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1章
2話「二人の幼馴染」
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色々と考えごとをしているうちに、ビュウは市場前へ到着した。
ここは朝から夕方遅くまで大勢の人で賑わっている。
雑貨屋、食料品店、衣類店、花屋、薬局、武器屋、その他様々な店があり、ビュウの家で焼いたパンは、大半がここの食料品店に出荷されている。
リラの焼くパンはラノの人々にかなり好評で、毎日昼過ぎには常に完売の状態となっているという。
人混みに紛れ、ビュウは暫くの間リルティを探していたが、彼女らしき人物はどこにも見当たらない。
ふと、ビュウが武器屋の方へ目を遣ると、そこには見慣れた男性の姿があった。
その男性の姿を見た瞬間、ビュウは表情をほころばせ、人混みを避けながら彼の方へ向かって行く。
武器屋の店員と話をしている様で、近づくにつれ二人の話し声が聞こえてきた。
「頼むよ~、なっ?金額はいくらでも良いんだ。あんたが望むなら四十万、いや五十万でも」
両手をすり合わせ、願う様に店員は男性に頼み込んでいる。
「悪い、先客があるんだ。もう少し待ってくれ」
それに対し、男性の方は迷惑そうに顔を顰めている。
「そこを何とかなぁ~。あんた、ラノの住人だろ?ちょっとぐらいサービスしたって、罰は当たらんよ!」
「早く染料が欲しいんだが」
余程のこと染料が必要なのか、男性も一歩も譲っていない。
「注文割り込み出来るなら、染料なんてもん幾らでもやる!金鉱もおまけに付けてやるぞ?」
「要らん、金は払うと言っているだろう」
「むぅ、これじゃあラチがあかんなぁ」
どうやら、商売関係で何かもめている様だ。
ビュウは男性のすぐ傍まで来ると、自分よりも十センチ程高い彼の背中を軽く叩いた。
「兄さん、何かあったんですか?」
ビュウの存在に気付いた男性は、ビュウに視線を留めたまま店主を軽く顎で指した。
それにつられ視線を移すビュウ。
「まさかおっちゃん、また兄さんからせしめてんじゃ」
独り言の様に呟くビュウ。
「ち、違う!これは断じて歴然とした商売で・・・」
焦り始める店主、その様子からは嘘をついているということが見え見えだった。
「おっちゃん。こんなこと繰り返してんじゃ、いつか店の評判下がるぜ?」
「品が良くても、接客が悪いとな」
痛い言葉で男性のフォローをするビュウ。男性の方もそろそろ呆れ始めている。
「うっ」
流石に、店主の方も二人の言葉により押され始めている
「それに、兄さんに嫌われちゃ、あんま稼ぎ入らなくなるんじゃ?」
「店が潰れても俺には関係ないけどな」
「・・・ええい、分かったよ!」
二人の毒舌攻めにより促された店員は、渋々武器の染料を男性に売った。
やっとのことで染料を手に入れ、二人は武器屋を後にしたようだ。
「兄さんも大変ですね、商売ってなると」
「俺は趣味程度で済ませてるから良いけどな、本格的な商売となると色々と面倒だから」
ビュウが兄さんと呼んでいる男性、彼の名は、ソルト・ブレスキアといった。
彼は、七年前に唯一の家族であった父親を不幸な出来事で失い、僅か十歳、その上たった一人でラノへと越してきた。
身寄りの無かった彼を引き取ろうとする者も居たが、本人がそれを拒んだ為、彼は今までずっと一人暮らしなのである。
驚く程に武器の扱いに慣れていて、彼の趣味であるという、鍛冶の腕前も素晴らしかった。
このことに憧れを抱いたビュウは、彼から様々な戦法や戦術を習い、いつしか彼のことを兄さんと呼ぶようになっていた。
彼の造る武器や装飾品はことのほか優れている為、ことを聞き付け、遠方の街から遥々と武器屋がやって来ることも度々あるという。
先程、揉めていたのもそれが関係している様子だった。
