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出会い
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ご都合主義な部分が多々ありますが、笑って許してくださるとありがたいです。
少しでも楽しんでいただけますように。
*~*~*~*~*
「このままだとどうなるかな」
「急激に天秤が傾く」
真っ白な世界に二つの声がする。
「バカも困るけどねぇ」
「面倒だな」
ひどく濃い霧の中、よく見ると二つの影が何かをのぞき込むように座っていることがわかる。
「ウソ。楽しんでるよね」
一つの影がのぞき込んでいるものの縁に頬杖をつきながら、もう一つの影に笑いかける。
「さあ、どうだか」
笑いかけられた影はとぼけた返事をするものの、その声色には愉悦が滲んでいた。
「たまには動かないと」
「たまには、な」
「たまにっていうか、稀には動かないと、かなぁ。ねぇ、シン。キミが前回動いたのいつだったかな」
からかうような声に、シンと呼ばれた影は鼻を鳴らした。
*~*~*~*~*
ここは神と人とが近い世界。年に一度の神事では神の姿を見、神の声を聞く。
この神を顕現させることが出来るのは、世界でもほんの一握り。世界中に神リュシエンヌを祀る神殿があり、総本山の神殿に務める更に高位の神官だけである。
魔法が存在する世界でもあり、ほとんどの者が魔力を持つが、身分と魔力が比例しているのではないかというほど、身分の高い者が高魔力の傾向にある。
神官のほかに、身分は大きく分けて三つ。上から王族、貴族、平民となる。貴族はさらに五つ、公侯伯子男の爵位に分かれ、公爵が最高位の貴族であり、男爵が貴族の入り口となる。平民は明確な身分差はないが、貿易商や大商家、資産家が高く見られる傾向にある。平民は貴族に仕え、貴族は王族に仕える。平民からすれば、貴族は手の届かない存在であり、王族は雲の上の存在だ。
神官はこれらから独立しており、神殿の規則によって序列が決められていた。神官になる条件として、治癒魔法が使えることが絶対条件となる。この治癒魔法だけは、身分問わず治癒能力に差はない。元の身分など何の役にも立たない、修行によって差が付く、実力主義の世界であった。
ここシュリアーネ王国は、王族が近年稀に見る優秀さで国中を潤していた。現国王は内政に力を入れ、しっかりと足下を固めた。そして次代を継ぐ王太子ロヴィスは、天才が努力を重ねた恐るべき優秀さで、十歳から政務を手伝い始め、十二歳で外交を影ながら支えた。現国王には三人の王子と二人の姫がいるのだが、長子である王子ロヴィスはその功績を認められ、十五歳で王太子に任命された。
この国は長子が王太子になるわけではない。王位は基本王の血を継ぐものの中から選ばれる。そこに男女の別、あまりにも離れている場合を除いて年齢の上下などない。あらゆる要素を考慮し、長い年月をかけて慎重に王太子は選ばれるのだ。それが五人も継承者がいる中、しかも一番下はその時まだ七歳だったというのに、ロヴィスを王太子に任命したのだ。突出していることが明らかだろう。
そして、優秀すぎる王太子の婚約者もまた、類い稀なる才能の持ち主であった。
ディヅィイ公爵令嬢シンシア。王族をも凌ぐ魔力の持ち主で、魔法の扱いが恐ろしく緻密だ。百メートル先の針の穴に糸を通すことも容易い、と言えば伝わるだろうか。攻撃系の魔法も扱えるが、最も得意とする魔法は育成である。植物との相性がとてつもない。魔法を使わなくとも、シンシアがいるだけで勝手に育つ。というより、彼女を喜ばせようとする。たとえば花を咲かせようとしたり、実を実らせようとしたり。植物が彼女を愛しているのだ。そんな彼女がわずかに魔力を捧げ、望みを言えば、計り知れない恩恵がもたらされる。
そんなシンシアが、王太子妃に相応しくあれ、と全方向に努力をした。とんでもないカップルの誕生である。
王太子ロヴィスと公爵令嬢シンシアが婚約を結んだのは七年前。それまでの交流の中で、シンシアが一番王子妃に相応しいとロヴィスが王妃に伝えたことによるものだった。
