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~復讐の夜~
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江戸時代には法的に仇討ちが認められていたが、何故それが現代にまで引き継がれなかったのだろう。確かに現代の司法制度であれば、それに見合った量刑を受けることになる。が、人を殺した犯罪者を、何故殺してはいけないだろう。更正する可能性があるから、未成年には死刑を適用しない?更正するかどうか分からない人物に対して、そのような温情は必要なのだろうか。実際のところ、私は姉を殺されたじゃないか。
五十嵐香奈は今年で二十九歳になる。彼女は常日頃からそのような事ばかり考えていた。あの事件から十年が経つにも関わらず。
香奈がある噂を聞きつけたのは二ヶ月ほど前のことだった。「奇跡が起こるバーって知ってる?」。そんな友人の日常会話の一部分を香奈は聞き逃さなかった。噂では、そのバーの場所は不明だが、そこに辿り着くことが出来れば、内容は分からないがとにかく奇跡が起こるらしい。「もしかすれば、客の願いを叶えてくれるバーなのかもしれない」。勝手な想像を一人で膨らませた。その話を聞いてから、香奈がバーについての情報をインターネットで調べ始めたのは言うまでもない。
ほどなくして、小さいながらもきっかけがつかめた。インターネットのある雑談掲示板での書き込みだった。「不思議なバーがある。そこに行くと自分の会いたい人と夢で会えるらしい」。一連の流れから見ると、何気ない書き込みの一つだったが、香奈にとっては興味深い一言だった。
リンクされているフリーメールのアドレスに、香奈はメールを送った。「そのバーについて教えてください」と。すると一つの電話番号だけが書かれた返信が届いた。人間らしい文章は一つもなく。ただ漠然と番号の羅列のみが書かれている。「もしかしたら、これは何かの詐欺かもしれない」。そのような不安が多少なりともあったものの、香奈は「せっかく掴んだ手がかりだ。当たらなくてどうする」と思い切って電話を掛けた。
「はい、真樹ですが」
聞こえてきたのは低い男性の声。だが、威圧感はなく、むしろ優しげな口調だった。
「あのー、すいません。インターネットでこの電話番号を知りまして。突然掛けて申し訳ないです。実は私は…あるバーを探しておりまして」
香奈は警戒しながらそう訊くと、電話口の男は予想外にあっけらかんと「お待ちしておりました」という。
怪しい。電話が掛かってくるのを待っていたというスタンスがすでに、かなり怪しい。
「あの、待っていたというのは?」
男は慌てて否定する。
「あ、ああ、怪しまないでください。五十嵐香奈さんですね?そして、貴方は噂を聞きつけて、奇跡の起こるバーを探していらっしゃる」
香奈は、背筋の凍る思いがした。何故、私がそのバーを探していることを、そして私の名前も知っているのか。反射的に電話を切ろうとした香奈だったが、真樹は携帯電話を通して、大きな声で呼んだ。
「五十嵐様、お待ちください。ああ、説明不足でした。申し訳ありません」
香奈はもう一度携帯電話を耳に当てる。真樹という男は必死に弁解を始めた。
「あなたが探しているバーとは私の店のことです。ただ、奇跡が起こるというのはちょっと言い過ぎかと。案外、普通の店なんですがね」
「どういうことですか?」
香奈の声を聞いて男はようやく落ち着きを取り戻したのか「良かった」と一言漏らし、続けた。
「とにかく、うちの店に来てもらえませんか?詳しいことはそちらでお話ししますので」
普通の店?奇跡が起こるわけではないのか?
「あ、今、普通の店なのかって、ちょっとがっかりしましたね?」
香奈は驚いて、それを否定する。
「いや、そんなことは、そんなことは思ってません」
何故、こちらの考えていることが分かったのだろう。それとも、ただ当てずっぽうに言っただけなのだろうか。でも、今はこの男が言うように、そのバーに行かなければ、奇跡のバーへの手がかりはまたなくなってしまう。香奈は真樹という男に住所を聞き、翌日の午後七時に行くと約束した。男は「お待ちしております」とだけ言って電話を切った。
真樹という男は一体何者なのだろうか。そして、奇跡が起きるバーは本当にあるのだろうか。そんな疑問を抱きながら、香奈は次の日を待つことにした。
大晦日。テレビでは年末特番というバラエティー番組が朝からずっと放送されている。ただ、そんなテレビを見ていても、心は笑えない。香奈の抱いている闇は、周囲が思っているよりもずっと深かった。「くだらない」と吐き捨ててテレビの電源をオフにして、荒々しくリモコンを置く。午後六時半。真樹から聞いた住所は香奈の住んでいるアパートからそれほど遠くはない。歩いて十五分くらいで着くだろう。香奈は黒のワンピースに袖を通し、上には真っ白なコートを羽織ってアパートを出た。
アパートから程なくして通りかかった商店街も、この日は閑散としていた。近年では年末でなくても店舗が次々と閉店し、「昭和時代の賑やかさはなくなってしまった」と通り沿いの薬局のおばあちゃんが呟いていたのを、香奈は思い出した。そのアーケード街を香奈はまっすぐ前を向いて、ゆっくりと、だが力強い歩調で突っ切っていく。商店街を抜けるまで、結局は誰とも会わなかった。もし、誰かと会っていたなら、私の考え、これからしようとしていることが、変わっていただろうか?それは分からない。結局、私は姉の死から今まで様々な人と出会い、会話を交わしてきたが、それが変わることはなかったのだから。きっと、もう誰も私を止めることはできないのだろう。そんな気がした。
