3 / 9
3
しおりを挟む
“ヒンディル、いいな。決してわがままを言うな。彼を怒らせたらどうする。おまえは彼を立て、慎ましくしていてもらわねばならんのだ。”
“あなたはこの国の救世主となるのよ、ヒンディル。彼を支え、彼のためだけにその身を捧げるの。それこそが、この国を救うことになるのですから。”
“黒は世界を見ても非常に貴重です。それを有するこの国は、世界から良くも悪くも見られているのです。黒を上手くコントロールする術を身に付けてください。そうすれば我が国は、計り知れない恩恵を受けるのです。この国の命運が、あなた様の双肩にかかっているのですよ、ヒンディル王女殿下。”
物心つく頃には、国王夫妻である両親から、その忠臣たちから、そう言われ続けていたヒンディル。大抵の者であれば、幼すぎる自分の身には大きすぎる重圧に耐えかねたことだろう。
だというのに、いいのか悪いのか、ヒンディルは心を壊すことはなかったが、何をどう勘違いしたのか、非常に傲慢で高慢な人間へと成長した。
黒に選ばれた、尊い存在である、と。
大人たちは悩む。
ヒンディルの態度は、大人たちの望む者とは真逆であった。どれだけ注意しても、宥めすかしても、一向に改善されない。黒という最強であり、同時に最悪の爆弾を抱えているが故、いつその爆弾が爆発するのかと気が気ではなかった。
ではさっさとヒンディルを処分し、別の婚約者をあてがわなかったのは何故か。
それは、どれだけヒンディルがドゥマを粗雑に扱っても、ドゥマの態度は変わらないし、離れていくこともないことが原因だった。
わからなかったのだ。虚ろな彼の心が。
傍で見ていると問題行動だらけであるヒンディルを、気に入っているのかもしれない、という可能性が捨てきれなかった。どんなに会話がなくても、何一つ贈り物もなく、何もない、虚ろな目を向けられていると知ってさえいても。ヒンディルを排除してしまうことの方が、逆鱗に触れてしまうかもしれない。そうなったら取り返しがつかない。
大人たちでさえ判断を見送り続けているのだ。ヒンディルの中で、“ドゥマがヒンディルを望んでいる”と都合良く解釈することも、無理からぬことだったのかもしれない。
周囲の思惑はどうあれ、まったく深まることのない無意味なお茶会が開かれ続け、ドゥマもヒンディルも十六歳になっていたある日のお茶会。
ドゥマは、いつものようにヒンディルを待ちながら、風にそよぐ花を見つめた。
ノノが、口元を綻ばせる優しい光景。
出会って一年程しか経っていないし、数えるほどしか顔を合わせたことはない。けれど、ドゥマの心は間違いなくノノにあった。
時間から少し遅れてヒンディルがやって来た。後ろに控えるノノを見て、頬が緩みかけて凍る。
ヒンディルは驚いた。
表情一つ動かない男が、泣きそうな顔をしながら走ってくるではないか。
何が何だかわからないまま、ヒンディルは、え?え?と言葉を発している。何やら必死そうなドゥマが側まで来ると、何だかヒンディルの胸は高鳴り、頬が紅潮した。
「な、何かしら?珍しいことも」
いつもの強気な態度とは違う、どこか乙女な雰囲気を見せたヒンディルの言葉はそこで止まる。
何故ならドゥマが、ヒンディルを通り過ぎて、格下も格下、奴隷のようなノノへと手を差し伸べたのだから。
「これは、どうした、ノノ」
「は?」
まったく意味がわからず、間の抜けた声が出たヒンディルだったが、次第に怒りから体が震え、顔が真っ赤になった。
長年婚約者をしてきた自分は、ドゥマから声をかけられたことなどない。いつも自分から話を振るばかり。それにもおざなりな返答が来るだけだった。表情が変わったことだってなければ、気遣う言葉をかけられたことだって一度としてない。
それなのに。
「何やってるのよあんたたちっ!!」
自分に惚れているはずの男が、奴隷に心を砕く姿に激昂した。
「ノノ、何があった、なぜ、こんな」
ヒンディルの激怒した声すら耳に入らないのか、ドゥマは顔の右半分に包帯を巻くノノを気遣う。だが、恐ろしい形相で二人を睨むヒンディルに、ノノは怯えて頭を下げた。その行動を見て、初めてその存在を思い出したように、ドゥマはヒンディルを見た。
「あんたわたくしの婚約者でしょう?!そんなゴミクズに声をかけるなんて何を考えているの?!わたくしのことが好きなのでしょう?!だったら婚約者として相応しく振る舞いなさいよ!そんなものに構うなんて恥を知りなさいっ!!」
蔑ろにされたと怒鳴り散らすヒンディルに、ドゥマは酷く冷たい目を向けた。
「まったく心惹かれないね。おまえなんかに」
危うい平穏が、終わりを告げた。
*つづく*
“あなたはこの国の救世主となるのよ、ヒンディル。彼を支え、彼のためだけにその身を捧げるの。それこそが、この国を救うことになるのですから。”
