これはひとつの愛の形

らがまふぃん

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オスビア国編 *ヤンデレ*

後編

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 突然のことに、サラは混乱の極地にいた。
 少し前に帰国したライラの父親が、オルハたちと何かを話し合った後、オルハとライラが出かけていった。そしてライラの父親はサラの元へ。
 頭を下げているサラに、父親は言った。解雇だと。
 「え」
 驚きすぎて二の句が継げずにいると、
 「今日中に出ることになるだろうから、荷物をまとめておきなさい」
 そう言われた。
 あまりのことに何も言えずにいると、父親はそのまま去って行った。
 何かしてしまっただろうか。
 サラは立ち竦む。
 ライラが何かを言ったのかも知れない。八つ当たりばかりだったが、反応のない自分に飽きたのかも知れない。つまらないから、もういらない、と。
 「そんな、だって」
 ではどうすれば良かったのか。泣き喚いて許しを請うて、無様に縋り付いていれば良かったのか。エスカレートする暴行をひたすら絶え続けた日々は何だったのか。痣の出来ない日はなかった。骨が折れるくらいではダメだったのか。内蔵まで傷つけられれば良かったのか。髪を燃やされるくらいではダメだったのか。全身火だるまにでもなれば良かったのか。
 「どう、すれば」
 気付けば部屋は真っ暗だった。ショックのあまり、放心していたようだ。
 すると、控え目なノックが聞こえた。返事が出来ないでいると、もう少し強くノックされた。
 「は、はい」
 そこから覗いた人物に驚いた。
 「用意は出来ましたか、サラ」
 オルハだった。
 「あ」
 オルハの言葉に、早く出て行けと言われた気がして、不意に涙が頬を伝った。
 「サラッ?」
 オルハが慌てて入ってくる。
 「ど、どうしました?なにか、どこか痛いのですか?」
 こんなに慌てる彼を見たのは初めてだった。
 「す、すみません、あの、すぐ、用意しますね」
 急ぎ立ち上がり、オルハに背を向けた。すると、背中が温かい何かに包まれた。肩の高さに腕が回されている。
 「え?」
 どういう状況だ、これ。自分は今、抱き締められているのだろうか。サラはワケがわからない。
 「嫌なわけではないんですね?」
 んん?わからない。何の話をしているのだろう。
 困惑するサラの様子に、オルハは不思議そうな声を出した。
 「旦那様から、何も聞いていませんか?もしかして」
 オルハは回していた腕をほどくと、くるりとサラを自分へ向けた。
 「か、解雇だと。今日中に出て行くように、と」
 オルハの周囲の温度が下がった。
 「あのジジイ」
 実際は違う。ショックすぎて、部分的にしかサラの耳に入ってこなかったのだ。
 正しくはこうだ。
 「結果から言うとね、キミを解雇することになる。ああ、もちろん次の就職先は決まっている。オルハのところだ。どんな就職かは想像に任せるよ。本人に聞いてね。彼はせっかちだから、きっと今日中に出ることになるだろうから、荷物をまとめておきなさい。キミも大変だね」
 これが正解。
 そんなこと知る由もないオルハは、もっとダメージを与えてやれば良かったと、吐き捨てた。それはともかく。
 「サラ、違う。誤解をさせたようですまない」
 オルハはサラをそっと抱き寄せる。サラは驚きに目を開く。
 「サラは、私と行くんだ」
 「どこ、へ」
 驚きすぎて声が上擦る。
 「マサターグ。サファ帝国国境近くの都市」
 「そ、そんな、遠くへ」
 不安そうなサラを宥めるように、短い栗色の髪を撫でる。
 「いや?」
 悲しそうなオルハの声に戸惑う。
 「あ、あの、なぜ、私なのでしょうか」
 今まで接点などなかったはずだ。
 「サラは覚えていないだろうけど、昔、助けてもらったんだよ」
 「ふえ?」
 オルハは隣国の貴族などではない。孤児だった。いつもお腹を空かせていた。どうすればお腹いっぱい食べられるか。そればかり考えていた。オルハはとても賢い子どもだった。この貧民街から抜け出すには、といつも考えていた。
 そうしてオルハは、情報が金になることを知る。
 情報を求める余り、オルハはやり過ぎた。知ってはいけないことを知ってしまったのだ。暗殺組織に狙われ、追われ、オルハは殺された。正確には、仮死状態になった。少しして、奇跡的に息を吹き返したが、ダメージが酷すぎて動けなかった。折角助かった命も、時間の問題だった。誰も見向きもしない。自分の生活で精一杯。子どもが死ぬことなんて、この街ではよくあること。仕方がないこと。
 「まだ、生きてる」
 良かった。突然目の前に、栗色の髪の少女が現れた。
 「ゆっくり、ゆっくり魔力を渡すから、治癒力を高めて」
 魔力がある者の魔力が枯渇すると、生命活動が著しく低下する。暗殺者たちから逃げるため、大量の魔力を使っていた。少女は自分の乏しい魔力を、惜しげもなく注いでくれた。お陰でオルハは生き延びられたのだ。
 「あ」
 サラは思い出したようだ。
 「あの時の」
 オルハは笑った。
 「なんとか体を起こせるようになったボクに、サラは自分が買ったパンを差し出してくれたんだ。もう少し体力が戻ったら食べてねって」
 サラはその頃、ディアマンテ家に勤め始めたばかりだった。使用人用のお昼ご飯として、パンを買いに走らされていた。オルハに渡したのは、その中から自分に割り当てられる予定だった二つのパン。
 「初めてだったんだ」
 オルハはサラをギュッと抱き締めた。
 「人から優しくされたの、初めてだった」
 こんな人間もいるんだ、と思った。生かしてもらったこの命、すべてをかけて守ろうと思った。
 「それからサラを探したよ。情報を集めるのは得意だから、比較的早く見つけられた。でも、ボクがディアマンテ家に勤められる伝手はない。だから、直談判しようと思った」
 ディアマンテ家の実権を握る女主人よりも、補佐をする女主人の旦那の方が、話に乗ってくれそうだと情報から当たりを付ける。旦那が帰国するのを待った。ようやくチャンスが訪れた頃には、助けられてから二年近くの月日が流れていた。
 「旦那様との契約で、サラを表立って庇うことは出来なかった。きちんと守れなくてごめん。見ているだけで、あの女の暴力を止められなくて、ごめん」
 声が、体が震えている。サラは首を横に振った。守られていた。確かに守られていたのだ。今思えば、オルハが屋敷に来た頃から怪我が減り始めた気がする。そしてライラのお気に入りになってから、劇的に怪我が少なくなったのだ。機嫌のいいことが増えたからだ。それだけではないだろう。ご機嫌を取る以外でも、多岐にわたり、手を尽くしてくれたに違いない。痣よりも酷い傷を負うことはなくなっていた。
 「すぐに連れ出せなくてごめん。不甲斐なくて、ごめん」
 謝り続けるオルハに、サラは首を横に振り続ける。
 「ありがと、ありがとうございます。ずっと、ずっと助けてくれて、ありがとうございました」
 オルハの背中に回されたサラの手に、きゅうっと力が入る。
 「サラ、キミの家族のことも心配いらない。ご両親の仕事の斡旋もしたし、弟妹が成人するまでは、毎月定額振り込まれるよう手続きも済ませた」
 「そんな、ことまで。なんと、なんとお礼を言ったらいいか」
 オルハは、気にしないでと言うように、首を緩く振った。そして右手をそっとサラの頬に添える。
 「サラ、こんなボクだけど、一緒に生きてください」
 サラはコクコクと頷いた。
 「はい、はいっ。ありがとう、嬉しい、ありがとうございますっ」
 ああ、その返事だけで、ボクは生きてて良かったって思える。



