結果、王太子の英断

らがまふぃん

文字の大きさ
2 / 8

事故製造者

しおりを挟む
 スイが入学してから二ヶ月経つ頃には、学園でスイを知らない者はいなくなっていた。その出自も然ることながら、あまり学科の成績は良くない上に、魔法の成績も散々という劣等生として。人は自分より劣る者に対して優越感を持つ生き物である。そして、それを貶めても許されると思う生き物。スイは持ち前の明るさ故深刻にはならないが、なかなかの目に遭っている。みんなの前で恥をかかされるのは日常茶飯事。陰ではなくしっかり表で嗤われる。
 座学では、
 「まあ、ファルファナ男爵令嬢様。それは一年生でも悩まない問題ですわ」
 「あら、男爵令嬢様は実質一年目ですもの。僅かに理解が及ばないだけですわ」
 「そうなんですねぇ、では一年生の教科書を借りてくればわかるかなあ」
 へらっと笑うスイに、イヤミの通じない、と女子生徒たちはムッとした。
 魔法学科では、
 「的は前だよ、ファルファナ嬢の目は後ろにあるのかい?」
 「まあ、魔力もないに等しいから、キミのあさってのコントロールでも全く脅威にならないから問題ないけどね」
 「みなさんあんなにすごい魔法で制御もバッチリって、さすが貴族ですよねぇ。国を支える人たちはすごいんですねぇ」
 馬鹿にしているのに褒められる男子生徒たちは、満更でもなさそうだ。
 こんな感じで、常にスイは下に見られている。元平民、ということも手伝って、生まれた時から貴族としての教育を施された彼ら彼女らは、異物を受け入れられないようだ。もちろんそんな人間ばかりではない。表立って庇うことはないが、人を貶める家柄を冷静に見極め、ふるいにかけている。スイに対しては、元平民だからなどと言うことではなく、スイに限らず己の火の粉も払えない人間に用はない、ということだ。
 更に有名な理由としては、トラブルメーカー。
 何故か彼女はトラブルに見舞われやすい。
 「ぬああああぁぁぁぁぁ」
 奇妙な声がこだまする。
 教員室の二つ隣にある資料室からだ。
 何事かと駆けつけた教員は、目を丸くする。大量の資料が床に散乱している。その隙間から見えるピンクブロンドの髪。生徒は大勢いるが、この珍しい髪色は一人しかいない。
 教員たちは慌ててスイを助け出す。
 「ありがとうございますぅ。重たくて自力で抜け出せませんでしたぁ」
 へらっ、と笑うスイに、教員は安堵の息を漏らし、医務室へ連れて行く。
何でも、最終の授業で使用した資料を戻すよう言付かり、踏み台を使用して棚に戻していたところ、少々バランスを崩したとのこと。咄嗟に捕まった場所が、絶妙な加減で積み上げられた資料の山。あとはお察しである。
 また別の日。
 「ぅきょおおおおおぉぉぉ」
 実験の授業でのこと。火を扱う内容だったのだが、一人の生徒が加減を誤り、側にいたスイの制服に燃え移ったのである。驚きにまたもや奇妙な悲鳴を上げながら、ゴロゴロと床に転がり、あっけにとられる周囲監修の元、自力で火消しに成功した。上着の背中右側が煤けてしまったが。火傷などないか確認するため急いで医務室へ連れて行かれた。
 更に別の日。
 「ああああああああああ」
 魔法の授業。コントロールを誤った生徒の風魔法に捕まり、旋風つむじかぜのように勢いよく回転をするスイ。先生が慌てて魔法で相殺させたが、目を回して倒れたスイは、医務室へ運ばれた。
 スイが入学して二ヶ月余り。そんなわけで、留学生より目立つスイは、体は人並み外れて丈夫で健康だが、こうしたトラブルで医務室の常連と化していた。


