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最終話
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フィルアージュと出会って二年近くが経った初夏の頃。
フィルアージュは、ディレイガルド縁の家に養子に迎え入れられ、ノアリアストのデビュタントを待って婚姻を結ぶこととなっている。
幼さはまだ残しつつ、だいぶ大人の顔立ちとなり、婚約者のお陰か、ますます色香が加わってきたノアリアストとダリア。
「父上、母上。ご相談があります」
夕食の後、いつものようにファミリールームで家族の時間を過ごそうとした時のことだ。
父エリアストが母アリスを後ろから抱き締める形でソファーに座り、チェスの駒を配置していると、ノアリアストが緊張した面持ちでそう告げてきた。
二人がノアリアストへと向ける視線は、これから話そうとしていることを知っているかのようだった。
ノアリアストが立ち上がると、ダリアも姿勢を正してその姿を見つめている。ノアリアストが二人の側まで行くと、膝をついて頭を下げた。一呼吸置いてから、そのままの姿勢で口を開く。
「カラフスト王国へ、フィルアージュと共に行かせてください」
「何故だ」
間髪入れずに返すエリアストに、やはり自分のしようとしていることは気付かれていると思った。明確に自分の口から出ることを待っていたようだった。
「父上と母上の友人だという、ヨシュア殿下の国カラフストは、医療が発達しています。そこで」
一旦言葉を句切り、ひどくうるさい心臓を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐き出すと、頭を上げて真っ直ぐに二人を見た。
「私の片方の目を、ルアに渡そうと思います」
ビリ、と空気が震えた。
凍てつく視線がノアリアストを捉えた。
「おまえたちは、アリスが命懸けで産んでくれた。五体満足に、健康そのものに産んでくれたのだ。そして、大切に育てている。その体を」
エリアストの手にしていたチェスの駒が粉砕された。
「どうしたいと」
エリアストは、ノアリアストとダリアに対して、アリスを“母様”と呼ぶ。名前や愛称で呼ぶことはない。そう呼ぶときは、ノアリアストやダリアに怒っているときだ。
エリアストとアリスは、いつかカラフスト行きを言われるとわかっていた。けれどそれは、治療のためであって、移植手術のためではない。だから、エリアストはこれほどまでに怒っている。
「父上の怒りも、母上の、悲しみも、承知の上で申し上げています」
ノアリアストの声が震える。怒るエリアストに盾突くことは初めてだ。
「アリスが悲しむとわかっていて言っていると」
ディレイガルドは、伴侶が逆鱗。加えて趣味嗜好を邪魔されたとき。趣味嗜好までが伴侶アリスであるエリアストの逆鱗に触れることなど、正気ではない。その怒りは、何にも喩えようがない。アリスにすべての心血を注ぐエリアストは、当然アリスの血が流れる子どもを害する者にも容赦はしない。矛盾しているようだが、それが子ども本人であっても。
エリアストの圧に、ノアリアストの顔色は失せ、冷や汗が流れる。それでも、譲れないのだ。
そこへ、救いの手が差し伸べられた。
「旦那様」
後ろからアリスを包み込むように座るエリアストを振り返り、エリアストの唇にそっと指を触れさせると、柔らかく微笑んだ。その愛くるしい仕草に、エリアストは黙るしかない。
「ノア」
「は、はい」
あれほどの怒れるエリアストを、何事もなかったかのように一瞬で落ち着かせたアリスに、わかってはいたが、やはり驚きを禁じ得ない。呆けてしまったが、名を呼ばれて慌てて返事をする。
「ノアの提案は、最終手段になさい」
「え?」
アリスの言葉が信じがたく、ノアリアストは目を見開く。
「ノアのことです。この国で出来ることは、もうないのでしょう。あとは、カラフスト王国へ赴き、フィルアージュ様の状態をしっかりと診ていただく。もしかしたら、フィルアージュ様自身の目を治せるかもしれない、視力を補える何かがあるかもしれない」
アリスの真摯な眼差しが、真っ直ぐにノアリアストを捉える。
「それから考えても、遅くはありません」
まさか、認めてもらえるとは思っていなかったノアリアストは、さらに大きく目を見開いた。
「母上は、私の提案に、反対、しないのですか?」
実は、勘当されることも覚悟していたのだ。戸惑うノアリアストに、アリスは困ったように笑う。
「ノア。わたくしは、あなたの気持ちがわかります」
そう言うとエリアストを見つめ、愛しくその頬を撫でる。エリアストはそのままアリスを抱き上げて、扉へ向かう。もう色々と限界なのだろう。
