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番外編 一輪の花
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「ああ、今日はラウ兄様の交流会か」
カダージュは、自室で本を読んでいた。分厚い専門的な本を僅かな時間で読み終えると、城全体が騒がしいことに気付いた。それに、側近のビズが答える。
「はい。伯爵家以上のご令嬢が、国中から集まっております」
十二から十六歳の高位貴族の子女が集まる、第三皇子ラウェージュの婚約者候補を決める交流会。
「十二、十三歳の人は、僕の候補にもなるわけか。ちょっと見て来よう」
「は?」
カダージュの提案に、ビズが間抜けな返事をした。
「だって、気に入る人が見つかれば、面倒な交流会をやらなくて済むでしょ。いたらラッキーくらいで行ってみよう」
軽く言われ、ビズは困った顔をする。
「殿下、そこは面倒などと言わないでください。将来の伴侶をお決めになるのです。よくよく見極めた方がよろしいかと」
「それなら尚更行くべきじゃないか。一度の交流で何がわかる。機会があるなら何度でも見ておく方が、より為人がわかるだろう」
尤もだ。ビズはすぐに考えを改める。
「なるほど。確かにそうですね」
「そうだろう?それに、油断している姿こそ見たい。皇族の視界に入っている時のヤツらは擬態する。見極めるのも面倒だ」
ビズは頷く。
「まあ、僕の交流会でさらに篩にかけるのも悪くはないけど」
怠惰だの愚かだのと言われているカダージュは、その評価なりの交流会にしかならないと考えている。最低評価しかされていないカダージュに近付いてくる人物は、碌でもない者が殆どだろう。遠巻きに見ている者は、侮蔑をしているか見極めているか。中にはこの側近ビズのように、カダージュの本質に気付いて傾倒し、側にいることを懇願する者もいる。
「今日見つけられなかったら、きちんと僕も交流会はするよ」
「ビズ、そんな顔をするな。我ながら似合っていると思うぞ」
「どのようなものでも殿下に似合わないはずがありません。ですが、やはりメイド服は相応しくないと申しますか」
「給仕の方は僕に合う服がなかったし、女の方が体型も声も誤魔化せるだろう」
まだ十一歳のカダージュ。小柄な成人女性としてなら、ギリギリ及第点の体型だ。
「わかってはおりますが」
「はい、この話は終わり。さっさと行くよ」
………
……
…
「きゃあっ。あ、あ、も、申し訳、ありません、申し訳ありません」
メイドとして立ち回る中、そんな声が聞こえた。振り返ると、ケーキでドレスを汚した少女と、涙目で謝る少女。汚された少女はティシモ家の娘。汚した少女はオルベス家の娘。どちらも伯爵家だ。悪意によって汚したのではないだろう。オルベスの娘は本当にどうしたらいいかわからず、おろおろとしている。
ティシモの娘はどうするのだろう。
カダージュは動きながら、その動向を視界に入れておく。
笑った。
カダージュは動きを止めた。予想外のティシモの娘の表情に、時が止まったように感じられた。
怒鳴るだろうか。不快をありありと顔に出し、罵るだろうか。オルベスの娘を無視して親に言いつけに行くだろうか。
いずれにせよ、ティシモの娘は怒っていると思った。
それなのに、あんなにも穏やかに笑うなんて。
カダージュは、自分の心臓がうるさいと思った。
「あらあら、このくらい何てことありませんわ。そんなことより、涙をお拭きくださいませ。折角の綺麗な顔に、涙の跡が残ってしまってはもったいないですよ」
自分のドレスに構うことなく、真っ白なハンカチをオルベスの娘に差し出した。
「で、ですが」
戸惑うオルベスの娘の手を取り、ハンカチを乗せた。
「未使用のものですから大丈夫、綺麗ですわ」
「そ、のような、ことではなく」
思いもよらない発言に、オルベスの娘は慌てている。
「あ、そうですわね。折角作ってくださった料理人に申し訳ありませんわね。一緒に謝りましょう」