*~*~*~*~*


 「トラブルメーカーですね」
 王城での執務室。ロヴィスの側近であるカルカが呆れたように口にした。二年前に学園を卒業したカルカは、側近とはいえ護衛ではないので学園内には立ち入れない。だが、ロヴィスの元に逐一もたらされる学園の情報には、当然目を通す。生きていく中であまり経験しないような事を、二ヶ月余りで頻発させるスイのことも、もちろん耳に入っている。
 「今日は階段から降ってきた」
 ロヴィスの言葉にカルカは一瞬止まる。
 「落ちてきた、ではなく」
 「ああ。降ってきた」
 二階への階段を上がっていた時、おおおおお、と何とも間の抜けた声が後ろから聞こえて振り返ると、少し後ろでスイが片膝をついていた。すると、三階の階段手すりから身を乗り出して、大丈夫かと声をかける生徒が数名。スイは声の方へ顔を上げると、
 「上手に着地できましたー」
 と、へらっと笑った。手すりから身を乗り出していた生徒の誰かとぶつかり、どういう偶然か、手すりを乗り越えてしまったようだ。
 「よく今まで生きていたものだ」
 ロヴィスのどこか楽しそうな声音に、カルカは目を見張る。
 「殿下」
 硬質なカルカの声に、ロヴィスは何かあったかと表情を僅かに硬くする。
 「その令嬢とは極力接点を持たれませぬよう」
 構えていた割に、という内容だったため、ロヴィスは微かな緊張を解く。
 「まあ、そもそも学年も違う。だがそうだな。シンシアが何かトラブルに巻き込まれたら困るから、あまり関わらずにいたいものだ」
 違う、とカルカは思った。
 シンシア様とその他令嬢、という括りしかなかった殿下に、「ファルファナ嬢」というカテゴリが出来つつある事が問題なのだ。今はまだその自覚すらないだろう。ファルファナ嬢は鮮烈すぎる。気付いたらシンシア様とファルファナ嬢が逆転していた、なんてことになったらとんでもない。いらぬ芽は早々に摘み取らねば。
 「トラブルメーカー、ですからね」
 含みを持たせたカルカの言葉に、しかしその真意はロヴィスに伝わらなかった。


*~*~*~*~*


 全校行事の芸術、写生大会でのこと。各々が学園の敷地内で思い思いのものを描いていた。
 ロヴィスとシンシアは、当然のように隣り合って仲良く風景画を描いていた。そろそろ仕上げの段階に入ろうという時間が経った頃。近くで言い争う声が聞こえてきた。二人がそちらに目を向けると、男子生徒の言い争う姿が目に入った。やれやれという思いでロヴィスがそちらに歩を進めると、苦笑をしながらシンシアも後に続く。すると、
 「あああああ、ダメですよぅ。ケンカばっかりしてるとぉっ」
 ピンクブロンドの髪が視界に入る。そしてそれは自分のイーゼルに思い切り足を引っかけた。あ、とみんなが思う。スローモーションのように世界が映る。倒れるイーゼル。落ちるキャンバス。手から離れるパレット。こぼれる水バケツ。傾く体。誰かの叫ぶ声。
 「ぶにゃっ」
 ベシッという音と共に、スイは顔面から転んで潰れた声を出した。
 「あ」
 誰かの声の後に、スイの頭にパレットが降ってきた。
 「ぅぁいてっ」
 一瞬周りは静まり返る。
 「うああ、足下見てなかったぁ」
 むくりと起き上がったスイ。頭からパレットが滑り落ちた。
 「ふ」
 シンシアは目を見開いた。
 「ふはっ、あははははははははっ」
 スイはきょとんとした顔をむけた。声を上げて笑っているのは。
 「で、殿下?」
 シンシアが信じられないものを見るように、戸惑いの声を上げた。感情が殆ど表に出ることのないロヴィスだが、シンシアには違った。だが、声を上げて笑うなど初めてだった。戸惑うシンシアを余所に、ロヴィスは座り込むスイの顔をハンカチで拭いた。あまりのことに固まってしまうスイに構わず、優しい手つきで絵の具を拭ってやる。
 「折角描いた絵が台無しになってしまったな」
 転んだ拍子に顔面ダイブした先は、キャンバスの上だった。まだ乾き切らない絵の具がベッタリと鼻と額をカラフルにしていた。頭を直撃したパレットのおかげで、髪も色彩豊かになっている。ロヴィスがそちらにも手を伸ばそうとした時、我に返ったスイが全力で後退した。
 「うおおおおおおお王太子殿下ああああああ!」
 勢いでそのまま土下座をする。
 「申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございませんんんんんん!」
 呆気にとられるロヴィスに、涙目で赦しを請う。
 「ファルファナ嬢?」
 「ホントすみません申し訳ございません生きててごめんなさいいいいぃぃぃ」
 えぐえぐと嗚咽を漏らすスイにロヴィスは呆然とした。