「ですが、母として言わせてもらうなら、そうならないように、尽力します、とは伝えましょう」
その言葉を残し、アリスはエリアストに連れ去られた。
+++++
幕間 ―両親は今を以てして新婚―
「エル様、ノアの話、怒ってくださって、ありがとうございます」
「エルシィ」
「わたくし、ノアの立場でしたら、迷いなくわたくしの目を、エル様に差し出します」
「嫌だ、やめてくれ。私のせいでエルシィが傷つくなんて耐えられないっ」
「ごめんなさい、エル様」
その頬に、アリスの小さな手がそっと添えられる。
「エル様の一部になれることは、わたくしの幸せ」
「エルシィ」
「エル様の目を見る度に、わたくしは、わたくしの一部がエル様といつも一緒にいると、嬉しく思うことでしょう」
エリアストの唇が、アリスの唇を塞ぐ。
「ああ、ああ、そうだな、エルシィ。確かにそうだ」
深く、貪るようなくちづけの合間に、囁く。
「私も躊躇うことなくエルシィに捧げる」
「は、える、さま」
「目だろうが心臓だろうが、すべてエルシィに捧げる」
エリアストの手が、アリスの髪を、夜着を乱していく。
「だがそうだな。私は、エルシィの一部になったものに、嫉妬をしてしまうな」
激しいくちづけは、やがてアリスの白い肌に跡を残す。
「いつもエルシィと一緒にいるなんて、と」
エリアストは、いつもより深く、アリスを独り占めにした。
+++++
「ノア」
「はい、父上」
カラフスト行きの話をしてから二週間。エリアストに執務室に呼ばれたノアリアストは、机に置かれた封筒を目で示された。
失礼します、とそれを手にして開いてみると、数枚に渡り細かな字といくつかの図解が記載された報告書だった。
それはカラフスト王国の、まだ公にされていない移植を必要としない手術の詳細と、術後の情報だった。
三ヶ月前、後天性の盲目の成人男性二名、成人女性一名の手術に成功、片眼は以前の視力を取り戻し、もう片方は、現在リハビリ中、経過次第で視力補正具か再手術か患者の希望に添う。
二ヶ月前、先天性の盲目の成人女性二名の手術に成功、弱視ではあるが、今後の経過次第で再手術予定。
一ヶ月前、先天性の盲目の成人男性一名の手術に成功、弱視ではあるが、今後の経過次第で再手術予定、半年前施術の後天性盲目成人男性一名に再手術成功、視力補正具使用で本を読むこと可能。
「ち、父上」
感極まるノアリアストに、エアリストは口の端を上げた。
「フィルアージュにも伝えておけ」
「ありがとう、ございますっ、父上っ」
「ルア」
「はい」
いつも愛おしく名を呼んでくれるノアリアストが、どこか所在なさそうな、迷子の子どものような声で呼んだことに、フィルアージュは少々の戸惑いを含んだ返事をしてしまった。
愛する人に自身の不安を感じさせてしまったことに気付き、すまない、とフィルアージュの手を握る。
「その目が、見えるようになっても、私が常に側にいたら、嫌か」
こんなことを言ったら困らせてしまうことなどわかりきっているというのに、口に出してしまった未熟さを恥じる。
「ノア、様」
けれど、愛しい人が離れて行ってしまうかも知れない恐怖に、抗えない。
それ程恐ろしいことを、知らない。
「だが、私は、ルアの側に、いたい」
色を、知りたいと言った、ルアの願いを、叶えてやりたかった。
それによって、私を必要としなくなることも、理解、している。
美しい景色を、共に見ることも、何もかも、喜ばしい。ルアの世界が広がることが、嬉しい。
けれど。
「その世界で、私が、ルアに、必要ではなくなることが、怖いのだ」
ノアリアストの手が、震えている。けれどそれは、恐れからだけではないと、フィルアージュにはわかっている。
ノアリアストは、葛藤しているのだ。
目が見えることによって起こる、様々な要因に。
ノアリアストの中に渦巻く、 自己満足、醜い独占欲、自分自身への失望と憤り。
目が見えて欲しい。
このまま自分だけを見る世界にいて欲しい。
どちらも本音で。
「ノア様」
ゆっくりとフィルアージュは語り始める。
「あなたは、酷い、方です」
「ルア」
一瞬、責められていると思ったが、フィルアージュは穏やかな笑みを湛えていた。
「わたくしは、目が見えません」
開かれた目は、ただ、そこにあるだけ。
「光を、知らない」
何も、知らない。
「それなのに」
何も、知らなかった。
「わたくしは、光を知ったのです」
握られた手を、そっと包むように重ねる。
「ノア様」
重ねた手に、力を込める。
「あなた様は、わたくしの光」
ノアリアストの目が、見開かれる。
フィルアージュの瞳に、ノアリアストが映っている。