“黒は世界を見ても非常に貴重です。それを有するこの国は、世界から良くも悪くも見られているのです。黒を上手くコントロールする術を身に付けてください。そうすれば我が国は、計り知れない恩恵を受けるのです。この国の命運が、あなた様の双肩にかかっているのですよ、ヒンディル王女殿下。”
物心つく頃には、国王夫妻である両親から、その忠臣たちから、そう言われ続けていたヒンディル。大抵の者であれば、幼すぎる自分の身には大きすぎる重圧に耐えかねたことだろう。
だというのに、いいのか悪いのか、ヒンディルは心を壊すことはなかったが、何をどう勘違いしたのか、非常に傲慢で高慢な人間へと成長した。
黒に選ばれた、尊い存在である、と。
大人たちは悩む。
ヒンディルの態度は、大人たちの望む者とは真逆であった。どれだけ注意しても、宥めすかしても、一向に改善されない。黒という最強であり、同時に最悪の爆弾を抱えているが故、いつその爆弾が爆発するのかと気が気ではなかった。
ではさっさとヒンディルを処分し、別の婚約者をあてがわなかったのは何故か。
それは、どれだけヒンディルがドゥマを粗雑に扱っても、ドゥマの態度は変わらないし、離れていくこともないことが原因だった。
わからなかったのだ。虚ろな彼の心が。
傍で見ていると問題行動だらけであるヒンディルを、気に入っているのかもしれない、という可能性が捨てきれなかった。どんなに会話がなくても、何一つ贈り物もなく、何もない、虚ろな目を向けられていると知ってさえいても。ヒンディルを排除してしまうことの方が、逆鱗に触れてしまうかもしれない。そうなったら取り返しがつかない。
大人たちでさえ判断を見送り続けているのだ。ヒンディルの中で、“ドゥマがヒンディルを望んでいる”と都合良く解釈することも、無理からぬことだったのかもしれない。
周囲の思惑はどうあれ、まったく深まることのない無意味なお茶会が開かれ続け、ドゥマもヒンディルも十六歳になっていたある日のお茶会。
ドゥマは、いつものようにヒンディルを待ちながら、風にそよぐ花を見つめた。
ノノが、口元を綻ばせる優しい光景。
出会って一年程しか経っていないし、数えるほどしか顔を合わせたことはない。けれど、ドゥマの心は間違いなくノノにあった。
時間から少し遅れてヒンディルがやって来た。後ろに控えるノノを見て、頬が緩みかけて凍る。
ヒンディルは驚いた。
表情一つ動かない男が、泣きそうな顔をしながら走ってくるではないか。
何が何だかわからないまま、ヒンディルは、え?え?と言葉を発している。何やら必死そうなドゥマが側まで来ると、何だかヒンディルの胸は高鳴り、頬が紅潮した。
「な、何かしら?珍しいことも」
いつもの強気な態度とは違う、どこか乙女な雰囲気を見せたヒンディルの言葉はそこで止まる。
何故ならドゥマが、ヒンディルを通り過ぎて、格下も格下、奴隷のようなノノへと手を差し伸べたのだから。
「これは、どうした、ノノ」
「は?」
まったく意味がわからず、間の抜けた声が出たヒンディルだったが、次第に怒りから体が震え、顔が真っ赤になった。
長年婚約者をしてきた自分は、ドゥマから声をかけられたことなどない。いつも自分から話を振るばかり。それにもおざなりな返答が来るだけだった。表情が変わったことだってなければ、気遣う言葉をかけられたことだって一度としてない。
それなのに。
「何やってるのよあんたたちっ!!」
自分に惚れているはずの男が、奴隷に心を砕く姿に激昂した。
「ノノ、何があった、なぜ、こんな」
ヒンディルの激怒した声すら耳に入らないのか、ドゥマは顔の右半分に包帯を巻くノノを気遣う。だが、恐ろしい形相で二人を睨むヒンディルに、ノノは怯えて頭を下げた。その行動を見て、初めてその存在を思い出したように、ドゥマはヒンディルを見た。
「あんたわたくしの婚約者でしょう?!そんなゴミクズに声をかけるなんて何を考えているの?!わたくしのことが好きなのでしょう?!だったら婚約者として相応しく振る舞いなさいよ!そんなものに構うなんて恥を知りなさいっ!!」
蔑ろにされたと怒鳴り散らすヒンディルに、ドゥマは酷く冷たい目を向けた。
「まったく心惹かれないね。おまえなんかに」
危うい平穏が、終わりを告げた。
*つづく*
256
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので、戻らない選択をしました
ふわふわ
恋愛
王太子アルトゥールの婚約者として生きてきた
貴族令嬢ミディア・バイエルン。
だが、偽りの聖女シエナに心を奪われた王太子から、
彼女は一方的に婚約を破棄される。
「戻る場所は、もうありませんわ」
そう告げて向かった先は、
王都から遠く離れたアルツハイム辺境伯領。
権力も、評価も、比較もない土地で、
ミディアは“誰かに選ばれる人生”を静かに手放していく。
指示しない。
介入しない。
評価しない。
それでも、人は動き、街は回り、
日常は確かに続いていく。
一方、王都では――
彼女を失った王太子と王政が、
少しずつ立ち行かなくなっていき……?
