孤狼に愛の花束を

柚子季杏

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孤狼に愛の花束を (45)

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 立て板に水が流れるようには、上手く説明が出来ない口下手な自分にもどかしさを感じつつ、少しでも小太郎に想いが伝わるようにと言葉を続ける。
「暗い場所で立ち止まったままでいた俺に、お前は忘れていた眩い世界を見せてくれた」
「銀さん」
「惰性で作っていたこれまでの作品も、お前に言われて初めて、自分の作品なんだと自覚出来たくらいだ……両親に命をもらい、爺さんに救われて生きてきた俺の証を、お前と一緒に残していけるならと、そう思った」
 考えながらゆっくりと、それでも止めること無く話し続ける俺の言葉を聞き逃すまいと、小太郎はひとつひとつの言葉に頷きながら受け止めてくれた。
「基本的に俺のスタンスは変わっちゃいない。お前以外の相手と一緒に……なんてことは、例え仕事でも考えられはしない。お前の描く物だから、型にしてみたいと思うんだ」
「それって……オレは銀さんにとって必要だってこと?」
「ああ――仕事のパートナーとしても、俺自身のパートナーとしても、この先ずっと、お前とやっていければと思ってる」
 それまで黙って聞いていた小太郎が、初めて口を挟んだ。
 恐れを含んだその言葉にきっぱりと首肯して見せれば、俺の目を見つめたままの状況で、小太郎の頬に一瞬で朱が差した。
「銀さんは、オレのことが、好きなの?」
「この感情がそうであるなら――ああ、そうだな……どうやらそうらしい。お前の才能にも、お前自身にも、俺は惚れている」
「っ……えっと、あの……」
「だから今はあまり俺に近づくな。これでも理性を抑えるのに必死なんだ」

 ストレートな言葉に照れる小太郎の頭を、髪から飛び出た耳ごとくしゃりと撫でて立ち上がる。
 これだけ言えば流石に小太郎でも分かるだろう。俺がアイツに抱いている邪な想いに。

「銀さんっ!」
「ッ……コタ? お前、俺の話を聞いていたか?」
 これきりここへ来なくなるかもしれないと思いながら小太郎に背を向け、汚れた食器を流しへと運んだところで、小太郎が俺の背後から飛びついて来た。
 冷えた台所の空気の中、腰の辺りに感じる小太郎の温もりは、獣姿の時以上にダイレクトな欲求を伴って俺へと伝わる。
「聞いてたよ」
「だったら離れろ――今布団を敷いてや……」
「離れないっ!」
「小太郎?」
 ひとつ深呼吸をして気を落ち着けながら、引っ付いた小太郎を諌める俺に、小太郎はしがみ付く腕の力をさらに強める。
 良く見れば、その腕が小刻みに震えていた。
「オ、オレ……オレも、銀さんのことが好き」
 聞き間違いかと思った。
 正しく耳に届いていたとしても、俺の告げた意味と小太郎が口にしている意味とでは、ニュアンスが違っている可能性もあった。
 けれど――――
「銀さんの作品も、銀さん自身も好き……だから、離れないっ」
「……小太郎、お前――俺は、お前を抱きたいと思っているんだ……分かってるのか?」
「分かってるよ! そりゃ、経験は無いけど、オレだって男だもん」
「っ、小太郎」
「銀さんに触られるたびにドキドキしてたんだ。もっと触って欲しいって思ってたんだ……だから、だから――んっ」
 ぐりぐりと額を押し付けながら必死で俺の理性を崩そうとする小太郎の言葉に、俺の中で張り詰めていた糸がプツリと切れた。
 振り向き様に小太郎の頭を掴み上げ、小振りな唇へと自身のそれを押し付けた。
 開いていた隙間から舌を挿し込み、奥へと逃げ惑う小太郎の舌を絡め取る。容赦なく口腔内を攻め立てる俺の腕を、小太郎が慌てたようにバシバシと叩く。
「ふ……っん、んんっ! は、はぁ、はぁ……死ぬかと思った」
「はは……キスも初めてか? こういう時は鼻で息をするんだ、ほら」
「あっ――」
 仕方が無いと唇を離せば、小太郎は胸を喘がせながら大きな深呼吸を繰り返した。慣れていないそんな様子が殊更愛おしくて、今度は少し慎重に唇を重ねた。