ビュウは呑気にソルトと話をしていたが、忘れていた自分の用ことのことを思い出し、急に気が焦り始めた。
「げっ!そういえば、リル見ませんでした?この辺に居るはずなんだけど、なかなか見つかんなくて」
「あいつなら、さっき泉の方へ向かってったぞ。鳥に飯でもやってるんじゃないか?」
「どおりで見付かんない訳だ。いきなりすいません、ちょっと俺行ってきます。それじゃ」
ビュウは軽く会釈をすると、木が覆い茂る林、つまり泉の方へ向かって走り出した。
その後姿を見届け、再びソルトが歩き始めようとした瞬間、突然何かを思い出したかのように、ビュウは彼の方を振り返った。
「兄さん!」
その声に振り向くソルト。
「今度、また手合わせして貰えますかー!?自分で言うのもなんだけど、戦術にも結構慣れて来たんですよ!特訓の成果、兄さんに見て欲しくって!」
手合わせの申し込みをするビュウは、随分と意気込んでいるようだった。
ソルトはそれに承知したという素振りを見せると、ビュウは嬉しそうな表情をし、再び泉の方へと走り出した。
ソルトに戦術を教えてもらった時から、ビュウはそれに夢中になっていた。
彼と知り合う前からそのことには興味があり、気になってはいたのだが、この町にはそれに詳しい住民もおらず、その頃はまだ憧れを抱くことしか出来なかったのだ。
しかし、ラノに越して来たソルトが偶然にも武器や戦闘に詳しく、そのことを知ったビュウが彼に稽古を付けて欲しいと頼むと、ソルトは快く受け入れてくれたという。
ビュウの愛用している武器、それは二本の短剣とブーメランが合体した特殊な物で、ビュウの扱い易いという武器を研究した末に、彼だけの為にとソルトが仕立てたオリジナルの武器だった。
オリジナルといっても大して複雑な構造ではなく、二十センチ程の二本の短剣で、両方の柄の部分を組み合わせれば、ブーメランとして使用できるという単純な物だった。
軽い上に丈夫で、切れ味は抜群という優れた武器であり、ビュウにとっては一つの宝物でもあった。
時々しか出来ないソルトとの手合わせは、自分の特訓の成果を見せることの出来る唯一の時であり、ビュウはかなり張り切っているのだった。
鼻歌を歌いながら、林の中を走り続けているビュウ。
暫くすると、どこからか笛の音が聞こえて来た。
その音色はとても柔らかで、まるで木々を包み込んでいるかの様だった。
誰かが近くで演奏をしているのだろうか。
ビュウは笛の音にはっとすると、音色の音源を探し、その方へ向かった。
目の前にある木々の隙間の奥に、大きな水溜りがあるのが見える。泉だ。
木々を掻き分けその近くへ向うと、急に視界の開けた場所に出た。
そこには、対照に割ったハートの様な形をした少し小さな泉と、その付近に座り、フルートの様な木笛で演奏をしている少女の姿が在った。
彼女の周囲には、数匹の小鳥が心地良さそうに鳴いている。
夕日を受けて淡い朱色に煌く泉の周囲では、沢山の若葉が芽吹いていた。
演奏に夢中なのか、少女はビュウの存在に気付いていない。
小鳥の方は敏感な様で、既に二、三匹はビュウの方に視線を留めている。
ビュウが少女の方へ近づいても小鳥は驚く様子も無く、一匹も飛び立とうとはしなかった。
「おい、リル」
演奏を止め、その声にようやく顔を上げた彼女、リルティはビュウを見た。
紅の右目に、紫の左目、リルティの瞳は宝石の様に美しい紅紫をしている。
腰下まである桃色の長髪は一本に三つ編みされていて、夕日を受け淡く煌いていた。
昔とは随分雰囲気が変わっていて、ビュウよりもかなり大人っぽくなっている。
しかし、その姿からはどこか孤独で哀しげな雰囲気が窺えた。
「リラさんが帰って来いってさ。夕飯らしいぜ」
「そっか、もうそんな時間なんだ」
リルティが立ち上がると、小鳥達はまるで駄々をこねる様に翼を羽ばたかせた。
〈もう帰っちゃうの?やだよ!リルティ、明日には旅に出ちゃうんでしょ?
