美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛

らがまふぃん

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番外編

愛を、知る

お気に入り登録200を超えました!ありがとうございます!
たくさんの方に気に入っていただけたことを記念して、一話書いてみました。
本編とはまったく関係ありません。
アリスの家族は、アリスラブのファナトラタのみなさんではありません。
お姫様を救う、王子様の話です。
少しでも楽しんでいただけますように。


*∽*∽*∽*∽*


 「もし、もし。ああ、どうしましょう。もし、目をお覚ましくださいませ、もし」
 手や頬に触れる優しい感触と、心を溶かす優しい声。
 「どうしましょう。一人では運べませんし、この方をこのまま残して人を呼びに行って何かあったら」
 少女はオロオロと辺りを見回すが、やはり誰もいない。
 「このままではいけません。人を呼びに行きましょう」
 元々人気ひとけの少ない砂浜だ。早朝のこの時間、尚更助けを望めるとは思えなかった。
 「もし、すぐに戻りますから、もう少し耐えてくださいまし」
 立ち上がろうとしたその時。
 波打ち際に倒れていた銀の髪の美しい少年が、少女の手を掴んだ。
 「まあっ、気付かれましたか?」
 少女の姿と声を認めると、薄く目を開いた少年は言った。
 「オレは、死んだのか」
 その言葉に、少女は驚いて首を振る。
 「ええっ?いいえ、きちんと生きておりますわ」
 「おまえは、天からの迎えではないのか」
 少年は、少女の美しい姿と美しい声に、少女は天使だと思った。
 「おまえが、オレを、助けてくれたのか」
 「いいえ、私は何も。倒れているあなた様を運ぶことも出来ず、ただ狼狽えていただけで。ああ、ですが、目が覚めてくださって良かったです」
 少女は否定するが、少年の手や頬に触れる優しい感触と、心を溶かす優しい声を、覚えている。間違いなく、目覚める手助けとなっていた。

 「オレはエリアスト。おまえの名は」
 「アリスと申します」

*~*~*~*~*

 「エルシィ、訪ねてしまってすまない。昨日の礼がしたい。予定はどうだ」

 エリアストは、世界を股にかける豪商ディレイガルドの跡取りだった。家族旅行で乗った船が事故に遭い、多くの人が犠牲になった。運良くこの島に流れ着いたエリアストは、気を失っていたところをアリスに助けられた。
 その日の夕方、これまた運良く別の砂浜に流れ着いていたエリアストの両親と再会し、街一番の宿に宿泊している。
 世界のディレイガルドが来ていると、島中が大騒ぎとなっていた。

 そんなエリアストが、アリスを訪ねてきたのだ。
 アリスの家族は大はしゃぎだ。
 「ドロシーです。アリスの双子の妹なの」
 アリスには双子の妹がいた。何もかもがそっくりな妹であったが。
 「そうか。エルシィ、昨日言っていたところへ行きたい。連れて行ってくれ」
 エリアストは、ドロシーに視線ひとつ向けることなく、アリスだけに微笑んだ。
 「あ、あの、申し訳ないのですが」
 アリスが折角のエリアストの誘いを断ろうとする。
 「大丈夫です大丈夫です!」
 「この子でよろしければ、いくらでも使ってやってくださいねぇ」
 アリスの両親が、揉み手でエリアストに擦り寄った。
 そんな両親を冷たく一瞥すると、アリスの手を取った。
 「許可が下りた。行こう、アリス」
 
………
……


 「エルシィ、迎えの者が来たら、オレと一緒に行こう」

 視界いっぱいに広がる海。遮るものは何もなく、ただ悠然とそこにある。
 アリスはここで、この青を眺めることが、何よりの癒やしだった。自然の偉大さに、自分の悩みなど小さなものだと思え、明日も頑張れるのだ。
 そんな大切な場所で、昨日出会ったばかりのエリアストから、幸せな約束がもらえた。