フィルアージュの目から一粒、涙が落ちた。
「あなた様が、わたくしの、光なのです」
「ルアッ」
ノアリアストが、強くフィルアージュを抱き締める。
「わたくしが、闇を知ったのも」
苦しいほどに抱き締められる。
「光を知ったから」
負けないように、強く抱き締め返す。
「闇を知らなければ、怖くなどなかった」
闇しか知らなければ、それを闇だと知ることは出来ない。
「光を知って、闇を恐れた」
光があれば、影が出来る。
ノアリアストと出会い、光の世界に連れ出された。
自分が今までいた世界が、闇の世界だと気付いた。
当然、盲目であることを言っているのではない。
こんなにも温かい世界を、知らなかった。
自分は一人では何も出来ない。誰かの手を借りなくては、日常もままならない。そんな自分の面倒をみてくれているのだ。どんな扱いだって、理不尽だと感じない。寧ろ、手を煩わされている人たちこそ、被害者だと思っていた。
「わたくしから、光を、奪わないでください」
フィルアージュの唇が、ノアリアストの唇で塞がれた。
*おしまい*
らがまふぃん三周年記念にお付き合いくださり、ありがとうございます。
ノアとディアの両親のお話をお読みくださった方々には、少し物足りないかもしれません。
双子パパのエル様は、持ちうるすべてがアリスに向かっていたので、双子は伴侶だけでなくアリスにも心を寄せているものですから、残念ながらエル様ほどの熱を感じられないのです。
三周年記念といたしまして、
第一弾 R7.10/29 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 番外編
第二弾 R7.10/30 美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛 番外編
第二弾 R7.10/31 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 番外編
第四弾 R7.11/1 新作 麗しき双子の、秘めることのない愛 ―ダリア編―
第五弾 R7.11/2 新作 麗しき双子の、秘めることのない愛 ―ノアリアスト編―
第六弾 R7.11/3 婚約破棄?思い通りにはさせなくてよ 番外編
第七弾 R7.11/4 願いの代償 番外編
以上のスケジュールでお届けです。
お時間の都合のつく方は、是非のぞいていただけると嬉しいです。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
フィルアージュは、ディレイガルド縁の家に養子に迎え入れられ、ノアリアストのデビュタントを待って婚姻を結ぶこととなっている。
幼さはまだ残しつつ、だいぶ大人の顔立ちとなり、婚約者のお陰か、ますます色香が加わってきたノアリアストとダリア。
「父上、母上。ご相談があります」
夕食の後、いつものようにファミリールームで家族の時間を過ごそうとした時のことだ。
父エリアストが母アリスを後ろから抱き締める形でソファーに座り、チェスの駒を配置していると、ノアリアストが緊張した面持ちでそう告げてきた。
二人がノアリアストへと向ける視線は、これから話そうとしていることを知っているかのようだった。
ノアリアストが立ち上がると、ダリアも姿勢を正してその姿を見つめている。ノアリアストが二人の側まで行くと、膝をついて頭を下げた。一呼吸置いてから、そのままの姿勢で口を開く。
「カラフスト王国へ、フィルアージュと共に行かせてください」
「何故だ」
間髪入れずに返すエリアストに、やはり自分のしようとしていることは気付かれていると思った。明確に自分の口から出ることを待っていたようだった。
「父上と母上の友人だという、ヨシュア殿下の国カラフストは、医療が発達しています。そこで」
一旦言葉を句切り、ひどくうるさい心臓を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐き出すと、頭を上げて真っ直ぐに二人を見た。
「私の片方の目を、ルアに渡そうと思います」
ビリ、と空気が震えた。
凍てつく視線がノアリアストを捉えた。
「おまえたちは、アリスが命懸けで産んでくれた。五体満足に、健康そのものに産んでくれたのだ。そして、大切に育てている。その体を」
エリアストの手にしていたチェスの駒が粉砕された。
「どうしたいと」
エリアストは、ノアリアストとダリアに対して、アリスを“母様”と呼ぶ。名前や愛称で呼ぶことはない。そう呼ぶときは、ノアリアストやダリアに怒っているときだ。
