探偵の作法

水戸村肇

文字の大きさ
36 / 41
trace and theorize

危険な彼女

しおりを挟む
 依頼人の名前は、朱鷺田ときたあかね。年齢は十九歳。青蘭せいらん女学院法学部法律学科所属。
 恋人の名前は、久々利くくりはかり。年齢は二十三歳。秀和しゅうわ理科大学大学院理学研究科物理学専攻、筒井研究室所属。
 二人とも頭がいいんだな。久能はそんなことを思いながら、依頼人から聞いた話を頭のなかで繰り返す。
「それで、その久々利くんが浮気をしてると……」
「そうです!」
「なるほど。その根拠は、最近連絡が取れないから……、と」
「はい! 前からそんなことはよくあったんです!」
「で、でも、それだけで浮気と決めつけるのは」
 バン、と朱鷺田が机を叩く音に、ひっ、と久能は仰け反った。
「証拠ならあります! びんくん、電話してたんです……」
 朱鷺田はそういうと、唇を噛んで俯いた。
 参ったな。久能は頬を掻きながら、「えっと……、誰とですか?」と尋ねた。
「女です。確かに、女の人の声が聞こえました……」
「いや、バイトとか大学のれんら」
「すぐに私から逃げたんです! ヤバいって顔で、そそくさと逃げやがったんです」
 朱鷺田は太ももの上で握り拳をふるふる震わせ、「殺してやる」と呟いた。
 こ、殺す!? ちょ、ちょっと待っておくれよ茜さん。君は法律を勉強しているんだろ? そんな簡単に法を犯す発言はやめておくれよ。
「こ、殺すはよくないと」
「大丈夫です。女も殺して、私も死にます」
 いや、なにも大丈夫じゃないだろ。
「そ、そういわれると、その……、依頼を受けることはできないんですよ」
「なぜですか?」
 朱鷺田はキョトンと首を傾げた。訳が分からない、そう顔に書いてある。
 おい、なんだそのとぼけた顔は。殺すとかいってる奴に、わざわざ獲物を差し出す馬鹿がいるか。
「あ、いや、もしもですよ、もしも朱鷺田さんが久々利さんを殺してしまったら、うちも色々とヤバいんですよ」
 久能は少し間を空けて、「あ、いえ、その、朱鷺田さんがそんなことをするなんて、これっぽっちも思ってはいませんけどね」と早口で続けた。
 それで納得いったのか、朱鷺田はちょっと考えて、「はい、わかりました。殺しはしません」と真面目な顔で頷いた。
 殺しはしません。これはどう受け取ったらいいのだろう。久能は悩みながらも、「そう願います」と頭を下げた。
「それで、久々利さんとはまだ連絡が取れない状況で?」
「電源が入っていないみたいです」
「その……、女の人の声がしたっていってましたが、そのことでモメたとかいうのは?」
「いえ、特には」
「そうですか」
 特にモメてはいないのか。なら、行方をくらますまでも、いや、この関係に嫌気がさしたということも……
「はい、包丁を突き付けたくらいで」
「ホ、ホウチョウ!?」
「はい、本当にそれくらいで……」
 行方をくらますには十分すぎる理由じゃないか。茜さん、あなたのモメるのハードルは高すぎる。
「あ、じゃあ、久々利さんがいきそうなところに思い当たるところはありますか?」
「思い当たるところは全部いきました」
「アパートとか、大学とか?」
「はい。岩手にある秤くんの実家にもいきました」
「あ、左様で……」
 こ、怖いよ、睦月さん。俺じゃどうにもできないよ。事務所に迷惑がかかっちゃうよ。久能は天に向かい祈りを捧ぐ。
「その、お相手の女性の方には?」
「沢山あります」
「それは、具体的にお聞きしてもよろしいですか?」
「ええ、かまいません」
 朱鷺田は疑いのある女性の名前をすらすらと上げてゆく。
 久々利と同じ研究室の人、バイト先の人、アパートの隣人、同じ電車に乗る人、道すがら挨拶を交わす人、etc……。
 朱鷺田の口は止まらない。
 どうしてフルネームで知ってんだよ。皆、そんなに久々利くんを見てないよ。
 久能は更に顔を青くして、アハハ……、と引き攣った笑みを浮かべてそれを聞く。
「一応、特Aまでで疑い濃厚なのはこの辺ですね」
 朱鷺田は「以上です」と唇を真一文字に結んだ。
「な、なるほど」
「後は、探偵さんにお願いしたいと思います」
「あ、あの、もしも、もしもですよ、もしも受けないといたっらですよ……」
 最後のチャンスだ。断るならここしかない。
「私、探偵さんを傷つけたくはありません」
 困ったように、それでいてどこか気恥ずかしそうに朱鷺田はいった。
 久々利くん、君は正しい行動をとっているのかもしれないな。できれば、僕も君を助けたいと思うのだが。
「了解しました」
 Yes,my lord.
 久能は驚くほどに、清々しい顔をしていた。
 朱鷺田は無垢な笑顔で、「ありがとうございます!」とペコリと頭を下げた。
 うん、そうだ、これでいい。後は祈りを捧げ続けよう。久々利くん、君の元へは辿り着かせない。犠牲者は僕一人で十分だ。
 久能はまだ見ぬ久々利という青年に妙な親近感を抱きながら、そう強く誓ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...