性格は非常に温厚。誰にでも分け隔てなく接する。だからといって日和見ではない。律するところは律する。それも、相手の尊厳を踏みにじることのないように。優しく、時には厳しく人を導ける。
ロヴィスは婚約を決めるまでの交流の中で、幼いながらもそういった教養を身につけているシンシアに驚きを隠せなかった。優秀過ぎるロヴィスではあったが、感情というものが若干薄い自覚はあった。そんな彼が、シンシアが隣に立つ夢を見た。会う度に大きくなっていく気持ちを抑えられなかった。あれほど素敵な令嬢には巡り会えない。ロヴィスの初めての我が儘だった。
初めて顔を合わせてから三年、ロヴィス十歳、シンシア九歳、二人は婚約を結んだ。
*~*~*~*~*
十三になる歳から六年、王立の学園に通うことが貴族には義務付けられている。この学園を卒業したら、ロヴィスとシンシアは結婚をする。ロヴィスの方が一つ年上なので、シンシアの卒業を待つ形になる。
ロヴィスは普段ほとんど表情が動かないのだが、シンシアと二人の時は死滅した表情筋が蘇る。微笑むロヴィスを見るだけで、シンシアの顔は染まり、心臓は破れんばかりにうるさくなる。髪にキスなどされた日には、十回に八回は意識を失う。ロヴィスはそんな彼女が可愛くて可愛くて、意識がないのをいいことに思う存分抱きしめるのだ。
そんな未来の王と王妃に、変化が訪れる。
ロヴィスが最高学年となったこの年、南側隣国ダイレスから伯爵令息がロヴィスの学年に、東側隣国カザフィスタから侯爵令息がシンシアの学年にそれぞれ一人ずつ、一年間留学に訪れた。毎年どこかしらの国の留学生は訪れるが、最高学年に留学してくることは初めてではないだろうか。そんな留学生たちの相手をしつつ、一週間が過ぎた頃。
昼休みにロヴィスとシンシアは、食後の散歩で中庭を歩いていた時だった。
「ひぃぃにょわえええええぇぇぇぇ!」
どこからともなく奇妙な悲鳴が聞こえたかと思うと、ロヴィスは咄嗟にシンシアを庇うように前に出て警戒する。
「殿下!」
王太子を守る立場である自分が守られてどうする、と悲鳴のようにシンシアが声を上げた瞬間、すぐ側の木の上に何か大きなものが落ちた音がした。
ガサガサバキバキガサガサッ バギッ ぼだっ
ロヴィスはシンシアを覆い被さるように抱え、一瞬で五メートルほどの距離をとった。中庭にいた生徒たちは騒然となる。ロヴィスはその何かから鋭い視線を外さない。やがてシンシアが躊躇いがちに口を開いた。
「あの、殿下」
シンシアの声にハッとする。
「シンシア、怪我はないか」
慌てるロヴィスに破顔する。
「はい。殿下が守ってくださいましたので。ですが」
ロヴィスは怪我がないことに安堵の息をつくと、シンシアの続く言葉を遮るように、赦せ、と抱きしめていたままの腕に更に力を込めた。
「体が勝手に動いた。こればかりは仕方がない」
次期国王が身を挺して誰かを守るなど、あってはならない。わかってはいるんだ、と言い訳にもならない言い訳をして、シンシアを解放する。真っ赤になりながらシンシアは、ありがとうございます、と礼を言うと、働きそうもない頭で情報整理に努めた。
「あ、あのご令嬢、見かけない方ですね」
「ああ。もしかしてファルファナ男爵令嬢ではないかな」
木から地面に落ちたソレ。
ピンクブロンドのフワフワした髪が目に入った。
ロヴィスの言葉にシンシアもハッとする。ファルファナ男爵の話を思い出した。平民の愛人との子どもで、半年ほど前にその愛人が亡くなったので引き取った、というものだ。今年で十六になるとのことで、中途ではあるが貴族の義務である学園に通うことになったのだ。
そんなことを思い出したが、すぐに困惑したような雰囲気を醸し出す。
ソレはゆっくり起き上がる。
「ふおおおおお!びっっっくりしましたー!」
ソレは、またもや奇怪な声を上げ、たくましくも立ち上がった。
あっけにとられる周りを余所に、ソレとロヴィスは、バッチリ目が合ってしまったのだった。
未知との遭遇に、ロヴィスもシンシアも言葉を失っていたが、シンシアは何とかロヴィスに声をかける。
「殿下、彼女、ファルファナ男爵令嬢様は、だ、大丈夫でしょうか。ええと、その、怪我など、なければ良いのですが」
