は格別に刑事らしくない。
それでも葛井署の数少ない女性刑事、それも署内最年少で刑事となった、であることには違いない。
いったいどういう経緯で、どういった動機で南海は刑事となったのだろう。安楽城は南海を見るたびに不思議に思う。
「手詰まりって感じですかね」
その言葉に安楽城はハッと我に返り、「爆破事件のこと?」と南海に尋ねる。
「そうですよ。安楽城先輩、ちゃんと話を聞いててください」
「いや、聞いてた聞いてた。橋寺署も大変だろうな」
南海は慌てる安楽城の顔をじっと見つめ、「怪しいです」と呟きながら、安楽城の隣の席に腰を下ろした。
「思想犯という話もありますが、その辺りはどうなのでしょう?」
「まあ、当時のことはわからんが、間違いなく公安は動いてただろうし、今も動いてるだろうな」
同じ組織に属しながらも、その活動がこちらに伝わってくることはほとんどない。
そのため組織内の様々なところで対立があると聞くし、その弊害が表立って問題となったこともある。
「ですけど、未だ犯人逮捕には至らず、捜査規模も縮小されてしまった」
迷宮入り。そんなことを囁く人々もいる。
「安楽城先輩は、まだ学生の頃ですよね?」
「そう。だから当時の内部事情なんかは、先輩に軽く聞いた程度しか知らないよ」
「捜査資料とか読めないかな……。橋寺署、もしくは本庁にいけばあるだろうけど……」
南海は貧乏ゆすりをしながら、顎を撫でる。その前髪に隠れた鋭い眼光は、誰にも見られたことはない。
「おいおい、新米刑事」
安楽城は手にした新聞紙を丸め、「捜査は趣味じゃないんだぞ」と南海の頭をポンと叩いた。
南海は頭を両手で押さえ、ジッと安楽城の方を見て、「パ……、パワハラ」と唇を尖らせる。
「な、これがパワハラ!?」
その言葉は思いのほかに刺さったようで、安楽城の動きがピタリと止まる。
その隣で南海はくすりと微笑んで、安楽城には聞こえないほどの声で「冗談」と呟いた。
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