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トリウ王国編 *年の差*
後編
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「気持ちは嬉しいです。ですが、私は教師です。生徒とそういう関係になることは出来ません。申し訳ありません」
ソウの謝罪の言葉に、側にいたナトリが声を荒げた。
「だから卒業式で言ったんじゃろがい!!」
ガウガウと噛みつきそうなナトリに、双子はどうどう、と宥める。双子は内心感心していた。シトリを振るなんて何様だと罵倒したい。それと同時に、本当にきちんと現実が見えていたんだとも思った。見た目が釣り合わないということではない。年齢のことだ。
「いや、教師と生徒というのは、その、断るための口実に過ぎないんですよ」
ソウはバツが悪そうに言った。
「私とシトリさん、あなたでは、年が離れすぎている」
十二歳という差は、いつか後悔する日が来るだろう。
「綺麗事ではないのです。私の方が確実に早く衰える。その時が来ても、あなたはまだ若い。私に縛られるようなことがあってはいけないと、そう考えました」
シトリは俯いている。
双子は噛みつきそうなナトリを抑えながら、少し離れて見守ることにした。
「あなたの未来を奪うようなことを、したくはないのです」
「年齢、だけでしょうか」
ポツリとシトリが呟く。
「年齢のことを考えなければ、私でも、私を、好きになってくださいますか」
「っ、い、いいえ、いいえ、シトリさん。私があなたに好意を持つことは、ありません」
嘘だ。だが彼女を正しい道に戻さなくては。迷い道に囚われてはいけない。
シトリは大きく目を見開いた。ツ、と一筋、涙が頬を伝う。シトリは慌てて後ろを向いて、その涙を隠した。ハンカチで涙を拭う。その肩が震えていることに、ソウは気付いていた。だが何もしてやれない。しては、いけない。彼女はただ勘違いをしているだけなのだから。
「自分は恋愛対象に入らない、その思いからの、態度だっただけですよ。先に同じことをした人がいたら、そちらに行っていたはずです。だからそれは、勘違いなんです」
シトリは少し怒ったように振り向いた。
「先生の仰っていることは間違っていないでしょう。ですが、私は十五年、十五年、そんな人と出会えませんでした」
ソウはハッとした。
「ですが、それは本当にきっかけに過ぎません。この三年、先生を見てきました。それで決めたのです。先生と一緒になりたいと、心に決めたのです」
シトリはキュッとスカートを握り締める。
「年齢のことを言われてしまうと、私にはどうすることも出来ません。だから、お願い。どうしようもないことで、私を否定しないで。この気持ちまで、疑わないで」
真っ直ぐに見つめるシトリの目が、必死に、切実に、想いを伝えてくる。
「先生が歩けなくなったら私が車椅子を押します。先生が寝たきりになったら二人の思い出をずっと一緒に語りましょう。先生のお世話が出来るように、先生が安心して任せられるように、たくさん体力もつけておきますからっ。だからっ」
涙を浮かべ、言葉を尽くす。
「姉様は、先生と出会ってからずっと、ずっと介助や介護について勉強してきました」
シトリの後ろから、ナトリが怒りを抑えながら言った。ナトリが援護してくれると思っていなかったので、シトリは驚いた。
「姉様は、先生を支えられるように、毎日体力作りもしてきた」
ナトリの言葉にソウは戸惑う。
「姉様自身を見ろ。立場を理由にするな。年齢を言い訳にするなっ。姉様を見ろ!」
シトリはナトリの言葉にボロボロと涙を溢した。自分の努力をずっと見てきてくれた人がいる。
「ウチの姫様はさあ、この容姿でしょ?恋愛ごとにすごーく臆病なんだよね」
リョウが言う。
「そんな可愛い可愛い姫が、生半可な気持ちで恋愛すると思う?」
リュウも参戦する。
「姉様自身を見て、それでもダメだと言うなら、私たちはその意思を受け入れる」
「リョウ兄様、リュウ兄様、ナトリ」
シトリは深い兄妹の愛情に、涙が止まらなかった。
「先生の言葉は、さっきからシトリを思いやっているとしか思えないんだけど」
リョウの言葉に、ソウは観念したようにひとつ、息を吐いた。
「素敵な家族ですね、シトリさん」