*~*~*~*~*


 「殿下、これはさすがに陛下に報告させていただきます」
 王城の執務室、カルカは顔を顰めていた。声を上げて笑うことも褒められたことではないが、婚約者でもない女子生徒に王太子自らが関わったことが問題であった。何事にも適切な距離というものがある。目の前で転んだ者に手を差し伸べるくらいは問題ない。だが、今回のことはやり過ぎた。自ら近付き、自身の私物であるハンカチを使い、手ずから汚れを、まして顔を拭くなど。
 「軽率であった。すまない」
 「シンシア様にもきちんとフォローをしてくださいね」
 頷く王太子を見たカルカは、報告のため一旦退室をした。静かに閉まる扉を見つめ、ロヴィスは溜め息をついた。
 私は何をしているのだろう。
 驚いたシンシアの顔が浮かぶ。体が勝手に動いたとはいえ、軽率な行動であったことは明らかだ。あの後、シンシアは場を収めるために動いてくれた。余計な気を遣わせてしまった。申し訳ないと思う。
 自身の手を見つめる。
 「本当に、何を、しているのだろう」
 王太子ロヴィスの呟きは、静寂に消えた。


*つづく*


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】徒花の王妃

つくも茄子
ファンタジー
その日、王妃は王都を去った。 何故か勝手についてきた宰相と共に。今は亡き、王国の最後の王女。そして今また滅びゆく国の最後の王妃となった彼女の胸の内は誰にも分からない。亡命した先で名前と身分を変えたテレジア王女。テレサとなった彼女を知る数少ない宰相。国のために生きた王妃の物語が今始まる。 「婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?」の王妃の物語。単体で読めます。

婚約者に見捨てられた悪役令嬢は世界の終わりにお茶を飲む

・めぐめぐ・
ファンタジー
魔王によって、世界が終わりを迎えるこの日。 彼女はお茶を飲みながら、青年に語る。 婚約者である王子、異世界の聖女、聖騎士とともに、魔王を倒すために旅立った魔法使いたる彼女が、悪役令嬢となるまでの物語を―― ※終わりは読者の想像にお任せする形です ※頭からっぽで

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

私は私として生きていく

青葉めいこ
ファンタジー
「私は私として生きていく」 あら、よく私がこの修道院にいるとお分かりになりましたね。辺境伯閣下。 ずっと君を捜していた? ふふ、捜していたのは、この体でしょう? 本来姉が宿っているはずの。 「私は私のまま生きていく」 せっかく永らえた命ですもの。 望んでいた未来を絶たれても、誰に愛されなくても、私は私のまま精一杯生きていく。 この体で、この中身の、私は私のまま生きていく――。 この話は「私は私として生きていく」の主人公の姉の一人語りです。 「私は私のために生きていく」 まさかあなたが、この修道院に現れるとは思いませんでしたわ。元婚約者様。 元じゃない。現在(いま)も僕は君の婚約者だ? 何言っているんですか? 婚約は解消されたでしょう? あなたが本当に愛する女性、今は女子爵となった彼女と結婚するために、伯爵令嬢だったわたくしとの婚約を解消したではないですか。お忘れになったんですか? さして過去の事でもないのに忘れたのなら記憶力に問題がありますね。 この話は「私は私のまま生きていく」の主人公と入れ替わっていた伯爵令嬢の一人語りです。「私は私~」シリーズの最終話です。 小説家になろうにも投稿しています。

公爵令嬢のひとりごと

鬼ヶ咲あちたん
ファンタジー
城下町へ視察にいった王太子シメオンは、食堂の看板娘コレットがひたむきに働く姿に目を奪われる。それ以来、事あるごとに婚約者である公爵令嬢ロザリーを貶すようになった。「君はもっとコレットを見習ったほうがいい」そんな日々にうんざりしたロザリーのひとりごと。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

処理中です...