 エリアストは、街の噂を知っているはずなのに。

 それでもアリスを誘ってくれたことが、堪らなく嬉しかった。
 噂をまったく信じていない、その態度も。
 「エルシィ、これ」
 そう言ってアリスの髪にそっと挿してくれたのは、エリアストの瞳と同じ色のガラス細工で出来た髪飾り。
 両親が流れ着いた砂浜には、複数の荷物も流れ着いていた。その中に、自分たちの荷物もあった。商品のサンプルとして持ち歩いていたもののひとつだった。
 「美しいな、エルシィ」
 アリスは、震える声でお礼を言った。
 一筋、涙が零れた。
 「おまえは、涙まで美しい」
 そう言って、エリアストは躊躇いもなく涙にくちづける。
 驚いたアリスにエリアストは微笑み、今度はその唇に、自身のそれを、そっと重ねた。

*~*~*~*~*

 アリスの悪意ある噂があった。

 アリスは優しいフリをして、裏ではとんでもない悪女だ。
 男を誑かし、弱い者から搾取し、妹ドロシーを虐げる。
 それを知った両親に、今は見向きもされていない。
 ドロシーだけはアリスを見捨てずにいるのだが、それすら撥ね除け、やりたい放題。
 本性を知られた今でこそおとなしいが、騙されてはいけない。
 綺麗な顔の下に、真っ黒な怪物を飼っているのだから。



 広場に、噂のエリアストがいる。世界のディレイガルド、ということもそうだが、その美しい容姿に誰もが感嘆の息を吐く。大勢が遠巻きにエリアストを見つめ、何とかお近づきになれないかと囁きあう。

 「エル様、お待たせいたしました」

 そんなエリアストがご執心なのは、悪女アリス。現れたアリスの姿に、女たちは嫉妬の炎を燃やす。アリスの噂が耳に入るよう画策したのだが、当のエリアストがまったく気にしてくれない。
 悔しそうにアリスを見つめる視線の中、エリアストは言った。

 「エルシィをどうした」

 「え?」
 アリスが引き攣った顔をする。周囲も顔を見合わせた。
 「誰だ貴様。エルシィをどこへやった」
 エリアストは、現れた人物をアリスだと認めない。
 「え、エル様、私がアリスですわっ」
 エリアストは腰にいた剣を、躊躇いもなく抜いてアリスもどきに突きつける。
 「誰がオレを呼ぶ許可を与えた。汚らわしい」
 アリスもどきは、剣を突きつけられたことと、あまりのエリアストの目の冷たさに、腰を抜かしてへたり込む。
 「もう一度聞く。エルシィをどうした」
 周囲はざわめいている。あの子がアリスではないなら、考えられるのは一人しかいない。だが、どういうことだ、と。
 「言いたくないならそれでも構わん」
 エリアストは剣を突きつけたまま、一歩近付く。
 「今死ぬか、後で死ぬかの違いだ」
 容赦なく剣を振り上げた。

………
……


 「アリス。あんたこの街で自分の評判わかってるでしょ」
 今日もエリアストと出掛けるため家を出たところで、ドロシーに無理矢理引きずられて馬車に乗せられた。何を聞いても何も答えなかったドロシーだが、目的地に着くと開口一番そう言った。
 「あんたみたいなのが、あんな素敵な人と一緒になれるなんて思わないことね」
 意地悪く口の端をつり上げる。
 「そうね、あたしがあんたの代わりにあの人と一緒になるわ。“この街での評判が悪いからアリスはエル様に相応しくない”、って別れてきてあげる」
 「そんなことやめてっ」
 「あんたに騙された可哀相なエル様を、あたしが慰めてあげるわ」
 醜悪なドロシーの考えに、エリアストが何よりも大切なアリスは、初めて声を荒らげた。
 「あなたが今まで私の名前で何をしてきても赦したわ。でも、それだけは聞けないっ」
 初めてのアリスの反応に一瞬面食らったドロシーは、アリスに気圧されたことが悔しくて、いつもより過剰に反応した。
 「うるさいわねっ!あたしに逆らうの?!何よ、これ見よがしに貰ったもの見せつけて!」
 アリスにつかみかかったドロシーは、その髪からエリアストの贈り物を無理矢理奪う。
 「いやっ、やめてっ」
 「こんなものこうしてやるっ」

