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~復讐の夜~
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私の姉は幸恵(ゆきえ)と言います。両親は「幸せに恵まれて欲しい」との思いで、その名前を付けたのだと教えてくれました。ただ、姉の人生は幸せだったのかどうか、それを思うと胸が苦しくなります。まあ、姉が殺された話をする前に、両親について知っていただいた方が良いかと思いますので、そこからお話ししますね。
両親が亡くなったのは姉が高校三年生、私が中学三年生の時でした。四月の始業式が行われて間もなくの日曜日です。その日、姉はバレーボール部の部活で、私は吹奏楽部の大会で二人とも早朝に家を出て行きました。父は普通のサラリーマン、母は主婦だったのですが、朝から「今日は二人で、ちょっと出掛けてくるから」と言われていました。どこに行くかは言っていませんでしたが、二人でふらっとドライブに行くことは良くありましたので、その日もいつも通りの日常でした。ただ、違ったことは、その日は二人が家に帰ってこなかったという事です。厳密に言えば、無言の帰宅でした。
吹奏楽の大会が終わってすぐ、顧問の先生に連絡が入り、私は両親が「交通事故に遭ったらしい」ということを知りました。顧問の先生がそのまま病院まで車で送ってくれましたが、それまではどこか他人事のような感覚でした。そりゃそうですよね、ドラマや小説では良くある話だ、と思っていましたが、まさか自分の両親がそんな事故に遭うなんて、露ほども思っていませんでしたから。
実感したのは二人の遺体に対面したときです。その顔は両方とも穏やかでした。外傷はほとんどありませんでした。ただ、父も母も内蔵をひどくやられたらしく、手術でもお医者さんが手を尽くしてくれたのですが助かりませんでした。姉は、私よりも先に到着していましたが、泣き叫ぶ私を何も言わずに抱きしめてくれました。多分、私よりも泣きたかったのは姉だったと思うのですが、唇を噛み締めながら、涙を必死に堪えて、私のことを気遣ってくれていたのだと思います。
両親の事故は出会い頭の事故でした。相手となった乗用車を運転していたのは十九歳の男。しかも無免許でした。高校を中退してから、職にも就いて居ないような、「不良」という言葉がぴったりの男でした。両親はきちんと信号を守っていたそうです。でも、青信号で交差点に差し掛かった際に、横からその男の車が信号を無視して突っ込んできたそうです。
やりきれませんでした。何がって、この国は少年という立場の者にはあまりにも甘いということです。新聞に出たのはほんの小さな記事です。しかも、実名は出されず、社会的な制裁が与えられたとはまったく思いませんでした。そして、裁判ではその男をみんなが擁護するんです。少年は泣きながら「本当に申し訳ありませんでした」と謝罪しました。ただ、その男が本当に私たちの思いを分かっているとは思いませんでした。「何も悪いことをしていない両親が突然、居なくなった」。父も母も穏やかな人でした。記憶に残っている中で、怒られた事はほとんどありません。かといって過保護なわけでもなく、私たち姉妹をいつも温かく見守ってくれているような存在でした。確かに、思い出を美化している部分もあるかもしれませんが、それらを差し引いても良い両親だったと思っています。
その両親が死んだ。いや、殺されたんです。なのに、その男をみんな守ろうとします。
忘れもしません。その裁判での判決の時です。男には懲役三年が言い渡されました。裁判官がこう言ったんです。「被告人は反省の様子を見せている。被告人のした事は決して許されることではないが、自分のしたことの重みを考えて、二度とこのようなことのないようにしてください」と。もう、呆れましたね。すでに人を二人も殺している相手に対して、「このようなことのないように」も何もないですよ。実際に人が死んでるんですよ。反省?してるわけないと思いましたよ。判決の言い渡しが終わった後、傍聴していた友人の姿を見つけると、その男は笑ったんです。確かに、笑ったんです。
私の中の何かが音を立てて切れました。気付いたらその男に飛びかかろうとしていました。近くに居た警備員に羽交い締めにされてしまったものの、私は男が法廷を出るまで大声で叫んでいたそうです。何を叫んだかは、自分ではあまり覚えていないのですが、後で姉に聞いたところによると「人殺し」と何度も繰り返していたそうです。
その日から、私の頭の中には、男への復讐のことしか浮かばないようになりました。食事をしていても、友人と買い物に出掛けていても、どんな時にも私の心の片隅にはその男を、いつ殺すか、いかにして殺すか、という思いがありました。姉は口にしたことこそ無かったものの、同じ思いを抱いていたのではないかと思います。確かに優しい姉でしたが、間違ったことは許せない性格でしたから。
時が流れ、私が高校三年生となった時、姉は就職して仕事をしていました。大学進学も考えたらしいのですが、両親が居なくなったことで自分が妹の面倒を見なければと、地元企業に就職してくれたんです。その頃には、姉も私も少し落ち着きを取り戻し、穏やかな生活を送っていました。
しかし、心の中にあった復讐心は依然として残ったままでした。できることなら私は自分で、出所してきているはずのあの男を見つけ出し、必ずこの手で、殺そうと思っていました。
姉の結婚話が出てきたのはそんな時だったと思います。私はその相手を紹介されました。
姉はその相手を「宗佑さん」と呼んでいました。二人はとても仲が良く、一緒に食事に行ったときにも、とてもお似合いだと思っていました。そうですね、その相手とは三度ほど顔を合わせたでしょうか。私は姉の結婚に賛成していました。両親が亡くなってからは、私をを親代わりとして育ててくれたこともあり、そんな姉には心から幸せになって欲しいと思っていましたから。