ソウは穏やかに微笑んでいた。
「せん、せ?」
「シトリさん、ありがとう」
ソウはシトリを抱き締めた。
「せん、せ」
シトリの息が止まる。驚きで涙も止まる。
「そこまで考えてくださっていたのですね」
一時の気の迷いなどではない。本気で未来を見つめてくれていた。
「私の方がしっかり体力をつけて、あなたにそんな未来を迎えさせないようにしなくてはいけませんね」
耳元でクスクスと笑うソウに、シトリはまだ混乱している。
「泣かせてしまいましたね」
抱き締めていた腕を緩め、シトリの頬に手を添える。涙の跡をゆっくり指先でなぞった。シトリは頬に熱が集まるのがわかった。
「すみません。本当は、ずっとあなたに触れたかった」
そう言っても、幻滅しませんか。困ったように笑うソウに、シトリはまだ混乱が抜けきらない。
「え?え?」
「こんなおじさんでも、本当に後悔しませんか」
ゆっくり髪を撫でる。
「シトリさん?」
優しく名前を呼ばれ、シトリはハッと我に返る。言われた言葉たちがやっと脳に届いた。シトリは大粒の涙を溢す。
「ああ、泣かないで、シトリさん」
ソウは涙をいただくように唇を寄せた。
「ふえ?」
そんなことをされると思わず、驚きに目を開くシトリ。ソウは眼鏡の奥の瞳を優しく細めた。
「逃がしてあげることは、出来ませんよ?」
「ああ、中等部の子ですね。肩に力が入りすぎています。それでは折角の魔力が滞ってしまいますよ」
「は、はいっ」
「ゆっくり深呼吸を。呼吸に合わせて、そう、そうです」
「あ、ありがとうございますっ」
「いいえ。今の感覚が基本となります」
「サグラ先生―!」
「はい、今行きますね!では頑張ってくださいね」
「シトリー、どしたの?」
「あ、あの先生って」
「んー?ああ、高等部の先生でしょ。貴族級の数学教師だよ。そこまでの魔力持ちが教師やってるなんて珍しいよね」
「そう、なんだ」
「どしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
*おわり*
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
平凡眼鏡の先生ですが、眼鏡を外すと野獣、という裏設定。
眼鏡を外す時はどういう時かはご想像にお任せいたします。
ソウの謝罪の言葉に、側にいたナトリが声を荒げた。
「だから卒業式で言ったんじゃろがい!!」
ガウガウと噛みつきそうなナトリに、双子はどうどう、と宥める。双子は内心感心していた。シトリを振るなんて何様だと罵倒したい。それと同時に、本当にきちんと現実が見えていたんだとも思った。見た目が釣り合わないということではない。年齢のことだ。
「いや、教師と生徒というのは、その、断るための口実に過ぎないんですよ」
ソウはバツが悪そうに言った。
「私とシトリさん、あなたでは、年が離れすぎている」
十二歳という差は、いつか後悔する日が来るだろう。
「綺麗事ではないのです。私の方が確実に早く衰える。その時が来ても、あなたはまだ若い。私に縛られるようなことがあってはいけないと、そう考えました」
シトリは俯いている。
双子は噛みつきそうなナトリを抑えながら、少し離れて見守ることにした。
「あなたの未来を奪うようなことを、したくはないのです」
「年齢、だけでしょうか」
ポツリとシトリが呟く。
「年齢のことを考えなければ、私でも、私を、好きになってくださいますか」
「っ、い、いいえ、いいえ、シトリさん。私があなたに好意を持つことは、ありません」
嘘だ。だが彼女を正しい道に戻さなくては。迷い道に囚われてはいけない。
シトリは大きく目を見開いた。ツ、と一筋、涙が頬を伝う。シトリは慌てて後ろを向いて、その涙を隠した。ハンカチで涙を拭う。その肩が震えていることに、ソウは気付いていた。だが何もしてやれない。しては、いけない。彼女はただ勘違いをしているだけなのだから。
「自分は恋愛対象に入らない、その思いからの、態度だっただけですよ。先に同じことをした人がいたら、そちらに行っていたはずです。だからそれは、勘違いなんです」
シトリは少し怒ったように振り向いた。
「先生の仰っていることは間違っていないでしょう。ですが、私は十五年、十五年、そんな人と出会えませんでした」
ソウはハッとした。
