おしどりの辞世

双子のたまご

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開演

十年前 蘇芳の里にて : 忠義

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「絶世の美女を正室としたい。
探してまいれ。
…あぁ、まだ嫁のいない者は気に入った娘がいれば連れて戻るがよい。
だが一番美しい娘は俺のものだぞ。
手をつけた後に下げ渡してやってもよいがな。」

新しい主となった殿は、側近を集めてそう笑った。
呆れる思いだった。

国中の美女が、藍の城に呼ばれては返された。
まだもっと、もっと美しい娘がいるのではないかという、殿の呆れた根気の為に、花嫁探しは難航した。
いよいよ殿は、国の外にまで、側近達を「絶世の美女探し」に駆り出した。














藍の城より西へ進み続けると、段々と人々の口から「あれこそ絶世の美女」と謳われる女の名前を耳にし始めた。
蘇芳の里の里長の娘、玲。
西の最終地点は蘇芳の里に決まった。

蘇芳の里にも、殿の花嫁探しの噂は伝わっていたようだった。
一番美しいのは里長の娘。
里長の屋敷に直行すればいい。
だが皆、「ほどほどに美しい娘がいれば、自分の嫁に」、嫁がいる者でさえ「あわよくば妾を」と思っていた。
その為、里の入り口から順に娘のいる家を訪ねていく。

「次は」

「は、
…次は喜一郎、里長の右腕の男のようです。
その男の屋敷に娘が一人、あとはその娘の侍女も同じ年頃のようです。」

「分かった。
これから向かうと、人をやれ。」




帰ってきた部下は、どうやら今、里長とその娘も一緒に喜一郎の屋敷にいるらしいと報告してきた。
手間が減ってありがたい。












「このような遠いところまで、ようこそお越しくださいました。
ご挨拶が遅れまして…」

里長が頭を下げる。
少し後ろにもう一人、男が。
おそらく、あれが喜一郎。
そして更にその後ろに、娘が三人両手をつき、顔を伏せて並んでいた。

「こちらが私の娘の玲。
その隣から、喜一郎の娘の琴。その侍女の鈴でございます。」

あれが玲か。
確かに、真っ黒で艶やかな髪にほっそりした指先。
今、見えているところだけでも美しいのが分かる。
ただ、殿がご所望なのは、絶世の美女。

「顔を。」

この旅路を一緒に進んできた、同じく側近のうちの一人がそう声をかける。
娘達が顔を上げた。

場が、どよめく。

確かに、里長の娘は美しかった。
肌は陶器のようで、真っ赤な唇はうっすらと微笑み、大きな瞳は自信に満ち溢れていた。

これは、本当に、花嫁探しが終わるかもしれない。













里長の娘を一度城へ、と伝えたときの里長の喜びよう。
その夜はそのまま、喜一郎の屋敷で宴会となった。
私は、これでやっと帰ることができると安堵していた。




「はぁ…」

宴会の席を抜けて、縁側へ出る。
庭には立派な梅の花が咲いていた。

このままこっそり案内された部屋へ戻って、先に休んでしまおうか。
さて、部屋があるのは右だったか左だったか…





「なにか、お探しでしょうか。」




いつの間にか背後に人がたっていた。
振り返ると、私の胸元くらいの背丈の女性が立っていた。
書物を抱えて、これから床につこうとしている様子。

「あ…」

「喜一郎の娘の、琴でございます。」

誰か、と訊ねる前に女が名乗った。
あぁ、この女がこの家の娘。
昼間は皆、玲に釘付けで、申し訳ないが彼女の顔は全く覚えていなかった。
そもそも見てもいなかったかもしれない。

「あぁ、もう休もうかと」

「お部屋をお探しですか?
ご案内いたします。」

そう言って、彼女は歩き出した。
…部屋があるのは、右だったか。














「こちらです。」

「あぁ、ありがとう。」

礼を言うと彼女はふんわりと笑って、

「いえ。
おやすみなさい。」

その声に惹かれて何故か、

「待て」

何故か、呼び止めた。
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