五十嵐香奈は今年で二十九歳になる。彼女は常日頃からそのような事ばかり考えていた。あの事件から十年が経つにも関わらず。
香奈がある噂を聞きつけたのは二ヶ月ほど前のことだった。「奇跡が起こるバーって知ってる?」。そんな友人の日常会話の一部分を香奈は聞き逃さなかった。噂では、そのバーの場所は不明だが、そこに辿り着くことが出来れば、内容は分からないがとにかく奇跡が起こるらしい。「もしかすれば、客の願いを叶えてくれるバーなのかもしれない」。勝手な想像を一人で膨らませた。その話を聞いてから、香奈がバーについての情報をインターネットで調べ始めたのは言うまでもない。
ほどなくして、小さいながらもきっかけがつかめた。インターネットのある雑談掲示板での書き込みだった。「不思議なバーがある。そこに行くと自分の会いたい人と夢で会えるらしい」。一連の流れから見ると、何気ない書き込みの一つだったが、香奈にとっては興味深い一言だった。
リンクされているフリーメールのアドレスに、香奈はメールを送った。「そのバーについて教えてください」と。すると一つの電話番号だけが書かれた返信が届いた。人間らしい文章は一つもなく。ただ漠然と番号の羅列のみが書かれている。「もしかしたら、これは何かの詐欺かもしれない」。そのような不安が多少なりともあったものの、香奈は「せっかく掴んだ手がかりだ。当たらなくてどうする」と思い切って電話を掛けた。
「はい、真樹ですが」
聞こえてきたのは低い男性の声。だが、威圧感はなく、むしろ優しげな口調だった。
「あのー、すいません。インターネットでこの電話番号を知りまして。突然掛けて申し訳ないです。実は私は…あるバーを探しておりまして」
香奈は警戒しながらそう訊くと、電話口の男は予想外にあっけらかんと「お待ちしておりました」という。
怪しい。電話が掛かってくるのを待っていたというスタンスがすでに、かなり怪しい。
「あの、待っていたというのは?」
男は慌てて否定する。
「あ、ああ、怪しまないでください。五十嵐香奈さんですね?そして、貴方は噂を聞きつけて、奇跡の起こるバーを探していらっしゃる」
香奈は、背筋の凍る思いがした。何故、私がそのバーを探していることを、そして私の名前も知っているのか。反射的に電話を切ろうとした香奈だったが、真樹は携帯電話を通して、大きな声で呼んだ。
「五十嵐様、お待ちください。ああ、説明不足でした。申し訳ありません」
香奈はもう一度携帯電話を耳に当てる。真樹という男は必死に弁解を始めた。
「あなたが探しているバーとは私の店のことです。ただ、奇跡が起こるというのはちょっと言い過ぎかと。案外、普通の店なんですがね」
「どういうことですか?」
香奈の声を聞いて男はようやく落ち着きを取り戻したのか「良かった」と一言漏らし、続けた。
「とにかく、うちの店に来てもらえませんか?詳しいことはそちらでお話ししますので」
普通の店?奇跡が起こるわけではないのか?
「あ、今、普通の店なのかって、ちょっとがっかりしましたね?」
香奈は驚いて、それを否定する。
「いや、そんなことは、そんなことは思ってません」
何故、こちらの考えていることが分かったのだろう。それとも、ただ当てずっぽうに言っただけなのだろうか。でも、今はこの男が言うように、そのバーに行かなければ、奇跡のバーへの手がかりはまたなくなってしまう。香奈は真樹という男に住所を聞き、翌日の午後七時に行くと約束した。男は「お待ちしております」とだけ言って電話を切った。
真樹という男は一体何者なのだろうか。そして、奇跡が起きるバーは本当にあるのだろうか。そんな疑問を抱きながら、香奈は次の日を待つことにした。
大晦日。テレビでは年末特番というバラエティー番組が朝からずっと放送されている。ただ、そんなテレビを見ていても、心は笑えない。香奈の抱いている闇は、周囲が思っているよりもずっと深かった。「くだらない」と吐き捨ててテレビの電源をオフにして、荒々しくリモコンを置く。午後六時半。真樹から聞いた住所は香奈の住んでいるアパートからそれほど遠くはない。歩いて十五分くらいで着くだろう。香奈は黒のワンピースに袖を通し、上には真っ白なコートを羽織ってアパートを出た。
アパートから程なくして通りかかった商店街も、この日は閑散としていた。近年では年末でなくても店舗が次々と閉店し、「昭和時代の賑やかさはなくなってしまった」と通り沿いの薬局のおばあちゃんが呟いていたのを、香奈は思い出した。そのアーケード街を香奈はまっすぐ前を向いて、ゆっくりと、だが力強い歩調で突っ切っていく。商店街を抜けるまで、結局は誰とも会わなかった。もし、誰かと会っていたなら、私の考え、これからしようとしていることが、変わっていただろうか?それは分からない。結局、私は姉の死から今まで様々な人と出会い、会話を交わしてきたが、それが変わることはなかったのだから。きっと、もう誰も私を止めることはできないのだろう。そんな気がした。
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