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ここ二日ほど、神殿内が穏やかだ。少し考えて、そう言えばウザい女にウザ絡みされていないと気付く。姿すら見ていない気がしてきた。そう思っていると、祈りの時間のために集まり始めた候補の一人が、別の候補たちと話をしているのが聞こえた。
「では、サリュア様は後一週間は戻らないのですね」
「結構遠くですからね、今回は。はあ。憧れておりましたのに、あんなにも傍若無人とは。夢を見ていたかったですわ」
「ダメですよ、そんなことを口に出されたら。万が一にもサリュア様のお耳にでも入ったら大変なことになりますよ」
そんな会話だった。なるほど。ヤツは遠征中であったか。あと一週間と言ったか。ヤツが戻ったらまた鬱陶しい日々の始まりだ。僅かな自由を楽しもう。そう思っていた矢先。
「これは、王太子殿下っ。ようこそおいでくださいました」
こんな朝早くから?早朝五時だぜ?どんだけ暇なの?
祈りの間がざわつく。お清めと違って、祈りは神殿内の聖女、神子、聖女候補が一堂に会する。これだけたくさんの人々の中、私を見つけることは出来ないだろう。空気のように存在感を消します。すると、あーら不思議。
「やあ、シラユキ。今日は外出の許可を取っている。少し私に付き合ってくれ」
速攻で見つかりました。本当に不思議ですね。
「ご機嫌よう、王太子殿下。ありがたいお誘いですが、これから祈りの時間です。神官をお誘いしたら如何でしょうか」
祈りの間が、さっきとは違う意味でざわつく。兄が微笑む。
「外出許可を取ったよ、シラユキ。さあ、行くよ」
私の両脇に手を入れて、軽々と抱き抱える。周囲から黄色い声が上がる。
「みんな、今日はシラユキを借りるよ」
私は呆れた溜め息を吐くと、抱えられたまま、みんなにぺこりと頭を下げた。聖女の方々は複雑そうな顔をしていたが、候補の人たち、特にコルシュは、満面の笑顔でいってらっしゃいと手を振っていた。クソビッチの影響が、こんな風に現れるんだな、とどうでもいいことが頭を過ぎった。
兄と馬車に乗ると、兄はそのまま私を横向きで膝の上に座らせた。その私の膝に、影艶さんがのしかかる。
「ちょっと、影艶殿。重たいんだけど」
「では私が下ります。影艶を抱っこしてあげてください」
二人が嫌そうな顔をした。冗談だよ、影艶。私のところへおいで。もふもふしてたも。
「まったく。今日はね、そろそろ影艶殿ものびのびしたくなる頃かと思って外出許可を得たんだよ。ずっとそのままでは大変だろう?神殿に戻るまでだけど、シラユキと思い切り羽を伸ばして貰おうと思ったの」
何と言うことでしょう。兄がそんな気遣いの出来る人だったとは。
「今、何か失礼なこと考えた?」
「失礼かどうかわかりませんが、驚きました」
神殿に来てから、私の部屋以外では大型犬サイズの影艶。通常サイズだと、色々都合が悪いらしい。兄がそんなことを言っていた。でも兄との初対面時、いろんな人の目に影艶は晒されていたと思うけど。何らかの形で黙らせているのかな。まあ黙っておけと言うからそうしている。面倒事が起こりそうな気配を感じたから、ちゃんと従っている。
「私だって気を遣うことはあるよ。特にシラユキのことなら」
意外だ。無理矢理神殿に押し込めたことを、少しは気にしていると言うことか。
「ありがとう、ございます」
「お礼はキスで」
「ほら、影艶。王太子殿下にお礼のキスを」
影艶が鼻先で兄の額をド突いた。後ろの壁に、兄の頭が強か打ちつけられる。
「わー、熱烈なキスでしたね。良かったですね、王太子殿下」
「なんでそうなるのかな」
後頭部を摩りながら、恨めしそうな目で兄が私を見る。何のことかわかりませんな。
*つづく*
「では、サリュア様は後一週間は戻らないのですね」
「結構遠くですからね、今回は。はあ。憧れておりましたのに、あんなにも傍若無人とは。夢を見ていたかったですわ」
「ダメですよ、そんなことを口に出されたら。万が一にもサリュア様のお耳にでも入ったら大変なことになりますよ」
そんな会話だった。なるほど。ヤツは遠征中であったか。あと一週間と言ったか。ヤツが戻ったらまた鬱陶しい日々の始まりだ。僅かな自由を楽しもう。そう思っていた矢先。
「これは、王太子殿下っ。ようこそおいでくださいました」
こんな朝早くから?早朝五時だぜ?どんだけ暇なの?
祈りの間がざわつく。お清めと違って、祈りは神殿内の聖女、神子、聖女候補が一堂に会する。これだけたくさんの人々の中、私を見つけることは出来ないだろう。空気のように存在感を消します。すると、あーら不思議。
「やあ、シラユキ。今日は外出の許可を取っている。少し私に付き合ってくれ」
速攻で見つかりました。本当に不思議ですね。
「ご機嫌よう、王太子殿下。ありがたいお誘いですが、これから祈りの時間です。神官をお誘いしたら如何でしょうか」
祈りの間が、さっきとは違う意味でざわつく。兄が微笑む。
「外出許可を取ったよ、シラユキ。さあ、行くよ」
私の両脇に手を入れて、軽々と抱き抱える。周囲から黄色い声が上がる。
「みんな、今日はシラユキを借りるよ」
私は呆れた溜め息を吐くと、抱えられたまま、みんなにぺこりと頭を下げた。聖女の方々は複雑そうな顔をしていたが、候補の人たち、特にコルシュは、満面の笑顔でいってらっしゃいと手を振っていた。クソビッチの影響が、こんな風に現れるんだな、とどうでもいいことが頭を過ぎった。
兄と馬車に乗ると、兄はそのまま私を横向きで膝の上に座らせた。その私の膝に、影艶さんがのしかかる。
「ちょっと、影艶殿。重たいんだけど」
「では私が下ります。影艶を抱っこしてあげてください」
二人が嫌そうな顔をした。冗談だよ、影艶。私のところへおいで。もふもふしてたも。
「まったく。今日はね、そろそろ影艶殿ものびのびしたくなる頃かと思って外出許可を得たんだよ。ずっとそのままでは大変だろう?神殿に戻るまでだけど、シラユキと思い切り羽を伸ばして貰おうと思ったの」
何と言うことでしょう。兄がそんな気遣いの出来る人だったとは。
「今、何か失礼なこと考えた?」
「失礼かどうかわかりませんが、驚きました」
神殿に来てから、私の部屋以外では大型犬サイズの影艶。通常サイズだと、色々都合が悪いらしい。兄がそんなことを言っていた。でも兄との初対面時、いろんな人の目に影艶は晒されていたと思うけど。何らかの形で黙らせているのかな。まあ黙っておけと言うからそうしている。面倒事が起こりそうな気配を感じたから、ちゃんと従っている。
「私だって気を遣うことはあるよ。特にシラユキのことなら」
意外だ。無理矢理神殿に押し込めたことを、少しは気にしていると言うことか。
「ありがとう、ございます」
「お礼はキスで」
「ほら、影艶。王太子殿下にお礼のキスを」
影艶が鼻先で兄の額をド突いた。後ろの壁に、兄の頭が強か打ちつけられる。
「わー、熱烈なキスでしたね。良かったですね、王太子殿下」
「なんでそうなるのかな」
後頭部を摩りながら、恨めしそうな目で兄が私を見る。何のことかわかりませんな。
*つづく*
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