エリアストとアリスは、いつかカラフスト行きを言われるとわかっていた。けれどそれは、治療のためであって、移植手術のためではない。だから、エリアストはこれほどまでに怒っている。
「父上の怒りも、母上の、悲しみも、承知の上で申し上げています」
ノアリアストの声が震える。怒るエリアストに盾突くことは初めてだ。
「アリスが悲しむとわかっていて言っていると」
ディレイガルドは、伴侶が逆鱗。加えて趣味嗜好を邪魔されたとき。趣味嗜好までが伴侶アリスであるエリアストの逆鱗に触れることなど、正気ではない。その怒りは、何にも喩えようがない。アリスにすべての心血を注ぐエリアストは、当然アリスの血が流れる子どもを害する者にも容赦はしない。矛盾しているようだが、それが子ども本人であっても。
エリアストの圧に、ノアリアストの顔色は失せ、冷や汗が流れる。それでも、譲れないのだ。
そこへ、救いの手が差し伸べられた。
「旦那様」
後ろからアリスを包み込むように座るエリアストを振り返り、エリアストの唇にそっと指を触れさせると、柔らかく微笑んだ。その愛くるしい仕草に、エリアストは黙るしかない。
「ノア」
「は、はい」
あれほどの怒れるエリアストを、何事もなかったかのように一瞬で落ち着かせたアリスに、わかってはいたが、やはり驚きを禁じ得ない。呆けてしまったが、名を呼ばれて慌てて返事をする。
「ノアの提案は、最終手段になさい」
「え?」
アリスの言葉が信じがたく、ノアリアストは目を見開く。
「ノアのことです。この国で出来ることは、もうないのでしょう。あとは、カラフスト王国へ赴き、フィルアージュ様の状態をしっかりと診ていただく。もしかしたら、フィルアージュ様自身の目を治せるかもしれない、視力を補える何かがあるかもしれない」
アリスの真摯な眼差しが、真っ直ぐにノアリアストを捉える。
「それから考えても、遅くはありません」
まさか、認めてもらえるとは思っていなかったノアリアストは、さらに大きく目を見開いた。
「母上は、私の提案に、反対、しないのですか?」
実は、勘当されることも覚悟していたのだ。戸惑うノアリアストに、アリスは困ったように笑う。
「ノア。わたくしは、あなたの気持ちがわかります」
そう言うとエリアストを見つめ、愛しくその頬を撫でる。エリアストはそのままアリスを抱き上げて、扉へ向かう。もう色々と限界なのだろう。
「ですが、母として言わせてもらうなら、そうならないように、尽力します、とは伝えましょう」
その言葉を残し、アリスはエリアストに連れ去られた。
+++++
幕間 ―両親は今を以てして新婚―
「エル様、ノアの話、怒ってくださって、ありがとうございます」
「エルシィ」
「わたくし、ノアの立場でしたら、迷いなくわたくしの目を、エル様に差し出します」
「嫌だ、やめてくれ。私のせいでエルシィが傷つくなんて耐えられないっ」
「ごめんなさい、エル様」
その頬に、アリスの小さな手がそっと添えられる。
「エル様の一部になれることは、わたくしの幸せ」
「エルシィ」
「エル様の目を見る度に、わたくしは、わたくしの一部がエル様といつも一緒にいると、嬉しく思うことでしょう」
エリアストの唇が、アリスの唇を塞ぐ。
「ああ、ああ、そうだな、エルシィ。確かにそうだ」
深く、貪るようなくちづけの合間に、囁く。
「私も躊躇うことなくエルシィに捧げる」
「は、える、さま」
「目だろうが心臓だろうが、すべてエルシィに捧げる」
エリアストの手が、アリスの髪を、夜着を乱していく。
「だがそうだな。私は、エルシィの一部になったものに、嫉妬をしてしまうな」
激しいくちづけは、やがてアリスの白い肌に跡を残す。
「いつもエルシィと一緒にいるなんて、と」
エリアストは、いつもより深く、アリスを独り占めにした。
+++++
「ノア」
「はい、父上」
カラフスト行きの話をしてから二週間。エリアストに執務室に呼ばれたノアリアストは、机に置かれた封筒を目で示された。
失礼します、とそれを手にして開いてみると、数枚に渡り細かな字といくつかの図解が記載された報告書だった。
それはカラフスト王国の、まだ公にされていない移植を必要としない手術の詳細と、術後の情報だった。
三ヶ月前、後天性の盲目の成人男性二名、成人女性一名の手術に成功、片眼は以前の視力を取り戻し、もう片方は、現在リハビリ中、経過次第で視力補正具か再手術か患者の希望に添う。
二ヶ月前、先天性の盲目の成人女性二名の手術に成功、弱視ではあるが、今後の経過次第で再手術予定。
一ヶ月前、先天性の盲目の成人男性一名の手術に成功、弱視ではあるが、今後の経過次第で再手術予定、半年前施術の後天性盲目成人男性一名に再手術成功、視力補正具使用で本を読むこと可能。
「ち、父上」