珍しくシンシアも動揺している。ロヴィスは一つ頷きシンシアの髪を一撫ですると、二人でファルファナ男爵令嬢であろう女子生徒の元へ歩いた。
近づくロヴィスとシンシアに、一目見て高貴な人物とわかるため女子生徒は目が泳ぎだした。しかし、高貴とわかるが故に、逃げ出すことも出来ない。爵位が上の者に自分から口を開くことも叶わない。ますます目が泳いで挙動不審になる女子生徒に、ロヴィスはゆっくり話しかける。
「私はこの国の王太子ロヴィス・シュリアーネだ。その、木から、かな、落ちたように見えたが、怪我はないか」
その言葉に、驚いた猫のように女子生徒の全身がブワリと膨らんだように見えた。
ガクガクと震えながら精一杯声を出す。
「ぅおおお王太子殿下様でございまするかっ。私、その、スイ、あ、ええと、ファルファナ?男爵の、が、は?あれ?が、かな、男爵が娘、スイ・ファルファナでございまするっ」
ひどかった。何だか居たたまれない。思わずロヴィスは口元に手をやり、シンシアはそっと目を逸らす。わずかな沈黙の後、気を取り直してシンシアも声をかける。
「ファルファナ男爵令嬢様、初めまして。わたくしはディヅィイ公爵が娘、シンシアです」
「はうぅっ、こうしゃくっ。ふぁるっふぁにゃっ男爵のっ、すいれごじゃいまする!」
より悪化した。が、シンシアは、気遣うように言葉を重ねた。
「ファルファナ男爵令嬢様、お怪我はございませんか。どこか痛いところなど、違和感はございませんか」
「おさっ、おさわわがせしてももも、申し訳ごじゃりませんっ。こんな、こんな雲の上の方たちのお側で騒ぎを起こして本当に申し訳ないことでごじゃりまするっ」
「いや、大丈夫だから落ち着こうか。何があった。何故ファルファナ嬢は木から降ってくるようなことになったのだ」
言葉遣いがおかしい、とは敢えて置いておく。人が落ちてくるなど、ただ事ではない。
「あ、は、はいぃ、その、何と言うか、あ、言いましょうか、ですね」
スイは混乱する頭で何とか状況を説明する。
「木から、ではなく、屋上から、ですね。私が落ちたのは」
「ちょっと待て」
とんでもない発言だった。
スイの状況を整理すると、朝登校すると、昼休みに屋上に来るようにとの手紙が机においてあったとのこと。宛名はなかった。スイの入学の事情からか、声をかけてくる者はいない。遠巻きに声を潜める者ばかりだったので、その手紙に心当たりなどあるはずもない。誰かと間違えたのか、本当に自分宛なのかすら不明だったため、とりあえず手紙の通り屋上へ向かった。しかし誰もおらず、首を傾げながら待つことしばし。なんと屋上の入り口の扉を閉められ、あろう事か鍵をかけられてしまった。戻れなくなると焦ったスイは、扉を叩いて助けを呼ぶが、一向に開く気配がない。仕方なく下にいる人たちに助けを乞おうと手すりに身を乗り出したが、勢い余って今に至る、ということらしい。
二人はもちろん、話が聞こえた周囲も唖然としている。
「よく、ご無事でしたわ」
あまりのことに、やっとそんな言葉がシンシアから紡がれた。
しかしスイは、
「いやー、小さい頃からそんなことばかりで。隣の家の魔石暴発に巻き込まれたり、大店の娘と間違われて攫われたり、馬車で移動中崖から落ちたり、薬草採取の時に魔物の群れに突っ込んだり。今回も木がクッションになってくれたので無事生きてますー」
運がいいのか悪いのか、えへへ、と言って笑う。皆何とも言えない表情になった。
「今は何ともないかもしれないが、念のため医務室へ行った方が良い。今まで大丈夫だからと、今回も大丈夫とは限らない」
暴発だの誘拐だの崖から落ちたり魔物の群れに突っ込んだりの令嬢とて、人間だ。些細なことで命を落とすかもしれない。ロヴィスは近くの女子生徒に、医務室までスイに付き添うよう頼んだ。
「あの、王太子殿下、ディヅィイ公爵令嬢様、お騒がせして申し訳ございませんでした。お気遣いありがとうございます」
少し話をして落ち着いたのか、先程とは雲泥の差の挨拶で、付き添いの女子生徒とその場を後にした。
これが今後、二人の運命を大きく狂わせるスイとの出会いであった。
*つづく*
少しでも楽しんでいただけますように。
*~*~*~*~*
「このままだとどうなるかな」
「急激に天秤が傾く」
