すべてが覆る日

らがまふぃん

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 “ヒンディル、いいな。決してわがままを言うな。彼を怒らせたらどうする。おまえは彼を立て、慎ましくしていてもらわねばならんのだ。”
 “あなたはこの国の救世主となるのよ、ヒンディル。彼を支え、彼のためだけにその身を捧げるの。それこそが、この国を救うことになるのですから。”
 “は世界を見ても非常に貴重です。それを有するこの国は、世界から良くも悪くも見られているのです。を上手くコントロールするすべを身に付けてください。そうすれば我が国は、計り知れない恩恵を受けるのです。この国の命運が、あなた様の双肩にかかっているのですよ、ヒンディル王女殿下。”
 物心つく頃には、国王夫妻である両親から、その忠臣たちから、そう言われ続けていたヒンディル。大抵の者であれば、幼すぎる自分の身には大きすぎる重圧に耐えかねたことだろう。
 だというのに、いいのか悪いのか、ヒンディルは心を壊すことはなかったが、何をどう勘違いしたのか、非常に傲慢で高慢な人間へと成長した。
 に選ばれた、尊い存在である、と。
 大人たちは悩む。
 ヒンディルの態度は、大人たちの望む者とは真逆であった。どれだけ注意しても、宥めすかしても、一向に改善されない。という最強であり、同時に最悪の爆弾を抱えているが故、いつその爆弾が爆発するのかと気が気ではなかった。
 ではさっさとヒンディルをし、別の婚約者をあてがわなかったのは何故か。
 それは、どれだけヒンディルがドゥマを粗雑に扱っても、ドゥマの態度は変わらないし、離れていくこともないことが原因だった。
 わからなかったのだ。虚ろな彼の心が。
 傍で見ていると問題行動だらけであるヒンディルを、気に入っているのかもしれない、という可能性が捨てきれなかった。どんなに会話がなくても、何一つ贈り物もなく、何もない、虚ろな目を向けられていると知ってさえいても。ヒンディルを排除してしまうことの方が、逆鱗に触れてしまうかもしれない。そうなったら取り返しがつかない。
 大人たちでさえ判断を見送り続けているのだ。ヒンディルの中で、“ドゥマがヒンディルを望んでいる”と都合良く解釈することも、無理からぬことだったのかもしれない。





 周囲の思惑はどうあれ、まったく深まることのない無意味なお茶会が開かれ続け、ドゥマもヒンディルも十六歳になっていたある日のお茶会。
 ドゥマは、いつものようにヒンディルを待ちながら、風にそよぐ花を見つめた。
 ノノが、口元を綻ばせる優しい光景。
 出会って一年程しか経っていないし、数えるほどしか顔を合わせたことはない。けれど、ドゥマの心は間違いなくノノにあった。
 時間から少し遅れてヒンディルがやって来た。後ろに控えるノノを見て、頬が緩みかけて凍る。
 ヒンディルは驚いた。
 表情一つ動かない男が、泣きそうな顔をしながら走ってくるではないか。
 何が何だかわからないまま、ヒンディルは、え?え?と言葉を発している。何やら必死そうなドゥマが側まで来ると、何だかヒンディルの胸は高鳴り、頬が紅潮した。
 「な、何かしら?珍しいことも」
 いつもの強気な態度とは違う、どこか乙女な雰囲気を見せたヒンディルの言葉はそこで止まる。
 何故ならドゥマが、ヒンディルを通り過ぎて、格下も格下、奴隷のようなノノへと手を差し伸べたのだから。
 「これは、どうした、ノノ」
 「は?」
 まったく意味がわからず、間の抜けた声が出たヒンディルだったが、次第に怒りから体が震え、顔が真っ赤になった。
 長年婚約者をしてきた自分は、ドゥマから声をかけられたことなどない。いつも自分から話を振るばかり。それにもおざなりな返答が来るだけだった。表情が変わったことだってなければ、気遣う言葉をかけられたことだって一度としてない。
 それなのに。
 「何やってるのよあんたたちっ!!」
 自分に惚れているはずの男が、奴隷に心を砕く姿に激昂した。
 「ノノ、何があった、なぜ、こんな」
 ヒンディルの激怒した声すら耳に入らないのか、ドゥマは顔の右半分に包帯を巻くノノを気遣う。だが、恐ろしい形相で二人を睨むヒンディルに、ノノは怯えて頭を下げた。その行動を見て、初めてその存在を思い出したように、ドゥマはヒンディルを見た。
 「あんたわたくしの婚約者でしょう?!そんなゴミクズに声をかけるなんて何を考えているの?!わたくしのことが好きなのでしょう?!だったら婚約者として相応しく振る舞いなさいよ!そんなものに構うなんて恥を知りなさいっ!!」
 蔑ろにされたと怒鳴り散らすヒンディルに、ドゥマは酷く冷たい目を向けた。
 「まったく心惹かれないね。おまえなんかに」

 が、終わりを告げた。



*つづく*
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