探偵の作法

水戸村肇

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trace and theorize

危険な彼女

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 依頼人の名前は、朱鷺田ときたあかね。年齢は十九歳。青蘭せいらん女学院法学部法律学科所属。
 恋人の名前は、久々利くくりはかり。年齢は二十三歳。秀和しゅうわ理科大学大学院理学研究科物理学専攻、筒井研究室所属。
 二人とも頭がいいんだな。久能はそんなことを思いながら、依頼人から聞いた話を頭のなかで繰り返す。
「それで、その久々利くんが浮気をしてると……」
「そうです!」
「なるほど。その根拠は、最近連絡が取れないから……、と」
「はい! 前からそんなことはよくあったんです!」
「で、でも、それだけで浮気と決めつけるのは」
 バン、と朱鷺田が机を叩く音に、ひっ、と久能は仰け反った。
「証拠ならあります! びんくん、電話してたんです……」
 朱鷺田はそういうと、唇を噛んで俯いた。
 参ったな。久能は頬を掻きながら、「えっと……、誰とですか?」と尋ねた。
「女です。確かに、女の人の声が聞こえました……」
「いや、バイトとか大学のれんら」
「すぐに私から逃げたんです! ヤバいって顔で、そそくさと逃げやがったんです」
 朱鷺田は太ももの上で握り拳をふるふる震わせ、「殺してやる」と呟いた。
 こ、殺す!? ちょ、ちょっと待っておくれよ茜さん。君は法律を勉強しているんだろ? そんな簡単に法を犯す発言はやめておくれよ。
「こ、殺すはよくないと」
「大丈夫です。女も殺して、私も死にます」
 いや、なにも大丈夫じゃないだろ。
「そ、そういわれると、その……、依頼を受けることはできないんですよ」
「なぜですか?」
 朱鷺田はキョトンと首を傾げた。訳が分からない、そう顔に書いてある。
 おい、なんだそのとぼけた顔は。殺すとかいってる奴に、わざわざ獲物を差し出す馬鹿がいるか。
「あ、いや、もしもですよ、もしも朱鷺田さんが久々利さんを殺してしまったら、うちも色々とヤバいんですよ」
 久能は少し間を空けて、「あ、いえ、その、朱鷺田さんがそんなことをするなんて、これっぽっちも思ってはいませんけどね」と早口で続けた。
 それで納得いったのか、朱鷺田はちょっと考えて、「はい、わかりました。殺しはしません」と真面目な顔で頷いた。
 殺しはしません。これはどう受け取ったらいいのだろう。久能は悩みながらも、「そう願います」と頭を下げた。
「それで、久々利さんとはまだ連絡が取れない状況で?」
「電源が入っていないみたいです」
「その……、女の人の声がしたっていってましたが、そのことでモメたとかいうのは?」
「いえ、特には」
「そうですか」
 特にモメてはいないのか。なら、行方をくらますまでも、いや、この関係に嫌気がさしたということも……
「はい、包丁を突き付けたくらいで」
「ホ、ホウチョウ!?」
「はい、本当にそれくらいで……」
 行方をくらますには十分すぎる理由じゃないか。茜さん、あなたのモメるのハードルは高すぎる。
「あ、じゃあ、久々利さんがいきそうなところに思い当たるところはありますか?」
「思い当たるところは全部いきました」
「アパートとか、大学とか?」
「はい。岩手にある秤くんの実家にもいきました」
「あ、左様で……」
 こ、怖いよ、睦月さん。俺じゃどうにもできないよ。事務所に迷惑がかかっちゃうよ。久能は天に向かい祈りを捧ぐ。
「その、お相手の女性の方には?」
「沢山あります」
「それは、具体的にお聞きしてもよろしいですか?」
「ええ、かまいません」
 朱鷺田は疑いのある女性の名前をすらすらと上げてゆく。
 久々利と同じ研究室の人、バイト先の人、アパートの隣人、同じ電車に乗る人、道すがら挨拶を交わす人、etc……。
 朱鷺田の口は止まらない。
 どうしてフルネームで知ってんだよ。皆、そんなに久々利くんを見てないよ。
 久能は更に顔を青くして、アハハ……、と引き攣った笑みを浮かべてそれを聞く。
「一応、特Aまでで疑い濃厚なのはこの辺ですね」
 朱鷺田は「以上です」と唇を真一文字に結んだ。
「な、なるほど」
「後は、探偵さんにお願いしたいと思います」
「あ、あの、もしも、もしもですよ、もしも受けないといたっらですよ……」
 最後のチャンスだ。断るならここしかない。
「私、探偵さんを傷つけたくはありません」
 困ったように、それでいてどこか気恥ずかしそうに朱鷺田はいった。
 久々利くん、君は正しい行動をとっているのかもしれないな。できれば、僕も君を助けたいと思うのだが。
「了解しました」
 Yes,my lord.
 久能は驚くほどに、清々しい顔をしていた。
 朱鷺田は無垢な笑顔で、「ありがとうございます!」とペコリと頭を下げた。
 うん、そうだ、これでいい。後は祈りを捧げ続けよう。久々利くん、君の元へは辿り着かせない。犠牲者は僕一人で十分だ。
 久能はまだ見ぬ久々利という青年に妙な親近感を抱きながら、そう強く誓ったのだった。
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