これからは、もうずっと会えなくなっちゃうの?〉
二人には、ビュウでもリルティでも無い不思議な声が、脳に直接はっきりと聞こえてきた。
声の正体は、彼らの傍にいる小鳥たちだった。
幼い頃から、ビュウとリルティは動物と意思疎通が可能という特技を持っている。
神子であるリルティがその特技を持っているということは当然なのだが、ビュウが同じ様な特技を身に付けているとは非常に不思議なものだった
「そうだよ、ごめんね。私は神子だから、月燐へ行ってやらなくちゃいけないことがあるの」
リルティはその場にしゃがみ込むと、小鳥たちの方を向いて困った様な顔をした。
〈でも、そのやらなくちゃいけないことが終わったら、きっと帰って来てくれるよね?また会えるんだよね!〉
リルティは頷き、優しく微笑んだ。
〈ずっと待ってる。早く帰ってきてね、頑張って!〉
小鳥たちは、地面から飛び上がるようにもう一度翼を羽ばたかせた。
「ありがとう。それじゃ、またね」
リルティは立ち上がると、小鳥たちに手を振り、ビュウと共に来た道を戻っていった。
「いよいよ明日かー。月燐ってここからそんな遠くないっぽいし、旅っつってもすぐ終わりそうだよな」
「そうだね。私一人の問題なのに、ビュウまでつき合わせちゃって、ごめんね」
申し訳なさそうな顔で、少し俯くリルティ。
「気にすんなって、旅とか初めてだし、楽しみだからさ」
「そっか、良かった。ありがとう」
顔を上げ、少しだけ微笑むリルティ。
二人は、明日から旅に出ることとなっていた。
言い伝え通り、冥神の封印が解かれる刻限までにリルティは月燐へ行き、神子としての宿命を果たさなければならない。
初めの頃は、彼女が自分だけの問題だからと、たった一人で月燐へ向かおうとしていたのだが、それは危険すぎると悩んだ挙句、ビュウはリラと相談し、彼女と行動を共にすることとなった。
後にソルトもこのことを知り、同様に彼女を心配したのか、彼も旅に同行する予定だという。
二人が自宅に着く頃には夕日も沈みかけていて、辺りは随分暗くなっていた。
「ごめん、リラさん、遅くなった!」
急いで靴を脱ぎ、茶の間へ急ぐ二人
食卓机にはサラダやスパゲティなど、様々な料理が並べられている途中だった。
焼きたてのパンを並べながら、リラは二人の方を見た。
「お帰りなさい、丁度今出来た所なのよ。さぁ、座って座って」
その言葉に二人はほっと溜め息を付くと、何もしないで休んでる訳にはいかないからと、リラを手伝い始めた。
二人の手伝いにより食事の準備は早く終わり、いつも通りの楽しい会話をしながら、三人は夕餉を味わった。
食べ終え、三人で食器を片付けている途中、ふとリラが口を開いた。
「いよいよ明日ね。二人共、準備は出来てる?お金が足りない様だったら言ってね、すぐに用意するから」
リラが言っているのは、旅のことであった。
「もう、できてるってば。お母さん、それ朝も言ったよ?そんなに心配しなくても大丈夫なんだから」
リルティの言葉に微笑するリラ、それに続いてビュウも笑う。
「大丈夫だよリラさん、俺と兄さんもついてるしさ」
「そうね、心配しすぎも良くないわよね。母さんはついて行ってあげられないけれど、
二人とも、気を付けて行ってくるのよ」
「勿論だって!」
「うん!」
ビュウとリルティは元気良く返事をし、食事の片づけを続けた
それが終わった後も三人は楽しげな会話を続け、気が付くと時刻はもう真夜中だった。
明日が早いからと、ビュウとリルティは寝室へ行き、それぞれの布団へ潜り込んだ。
当分の間はこの家に戻ることは出来ない。
期待半分と、不安半分を胸に膨らませながら、ビュウは深い眠りに落ちていった。
ここは朝から夕方遅くまで大勢の人で賑わっている。
