愛を知らない者たちの愛

らがまふぃん

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 ピチャン、ピチャン、と不規則に滴る水音がする。カツカツと規則的な足音が洞窟内に響く。入り組んで迷路のようになったそこを、男は迷いなく進んでいく。やがて洞窟を抜けると、絶壁の上の方の僅かなスペースに出る。辿り着いたその場所には、一人の男が座っていた。その男は顔の上半分を覆う仮面を着けていた。左目の下辺りに赤い模様が描かれている以外は、真っ白なもの。視界を確保する穴すらない、完全に目を覆っている仮面だ。短い髪が、美しい顔の輪郭を晒している。目を見ることは叶わなくとも、その美しさが容易に想像できた。
 仮面の男は満月に照らされ、儚いものに見えた。
 「依頼だ」
 男は仮面の男の隣に立つと、そう言った。
 「ええ?いやだなあ。ボクじゃない人に頼んでよ」
 仮面の男は男を見ることなく断る。
 「そう言うな。おまえじゃないと無理だ」
 「そんなの努力不足だよ。怠慢。壁を乗り越える努力をしなよ」
 男は苦笑した。
 「その通りだ。だがこの依頼を達成したら、ひとつ、何でも望みを叶えると約束しよう、白襲しろがさね
 男の言葉に、かさねは笑った。
 「あはは、無理だよ」
 男は眉を寄せる。
 「ボクより強い人、いる?」
 男は苦虫を噛み潰したような顔になった。いるわけない。
 「一番の望みは自分で叶えているところだよ。でもそうだね。折角だから考えておくよ」
 そう言うと、襲はゆらりとその身を絶壁から躍らせた。


*~*~*~*~*


 国王崩御の報せが、国を駆け巡った。
 心臓発作との発表であったが、実際は暗殺だ。国王暗殺など、どう足掻いても醜聞にしかならない。ごく一部の者のみが知るところだ。



 「起きてよ。寝てるヤツ殺してもつまらないから。起きてって」
 「何奴か」
 「暗殺者だよ。ボクは恨みなんてないんだけどね。誰かが恨んでるみたい。心当たりある?」
 「国王なんてやっておると恨みばかりではない。この座を狙う者も多かろう」
 「そんなにいい椅子なの?」
 「最悪よ。現におまえのような奴に狙われておる」
 国王はゆっくりと上体を起こした。
 「聞いても無駄かも知れんが、部屋に控えていた者はどうした」
 「そこにいるよ」
 「そうか。眠らせただけ、ではないだろうな」
 「永遠にって意味なら」
 国王は深く息を吐いた。
 「随分落ち着いてるね」
 「因果な職業よ。いつこうなってもおかしくはない」
 「それでも取り乱すものじゃないのかなあ」
 「お主のような者を生み出す程度の国しか創れぬ王よ。似合いの末路よな」
 暗殺者を生み出す、と言うニュアンスで言っているように感じられない。男自身のことを言っているように思った。
 「ボクを知っているんだ」
 「さあ、知らん。儂は耄碌もうろくジジイだからな。母から聞いた話など、うの昔に忘れたわ」
 「母?」
 国王は壁に視線を向けた。そこに飾られた肖像画に、男は目を見開く。
 「シシェル」
 「儂の母よ。美しかろう」
 国王は笑った。
 「母が忍んで会いに行っていた子どもがいたな、くらいには覚えておるよ」
 「それがなぜボクだとわかった?」
 国王は、男の腰にある剣を指した。
 「父の形見だ」
 ボロボロの剣。あなたを守ってくれますように、とシシェルがくれた。
 「名は、何と言う」
 「かさね、ってシシェルは呼んでた」
 「そうか。儂が生まれたとき、今の名と、その名、カサネと、どちらにしようか、最後まで悩んでいたと聞く」
 国王はジッと襲を見た。
 「その仮面、取って見せてはくれんか。母が言っておった。とても美しい目だと」
 襲はそっと仮面に手を添えると、ゆっくり外す。
 何ものにも例えようのない、極上のあか
 国王は微笑んだ。
 「ずっと、見てみたいと思っておったよ。本当に美しいな。母に、いい土産話が出来た」


 *つづく*
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