血染めの世界に花は咲くか

巳水

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10話:冒険者の調査とフィリアの決意

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 冒険者の一団が来て五日が経った。彼らは未だ村に滞在して、日夜森へ入っている。
 領主様からの依頼で何かしらの調査をしているのは知っているが、具体的なことは何もわからないため、村の人たちの間にもかすかに不安の色が漂い始めていた。
 こうなるとさすがの俺も無関係な顔はできないもので、少しばかり調べてみることにした。

「というわけで、あいつらが何やっているか教えてくれ」

「珍しくあんたから呼び止めたと思ったら、そういうことだったのね」

 真剣な顔だったからちょっと緊張したじゃない……と、フィリアがどこか不満げに言葉を漏らした。
 領主様からの依頼だということはわかっているのだから、領主様の関係者で一番口が軽そうなフィリアに尋ねてみたのだ。

「残念だけど、私も詳しいことは知らないの。一度お父様に聞いてみたことがあるけど、話してくれなかったわ。お兄様は何か知っているみたいだったけど、そっちもダメね。あの二人の表情を見ると、今回は結構深刻みたい」

「そんなにか……村の人に伝わるとまずいことが起きたと見えるな」

 冒険者の一団は最初の三日は村の酒場に宿泊していたが、四日目からは領主の館へ移り昼間だけでなく夜間にも動くようになってきた。今日も入念に装備を整えて出かけて行った。

「わざわざ領主様が冒険者のために客室を開けるとはな……あの警戒具合から考えると、厄介な魔物でも出たか? ……そういえばあいつらが来たのは、盗賊団の捜査隊が帰ってきて間もない頃だったな」
 
 まさか俺の後処理が杜撰だったから怪しまれたか。やっぱり夜狩熊ハンターベアの血が残っていなかったのがまずかったかな。
 そこからしばらく沈黙が続いた。俺もフィリアも互いに思案していたが故に起こった静けさだが、それを先に破ったのはフィリアだった。

「……ねえアゼル。今日あんた暇よね。今度食事を奢ってあげるから遊びに付き合いなさい」

「なんか嫌な予感するな……暇じゃないと言ったら?」

 俺の言葉に対しフィリアはやんちゃな笑みを浮かべた。この見慣れた笑顔は、なにか悪だくみを考えている顔だ。そしてこういう時は、俺に拒否権がない。

「今日のあんたは暇! 私は先に行って待ってるから、いったん家に帰って準備を整えてから来てね」

 そう言うと彼女は走り出す。

「あ、おい!」

「それじゃあ、「あくびの大木」でね!」

 俺の制止を無視して遠くへと行った彼女の背中を見ながら、俺は思わず額に手を当てて深く溜息を吐いた。
 こうなっては仕方がない。あいつをひとりにするのは不安だし、準備を整えて急いであいつを追いかけなければ。

 俺は家に戻り、森へ入るための装備を身に着けていく。今回も血で染めた布「血染布けっせんふ」と、汚れていない清潔な布を何枚か持っていく。

 血染布に用いた布の種類は、包帯を染めたものを三つと、タオルを染めたものを一枚、それから投げ物が必要になる可能性も見越して狩りで使った細い布を持っていく。
 清潔な布は、普通に体を清める目的と、手数が足りなくなった時のための予備だ。

 狩りに行くわけではないため弓は持って行かず、代わりに剣を腰に装備する。剣自体は何も細工をしていない、いたって普通の物だ。
 細工をしているのは鞘の方で、表面が赤黒く染まっている。動物の血を塗って乾かすのを繰り返した物で、剣では対応できないときは刀身を納めて鞘ごと振り回して戦う。
 血の臭いを消すのにかなり苦労したが、人前で身に着けても騙せる出来栄えになっている。
 抜き身よりも鞘で殴る方が殺傷力が上がるのだから、我ながら不思議なものだ。

「ローブの方は……さすがに置いていくか」

 最後に全体の装備を確認した後、急いでフィリアが待つ場所へ向かう。
 村を出る前に、念のため詰所へ寄って外出の連絡をする。珍しく詰所の人が悩んだ様子を見せたが、軽い注意喚起をされただけで問題なく手続きが済んだ。

「最近妙な魔物が出たみたいだから、長く滞在せずに帰って来いよ」

「ありがとう。気を付けるよ」

 お礼を言って、その場を離れた。
 妙な魔物、ね。冒険者が調査しているのはそれか。

 そうして走っているうちに俺は森の中へ入り、一本の大きな樫の下へ辿り着いた。その樫の下には大きなうろが空いており、まるであくびをしているような見た目から「あくびの大木」と呼んでいる。
 村からそう離れておらず、また森の入口より少し奥にあるこの大木は、フィリアが見つけた秘密の場所で、俺の他にも何人かの友人がこの場所を知っている。

 子どもの頃フィリアに引っ張られては、同じように大人の目をかいくぐってきた他の子どもたちと遊んでいたなあ。
 そんな懐かしい気持ちを抱きながら、子どもの頃よりも狭く感じるようになったうろを覗き込むと、そこにフィリアはいた。

