愛を知らない者たちの愛

らがまふぃん

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 かさねは気分が良かった。シシェルに会えたからだ。その子どもも気に入った。姿も声も話し方も、何一つシシェルと似ていないのに、シシェルと話しているような気になった。シシェルでは叶わなかったが、子どもの目に最期に映ったのが、自分であれた。
 自分が殺さなくては、自分の心の中で生きられないと思っていたが、そうではないようだ。なぜならずっとシシェルは自分の心の中で生き続けているから。ただ、やっぱり最期にその目に映して欲しかった。そんなわだかまりが、子どものお陰で幾分解けた。
 王太后という立場の人間が娼館に出入りしていたのは、自分の余命を悟った彼女が、この国の闇を見るためだったのかも知れない。そこで偶々、襲を見つけた。
 シシェルに名前を聞かれて答えられなかった。母親からは呼ばれたことはないし、施設で付けられた名前は違和感しかなかった。当然、娼館での源氏名を聞かれているわけではないので、返事に窮した。するとシシェルは、カサネと呼んでもいいかしら、と穏やかに微笑んだ。
 「子どもに付けようとした名前。シシェルが母さん。本当の母さんとは全然違う」
 母親から特別に愛された自分。けれどシシェルからは、まったく違う形で特別に愛された自分。
 「シシェルの特別って、変。変だよね」
 母さんの特別は、ボクの特別と似ている。だけど、シシェルの特別は、なんだかくすぐったい。
 「ふふ。変なの」
 「さっきから何をブツブツ言っている!」
 襲は声のした方を見た。
 数十名に囲まれている。
 もちろん気付かなかったわけではない。敵と認識すらしていないだけだ。
 「おまえの暗殺依頼が出ている。いろいろ知りすぎたようだな」
 襲は首をかしげた。
 「誰から?いろいろ?何を?」
 「知る必要はない。いくら白襲しろがさねとは言え、この人数相手にはさすがに逃げおおせまい」
 襲は笑った。
 「ボクは今、気分がいいんだ。邪魔しないで」
 するりと仮面を撫でて、外す。
 美しい男。極上のあかが、囲う者たちを見回す。
 暗殺者たちは息を呑んだ。あまりの美しさに。
 襲は笑った。
 「一瞬で終わらせてあげる」
 爆発的な魔力が辺りに広がった。それだけ。魔法を使ったわけではない。魔力を少し、解放しただけ。半径一キロほどが、荒野と化す。
 襲はゆったりと荒野を歩いた。
 十六夜いざよいの月だけが、変わらずそこにあった。


*~*~*~*~*


 ピクリ。
 「いた」
 「見つけたわ」
 僅かに感じた魔力の波動。あの侯爵邸で貰い受けたマスクの残滓から、襲の魔力を覚えた。そして常にアンテナを張っていたのだ。いつか襲が魔法を使うかも知れない。そうしたら、すぐにでもそこへ行けるように。
 「遠いな。行けるか?」
 「一度では無理ね。何回かに分けて跳べば」
 自分たちが空間を移動できる距離の限界よりも、さらに向こう。それでも行かない選択肢はない。
 「味、好きじゃないのよね」
 魔力回復薬を手に、ベロニカは眉を寄せた。
 空間を移動すると、魔力はだいぶ削られる。それを何度か繰り返さなくてはならないのだ。何本か飲む覚悟が必要だ。
 「万全の状態じゃねえと、襲はそのままどっか行っちまうから仕方ねぇ」
 興味のないものに、襲は見向きもしない。この二人とて例外ではない。殺す価値なしと判断されたら、そのまま消えてしまう。
 「行くぞ」
 二人の姿が消えた。


 *つづく*
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