真っ白な世界に二つの声がする。
「バカも困るけどねぇ」
「面倒だな」
ひどく濃い霧の中、よく見ると二つの影が何かをのぞき込むように座っていることがわかる。
「ウソ。楽しんでるよね」
一つの影がのぞき込んでいるものの縁に頬杖をつきながら、もう一つの影に笑いかける。
「さあ、どうだか」
笑いかけられた影はとぼけた返事をするものの、その声色には愉悦が滲んでいた。
「たまには動かないと」
「たまには、な」
「たまにっていうか、稀には動かないと、かなぁ。ねぇ、シン。キミが前回動いたのいつだったかな」
からかうような声に、シンと呼ばれた影は鼻を鳴らした。
*~*~*~*~*
ここは神と人とが近い世界。年に一度の神事では神の姿を見、神の声を聞く。
この神を顕現させることが出来るのは、世界でもほんの一握り。世界中に神リュシエンヌを祀る神殿があり、総本山の神殿に務める更に高位の神官だけである。
魔法が存在する世界でもあり、ほとんどの者が魔力を持つが、身分と魔力が比例しているのではないかというほど、身分の高い者が高魔力の傾向にある。
神官のほかに、身分は大きく分けて三つ。上から王族、貴族、平民となる。貴族はさらに五つ、公侯伯子男の爵位に分かれ、公爵が最高位の貴族であり、男爵が貴族の入り口となる。平民は明確な身分差はないが、貿易商や大商家、資産家が高く見られる傾向にある。平民は貴族に仕え、貴族は王族に仕える。平民からすれば、貴族は手の届かない存在であり、王族は雲の上の存在だ。
神官はこれらから独立しており、神殿の規則によって序列が決められていた。神官になる条件として、治癒魔法が使えることが絶対条件となる。この治癒魔法だけは、身分問わず治癒能力に差はない。元の身分など何の役にも立たない、修行によって差が付く、実力主義の世界であった。
ここシュリアーネ王国は、王族が近年稀に見る優秀さで国中を潤していた。現国王は内政に力を入れ、しっかりと足下を固めた。そして次代を継ぐ王太子ロヴィスは、天才が努力を重ねた恐るべき優秀さで、十歳から政務を手伝い始め、十二歳で外交を影ながら支えた。現国王には三人の王子と二人の姫がいるのだが、長子である王子ロヴィスはその功績を認められ、十五歳で王太子に任命された。
この国は長子が王太子になるわけではない。王位は基本王の血を継ぐものの中から選ばれる。そこに男女の別、あまりにも離れている場合を除いて年齢の上下などない。あらゆる要素を考慮し、長い年月をかけて慎重に王太子は選ばれるのだ。それが五人も継承者がいる中、しかも一番下はその時まだ七歳だったというのに、ロヴィスを王太子に任命したのだ。突出していることが明らかだろう。
そして、優秀すぎる王太子の婚約者もまた、類い稀なる才能の持ち主であった。
ディヅィイ公爵令嬢シンシア。王族をも凌ぐ魔力の持ち主で、魔法の扱いが恐ろしく緻密だ。百メートル先の針の穴に糸を通すことも容易い、と言えば伝わるだろうか。攻撃系の魔法も扱えるが、最も得意とする魔法は育成である。植物との相性がとてつもない。魔法を使わなくとも、シンシアがいるだけで勝手に育つ。というより、彼女を喜ばせようとする。たとえば花を咲かせようとしたり、実を実らせようとしたり。植物が彼女を愛しているのだ。そんな彼女がわずかに魔力を捧げ、望みを言えば、計り知れない恩恵がもたらされる。
そんなシンシアが、王太子妃に相応しくあれ、と全方向に努力をした。とんでもないカップルの誕生である。
王太子ロヴィスと公爵令嬢シンシアが婚約を結んだのは七年前。それまでの交流の中で、シンシアが一番王子妃に相応しいとロヴィスが王妃に伝えたことによるものだった。
性格は非常に温厚。誰にでも分け隔てなく接する。だからといって日和見ではない。律するところは律する。それも、相手の尊厳を踏みにじることのないように。優しく、時には厳しく人を導ける。
ロヴィスは婚約を決めるまでの交流の中で、幼いながらもそういった教養を身につけているシンシアに驚きを隠せなかった。優秀過ぎるロヴィスではあったが、感情というものが若干薄い自覚はあった。そんな彼が、シンシアが隣に立つ夢を見た。会う度に大きくなっていく気持ちを抑えられなかった。あれほど素敵な令嬢には巡り会えない。ロヴィスの初めての我が儘だった。