感極まるノアリアストに、エアリストは口の端を上げた。
「フィルアージュにも伝えておけ」
「ありがとう、ございますっ、父上っ」
「ルア」
「はい」
いつも愛おしく名を呼んでくれるノアリアストが、どこか所在なさそうな、迷子の子どものような声で呼んだことに、フィルアージュは少々の戸惑いを含んだ返事をしてしまった。
愛する人に自身の不安を感じさせてしまったことに気付き、すまない、とフィルアージュの手を握る。
「その目が、見えるようになっても、私が常に側にいたら、嫌か」
こんなことを言ったら困らせてしまうことなどわかりきっているというのに、口に出してしまった未熟さを恥じる。
「ノア、様」
けれど、愛しい人が離れて行ってしまうかも知れない恐怖に、抗えない。
それ程恐ろしいことを、知らない。
「だが、私は、ルアの側に、いたい」
色を、知りたいと言った、ルアの願いを、叶えてやりたかった。
それによって、私を必要としなくなることも、理解、している。
美しい景色を、共に見ることも、何もかも、喜ばしい。ルアの世界が広がることが、嬉しい。
けれど。
「その世界で、私が、ルアに、必要ではなくなることが、怖いのだ」
ノアリアストの手が、震えている。けれどそれは、恐れからだけではないと、フィルアージュにはわかっている。
ノアリアストは、葛藤しているのだ。
目が見えることによって起こる、様々な要因に。
ノアリアストの中に渦巻く、 自己満足、醜い独占欲、自分自身への失望と憤り。
目が見えて欲しい。
このまま自分だけを見る世界にいて欲しい。
どちらも本音で。
「ノア様」
ゆっくりとフィルアージュは語り始める。
「あなたは、酷い、方です」
「ルア」
一瞬、責められていると思ったが、フィルアージュは穏やかな笑みを湛えていた。
「わたくしは、目が見えません」
開かれた目は、ただ、そこにあるだけ。
「光を、知らない」
何も、知らない。
「それなのに」
何も、知らなかった。
「わたくしは、光を知ったのです」
握られた手を、そっと包むように重ねる。
「ノア様」
重ねた手に、力を込める。
「あなた様は、わたくしの光」
ノアリアストの目が、見開かれる。
フィルアージュの瞳に、ノアリアストが映っている。
フィルアージュの目から一粒、涙が落ちた。
「あなた様が、わたくしの、光なのです」
「ルアッ」
ノアリアストが、強くフィルアージュを抱き締める。
「わたくしが、闇を知ったのも」
苦しいほどに抱き締められる。
「光を知ったから」
負けないように、強く抱き締め返す。
「闇を知らなければ、怖くなどなかった」
闇しか知らなければ、それを闇だと知ることは出来ない。
「光を知って、闇を恐れた」
光があれば、影が出来る。
ノアリアストと出会い、光の世界に連れ出された。
自分が今までいた世界が、闇の世界だと気付いた。
当然、盲目であることを言っているのではない。
こんなにも温かい世界を、知らなかった。
自分は一人では何も出来ない。誰かの手を借りなくては、日常もままならない。そんな自分の面倒をみてくれているのだ。どんな扱いだって、理不尽だと感じない。寧ろ、手を煩わされている人たちこそ、被害者だと思っていた。
「わたくしから、光を、奪わないでください」
フィルアージュの唇が、ノアリアストの唇で塞がれた。
*おしまい*
らがまふぃん三周年記念にお付き合いくださり、ありがとうございます。
ノアとディアの両親のお話をお読みくださった方々には、少し物足りないかもしれません。
双子パパのエル様は、持ちうるすべてがアリスに向かっていたので、双子は伴侶だけでなくアリスにも心を寄せているものですから、残念ながらエル様ほどの熱を感じられないのです。
三周年記念といたしまして、
第一弾 R7.10/29 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 番外編
第二弾 R7.10/30 美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛 番外編
第二弾 R7.10/31 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 番外編
第四弾 R7.11/1 新作 麗しき双子の、秘めることのない愛 ―ダリア編―
第五弾 R7.11/2 新作 麗しき双子の、秘めることのない愛 ―ノアリアスト編―
第六弾 R7.11/3 婚約破棄?思い通りにはさせなくてよ 番外編
第七弾 R7.11/4 願いの代償 番外編
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