「あ、来たわね。待ちくたびれたわ」

「お前のために入念に準備してたんだ、文句言うな。それよりもそんな服で大丈夫か?」

 フィリアはメイドや館の警備兵の目をかいくぐる天才だが、それでも家を抜け出せるかは時の運である。
 当然のことながら家ではお嬢様然とした格好をしなければならない。

 抜け出す、ということからわかる通り今の彼女の服装は、貴族らしい上品な仕立てのワンピース型のドレスだ。
 スカートの裾にスリットが入っており靴は編み上げのブーツと、動き回るのに適した細工はしてあるが、森に入る服装として適しているとはお世辞にも言えない。

「本当はもう少し丈の短い服を着たいんだけど、この歳になってくると皆がうるさくてね」

「それは……普通じゃないか? 子どもなら大目に見てもらえたとしても、さすがにその歳で素足を見せるのは、貴族の子としてはしたないんじゃ……」

「でも館に泊っている冒険者の女の子は丈の短い革のズボンを履いているわよ。脚もがっつり出して」

「冒険者とお嬢様を一緒に考えちゃダメだろ、いろいろと。わかったわかった、服の話はここまでにしよう――それで、俺を森に誘っていったい何しに来たんだ?」

 これ以上服装の話をすると気まずくなると思い、話を切り替えた。
 思えばフィリアが森に行くと言い出したのは、冒険者の話をした後だった。話の前後の関係と彼女の性格を鑑みるに――

「私たちも調査するわよ!」

「よし帰るぞ」

 彼女を捕まえようとしたがひょいと避けられる。そんなことだろうと思いすぐさま腕を伸ばしたが、互いに付き合いが長い身だ。彼女も俺が捕獲しにかかることを読んでいた。

「まあまあ聞きなさいよ。ただ彼らの後をこっそり付いて行くだけよ。そうすれば彼らが何を調べているかわかるし、何かあっても彼らに助けてもらえる」

「なおさら悪いわ! 冒険者の仕事の邪魔をすんじゃねえ!」

「見つからなければ大丈夫だって。見つかって後からお父様にお叱りを受けるのは、私だって嫌だもの……だから一番ベストなのは彼らに見つからないこと。そして彼らが何を調べているのかを知ることよ。アゼルも私もこの森には何度も来て遊んでいるんだから、森にどんな魔物がいるかくらいわかっているわ」

「それはそうかもしれないが、お前自身は戦えないだろうが。木陰狼シェイドファング小悪鬼ゴブリンに囲まれたら守り切れないぞ?」

小悪鬼ゴブリンなんてこの森にはいないでしょ?」

「元の縄張りから離れて他所から流れてくる可能性が高いのも小悪鬼ゴブリンだろ? そもそもの話、冒険者がここより更に奥――それこそ村の大人に近づくなって言われている場所まで進むかもしれないだろうが」

「あら、それってとっても素敵ね――危なっ⁉ 捕まえようったってそうはいかないわ! それに私に戦う力がないと思っていたら大間違いよ! 去年から魔術学院に入学して、大して面白くもない授業を一年間受けたおかげで、中級の魔術を使えるようになったんだから! 魔物が来たって問題ないわ!」

 俺の手を躱しながらフィリアは自慢げにそんなことを言う。
 む、中級の魔術か。それが本当ならなかなか侮れない。
 フィリアの魔術適正は攻撃力の高い火属性だったから、EからDランクの魔物なら対応できそうだし、場合によってはCランクが相手でも通用する。
 しかし実践はお行儀の良い学院の授業とはとは違う。油断が大きな怪我に繋がるのだから、フィリアの言葉を鵜呑みにするのはやはり危険だ。

「……わかったわ。言うことを聞かないというのなら、私にも考えがあるわ」

 俺の葛藤を察知してか、フィリアは覚悟を決めた表情で俺を睨みつけた。

「何するつもりだ?」

 その気迫に俺は思わず身構えた。逃走を図ればすぐに取り押さえられるようにする。
 だがフィリアはその場で膝を曲げて、しゃがみ込む姿勢をとった。
 む? てっきり逃げ出すかと思っていたのだが、これはいったいどういう体勢なんだ?

「やだやだやだやだ! 行きたい行きたい行きたい行きたい!」

「うっそだろお前⁉」

 コイツ仰向けになって駄々こねやがった! 信じらんねえ、コイツ貴族として――いや、人としての尊厳というものがないのか⁉

「お、お前、仮にも貴族のお嬢様だろうが⁉ 村の娘ですらそんなことはできないぞ⁉」

「連れてって連れてって連れてって! 一緒に行ってくれなきゃいやーだー!」

「わかった! わかったってば! 頼むから止めてくれ‼」

 俺がそう言うと、フィリアは先ほどまでの醜態をなかったことにするが如く、平然とした態度で立ち上がった。しかも謎に勝ち誇ってた表情をして。
 ……あ、でも少し頬が紅くなっている。地べたに転がって駄々をこねるまでの行動は早かったが、やはり恥ずかしかったのか。

 まったく、ドレスで地面を転がりやがって……捲れるような暴れ方ではなかったが、目のやり場には困った。いろんな意味で目も当てられない光景だったな。

「さあ、そうと決まればさっそく行動よついて来なさい!」

「はあぁーー……もう好きにしてくれ」

 今日一番の深い溜息を吐きながら、まだ日も高いというのに俺は非常に疲れた足取りで、彼女の後ろをついてくのだった。
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