すべてが覆る日

らがまふぃん

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番外編

ノノの気持ちドゥマの想い

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 ごめんなさい、ドゥマ様。
 私は、あなた様が思っているような人間ではないのです。

 あの時。
 ヒンディル王女殿下を躊躇いもなく消滅させようとした、あの時。
 私の気持ちを知っても。

 あんな王女ひとのために、あなたが力を使う必要なんてない。
 あなたが、殺す価値もない。

 そう思ったのだと知っても
 そう思う人間だと知っても

 あなたは私を綺麗だと言ってくれますか?





 「俺は、話をすることが得意ではないから。だから、ノノ、上手に伝わらないかもしれないけれど、聞いて欲しい」
 蔦に覆われ、廃墟と化していた邸は、かつて貴族が所有していた物だろう。ノノを欲したときから、二人で住める場所を遠見の魔法で国中を探していた。国内にないようなら国外に出るつもりだったが、存外早くに良さそうな物件を見つけたので、新築同様に仕上げた。
 広大な草原を暫く歩くと、その邸は現れる。
 その草原を歩き、邸に着くまでの間。手を繋いでゆっくりと歩きながら、ドゥマはそう切り出した。
 ドゥマは、自分の思いを伝える。何故、ノノを連れ出したのか、何故、ノノに心を寄せるのか。
 「ノノが、あの女から俺を庇ってくれたんだ。覚えていないかもしれないけれど」
 名前も知らない婚約者。紹介はされたはずだけれど、頭の片隅にも残っていない。常に何か喋っていて、時々何故か危害を加えてくる女。それが、自分の婚約者という立場の人間への認識だった。“婚約者”は、いずれ“夫婦”となり、一生を共にする者という認識はあった。
 すべての人間と事柄に対し、ただ認識しているに過ぎなかった日々。
 それが、あの日。
 ノノに初めて出会った日。
 「俺、“黒”だから、だと思うんだけど、誰かから助けてもらうことってなかったんだよ」
 最強の色を纏う者。助けることこそあれ、助けてもらう側ではない。誰もが無意識にそう思っていたのかもしれない。
 助けてもらう、庇われるなんて、初めての経験。
 きっかけは、確かにそう。それをきっかけに、ノノの為人を見て好意を持ったことは、間違いないことなのだ。
 「ノノを見ていて、感情を学んだんだ」
 自分の変化を、知りたいと思った。ノノにだけ感じる“モノ”を、知りたくなった。
 そんな話をしていて、急に思い当たる。
 「ああ、そうか。今思うと、ノノは前からいたのかな」
 あの日、“人間”ではなく、初めて“ノノ”として見た。だから、もしかすると、もっと前からいたのかもしれない。そう考えて口にすると、ノノは首を横に振った。庇われたあの日が初対面で間違いないようだ。その事実に、何故か嬉しくなった。ずっと、ノノの存在を知らずにいたわけではない、と安堵したのかもしれない。
 「そうか。ノノを、見逃していたわけではなかったんだ」
 柔らかく笑うドゥマに、ノノの心臓がうるさくなる。ただでさえ騒がしくなっていた心臓が、一層騒ぎ立てる。
 色々とストレートに伝えてくれるドゥマに、何だか羞恥に居たたまれなくなる。
 「話をしたこともない俺に、こんなことを言われるのは、イヤ?」
 恥ずかしくて俯くノノに、不安そうな顔が覗き込んでくる。近付く美しい顔に、ますます顔が赤くなる。嫌なはずがなくて、全力で否定するように首を振る。
 「良かった。ノノ、大好きだよ。俺のすべてでノノを守るから」
 話が得意ではない、と言っていた。その為、思いつくまま言葉を口にしているのだろう、話があちらこちらへ飛んだりするのだが、許容範囲内だった。
 けれど。
 「ずっと、ずぅっと一緒にいようね、ノノ」
 何故、そうなるのだろう。
 少々混乱はするものの、これ程まで大切に、愛おしそうに見つめられたことのないノノは、間違いなく嬉しかった。