 「私がお嬢様のために動きたかったのですよ」
 いくらでも動くさ。布石をばらまくためなら。
 「貴女の望みを叶えたいのです」
 その望みを叶えれば、おまえは堕ちていくだろう?
 「もっともっとワガママになりなさい。私がその望みを叶えてあげる」
 それこそが、ボクの望み。おまえを堕とす最高の材料だ。 
 「おまえがそうやってお嬢様を甘やかすから」
 当然だ。愚かな願いなら、何だって叶えてやろう。そうして堕ちていくがいい。
 情報操作はお手の物。この容姿だって何だって、使えるものはとことん使う。あの女を堕とすことが出来るなら、周囲の同情を買うために自分の境遇だって偽る。人間の柔らかい部分に爪を立てることだって息をするより簡単だ。
 ディアマンテ家の旦那を驚かすために、ディアマンテ家を潰すことだって構わない。あんな女を生み出した罰だ。それでどれだけの人が路頭に迷おうが知ったことか。サラさえ、サラさえ幸せなら、それでいい。
 ディアマンテ家から見捨てられた女。民衆からも見放された女。外からの情報を一切耳に入れないようにし、甘やかし続け、自分で考える力を奪い、立ち向かうための、戦うための牙を奪ってやった。誰も助けが来ない底で、絶望するがいい。
 おまえの立場は砂上の城だと気付かない。そんなものを振りかざして、最愛を傷つけたその罪。長く長く、償い続けるがいい。
 砂上の城を追い出されたおまえは堕ちるだけ。
 あの男が飽きた後も、おまえに平穏が来ることはない。
 せいぜい長生きしてくれ。
 少しでも長く、その苦しみが続くように。

 こんなことを願うボクを、サラには見せないようにしないとね。


 *おわり*

 最後までお読みいただきありがとうございました。
 これはヤンデレで合っているかわかりません。すみません。
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