初めて顔を合わせてから三年、ロヴィス十歳、シンシア九歳、二人は婚約を結んだ。
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十三になる歳から六年、王立の学園に通うことが貴族には義務付けられている。この学園を卒業したら、ロヴィスとシンシアは結婚をする。ロヴィスの方が一つ年上なので、シンシアの卒業を待つ形になる。
ロヴィスは普段ほとんど表情が動かないのだが、シンシアと二人の時は死滅した表情筋が蘇る。微笑むロヴィスを見るだけで、シンシアの顔は染まり、心臓は破れんばかりにうるさくなる。髪にキスなどされた日には、十回に八回は意識を失う。ロヴィスはそんな彼女が可愛くて可愛くて、意識がないのをいいことに思う存分抱きしめるのだ。
そんな未来の王と王妃に、変化が訪れる。
ロヴィスが最高学年となったこの年、南側隣国ダイレスから伯爵令息がロヴィスの学年に、東側隣国カザフィスタから侯爵令息がシンシアの学年にそれぞれ一人ずつ、一年間留学に訪れた。毎年どこかしらの国の留学生は訪れるが、最高学年に留学してくることは初めてではないだろうか。そんな留学生たちの相手をしつつ、一週間が過ぎた頃。
昼休みにロヴィスとシンシアは、食後の散歩で中庭を歩いていた時だった。
「ひぃぃにょわえええええぇぇぇぇ!」
どこからともなく奇妙な悲鳴が聞こえたかと思うと、ロヴィスは咄嗟にシンシアを庇うように前に出て警戒する。
「殿下!」
王太子を守る立場である自分が守られてどうする、と悲鳴のようにシンシアが声を上げた瞬間、すぐ側の木の上に何か大きなものが落ちた音がした。
ガサガサバキバキガサガサッ バギッ ぼだっ
ロヴィスはシンシアを覆い被さるように抱え、一瞬で五メートルほどの距離をとった。中庭にいた生徒たちは騒然となる。ロヴィスはその何かから鋭い視線を外さない。やがてシンシアが躊躇いがちに口を開いた。
「あの、殿下」
シンシアの声にハッとする。
「シンシア、怪我はないか」
慌てるロヴィスに破顔する。
「はい。殿下が守ってくださいましたので。ですが」
ロヴィスは怪我がないことに安堵の息をつくと、シンシアの続く言葉を遮るように、赦せ、と抱きしめていたままの腕に更に力を込めた。
「体が勝手に動いた。こればかりは仕方がない」
次期国王が身を挺して誰かを守るなど、あってはならない。わかってはいるんだ、と言い訳にもならない言い訳をして、シンシアを解放する。真っ赤になりながらシンシアは、ありがとうございます、と礼を言うと、働きそうもない頭で情報整理に努めた。
「あ、あのご令嬢、見かけない方ですね」
「ああ。もしかしてファルファナ男爵令嬢ではないかな」
木から地面に落ちたソレ。
ピンクブロンドのフワフワした髪が目に入った。
ロヴィスの言葉にシンシアもハッとする。ファルファナ男爵の話を思い出した。平民の愛人との子どもで、半年ほど前にその愛人が亡くなったので引き取った、というものだ。今年で十六になるとのことで、中途ではあるが貴族の義務である学園に通うことになったのだ。
そんなことを思い出したが、すぐに困惑したような雰囲気を醸し出す。
ソレはゆっくり起き上がる。
「ふおおおおお!びっっっくりしましたー!」
ソレは、またもや奇怪な声を上げ、たくましくも立ち上がった。
あっけにとられる周りを余所に、ソレとロヴィスは、バッチリ目が合ってしまったのだった。
未知との遭遇に、ロヴィスもシンシアも言葉を失っていたが、シンシアは何とかロヴィスに声をかける。
「殿下、彼女、ファルファナ男爵令嬢様は、だ、大丈夫でしょうか。ええと、その、怪我など、なければ良いのですが」
珍しくシンシアも動揺している。ロヴィスは一つ頷きシンシアの髪を一撫ですると、二人でファルファナ男爵令嬢であろう女子生徒の元へ歩いた。
近づくロヴィスとシンシアに、一目見て高貴な人物とわかるため女子生徒は目が泳ぎだした。しかし、高貴とわかるが故に、逃げ出すことも出来ない。爵位が上の者に自分から口を開くことも叶わない。ますます目が泳いで挙動不審になる女子生徒に、ロヴィスはゆっくり話しかける。