オルベスの娘はポカンとしている。それはそうだ。プライドの塊のような貴族の発言とは思えない。信じられないかもしれないが、この出来事で、勢力図が書き換わるような事件になっていたかもしれないのだ。
カダージュは口元を押さえる。
すぐにビズの元へ行き、部屋に戻る。変装を解いて、先程までいた中庭が見える部屋に移動する。
「メリオラーザ。ふふ。メリオラーザ」
部屋の窓からは離れ、自分の姿を見えないようにする。部屋の中央にいても、庭が見える部屋だ。薄暗い部屋に、馨しい紅茶の香りが漂う。
「ビズ、醜聞だらけの僕を、メリオラーザは受け入れてくれるかな」
メリオラーザを視界に止めながら、紅茶をひとくち。
「逃がす気はないのでしょう。ですが、殿下を知れば、どのような令嬢も殿下に傾倒します」
「それじゃあ意味ないよ」
カダージュのもう一つの姿を受け入れてもらっても意味がない。わかっていて、自分の側近はそんな意地悪を言うのだ。
「私はどちらでも良いですからね」
カダージュを独り占め出来ることは嬉しいし、カダージュを讃える同志が出来ることも嬉しい。メリオラーザがもう一つの姿でカダージュを受け入れるなら、ビズはカダージュを独り占め。醜聞だらけの姿のまま、本質を見抜けたのであれば、カダージュを讃える同志を手に入れられる。カダージュの側には同志がいて欲しいが、こればかりはわからない。
結果、醜聞だらけの姿だけで本質を見抜けたわけではなかったが、その姿でも、本気で体を案じてくれた、優しい人だったのだが、それは僅かに先の話。
「あの美しい花を手に入れるのは、僕だよ」
窓の外には、植え込みの影で、誰にも見られないよう、借りた濡れタオルで丁寧にドレスを拭うメリオラーザ。ドレスを用意してくれた家族と、作ってくれた職人たちへの思いに溢れた、そんな仕草。
カダージュは熱く見つめていた。
*~*~*~*~*
そして僅かの未来。
「ねえ、ビズ。僕の見る目はなかなかだろう」
なかなかどころではない。
最高の女性をその手にしたのだ。
*おしまい*
カダージュは、自室で本を読んでいた。分厚い専門的な本を僅かな時間で読み終えると、城全体が騒がしいことに気付いた。それに、側近のビズが答える。
「はい。伯爵家以上のご令嬢が、国中から集まっております」
十二から十六歳の高位貴族の子女が集まる、第三皇子ラウェージュの婚約者候補を決める交流会。
「十二、十三歳の人は、僕の候補にもなるわけか。ちょっと見て来よう」
「は?」
カダージュの提案に、ビズが間抜けな返事をした。
「だって、気に入る人が見つかれば、面倒な交流会をやらなくて済むでしょ。いたらラッキーくらいで行ってみよう」
軽く言われ、ビズは困った顔をする。
「殿下、そこは面倒などと言わないでください。将来の伴侶をお決めになるのです。よくよく見極めた方がよろしいかと」
「それなら尚更行くべきじゃないか。一度の交流で何がわかる。機会があるなら何度でも見ておく方が、より為人がわかるだろう」
尤もだ。ビズはすぐに考えを改める。
「なるほど。確かにそうですね」
「そうだろう?それに、油断している姿こそ見たい。皇族の視界に入っている時のヤツらは擬態する。見極めるのも面倒だ」
ビズは頷く。
「まあ、僕の交流会でさらに篩にかけるのも悪くはないけど」
怠惰だの愚かだのと言われているカダージュは、その評価なりの交流会にしかならないと考えている。最低評価しかされていないカダージュに近付いてくる人物は、碌でもない者が殆どだろう。遠巻きに見ている者は、侮蔑をしているか見極めているか。中にはこの側近ビズのように、カダージュの本質に気付いて傾倒し、側にいることを懇願する者もいる。
「今日見つけられなかったら、きちんと僕も交流会はするよ」
「ビズ、そんな顔をするな。我ながら似合っていると思うぞ」
「どのようなものでも殿下に似合わないはずがありません。ですが、やはりメイド服は相応しくないと申しますか」