 急いた自分を反省しながら、互いの唾液で艶めくふっくらとした小さな唇を、音を立てて啄ばむ。
 片腕で後頭部を支え、もう片腕は小太郎の腰に回して自身へと引き寄せ、僅かに空いていた二人の間の隙間を埋めていく。
「は……ふ、ん……」
 先ほどはじっくり味わうだけの気持ちの余裕も無かっただけに、今度は時間をかけながら堪能する。上唇を舌先で舐め上げ、下唇を軽く食む。柔らかな唇の感触を楽しんだ後は、挿し入れた舌先で歯列をなぞり、小さな舌を擽り絡め取り。
 初めは戸惑いばかりが伝わってきた小太郎からも、徐々に緊張が取れていくのが分かった。
 身体の強張りが解れていくのに合わせて、ぎこちないながらも俺の動きに合わせるように小さな舌が絡んで来る。
 俺の舌の動きを真似て懸命に自らの舌を絡ませようとする可愛い仕草をわざと避け、焦れてきたところを吸い立ててやる。
 じゅっと吸い上げた舌を甘噛みし、小振りな犬歯を丁寧に舐め上げれば、俺が与える刺激に身体を震わせ反応を示していた小太郎から一気に力が抜けた。
「ぁっ、は……はぁ」
「コタ……大丈夫か?」
「ら、いじょ、ぶ」
「――このままお前を抱くぞ……良いな?」
「ん……銀さんになら、オレ、いっぱい触って欲しい」
 かくんと崩れ落ちそうになる細い身体を抱きとめ、銀糸を引きながら唇を離せば、とろりと蕩けた瞳で俺を見上げる小太郎の顔には、どきりとするほどの色気が滲んでいた。
 子供のようにはしゃいだ表情をしたかと思えば、こんな風に突然大人の色香を醸し出す。
「本当にお前は……目が離せないな」
「え?」
 思わず漏れ出た呟きに首を捻る小太郎の頬に、何でもないと再び唇を寄せれば、小太郎は力の入らない腕できゅっと俺に抱き付いてくる。
 そんな小太郎を抱え上げて、もう我慢はしないとばかりに、俺は一直線に寝室を目指した。



「わっ、あ…ぎ、銀さ……あの、オレ、どうしたらいい?」
「ん?」
「えっと……こういう時って、オレ、どうすればいいの?」
 これまで誰も入れた事の無い自室へ運び入れた小太郎をベッドの上へと下ろし、その上から跨ぐ格好で覆い被さる俺を、小太郎が不安そうに下から見上げてくる。キスすら初めてだった小太郎には、この先の行為は全てが未知の世界だろう。
「今日のところは、素直に感じてくれればそれでいい。お前の全てを俺に見せてくれれば、それだけでいい」
「銀さ……あっ、でも……オレだけなのは、恥ずかしいよ」
 だぼつくほど大きさの違う俺の服を着ていた小太郎を一瞬で裸に剥けば、目元を赤く染めながら恨めしそうな視線を投げられる。
 早く脱げと訴える視線に苦笑しながら、俺も服を脱ぎ捨てて一糸纏わぬ生まれたままの姿になった。

「――やっぱり、銀さん綺麗だ……んっ」
 長年の森の暮らしで自然と鍛えられた俺の胸元へと指を伸ばす小太郎の手を掴み取り、その指先を口腔へと含み込む。
 爪の境へ軽く歯を立てれば、小太郎がピクリと反応を示した。
「俺にとってはお前の身体の方が、よっぽど綺麗に見える」
 あまり日にあたることもないのだろう白い肌が羞恥に薄っすらと色付き、窓から射し込む月明かりに照らされて光り輝いて見えた。
 血生臭さともほの暗い世界とも無縁の場所で、大切に守られ愛しまれてきたことの分かる綺麗な身体。俺とは違う輝く世界に生きてきた小太郎を、今から俺の手で穢すことが申し訳なく感じるほどだった。
「銀さん、オレ、ずっと銀さんと一緒にいて、良いんだよね?」
「お前が嫌がっても、もう手放してやれそうにはない。知ってるか? 狼は一度伴侶を決めたら、例え死に別れてもその相手だけを愛するんだ。お前は、俺にとっての光だからな……お喋りは終わりだ、お前を食わせてもらうぞ」
「っ、うん、良いよ……オレ、銀さんが好きだ……銀さんにいらないって言われるまで、ずっと一緒にいるからね」
 俺に掴まれたままの手を動かし、小太郎が俺の頬をその手の平でそっと包む。
 自分がどんな顔をしていたのかなんて分からなかったけれど、小さな手の平から伝わる温もりに、大丈夫だよと赦しをもらえた気がした。
「小太郎」
「あっ」
 ふるりと身体を震わせ、俺もまた耳と尻尾を出した半獣の型を取る。
 余すところ無く小太郎を感じたかった。触覚・聴覚・視覚・味覚・嗅覚……五感の全てで、愛しい存在の全てを喰らい尽くしたかった。


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