 あまりのことに、アリスは声が出なかった。
 ドロシーの足下で、無残な姿になってしまったエリアストからの想い。

 「ふんっ。これを見せれば、エル様だってあんたに愛想尽かすでしょ」
 割れた髪飾りをハンカチに包んで、ドロシーはそこを出ると、外から鍵をかけて去って行った。

 アリスは無言のまま、震える手で、ひとつだけ残った欠片を拾った。

………
……


 「ち、違うわ!あなたを傷つけないために、あたしはアリスのフリをしてあげたのよっ!」
 剣を振り上げられた瞬間、ドロシーは叫んだ。
 「どういう意味だ」
 エリアストは振り上げた剣をそのままに、続きを促す。
 「こ、これを」
 ドロシーが差し出したのは、バラバラになったガラス細工の髪飾り。
 「こんな安物、私に相応しくないって、踏みつけたのよ、アリスは!」
 なんて酷い、本当に悪女ね、などと周囲の声が聞こえる。
 「この街でのあの子の評判、聞いているでしょう?」
 エリアストは剣を下ろすと、砕けた髪飾りをジッと見た。
 「あなたが外の人間だから、騙せると思ったんでしょうね。可哀相なエル様。でも大丈夫。あたしがあなたの側にひぃっ?!」
 眼前に剣が突き刺さる。
 「オレの、名を、呼ぶな」
 怒りから、エリアストの髪が逆立っている。
 お粗末な思考回路のドロシー目の前の女はもちろん、双子の区別も付かない愚鈍な両親血縁者と街の住人にも、エリアストは怒っている。
 どう考えてもあり得ない不快な噂に、エリアストは調べた。ほんの少し調べただけで、いろいろとわかったというのに。
 今にも卒倒しそうなドロシーは、視界に入る自分の有り様に、現実に引き戻される。
 「え?」
 公衆の面前で、服を引き裂かれていた。
 「貴様に子はいないはずだな」
 肌を晒していることは目でわかっていても頭の理解が追いつかず、間の抜けた声しか出て来ない。
 「え?え?」
 エリアストの視線が腹に注がれている。
 「ならばその傷は何だ」
 「え?」
 周囲の視線も、ドロシーの腹部に集まる。
 そうだ。何故その可能性に気付かなかったのだろう。
 アリスとドロシーは、そっくりだということに。
 あの数々の噂は、アリスではなく――。

 「殺すなんて親切なことはしてやらん。家族共々生き恥を晒せ」

………
……


 「エルシィ、見つけた」

 街外れの倉庫の中。鍵をかけられ閉じ込められたアリスを見つけたのは。
 「え、える、さま」
 何かを抱き締めるように、うずくまっていたアリスが顔を上げた。
 ずっと泣いていたのだろうか。涙の水たまりが出来ている。
 エリアストの胸は、このまま心臓が止まるのではないかと思うほどに潰れた。
 「アリスッ」
 直ぐさま駆け寄り抱き締めようとすると、アリスは何かを握り締めた手を胸に抱えながら、首を振る。
 「え、ぅさま、ごめ…なさ…、える、さま、ごめ…」
 声を詰まらせながら、握り締めたものを震える手が差し出す。
 とてもとても大切そうにその手に包んでいたものは。

 エリアストが贈った、ガラス細工の髪飾りの欠片。

 「ごめ…、えぅ…ごめんな…ぃ」
 割れたガラスで傷を作ってしまっていることも構わず、大切な人からの大切な贈り物を守れなかったことに、嘆き悲しむ。
 その姿が、堪らなく愛おしくて。
 「泣くな、アリス。アリス、アリス」

 その涙を止めたくて。
 祈るように、抱き締めた。

*~*~*~*~*

 「島から出たことはないのか」
 ディレイガルドの迎えの船に乗ると、アリスは声も出せずに、キラキラと輝く目で景色を見ていた。
 「はい。何もかも、初めてです」
 はしゃぐアリスが愛しくて、そっと腰を抱き寄せる。
 「ふふ、嬉しい。たくさんの初めてを、エル様と体験出来て、本当に嬉しいです」
 「エルシィッ」
 堪らずギュウギュウ抱き締めた。アリスも嬉しそうに、けれど遠慮がちに、エリアストの背中に手を回す。そして。

 「エル様。私を見つけてくれて、ありがとうございます」

 愛しい人のその言葉に、エリアストは泣きそうになった。

 「違う。エルシィが、オレを見つけてくれたんだ」



*おしまい*
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
また皆様におよみいただける機会がありますように。R6.7/15
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