そして、姉は殺されました。誰にかって?ええ、その付き合っていた宗佑という男に殺されたんですよ。
両親が亡くなったのは姉が高校三年生、私が中学三年生の時でした。四月の始業式が行われて間もなくの日曜日です。その日、姉はバレーボール部の部活で、私は吹奏楽部の大会で二人とも早朝に家を出て行きました。父は普通のサラリーマン、母は主婦だったのですが、朝から「今日は二人で、ちょっと出掛けてくるから」と言われていました。どこに行くかは言っていませんでしたが、二人でふらっとドライブに行くことは良くありましたので、その日もいつも通りの日常でした。ただ、違ったことは、その日は二人が家に帰ってこなかったという事です。厳密に言えば、無言の帰宅でした。
吹奏楽の大会が終わってすぐ、顧問の先生に連絡が入り、私は両親が「交通事故に遭ったらしい」ということを知りました。顧問の先生がそのまま病院まで車で送ってくれましたが、それまではどこか他人事のような感覚でした。そりゃそうですよね、ドラマや小説では良くある話だ、と思っていましたが、まさか自分の両親がそんな事故に遭うなんて、露ほども思っていませんでしたから。
実感したのは二人の遺体に対面したときです。その顔は両方とも穏やかでした。外傷はほとんどありませんでした。ただ、父も母も内蔵をひどくやられたらしく、手術でもお医者さんが手を尽くしてくれたのですが助かりませんでした。姉は、私よりも先に到着していましたが、泣き叫ぶ私を何も言わずに抱きしめてくれました。多分、私よりも泣きたかったのは姉だったと思うのですが、唇を噛み締めながら、涙を必死に堪えて、私のことを気遣ってくれていたのだと思います。
両親の事故は出会い頭の事故でした。相手となった乗用車を運転していたのは十九歳の男。しかも無免許でした。高校を中退してから、職にも就いて居ないような、「不良」という言葉がぴったりの男でした。両親はきちんと信号を守っていたそうです。でも、青信号で交差点に差し掛かった際に、横からその男の車が信号を無視して突っ込んできたそうです。
やりきれませんでした。何がって、この国は少年という立場の者にはあまりにも甘いということです。新聞に出たのはほんの小さな記事です。しかも、実名は出されず、社会的な制裁が与えられたとはまったく思いませんでした。そして、裁判ではその男をみんなが擁護するんです。少年は泣きながら「本当に申し訳ありませんでした」と謝罪しました。ただ、その男が本当に私たちの思いを分かっているとは思いませんでした。「何も悪いことをしていない両親が突然、居なくなった」。父も母も穏やかな人でした。記憶に残っている中で、怒られた事はほとんどありません。かといって過保護なわけでもなく、私たち姉妹をいつも温かく見守ってくれているような存在でした。確かに、思い出を美化している部分もあるかもしれませんが、それらを差し引いても良い両親だったと思っています。
その両親が死んだ。いや、殺されたんです。なのに、その男をみんな守ろうとします。
忘れもしません。その裁判での判決の時です。男には懲役三年が言い渡されました。裁判官がこう言ったんです。「被告人は反省の様子を見せている。被告人のした事は決して許されることではないが、自分のしたことの重みを考えて、二度とこのようなことのないようにしてください」と。もう、呆れましたね。すでに人を二人も殺している相手に対して、「このようなことのないように」も何もないですよ。実際に人が死んでるんですよ。反省?してるわけないと思いましたよ。判決の言い渡しが終わった後、傍聴していた友人の姿を見つけると、その男は笑ったんです。確かに、笑ったんです。
私の中の何かが音を立てて切れました。気付いたらその男に飛びかかろうとしていました。近くに居た警備員に羽交い締めにされてしまったものの、私は男が法廷を出るまで大声で叫んでいたそうです。何を叫んだかは、自分ではあまり覚えていないのですが、後で姉に聞いたところによると「人殺し」と何度も繰り返していたそうです。
その日から、私の頭の中には、男への復讐のことしか浮かばないようになりました。食事をしていても、友人と買い物に出掛けていても、どんな時にも私の心の片隅にはその男を、いつ殺すか、いかにして殺すか、という思いがありました。姉は口にしたことこそ無かったものの、同じ思いを抱いていたのではないかと思います。確かに優しい姉でしたが、間違ったことは許せない性格でしたから。
時が流れ、私が高校三年生となった時、姉は就職して仕事をしていました。大学進学も考えたらしいのですが、両親が居なくなったことで自分が妹の面倒を見なければと、地元企業に就職してくれたんです。その頃には、姉も私も少し落ち着きを取り戻し、穏やかな生活を送っていました。
しかし、心の中にあった復讐心は依然として残ったままでした。できることなら私は自分で、出所してきているはずのあの男を見つけ出し、必ずこの手で、殺そうと思っていました。
姉の結婚話が出てきたのはそんな時だったと思います。私はその相手を紹介されました。
姉はその相手を「宗佑さん」と呼んでいました。二人はとても仲が良く、一緒に食事に行ったときにも、とてもお似合いだと思っていました。そうですね、その相手とは三度ほど顔を合わせたでしょうか。私は姉の結婚に賛成していました。両親が亡くなってからは、私をを親代わりとして育ててくれたこともあり、そんな姉には心から幸せになって欲しいと思っていましたから。
そして、姉は殺されました。誰にかって?ええ、その付き合っていた宗佑という男に殺されたんですよ。
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