「ですが、それは本当にきっかけに過ぎません。この三年、先生を見てきました。それで決めたのです。先生と一緒になりたいと、心に決めたのです」
シトリはキュッとスカートを握り締める。
「年齢のことを言われてしまうと、私にはどうすることも出来ません。だから、お願い。どうしようもないことで、私を否定しないで。この気持ちまで、疑わないで」
真っ直ぐに見つめるシトリの目が、必死に、切実に、想いを伝えてくる。
「先生が歩けなくなったら私が車椅子を押します。先生が寝たきりになったら二人の思い出をずっと一緒に語りましょう。先生のお世話が出来るように、先生が安心して任せられるように、たくさん体力もつけておきますからっ。だからっ」
涙を浮かべ、言葉を尽くす。
「姉様は、先生と出会ってからずっと、ずっと介助や介護について勉強してきました」
シトリの後ろから、ナトリが怒りを抑えながら言った。ナトリが援護してくれると思っていなかったので、シトリは驚いた。
「姉様は、先生を支えられるように、毎日体力作りもしてきた」
ナトリの言葉にソウは戸惑う。
「姉様自身を見ろ。立場を理由にするな。年齢を言い訳にするなっ。姉様を見ろ!」
シトリはナトリの言葉にボロボロと涙を溢した。自分の努力をずっと見てきてくれた人がいる。
「ウチの姫様はさあ、この容姿でしょ?恋愛ごとにすごーく臆病なんだよね」
リョウが言う。
「そんな可愛い可愛い姫が、生半可な気持ちで恋愛すると思う?」
リュウも参戦する。
「姉様自身を見て、それでもダメだと言うなら、私たちはその意思を受け入れる」
「リョウ兄様、リュウ兄様、ナトリ」
シトリは深い兄妹の愛情に、涙が止まらなかった。
「先生の言葉は、さっきからシトリを思いやっているとしか思えないんだけど」
リョウの言葉に、ソウは観念したようにひとつ、息を吐いた。
「素敵な家族ですね、シトリさん」
ソウは穏やかに微笑んでいた。
「せん、せ?」
「シトリさん、ありがとう」
ソウはシトリを抱き締めた。
「せん、せ」
シトリの息が止まる。驚きで涙も止まる。
「そこまで考えてくださっていたのですね」
一時の気の迷いなどではない。本気で未来を見つめてくれていた。
「私の方がしっかり体力をつけて、あなたにそんな未来を迎えさせないようにしなくてはいけませんね」
耳元でクスクスと笑うソウに、シトリはまだ混乱している。
「泣かせてしまいましたね」
抱き締めていた腕を緩め、シトリの頬に手を添える。涙の跡をゆっくり指先でなぞった。シトリは頬に熱が集まるのがわかった。
「すみません。本当は、ずっとあなたに触れたかった」
そう言っても、幻滅しませんか。困ったように笑うソウに、シトリはまだ混乱が抜けきらない。
「え?え?」
「こんなおじさんでも、本当に後悔しませんか」
ゆっくり髪を撫でる。
「シトリさん?」
優しく名前を呼ばれ、シトリはハッと我に返る。言われた言葉たちがやっと脳に届いた。シトリは大粒の涙を溢す。
「ああ、泣かないで、シトリさん」
ソウは涙をいただくように唇を寄せた。
「ふえ?」
そんなことをされると思わず、驚きに目を開くシトリ。ソウは眼鏡の奥の瞳を優しく細めた。
「逃がしてあげることは、出来ませんよ?」
「ああ、中等部の子ですね。肩に力が入りすぎています。それでは折角の魔力が滞ってしまいますよ」
「は、はいっ」
「ゆっくり深呼吸を。呼吸に合わせて、そう、そうです」
「あ、ありがとうございますっ」
「いいえ。今の感覚が基本となります」
「サグラ先生―!」
「はい、今行きますね!では頑張ってくださいね」
「シトリー、どしたの?」
「あ、あの先生って」
「んー?ああ、高等部の先生でしょ。貴族級の数学教師だよ。そこまでの魔力持ちが教師やってるなんて珍しいよね」
「そう、なんだ」
「どしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
*おわり*
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平凡眼鏡の先生ですが、眼鏡を外すと野獣、という裏設定。
眼鏡を外す時はどういう時かはご想像にお任せいたします。
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