すべてが覆る日

らがまふぃん

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番外編

執愛の片鱗

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 何か危機的状況になることなどないよう万全を期しているし、それでも万が一に備え、すぐに助けられるよう異常感知の魔法と、あらゆる加護と防御の魔法をノノ自身にかけてある。
 だから、大丈夫だと思っていた。





 王女ヒンディルと婚約破棄をした翌日。
 着の身着のままドゥマが探し出したやしきに来たノノは、王宮に与えられた部屋に荷物を取りに行きたいと身振り手振りで伝えると、ドゥマは困ったように笑った。
 「ノノ、新しいものを一緒に買いに行こう?」
 夜明け前に、ヒンディルを瀕死にしている。城内は、その話が広がっているかもしれない。それを警戒して、ドゥマは提案してみた。しかし、慎ましいノノは、首を振る。
 「お金の心配ならいらないよ?俺、宝石の原石ならすぐ見つけられるし、魔石だってすぐに手に入るから」
 ドゥマの探知魔法は、他とは比べられないほど優れていた。
 そして、魔物が持つ魔石は、魔道具を作る際の必須アイテム。魔石の大きさや透明度などで、価値が決まる。大きく透明度が高いほど、魔石の質は高くなり、価値が上がる。
 ドゥマにとって、魔物など脅威ですらないため、魔石を手に入れ放題だ。
 だから、お金が必要であれば、すぐにでも調達できる。そのための提案だったのだが、より、ノノは激しく首を振った。お金を出してもらうなんて、とんでもない、と。
 正直なところ、着替えなどはついでであった。温かい思い出のある、亡き実母の形見を取りに行きたいのだ。時間をかけて、その想いがようやくドゥマに伝わる。
 「そう。ノノにとって、とても大切なものなんだね」
 優しくノノの頭を撫でるドゥマの顔は、どこか淋しそうに見えた。
 「じゃあ取りに行こう、ノノ」
 そんなドゥマの様子に、ノノは行くのを躊躇うと、ドゥマは、ごめんね、と優しく抱き締めた。
 「俺も、入れて欲しいって思ったんだよ」
 ノノは、言わんとすることがわからなくて、ドゥマを見上げて僅かに首を傾げた。
 「ノノの大切なものに、俺も入れて欲しい」
 そう、淋しそうに笑うドゥマに、胸が締めつけられた。ノノは、ドゥマを力一杯抱き締め、その全身で、大切だと伝えた。
 「ノノ、ノノ」
 その行為に、ただ嬉しくて、とても泣きたくなった。





 ノノが使用していた部屋に転移すると、遠見の魔法で王のいる場所を確認し、ドゥマだけまたすぐに転移した。
 謁見の間に突如として現れたドゥマに、王と宰相、その他三人は驚く。昨日の出来事により、ヒンディルのと、それに伴いドゥマとヒンディルの婚約解消、ドゥマの新たなについて、国民に御触れを出すための話し合いをしていた五人。そんな人たちを気にすることなく、ドゥマは尋ねた。
 「あの女、生きてる?」
 それだけで、ヒンディルのあの状態は、やはりドゥマによるものだったと確信する。
 「応急処置はした。何もせん方が良かったか?」
 ドゥマの顔色を窺う国王は、苦い笑いを浮かべた。
 「どっちでもいいよ。ただ、あの女の話がノノの耳に入らないようにお願いしに来ただけ」
 「鋭意努力する」
 何とも厄介な者が目覚めてしまったものだ。
 国王たちは内心、溜め息が出た。
 




 「ノノ、荷物の用意して待ってて。すぐに戻るからね。この部屋から出ちゃダメだよ?」
 そう言って、ドゥマはノノが使用していた部屋に送り届けると、外からの音を遮断する魔法をそっとかけてまたすぐに姿を消した。
 ノノの部屋は、ヒンディルの部屋のすぐ隣だった。
 部屋と言うより、控えの間。王族の部屋には、女官などが呼び出しにすぐ応えられるよう控える、小さな部屋がある。それが、ノノの部屋としてあてがわれていた。いつ何時始まるかわからないヒンディルのワガママに応えるために。
 僅かにしかない荷物を纏めていると、不意に扉が開き、二人の男が入ってきた。驚いて顔を上げると、ノノの父親と、半分血の繋がった兄だった。顔を見ると不敬だと折檻されていたノノは、慌てて頭を下げる。
 「貴様、ヒンディル王女殿下の件、何故黙っていた」
 兄の言葉の意味がわからなかった。たとえわかったとしても、声を持たないノノに、答えるすべはない。
 「王女殿下が幽閉されたと聞く。貴様は失職したと言うことだろう」
 父の言葉に首を傾げたくなった。ノノは王宮で働いている。王女に仕えていたのはそう言われたからであり、王女がいなくなったのであれば、また別の仕事に配属されるだけだ。失職したということではないはずなのだが。
 「話の出来ない貴様でも、いや、話が出来ないからこそ、余計なことを言わなくていいと望む者もいる。我が公爵家と縁づきたい者はいくらでもいる。その中で、貴様のような不良物件を莫大な金を積んで引き取ってくれるというのだ。これほど良い話はない」
 下卑た笑みを浮かべる父親が、満足そうに髭を撫でる。
 「貴様のような者でも役立てることを有り難く思え」
 兄が父親の言葉を引き継ぐようにそう告げる。
 「荷物を纏めているなら丁度良い。すぐにその男の元へ送り届けてやろう」
 兄の手が伸ばされ、弾かれた。