「給仕の方は僕に合う服がなかったし、女の方が体型も声も誤魔化せるだろう」
まだ十一歳のカダージュ。小柄な成人女性としてなら、ギリギリ及第点の体型だ。
「わかってはおりますが」
「はい、この話は終わり。さっさと行くよ」
………
……
…
「きゃあっ。あ、あ、も、申し訳、ありません、申し訳ありません」
メイドとして立ち回る中、そんな声が聞こえた。振り返ると、ケーキでドレスを汚した少女と、涙目で謝る少女。汚された少女はティシモ家の娘。汚した少女はオルベス家の娘。どちらも伯爵家だ。悪意によって汚したのではないだろう。オルベスの娘は本当にどうしたらいいかわからず、おろおろとしている。
ティシモの娘はどうするのだろう。
カダージュは動きながら、その動向を視界に入れておく。
笑った。
カダージュは動きを止めた。予想外のティシモの娘の表情に、時が止まったように感じられた。
怒鳴るだろうか。不快をありありと顔に出し、罵るだろうか。オルベスの娘を無視して親に言いつけに行くだろうか。
いずれにせよ、ティシモの娘は怒っていると思った。
それなのに、あんなにも穏やかに笑うなんて。
カダージュは、自分の心臓がうるさいと思った。
「あらあら、このくらい何てことありませんわ。そんなことより、涙をお拭きくださいませ。折角の綺麗な顔に、涙の跡が残ってしまってはもったいないですよ」
自分のドレスに構うことなく、真っ白なハンカチをオルベスの娘に差し出した。
「で、ですが」
戸惑うオルベスの娘の手を取り、ハンカチを乗せた。
「未使用のものですから大丈夫、綺麗ですわ」
「そ、のような、ことではなく」
思いもよらない発言に、オルベスの娘は慌てている。
「あ、そうですわね。折角作ってくださった料理人に申し訳ありませんわね。一緒に謝りましょう」
オルベスの娘はポカンとしている。それはそうだ。プライドの塊のような貴族の発言とは思えない。信じられないかもしれないが、この出来事で、勢力図が書き換わるような事件になっていたかもしれないのだ。
カダージュは口元を押さえる。
すぐにビズの元へ行き、部屋に戻る。変装を解いて、先程までいた中庭が見える部屋に移動する。
「メリオラーザ。ふふ。メリオラーザ」
部屋の窓からは離れ、自分の姿を見えないようにする。部屋の中央にいても、庭が見える部屋だ。薄暗い部屋に、馨しい紅茶の香りが漂う。
「ビズ、醜聞だらけの僕を、メリオラーザは受け入れてくれるかな」
メリオラーザを視界に止めながら、紅茶をひとくち。
「逃がす気はないのでしょう。ですが、殿下を知れば、どのような令嬢も殿下に傾倒します」
「それじゃあ意味ないよ」
カダージュのもう一つの姿を受け入れてもらっても意味がない。わかっていて、自分の側近はそんな意地悪を言うのだ。
「私はどちらでも良いですからね」
カダージュを独り占め出来ることは嬉しいし、カダージュを讃える同志が出来ることも嬉しい。メリオラーザがもう一つの姿でカダージュを受け入れるなら、ビズはカダージュを独り占め。醜聞だらけの姿のまま、本質を見抜けたのであれば、カダージュを讃える同志を手に入れられる。カダージュの側には同志がいて欲しいが、こればかりはわからない。
結果、醜聞だらけの姿だけで本質を見抜けたわけではなかったが、その姿でも、本気で体を案じてくれた、優しい人だったのだが、それは僅かに先の話。
「あの美しい花を手に入れるのは、僕だよ」
窓の外には、植え込みの影で、誰にも見られないよう、借りた濡れタオルで丁寧にドレスを拭うメリオラーザ。ドレスを用意してくれた家族と、作ってくれた職人たちへの思いに溢れた、そんな仕草。
カダージュは熱く見つめていた。
*~*~*~*~*
そして僅かの未来。
「ねえ、ビズ。僕の見る目はなかなかだろう」
なかなかどころではない。
最高の女性をその手にしたのだ。
*おしまい*
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