「私はこの国の王太子ロヴィス・シュリアーネだ。その、木から、かな、落ちたように見えたが、怪我はないか」
その言葉に、驚いた猫のように女子生徒の全身がブワリと膨らんだように見えた。
ガクガクと震えながら精一杯声を出す。
「ぅおおお王太子殿下様でございまするかっ。私、その、スイ、あ、ええと、ファルファナ?男爵の、が、は?あれ?が、かな、男爵が娘、スイ・ファルファナでございまするっ」
ひどかった。何だか居たたまれない。思わずロヴィスは口元に手をやり、シンシアはそっと目を逸らす。わずかな沈黙の後、気を取り直してシンシアも声をかける。
「ファルファナ男爵令嬢様、初めまして。わたくしはディヅィイ公爵が娘、シンシアです」
「はうぅっ、こうしゃくっ。ふぁるっふぁにゃっ男爵のっ、すいれごじゃいまする!」
より悪化した。が、シンシアは、気遣うように言葉を重ねた。
「ファルファナ男爵令嬢様、お怪我はございませんか。どこか痛いところなど、違和感はございませんか」
「おさっ、おさわわがせしてももも、申し訳ごじゃりませんっ。こんな、こんな雲の上の方たちのお側で騒ぎを起こして本当に申し訳ないことでごじゃりまするっ」
「いや、大丈夫だから落ち着こうか。何があった。何故ファルファナ嬢は木から降ってくるようなことになったのだ」
言葉遣いがおかしい、とは敢えて置いておく。人が落ちてくるなど、ただ事ではない。
「あ、は、はいぃ、その、何と言うか、あ、言いましょうか、ですね」
スイは混乱する頭で何とか状況を説明する。
「木から、ではなく、屋上から、ですね。私が落ちたのは」
「ちょっと待て」
とんでもない発言だった。
スイの状況を整理すると、朝登校すると、昼休みに屋上に来るようにとの手紙が机においてあったとのこと。宛名はなかった。スイの入学の事情からか、声をかけてくる者はいない。遠巻きに声を潜める者ばかりだったので、その手紙に心当たりなどあるはずもない。誰かと間違えたのか、本当に自分宛なのかすら不明だったため、とりあえず手紙の通り屋上へ向かった。しかし誰もおらず、首を傾げながら待つことしばし。なんと屋上の入り口の扉を閉められ、あろう事か鍵をかけられてしまった。戻れなくなると焦ったスイは、扉を叩いて助けを呼ぶが、一向に開く気配がない。仕方なく下にいる人たちに助けを乞おうと手すりに身を乗り出したが、勢い余って今に至る、ということらしい。
二人はもちろん、話が聞こえた周囲も唖然としている。
「よく、ご無事でしたわ」
あまりのことに、やっとそんな言葉がシンシアから紡がれた。
しかしスイは、
「いやー、小さい頃からそんなことばかりで。隣の家の魔石暴発に巻き込まれたり、大店の娘と間違われて攫われたり、馬車で移動中崖から落ちたり、薬草採取の時に魔物の群れに突っ込んだり。今回も木がクッションになってくれたので無事生きてますー」
運がいいのか悪いのか、えへへ、と言って笑う。皆何とも言えない表情になった。
「今は何ともないかもしれないが、念のため医務室へ行った方が良い。今まで大丈夫だからと、今回も大丈夫とは限らない」
暴発だの誘拐だの崖から落ちたり魔物の群れに突っ込んだりの令嬢とて、人間だ。些細なことで命を落とすかもしれない。ロヴィスは近くの女子生徒に、医務室までスイに付き添うよう頼んだ。
「あの、王太子殿下、ディヅィイ公爵令嬢様、お騒がせして申し訳ございませんでした。お気遣いありがとうございます」
少し話をして落ち着いたのか、先程とは雲泥の差の挨拶で、付き添いの女子生徒とその場を後にした。
これが今後、二人の運命を大きく狂わせるスイとの出会いであった。
*つづく*
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日々埋没。
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「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
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