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Family…幸せになろうよ (28)
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濱田が寝込んでしまったことがショックだったのだろう。苑良は普段と比べれば手がかかって。それでも、嫌だとは思わなかった自分に気付いて、少し嬉しさを感じてみたり。
「……寝顔も、そっくりだな」
二人の顔を見比べて微笑みを零しつつ、視線は吸い寄せられるように、カラーボックスの上に置かれた写真立てへと向かってしまう。
「濱田さんが元気になったら、ちゃんと聞こう……それでちゃんと、話を聞いてもらおう」
薄明かりに照らされた写真へと心の中で手を合わせながら、僕は改めて決意したのだった。
翌朝僕は、身体を揺すられる感触に起こされた。
苑良と濱田、どちらの様子も見れるようにと、部屋と部屋との間にある柱に背中を預けていたのだけれど、いつの間にかそのまま寝入ってしまっていたらしい。
「なぁやくん、あさだよ」
「ん……苑良? あ、そうか……」
一瞬どうしてここに苑良がいるのかと、寝惚けた思考で思ったけれど、自室とは違う部屋の様子に昨日の事を思い出す。
「おはよう、苑良」
「おはよー。なぁやくん、そら、ほいくえんいく?」
「保育園……あっ、そうか、今日は平日か。保育園って、何準備すれば良いんだろう……」
「そらわかるよっ」
まだ寝ている濱田を気遣ってか、小声で語り掛けてくる苑良に合わせて、僕もコソコソと会話を交わす。
濱田の熱も微熱程度に落ち着いているようで、その事にホッとした。
このところ僕と顔を合わせる時間も無いほど働き詰めだった事を思えば、疲れが溜まっていたのだろう。ひと晩ぐっすりと休んだからか、顔色も随分良くなっていた。
苑良に聞きながら保育園の準備を整え、朝ご飯を食べさせる。
いつもの僕の朝食メニュー。トーストに玉子料理とウィンナー。苑良には牛乳も。大したことの無い料理だけれど、昨晩同様美味しいと笑ってくれる苑良の表情に胸を撫で下ろしてみたり。
苑良と過ごす時間はとても幸せなものだけれど、同時に大変さも実感した一日だった。
子供と接した経験は少ないけれど、多分苑良は同い年の子供と比べたらとても素直で、面倒を見るのも楽な方だとは思うのだ。けれど僕が濱田と同じ立場にいたとして、彼と同じように一人で育てるなんて、絶対に無理だろうと思った。それと同時に、改めて濱田のことを尊敬した。
朝食を食べている間にも、時間はあっという間に過ぎる。気付けば既に、いつも濱田達が部屋を出る時間になっていた。
寝返りは打つものの、静かに静かにと口にしながら動いていたせいか、濱田が起き出す事はなく。
『苑良を保育園に送って来ます』とひと言書いたメモと、濱田用に作っていた朝食をテーブルの上に並べ置き、僕は苑良と共にアパートを出た。
いつもは隣室から出掛けて行く二人の元気な声に、こっそり幸せのお裾分けをもらっていた。それがこうして今日は、僕が苑良と二人で歩く朝の道。
何となく不思議で、けれどやっぱり、幸せで。
僕は苑良という存在を含めた上で、濱田の事が好きなのだと実感した。濱田が苑良の父親なのかそうじゃないのか、そんな事は関係なく、二人のことが好きなのだと。
「なぁやくん……」
「何?」
「そらがほいくえんいったら、とおひとりぼっち?」
「一人じゃないよ。今日は僕がお休みして一緒にいるから。心配しなくて大丈夫」
「いっしょ? よかったあ! なぁやくんがいっしょなら、とお、さびしくないね!」
保育園が近付くにつれて徐々に苑良の足の進みが遅くなり、次いで口から飛び出したのは、濱田を気遣う言葉だった。