派手な復讐も、涙の和解もない。
あるのは、「戻らない」という選択と、
終わらせない日常だけ。
私は……何も知らなかった……それだけなのに……
#Daki-Makura
ファンタジー
第2王子が獣人の婚約者へ婚約破棄を叩きつけた。
しかし、彼女の婚約者は、4歳年下の弟だった。
そう。第2王子は……何も知らなかった……知ろうとしなかっただけだった……
※ゆるい設定です。ゆるく読んでください。
※AI校正を使わせてもらっています。
【完結】やり直そうですって?もちろん……お断りします!
凛 伊緒
恋愛
ラージエルス王国の第二王子、ゼルディア・フォン・ラージエルス。
彼は貴族達が多く集まる舞踏会にて、言い放った。
「エリス・ヘーレイシア。貴様との婚約を破棄する!」
「……え…?」
突然の婚約破棄宣言。
公爵令嬢エリス・ヘーレイシアは驚いたが、少し笑みを浮かべかける──
カナリア姫の婚約破棄
里見知美
恋愛
「レニー・フローレスとの婚約をここに破棄する!」
登場するや否や、拡声魔道具を使用して第三王子のフランシス・コロネルが婚約破棄の意思を声明した。
レニー・フローレスは『カナリア姫』との二つ名を持つ音楽家で有名なフローレス侯爵家の長女で、彼女自身も歌にバイオリン、ヴィオラ、ピアノにハープとさまざまな楽器を使いこなす歌姫だ。少々ふくよかではあるが、カナリア色の巻毛にけぶるような長いまつ毛、瑞々しい唇が独身男性を虜にした。鳩胸にたわわな二つの山も視線を集め、清楚な中にも女性らしさを身につけ背筋を伸ばして佇むその姿は、まさに王子妃として相応しいと誰もが思っていたのだが。
どうやら婚約者である第三王子は違ったらしい。
この婚約破棄から、国は存亡の危機に陥っていくのだが。
※他サイトでも投稿しています。
能ある妃は身分を隠す
赤羽夕夜
恋愛
セラス・フィーは異国で勉学に励む為に、学園に通っていた。――がその卒業パーティーの日のことだった。
言われもない罪でコンペーニュ王国第三王子、アレッシオから婚約破棄を大体的に告げられる。
全てにおいて「身に覚えのない」セラスは、反論をするが、大衆を前に恥を掻かせ、利益を得ようとしか思っていないアレッシオにどうするべきかと、考えているとセラスの前に現れたのは――。
セカンドバージンな聖女様
青の雀
恋愛
公爵令嬢のパトリシアは、第1王子と婚約中で、いずれ結婚するのだからと、婚前交渉に応じていたのに、結婚式の1か月前に突然、婚約破棄されてしまう。
それというのも、婚約者の王子は聖女様と結婚したいからという理由
パトリシアのように結婚前にカラダを開くような女は嫌だと言われ、要するに弄ばれ捨てられてしまう。
聖女様を名乗る女性と第1王子は、そのまま婚前旅行に行くが……行く先々で困難に見舞われる。
それもそのはず、その聖女様は偽物だった。
玉の輿に乗りたい偽聖女 × 聖女様と結婚したい王子 のカップルで
第1王子から側妃としてなら、と言われるが断って、幸せを模索しているときに、偶然、聖女様であったことがわかる。
聖女になってからのロストバージンだったので、聖女の力は衰えていない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる