10 / 13
うつわ
私はずっと、いや、私だけではないのだろう。私たち一族は、ずっとこの人の手のひらで転がされていたのだろう。
「ご無沙汰しております、お祖父様。エーヴァルト、ただいま留学から戻りました。随分とお痩せになりましたね。お体が?」
私のお祖父様は、この国の誰もが畏敬の念を抱く方だ。この国がこれほどまでに他国と国力に差がついたのは、偏にお祖父様の政策が悉く嵌まった結果だ。
驚異的な着眼点と発想力で国を牽引してきたお祖父様は、当主の座を父に譲り引退した後も、国王陛下夫妻や王太子夫妻が訪れては、その知識を、知恵を乞われている。
お祖父様は身内を贔屓しない。使える者は使い、無能とみるや否や、視界にすら入れない。だから、他国で見聞を広げて次代の公爵家の役に立てと留学費用を惜しげもなく出してくださった私には、利用価値があると判断してくれた。あのお祖父様に、少しでも価値があると思われることが誇らしかった。
そろそろ留学から戻って当主勉強を始めてみるか、と先日父から手紙が届いた。もっと色々な国を見て回りたかったが、気になることが書いてあったため、三カ国を見て回ったところで六年振りに祖国へ帰ることにした。
久しぶりに見るお祖父様は、だいぶお痩せになっていた。父からの手紙にあった気になることの一つ目は、これだ。
「ああ、体はこれでいい。よく戻ったね。おまえの父親におまえが戻るよう指示してからそんなに日が経っていないなあ。今はどこに留学していたんだっけ」
嬉しそうに話すお祖父様に、驚きを隠せない。父からの手紙にあった、二つ目の気になることである少女が原因だろうと思われた。お祖父様がお痩せになったのも、この少女を見つけてからだという。父曰く、デビュタントに必ず出席していた理由が、この少女を探すためだったのだろう、と。その理由など一切不明だが、安心したのか、急激に衰えてきたという。だが、これでいいとは、どういう意味だろう。
それにしても、話し方まで変わるものだろうか。
驚きを隠せないままお祖父様を思わず見つめていると、突然意味のわからないことを話し始めた。
「生まれた時からずっと見守れるってさあ、最高だよね」
「え?」
見たこともない、上機嫌なお祖父様。平民のような話し方をしている。情報が処理しきれずに、ただ戸惑いの声が漏れるだけ。
「生まれたての咲穂はさあ、ホォント小さくてね。ふにゃふにゃで、壊れちゃいそうだったんだよ」
何の話をしているのだろう。サ、ホ?とは?父の言っていた少女のことだろうか。
「ああ、この子は俺が守らなくちゃって。俺が守らなくちゃ、すぐに死んじゃうって。そのくらいか弱い存在でさ」
お祖父様のご弟妹の話だろうか。いや、お祖父様は家族含む一族に、誰にもこれほど甘い顔を見せたことなどない。そもそも“サホ”という名の者は、愛称含めていない。
「愛してるんだ。愛しくて愛しくて堪らなくてね。誰にも見せたくないし、誰も見て欲しくなくて」
お祖父様の妻であったお祖母様?それにしてはおかしい。お祖母様はお祖父様と同年だ。“生まれたて”を愛でることなど出来ない。
「昼も夜もなく愛し続けていたんだあ」
どういう意味だ?内容的に情事を指しているように思えるが、お祖父様が愛人を囲っていたようにも思えないし、お祖母様に対して昼夜問わずにそんなことに溺れていたという話も聞かない。ずっと心に想いを秘めていたという意味だろうか。
「でも、父性本能ってヤツを擽られたのは、初めてだったなあ」
本当に意味がわからない。何の話をしている?“サホ”の話?父性本能を発揮したのは“サホ”?昼夜問わず愛したのは“サホ”ではない?
「だけどさ、血の繋がりがあると、やっぱり世間の目ってのがあるでしょ?」
お祖父様が立ち上がって近付いて来た。
無意識に、足が一歩、後ろに下がった。
*つづく*
「ご無沙汰しております、お祖父様。エーヴァルト、ただいま留学から戻りました。随分とお痩せになりましたね。お体が?」
私のお祖父様は、この国の誰もが畏敬の念を抱く方だ。この国がこれほどまでに他国と国力に差がついたのは、偏にお祖父様の政策が悉く嵌まった結果だ。
驚異的な着眼点と発想力で国を牽引してきたお祖父様は、当主の座を父に譲り引退した後も、国王陛下夫妻や王太子夫妻が訪れては、その知識を、知恵を乞われている。
お祖父様は身内を贔屓しない。使える者は使い、無能とみるや否や、視界にすら入れない。だから、他国で見聞を広げて次代の公爵家の役に立てと留学費用を惜しげもなく出してくださった私には、利用価値があると判断してくれた。あのお祖父様に、少しでも価値があると思われることが誇らしかった。
そろそろ留学から戻って当主勉強を始めてみるか、と先日父から手紙が届いた。もっと色々な国を見て回りたかったが、気になることが書いてあったため、三カ国を見て回ったところで六年振りに祖国へ帰ることにした。
久しぶりに見るお祖父様は、だいぶお痩せになっていた。父からの手紙にあった気になることの一つ目は、これだ。
「ああ、体はこれでいい。よく戻ったね。おまえの父親におまえが戻るよう指示してからそんなに日が経っていないなあ。今はどこに留学していたんだっけ」
嬉しそうに話すお祖父様に、驚きを隠せない。父からの手紙にあった、二つ目の気になることである少女が原因だろうと思われた。お祖父様がお痩せになったのも、この少女を見つけてからだという。父曰く、デビュタントに必ず出席していた理由が、この少女を探すためだったのだろう、と。その理由など一切不明だが、安心したのか、急激に衰えてきたという。だが、これでいいとは、どういう意味だろう。
それにしても、話し方まで変わるものだろうか。
驚きを隠せないままお祖父様を思わず見つめていると、突然意味のわからないことを話し始めた。
「生まれた時からずっと見守れるってさあ、最高だよね」
「え?」
見たこともない、上機嫌なお祖父様。平民のような話し方をしている。情報が処理しきれずに、ただ戸惑いの声が漏れるだけ。
「生まれたての咲穂はさあ、ホォント小さくてね。ふにゃふにゃで、壊れちゃいそうだったんだよ」
何の話をしているのだろう。サ、ホ?とは?父の言っていた少女のことだろうか。
「ああ、この子は俺が守らなくちゃって。俺が守らなくちゃ、すぐに死んじゃうって。そのくらいか弱い存在でさ」
お祖父様のご弟妹の話だろうか。いや、お祖父様は家族含む一族に、誰にもこれほど甘い顔を見せたことなどない。そもそも“サホ”という名の者は、愛称含めていない。
「愛してるんだ。愛しくて愛しくて堪らなくてね。誰にも見せたくないし、誰も見て欲しくなくて」
お祖父様の妻であったお祖母様?それにしてはおかしい。お祖母様はお祖父様と同年だ。“生まれたて”を愛でることなど出来ない。
「昼も夜もなく愛し続けていたんだあ」
どういう意味だ?内容的に情事を指しているように思えるが、お祖父様が愛人を囲っていたようにも思えないし、お祖母様に対して昼夜問わずにそんなことに溺れていたという話も聞かない。ずっと心に想いを秘めていたという意味だろうか。
「でも、父性本能ってヤツを擽られたのは、初めてだったなあ」
本当に意味がわからない。何の話をしている?“サホ”の話?父性本能を発揮したのは“サホ”?昼夜問わず愛したのは“サホ”ではない?
「だけどさ、血の繋がりがあると、やっぱり世間の目ってのがあるでしょ?」
お祖父様が立ち上がって近付いて来た。
無意識に、足が一歩、後ろに下がった。
*つづく*
あなたにおすすめの小説
妹に初恋を奪われ追放された王女、私を捨てた騎士がなぜか二度恋してきます〜迷宮の通信機で再会したら執着が重すぎる〜
唯崎りいち
恋愛
妹を刺した――。
身に覚えのない罪で、迷宮へ捨てられた王女の私。
絶望の中で拾ったのは、スマホに似た『未知の魔導具』だった。
繋がった相手は、見知らぬ「名もなき騎士」。
孤独を癒やしてくれる彼に、私は正体を知らないまま惹かれていく。
「君のためなら、国にだって逆らう」
けれど、再会した彼の正体は……?
「国だって滅ぼす。それくらいの覚悟でここに来たんだ」
通信機から始まる、二度目の初恋と逆転ざまぁ。
馬小屋の令嬢
satomi
恋愛
産まれた時に髪の色が黒いということで、馬小屋での生活を強いられてきたハナコ。その10年後にも男の子が髪の色が黒かったので、馬小屋へ。その一年後にもまた男の子が一人馬小屋へ。やっとその一年後に待望の金髪の子が生まれる。女の子だけど、それでも公爵閣下は嬉しかった。彼女の名前はステラリンク。馬小屋の子は名前を適当につけた。長女はハナコ。長男はタロウ、次男はジロウ。
髪の色に翻弄される彼女たちとそれとは全く関係ない世間との違い。
ある日、パーティーに招待されます。そこで歯車が狂っていきます。
能ある妃は身分を隠す
赤羽夕夜
恋愛
セラス・フィーは異国で勉学に励む為に、学園に通っていた。――がその卒業パーティーの日のことだった。
言われもない罪でコンペーニュ王国第三王子、アレッシオから婚約破棄を大体的に告げられる。
全てにおいて「身に覚えのない」セラスは、反論をするが、大衆を前に恥を掻かせ、利益を得ようとしか思っていないアレッシオにどうするべきかと、考えているとセラスの前に現れたのは――。
上手に騙してくださらなかった伯爵様へ
しきど
恋愛
アイルザート・ルテシオ伯爵は十七歳で家督を継いだ方だ。
文武両道、容姿端麗、人柄も良く領民の誰からも愛される方だった。そんな若き英雄の婚約者に選ばれたメリッサ・オードバーン子爵令嬢は、自身を果報者と信じて疑っていなかった。
彼が屋敷のメイドと関係を持っていると知る事になる、その時までは。
貴族に愛人がいる事など珍しくもない。そんな事は分かっているつもりだった。分かっていてそれでも、許せなかった。
メリッサにとってアイルザートは、本心から愛した人だったから。
《完結》妻を残して王都へ出稼ぎに出た夫、博打にハマり、借金して簀巻きにされて川へ捨てられる。
ぜらちん黒糖
恋愛
「俺は必ず帰る。お前がいる故郷へ。」
四年前、王都で一旗揚げるはずが、賭博に溺れて全てを失ったベッツ。
彼はついに帰郷を決意するが、その直後、借金取りの無頼者たちに襲われ、瀕死の状態で川に投げ込まれてしまう。
ベッツを救ったのは、心優しい娼婦テレサだった。
無頼者たちの追跡を逃れるため王都を脱出しようとした時、ベッツとテレサは、王都の治安を守護するフェルス伯爵と、人外の力を持つ謎の執事コロネルの陰謀に巻き込まれていく。
そしてやっとの思いでベッツは故郷に辿り着くが、彼の目に映ったのは、壊滅した街の姿と、予想だにしなかった妻アンヌとの「再会」だった。
全ての苦難を乗り越えたベッツが最後に辿り着いた、真実の愛と贖罪のビターエンド物語。