雑貨屋、食料品店、衣類店、花屋、薬局、武器屋、その他様々な店があり、ビュウの家で焼いたパンは、大半がここの食料品店に出荷されている。
リラの焼くパンはラノの人々にかなり好評で、毎日昼過ぎには常に完売の状態となっているという。
人混みに紛れ、ビュウは暫くの間リルティを探していたが、彼女らしき人物はどこにも見当たらない。
ふと、ビュウが武器屋の方へ目を遣ると、そこには見慣れた男性の姿があった。
その男性の姿を見た瞬間、ビュウは表情をほころばせ、人混みを避けながら彼の方へ向かって行く。
武器屋の店員と話をしている様で、近づくにつれ二人の話し声が聞こえてきた。
「頼むよ~、なっ?金額はいくらでも良いんだ。あんたが望むなら四十万、いや五十万でも」
両手をすり合わせ、願う様に店員は男性に頼み込んでいる。
「悪い、先客があるんだ。もう少し待ってくれ」
それに対し、男性の方は迷惑そうに顔を顰めている。
「そこを何とかなぁ~。あんた、ラノの住人だろ?ちょっとぐらいサービスしたって、罰は当たらんよ!」
「早く染料が欲しいんだが」
余程のこと染料が必要なのか、男性も一歩も譲っていない。
「注文割り込み出来るなら、染料なんてもん幾らでもやる!金鉱もおまけに付けてやるぞ?」
「要らん、金は払うと言っているだろう」
「むぅ、これじゃあラチがあかんなぁ」
どうやら、商売関係で何かもめている様だ。
ビュウは男性のすぐ傍まで来ると、自分よりも十センチ程高い彼の背中を軽く叩いた。
「兄さん、何かあったんですか?」
ビュウの存在に気付いた男性は、ビュウに視線を留めたまま店主を軽く顎で指した。
それにつられ視線を移すビュウ。
「まさかおっちゃん、また兄さんからせしめてんじゃ」
独り言の様に呟くビュウ。
「ち、違う!これは断じて歴然とした商売で・・・」
焦り始める店主、その様子からは嘘をついているということが見え見えだった。
「おっちゃん。こんなこと繰り返してんじゃ、いつか店の評判下がるぜ?」
「品が良くても、接客が悪いとな」
痛い言葉で男性のフォローをするビュウ。男性の方もそろそろ呆れ始めている。
「うっ」
流石に、店主の方も二人の言葉により押され始めている
「それに、兄さんに嫌われちゃ、あんま稼ぎ入らなくなるんじゃ?」
「店が潰れても俺には関係ないけどな」
「・・・ええい、分かったよ!」
二人の毒舌攻めにより促された店員は、渋々武器の染料を男性に売った。
やっとのことで染料を手に入れ、二人は武器屋を後にしたようだ。
「兄さんも大変ですね、商売ってなると」
「俺は趣味程度で済ませてるから良いけどな、本格的な商売となると色々と面倒だから」
ビュウが兄さんと呼んでいる男性、彼の名は、ソルト・ブレスキアといった。
彼は、七年前に唯一の家族であった父親を不幸な出来事で失い、僅か十歳、その上たった一人でラノへと越してきた。
身寄りの無かった彼を引き取ろうとする者も居たが、本人がそれを拒んだ為、彼は今までずっと一人暮らしなのである。
驚く程に武器の扱いに慣れていて、彼の趣味であるという、鍛冶の腕前も素晴らしかった。
このことに憧れを抱いたビュウは、彼から様々な戦法や戦術を習い、いつしか彼のことを兄さんと呼ぶようになっていた。
彼の造る武器や装飾品はことのほか優れている為、ことを聞き付け、遠方の街から遥々と武器屋がやって来ることも度々あるという。
先程、揉めていたのもそれが関係している様子だった。
ビュウは呑気にソルトと話をしていたが、忘れていた自分の用ことのことを思い出し、急に気が焦り始めた。
「げっ!そういえば、リル見ませんでした?この辺に居るはずなんだけど、なかなか見つかんなくて」