 夜。
 隣で眠るノノの髪を、愛しく撫でる。
 ふにゃりと緩むノノの寝顔に、ますます愛しさが募る。
 そっとベッドから抜け出し、外套を羽織る。
 「優しい夢を見て、待っていて」
 そっと耳元にそう囁くと、その姿が溶けるように消えた。

 すまない、ノノ。
 ノノが、望んだのに。
 あの女を生かすことを。
 だけど、すまない。
 どうしても赦せそうにない。
 ノノの目に、触れないようにするから。





 「あ、あん、た、わたくしを、助けに来たのね?」
 僅かな時間をノノと過ごした、それだけで思う。
 「やっぱり、わたくしのことが好きだったのね!」
 どうしてこうも不快な女と、何年も過ごすことが出来たのだろう。
 あらゆる魔法を弾くはずの塔に幽閉されたヒンディルの元に、音もなく現れたドゥマ。歓喜の声を上げるヒンディルを、冷たく見た。
 「少し黙れ」
 そう言うと、何をしたわけでもないのにヒンディルの喉に、黒い魔方陣が浮かび上がった。すると、尚も喋ろうとしたヒンディルが、妙な顔をした。そして、喉に手をやる。口を開閉するだけで、音が出ない。焦燥の表情を浮かべるヒンディルに、衝撃が走った。比喩ではない。何かに背中を叩かれたのだ。勢い、ヒンディルは床に倒れ、上手く息が出来ないのか、酸素を求めて喘ぐ仕草をしている。
 「助けを求められないということがどういうことか。身をもってわかって良かったな」
 ドゥマは嗤う。
 「少しはノノの気持ち、理解出来たか?」
 ヒューヒューと呼気の音しか出ない喉を押さえ、口から垂れる唾液が苦しさを物語る。
 そんなヒンディルの様子など気にすることのないドゥマの手のひらに、火が現れる。
 「まあ、期待などしていないがな」
 それを軽く投げると、意志を持ったようにその火はヒンディル目がけて飛んでいく。そして。
 ヒンディルは悲鳴を上げることも出来ないまま、顔を押さえて床に転がる。それは、ノノを厨房で火傷をさせたときのようだった。いや、それよりも酷い。火で炙られているのだ。自慢の美貌が溶けていく。堪らず覆う手にも火が移る。長く輝く髪も、燃えさかる。
 しかし、不思議なことに、ヒンディル以外を燃やすことのない火。
 少ししてドゥマが指を鳴らすと、一向に消える気配のなかった火が瞬時に消えた。肉の焼け焦げたニオイが部屋を満たす。痛みのあまり体を縮こまらせて震えるヒンディルを、足で上向かせる。顔の右半分は崩れ、焼け焦げた無数の髪も張り付いていた。
 ヒンディルの心根に相応しい姿になったと、ドゥマは鼻で嗤った。

 声も出せないし、痛みで動くことも出来ないだろう。
 だから、明日の朝まで誰も気付かない。
 朝食を運んで来た者が、どう動くか。
 今までの自分の行いを鑑みるといい。
 それまで生きていられる程度に抑えた。
 助けてもらえるといいな。
 そうしたら、また同じことをしてやろう。
 何度でも、何度でも。

 「自分に、こんなにも残忍な面があるなんて知らなかったなあ」
 上手く感情がコントロール出来ていないのかもしれない、と思いつつ、そんな風に独りごちる。
 ノノ以外に感情が動くことはないと思っていたのに、こういう感情で動くこともあると知る。それは結局ノノに絡んでのことだけのようだが。
 「この女が死んだら、ノノ、悲しむかな」

 あんな王女ひとのために、あなたが力を使う必要なんてない。
 あなたが、殺す価値もない。

 ノノがそう思ったのだと知らないドゥマは、勘違いをしているけれど。
 「この女が死んだら、ノノに知られないようにしないと。でも」
 ヒンディルを赦すつもりなどさらさらない。
 「知られちゃったら、一生懸命謝ろ。だから、赦してね、ノノ」

 早く帰って、ノノを抱き締めて眠ろう。

 ひとつ、欠伸をして姿を消した。



*おしまい*

ドゥマ様は危険人物。
ノノたんにかかわった人たちは、無事でいられるでしょうか。
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