二人の絆が羨ましくて、嫉妬のような思いを抱いた時もあったけれど……今は素直にこの絆が嬉しいと思える。そして出来ればその絆の中に、僕も加えてもらえたらと。
無事に苑良を保育園へと送り届け、帰りも僕が迎えに来るという事で許可をもらう。本来は委任状が必要らしいのだけれど、いつの間にか濱田が緊急連絡先のひとつに僕の勤務先を届けていた事と苑良の口添えがあって、何とか認めてもらえたというのが実情だ。
(全く……一言くらい言ってくれても良かったのに)
心の中で悪態を吐きながらも、にやけ顔になりそうな表情を引き締めるのが大変だった。
本当だったら怒っても良いことなのだろうけれど、頼りにしてくれているのだと思えば、僕にとっては嬉しいばかりで。
「――あれ?」
「あ、お帰り、成宮さん」
部屋へと戻って来ると、扉を開ける前から、台所からの水音が聞こえていた。驚きながら扉を開けた僕を、ひょいと身体を捻りながら、濱田が笑顔で迎えてくれる。
「起きてたんですか」
「うん、飯美味かった。ありがと。そろそろ成宮さんも出勤でしょ?」
「今日は休みを取ったんで……洗い物なんて僕がやりますから、布団に戻っててください!」
「うおっと」
こんな風に濱田に出迎えてもらうのも、随分久し振りな気がする。
こうして濱田に出迎えてもらえることが、こんなにも胸を温かくさせてくれるなんて。
「残念ながら、もう既に終了」
「……体調は、大丈夫なんですか?」
「うん、本当昨日は助かった。ずっと寝てたから身体痛くて」
尋ねた僕に、肩をグルグルと回しながら濱田は笑って見せる。
まだ若干顔色は悪いものの、昨日のような具合の悪さは感じさせない程度のもので。ざっとシャワーも浴びたのだろう、すっきりした顔をしていた。
「そう……良かった。あ、でも今日は大人しくしてて下さい! ほら、あっちで座って――何ですか?」
ホッと胸を撫で下ろした僕に、背を押されながら歩き始めた濱田が、くすりと微笑む。
嫌な気分のする笑顔では無かったけれど、気になって。
「いや……昨日も思ったけど、こうやって誰かに心配してもらうって、すげえ久し振りだからさ――嬉しいもんだね」
「濱田さん……」
それで昨日も笑ったのかと、ようやく理解する。
僕は心配しているのに! と憤っていたけれど、その理由が嬉しかったからだなんて。そんな事を聞かされてしまえば、照れ臭くさえなってしまう。
「えっと、僕、洗濯しちゃいますね」
「あっ、いいよ! 本当、これ以上迷惑掛けられない」
「迷惑だったら来ないって、僕、昨日も言いましたよ」
「成宮さん……」
「それにっ、折角休みも取ったんだし……濱田さんは病み上がりなんですから、今日はのんびりしててくれれば良いんです」
赤くなる顔を隠したくて、まだ敷いたままになっていた布団のシーツを剥がしに掛かった僕に、濱田から制止の声が掛かる。
それを振り切り洗濯機へと汚れ物を放り込んだ僕は、話の切っ掛けを探して、頭をフル回転させていた。聞きたい事も話したい事も山のようにあるのに、何をどこから話せば良いのか、上手く整理が追い着かない。
(ちゃんと、話をするって決めたんだから……)
一呼吸置いた僕は、昨日買って来ていた飲み物を手に、濱田の座る部屋へと戻る。
「布団干しちゃうんで、それでも飲んでて下さい」
さり気なく、何気無く話し始めれば良い。
明るい日差しの下へと布団を広げながら、小さく深呼吸をする僕の背後から、突然濱田の声が届いた。
「ごめんね、成宮さん」
「っ……え、何が……?」
気付けば僕の直ぐ後ろに、視線を俯けた濱田が立っていた。驚く僕に対して、困ったように微笑んだ濱田が、例の写真の置かれたカラーボックスの前に、胡坐を掻いて腰を下ろす。
「会わないでいれば、忘れられるかと思ったけど、やっぱ諦められないなって思って」
「濱田さん……」
「だからせめて、自信持って再アタック出来る男になってやろうって思ったんだけど……結局こんな手間掛けさせちゃって、情けないよね」
「自信、って……どういうこと?」
「……寝顔も、そっくりだな」
二人の顔を見比べて微笑みを零しつつ、視線は吸い寄せられるように、カラーボックスの上に置かれた写真立てへと向かってしまう。
「濱田さんが元気になったら、ちゃんと聞こう……それでちゃんと、話を聞いてもらおう」
薄明かりに照らされた写真へと心の中で手を合わせながら、僕は改めて決意したのだった。
翌朝僕は、身体を揺すられる感触に起こされた。
苑良と濱田、どちらの様子も見れるようにと、部屋と部屋との間にある柱に背中を預けていたのだけれど、いつの間にかそのまま寝入ってしまっていたらしい。
「なぁやくん、あさだよ」
「ん……苑良? あ、そうか……」
一瞬どうしてここに苑良がいるのかと、寝惚けた思考で思ったけれど、自室とは違う部屋の様子に昨日の事を思い出す。
「おはよう、苑良」
「おはよー。なぁやくん、そら、ほいくえんいく?」
「保育園……あっ、そうか、今日は平日か。保育園って、何準備すれば良いんだろう……」
「そらわかるよっ」
まだ寝ている濱田を気遣ってか、小声で語り掛けてくる苑良に合わせて、僕もコソコソと会話を交わす。
濱田の熱も微熱程度に落ち着いているようで、その事にホッとした。
このところ僕と顔を合わせる時間も無いほど働き詰めだった事を思えば、疲れが溜まっていたのだろう。ひと晩ぐっすりと休んだからか、顔色も随分良くなっていた。
苑良に聞きながら保育園の準備を整え、朝ご飯を食べさせる。
いつもの僕の朝食メニュー。トーストに玉子料理とウィンナー。苑良には牛乳も。大したことの無い料理だけれど、昨晩同様美味しいと笑ってくれる苑良の表情に胸を撫で下ろしてみたり。
苑良と過ごす時間はとても幸せなものだけれど、同時に大変さも実感した一日だった。
子供と接した経験は少ないけれど、多分苑良は同い年の子供と比べたらとても素直で、面倒を見るのも楽な方だとは思うのだ。けれど僕が濱田と同じ立場にいたとして、彼と同じように一人で育てるなんて、絶対に無理だろうと思った。それと同時に、改めて濱田のことを尊敬した。
朝食を食べている間にも、時間はあっという間に過ぎる。気付けば既に、いつも濱田達が部屋を出る時間になっていた。
寝返りは打つものの、静かに静かにと口にしながら動いていたせいか、濱田が起き出す事はなく。
『苑良を保育園に送って来ます』とひと言書いたメモと、濱田用に作っていた朝食をテーブルの上に並べ置き、僕は苑良と共にアパートを出た。
いつもは隣室から出掛けて行く二人の元気な声に、こっそり幸せのお裾分けをもらっていた。それがこうして今日は、僕が苑良と二人で歩く朝の道。
何となく不思議で、けれどやっぱり、幸せで。
僕は苑良という存在を含めた上で、濱田の事が好きなのだと実感した。濱田が苑良の父親なのかそうじゃないのか、そんな事は関係なく、二人のことが好きなのだと。
「なぁやくん……」
「何?」
「そらがほいくえんいったら、とおひとりぼっち?」
「一人じゃないよ。今日は僕がお休みして一緒にいるから。心配しなくて大丈夫」
「いっしょ? よかったあ! なぁやくんがいっしょなら、とお、さびしくないね!」
保育園が近付くにつれて徐々に苑良の足の進みが遅くなり、次いで口から飛び出したのは、濱田を気遣う言葉だった。
二人の絆が羨ましくて、嫉妬のような思いを抱いた時もあったけれど……今は素直にこの絆が嬉しいと思える。そして出来ればその絆の中に、僕も加えてもらえたらと。
無事に苑良を保育園へと送り届け、帰りも僕が迎えに来るという事で許可をもらう。本来は委任状が必要らしいのだけれど、いつの間にか濱田が緊急連絡先のひとつに僕の勤務先を届けていた事と苑良の口添えがあって、何とか認めてもらえたというのが実情だ。
(全く……一言くらい言ってくれても良かったのに)
心の中で悪態を吐きながらも、にやけ顔になりそうな表情を引き締めるのが大変だった。
本当だったら怒っても良いことなのだろうけれど、頼りにしてくれているのだと思えば、僕にとっては嬉しいばかりで。
「――あれ?」
「あ、お帰り、成宮さん」
部屋へと戻って来ると、扉を開ける前から、台所からの水音が聞こえていた。驚きながら扉を開けた僕を、ひょいと身体を捻りながら、濱田が笑顔で迎えてくれる。
「起きてたんですか」
「うん、飯美味かった。ありがと。そろそろ成宮さんも出勤でしょ?」
「今日は休みを取ったんで……洗い物なんて僕がやりますから、布団に戻っててください!」
「うおっと」
こんな風に濱田に出迎えてもらうのも、随分久し振りな気がする。
こうして濱田に出迎えてもらえることが、こんなにも胸を温かくさせてくれるなんて。
「残念ながら、もう既に終了」
「……体調は、大丈夫なんですか?」
「うん、本当昨日は助かった。ずっと寝てたから身体痛くて」
尋ねた僕に、肩をグルグルと回しながら濱田は笑って見せる。
まだ若干顔色は悪いものの、昨日のような具合の悪さは感じさせない程度のもので。ざっとシャワーも浴びたのだろう、すっきりした顔をしていた。
「そう……良かった。あ、でも今日は大人しくしてて下さい! ほら、あっちで座って――何ですか?」
ホッと胸を撫で下ろした僕に、背を押されながら歩き始めた濱田が、くすりと微笑む。
嫌な気分のする笑顔では無かったけれど、気になって。
「いや……昨日も思ったけど、こうやって誰かに心配してもらうって、すげえ久し振りだからさ――嬉しいもんだね」
「濱田さん……」
それで昨日も笑ったのかと、ようやく理解する。
僕は心配しているのに! と憤っていたけれど、その理由が嬉しかったからだなんて。そんな事を聞かされてしまえば、照れ臭くさえなってしまう。
「えっと、僕、洗濯しちゃいますね」
「あっ、いいよ! 本当、これ以上迷惑掛けられない」
「迷惑だったら来ないって、僕、昨日も言いましたよ」
「成宮さん……」
「それにっ、折角休みも取ったんだし……濱田さんは病み上がりなんですから、今日はのんびりしててくれれば良いんです」
赤くなる顔を隠したくて、まだ敷いたままになっていた布団のシーツを剥がしに掛かった僕に、濱田から制止の声が掛かる。
それを振り切り洗濯機へと汚れ物を放り込んだ僕は、話の切っ掛けを探して、頭をフル回転させていた。聞きたい事も話したい事も山のようにあるのに、何をどこから話せば良いのか、上手く整理が追い着かない。
(ちゃんと、話をするって決めたんだから……)
一呼吸置いた僕は、昨日買って来ていた飲み物を手に、濱田の座る部屋へと戻る。
「布団干しちゃうんで、それでも飲んでて下さい」
さり気なく、何気無く話し始めれば良い。
明るい日差しの下へと布団を広げながら、小さく深呼吸をする僕の背後から、突然濱田の声が届いた。
「ごめんね、成宮さん」
「っ……え、何が……?」
気付けば僕の直ぐ後ろに、視線を俯けた濱田が立っていた。驚く僕に対して、困ったように微笑んだ濱田が、例の写真の置かれたカラーボックスの前に、胡坐を掻いて腰を下ろす。
「会わないでいれば、忘れられるかと思ったけど、やっぱ諦められないなって思って」
「濱田さん……」
「だからせめて、自信持って再アタック出来る男になってやろうって思ったんだけど……結局こんな手間掛けさせちゃって、情けないよね」
「自信、って……どういうこと?」
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