「あいつなら、さっき泉の方へ向かってったぞ。鳥に飯でもやってるんじゃないか?」
「どおりで見付かんない訳だ。いきなりすいません、ちょっと俺行ってきます。それじゃ」
ビュウは軽く会釈をすると、木が覆い茂る林、つまり泉の方へ向かって走り出した。
その後姿を見届け、再びソルトが歩き始めようとした瞬間、突然何かを思い出したかのように、ビュウは彼の方を振り返った。
「兄さん!」
その声に振り向くソルト。
「今度、また手合わせして貰えますかー!?自分で言うのもなんだけど、戦術にも結構慣れて来たんですよ!特訓の成果、兄さんに見て欲しくって!」
手合わせの申し込みをするビュウは、随分と意気込んでいるようだった。
ソルトはそれに承知したという素振りを見せると、ビュウは嬉しそうな表情をし、再び泉の方へと走り出した。
ソルトに戦術を教えてもらった時から、ビュウはそれに夢中になっていた。
彼と知り合う前からそのことには興味があり、気になってはいたのだが、この町にはそれに詳しい住民もおらず、その頃はまだ憧れを抱くことしか出来なかったのだ。
しかし、ラノに越して来たソルトが偶然にも武器や戦闘に詳しく、そのことを知ったビュウが彼に稽古を付けて欲しいと頼むと、ソルトは快く受け入れてくれたという。
ビュウの愛用している武器、それは二本の短剣とブーメランが合体した特殊な物で、ビュウの扱い易いという武器を研究した末に、彼だけの為にとソルトが仕立てたオリジナルの武器だった。
オリジナルといっても大して複雑な構造ではなく、二十センチ程の二本の短剣で、両方の柄の部分を組み合わせれば、ブーメランとして使用できるという単純な物だった。
軽い上に丈夫で、切れ味は抜群という優れた武器であり、ビュウにとっては一つの宝物でもあった。
時々しか出来ないソルトとの手合わせは、自分の特訓の成果を見せることの出来る唯一の時であり、ビュウはかなり張り切っているのだった。
鼻歌を歌いながら、林の中を走り続けているビュウ。
暫くすると、どこからか笛の音が聞こえて来た。
その音色はとても柔らかで、まるで木々を包み込んでいるかの様だった。
誰かが近くで演奏をしているのだろうか。
ビュウは笛の音にはっとすると、音色の音源を探し、その方へ向かった。
目の前にある木々の隙間の奥に、大きな水溜りがあるのが見える。泉だ。
木々を掻き分けその近くへ向うと、急に視界の開けた場所に出た。
そこには、対照に割ったハートの様な形をした少し小さな泉と、その付近に座り、フルートの様な木笛で演奏をしている少女の姿が在った。
彼女の周囲には、数匹の小鳥が心地良さそうに鳴いている。
夕日を受けて淡い朱色に煌く泉の周囲では、沢山の若葉が芽吹いていた。
演奏に夢中なのか、少女はビュウの存在に気付いていない。
小鳥の方は敏感な様で、既に二、三匹はビュウの方に視線を留めている。
ビュウが少女の方へ近づいても小鳥は驚く様子も無く、一匹も飛び立とうとはしなかった。
「おい、リル」
演奏を止め、その声にようやく顔を上げた彼女、リルティはビュウを見た。
紅の右目に、紫の左目、リルティの瞳は宝石の様に美しい紅紫をしている。
腰下まである桃色の長髪は一本に三つ編みされていて、夕日を受け淡く煌いていた。
昔とは随分雰囲気が変わっていて、ビュウよりもかなり大人っぽくなっている。
しかし、その姿からはどこか孤独で哀しげな雰囲気が窺えた。
「リラさんが帰って来いってさ。夕飯らしいぜ」
「そっか、もうそんな時間なんだ」
リルティが立ち上がると、小鳥達はまるで駄々をこねる様に翼を羽ばたかせた。
〈もう帰っちゃうの?やだよ!リルティ、明日には旅に出ちゃうんでしょ?