 「ノノに、触れるな」

 痛みに歪んだ顔で見た先の人物に、一瞬で思考が白くなる。
 「は?」
 父である公爵も、阿呆のように口を開いている。
 「え?あ、え?な、なん、で?」
 ノノを背後から抱き締め、兄の伸ばされた手を魔法で弾いたのは。
 「ノノ、遅くなってごめんね」
 黒を纏う、この国の、いや、世界の至宝、アローカ伯爵家嫡男、ドゥマだった。
 公爵たちは、王女が幽閉されたことは、昨夜知った。そのため、以前からノノを欲していた男に渡そうと、朝から乗り込んで来たのだが。
 「なあ。ノノを、どこに連れて行こうとした」

 どういう状況で、こんなことになっているのか。“黒”が、何故厄介者でしかない娘といるのだろう。
 何事にも無関心で、誰にも表情の変わることがない虚ろな“黒”のはずなのに。何故、その娘に心を砕き、柔らかな表情を見せているのだろう。

 混乱する二人を余所に、ドゥマはまた一つ気付く。
 「ノノに、けど、そうだね。言葉でも、傷つくよね」
 ノノから悲しみが伝わってくる。ドゥマは、抱き締める腕に力を込めた。
 何か危機的状況になることなどないよう万全を期しているし、それでも万が一に備え、すぐに助けられるよう異常感知の魔法と、あらゆる加護と防御の魔法をノノ自身にかけてあったけれど。

 やっぱり俺はまだまだ考えが浅い。物理的なことだけではないのだ。

 「なあ。何の権限があって、俺のノノを傷つけた?」
 「は、や、あの、あぁぅ」
 「誰の指示で、俺のノノを連れ去ろうとした?」
 公爵たちは、あまりの圧に、冷や汗が、震えが止まらない。もう、声さえ出すことは叶わない。立っていることなど出来ようはずもなく、二人は無様に腰を抜かし。
 「誰の許可を得て俺とノノを引き離そうとしたんだ!」
 兄の全身が氷に覆われた。側にいた公爵は、恐怖に意識を飛ばしかけて。
 「寝ていいなんて、誰も言っていない」
 全身に電流が走った。激痛に絶叫が迸る。
 「だ・ま・れ」
 ドゥマはヒンディルにしたように声を奪う。
 「俺とノノを引き離そうとしたんだ。赦されることじゃない」
 公爵の足の爪先が、消えていた。それを皮切りに、そこから少しずつ消えていく。いや、正確には、砂になっていっている。
 体がなくなっていく恐怖。視線はなくなっていく体に固定されて逸らせない。体を削られていくような痛みに、体中の穴という穴から体液が溢れる。それでも意識は鮮明で。
 「二度と、俺たちの前に姿を見せるな」
 ドゥマはノノを連れて、消えた。
 残された公爵たちを、救える者はいない。





 電流による痛みに絶叫をあげた公爵のその声に、近くにいた衛兵が異変に気付き、直ぐさま国王たちの集まる部屋へ走っていた。
 報せを聞いて駆けつけた宰相たちは、顔を青ざめさせながら零す。
 「なんと愚かな」
 「王女殿下の幽閉の件は知っていたであろうに」
 「詳細は知らずとも、“黒”がかかわる人物に何かあったのだ。何故触れを待たずに行動を起こしてしまったのか」
 「陛下に報告せねば。公爵家にひとつ、空席が出来ると」
 爵位は基本男性継承だが、今回のように当主や次期当主に万が一があった場合、女性が爵位を継ぐ。だが、公爵夫人と娘を知る者たちは、それが無理だとわかっていた。
 近い内に、空席にそうなることは目に見えている。
 氷の彫像と砂山だけが残されている光景に、駆けつけた者たちは重く息を吐いた。





 「ノノ、俺が、怖い?」
 転移で邸に戻ってきたドゥマは、恐る恐るノノを見つめた。
 ノノは全力で首を横に振る。その姿に、口元が綻ぶ。
 「ノノ、ノノ、可愛い、綺麗、ノノ」
 細すぎるその体を抱き締める。
 「ノノ、好き、ノノ、大好き」
 その肩口に、自身の顔をグリグリと擦りつけて甘える。
 「お願い、傍にいて、ノノ」
 切実に願う、苦しそうなドゥマの声。
 ノノは、胸が苦しくなった。
 安心させたくて、その大きくて、小さなドゥマの背中に腕を回すと、何故か自分の心が温かくなった。
 「ノノ、俺から、離れないで」
 回された腕が嬉しくて嬉しくて。より、強く、抱き締める。
 「全部、俺に、染まって、ノノ」

 俺のモノだと、誰が見ても、わかるように。



*おしまい*
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