これからは、もうずっと会えなくなっちゃうの?〉
二人には、ビュウでもリルティでも無い不思議な声が、脳に直接はっきりと聞こえてきた。
声の正体は、彼らの傍にいる小鳥たちだった。
幼い頃から、ビュウとリルティは動物と意思疎通が可能という特技を持っている。
神子であるリルティがその特技を持っているということは当然なのだが、ビュウが同じ様な特技を身に付けているとは非常に不思議なものだった
「そうだよ、ごめんね。私は神子だから、月燐へ行ってやらなくちゃいけないことがあるの」
リルティはその場にしゃがみ込むと、小鳥たちの方を向いて困った様な顔をした。
〈でも、そのやらなくちゃいけないことが終わったら、きっと帰って来てくれるよね?また会えるんだよね!〉
リルティは頷き、優しく微笑んだ。
〈ずっと待ってる。早く帰ってきてね、頑張って!〉
小鳥たちは、地面から飛び上がるようにもう一度翼を羽ばたかせた。
「ありがとう。それじゃ、またね」
リルティは立ち上がると、小鳥たちに手を振り、ビュウと共に来た道を戻っていった。
「いよいよ明日かー。月燐ってここからそんな遠くないっぽいし、旅っつってもすぐ終わりそうだよな」
「そうだね。私一人の問題なのに、ビュウまでつき合わせちゃって、ごめんね」
申し訳なさそうな顔で、少し俯くリルティ。
「気にすんなって、旅とか初めてだし、楽しみだからさ」
「そっか、良かった。ありがとう」
顔を上げ、少しだけ微笑むリルティ。
二人は、明日から旅に出ることとなっていた。
言い伝え通り、冥神の封印が解かれる刻限までにリルティは月燐へ行き、神子としての宿命を果たさなければならない。
初めの頃は、彼女が自分だけの問題だからと、たった一人で月燐へ向かおうとしていたのだが、それは危険すぎると悩んだ挙句、ビュウはリラと相談し、彼女と行動を共にすることとなった。
後にソルトもこのことを知り、同様に彼女を心配したのか、彼も旅に同行する予定だという。
二人が自宅に着く頃には夕日も沈みかけていて、辺りは随分暗くなっていた。
「ごめん、リラさん、遅くなった!」
急いで靴を脱ぎ、茶の間へ急ぐ二人
食卓机にはサラダやスパゲティなど、様々な料理が並べられている途中だった。
焼きたてのパンを並べながら、リラは二人の方を見た。
「お帰りなさい、丁度今出来た所なのよ。さぁ、座って座って」
その言葉に二人はほっと溜め息を付くと、何もしないで休んでる訳にはいかないからと、リラを手伝い始めた。
二人の手伝いにより食事の準備は早く終わり、いつも通りの楽しい会話をしながら、三人は夕餉を味わった。
食べ終え、三人で食器を片付けている途中、ふとリラが口を開いた。
「いよいよ明日ね。二人共、準備は出来てる?お金が足りない様だったら言ってね、すぐに用意するから」
リラが言っているのは、旅のことであった。
「もう、できてるってば。お母さん、それ朝も言ったよ?そんなに心配しなくても大丈夫なんだから」
リルティの言葉に微笑するリラ、それに続いてビュウも笑う。
「大丈夫だよリラさん、俺と兄さんもついてるしさ」
「そうね、心配しすぎも良くないわよね。母さんはついて行ってあげられないけれど、
二人とも、気を付けて行ってくるのよ」
「勿論だって!」
「うん!」
ビュウとリルティは元気良く返事をし、食事の片づけを続けた
それが終わった後も三人は楽しげな会話を続け、気が付くと時刻はもう真夜中だった。
明日が早いからと、ビュウとリルティは寝室へ行き、それぞれの布団へ潜り込んだ。
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