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第九章
Ⅱ
しおりを挟む「おかえり、たつ…み…」
兄さんが俺の顔を見て言葉につまる。
「…ただいま、兄さん。」
「…どうしたの。」
「…」
「酷い顔だよ。体調悪い?
…それとも、何かあった?」
兄さんは彼女と何かあったと気付いているようだったが、直接的に訊ねることはしなかった。
「すまない、兄さん。
…彼女とはもう、会わない。」
「…」
「…もう、休む。」
「…そう。わかった。」
休むと言ったものの、一睡もできないまま朝を迎えた。
琥珀も、何かあったことは兄さんから聞いたようだ。
でも二人とも何も聞かなかった。
次の日から、俺は彼女の生活から消えた。
もちろん自分から連絡などしなかった。
でも俺の生活から彼女を消したくはなかった。
会わないなどという決意はすぐに崩れ去った。
以前と同じように家まで見届け、休日もたまに様子を見に行く。
退勤時間は日によって違ったが、繁忙期だなんだと言っていたから安定してないのかもしれない。
休日も外に出るようにはしているようだ。
俺が行く前に既に家を出ている日もある。
そんな彼女の急な生活リズムの変化を、その程度に捉えていた俺は甘かった。
ある日突然、彼女が消えた。
もうすぐ春になる。
彼女が幸せならそれでいいだの、
拒絶されても見守り続ければいいだの、
拒否されても離れられないだの、
そんなものは彼女が近くにいること前提での結論だったと、今、思い知らされている。
いない人に、拒絶も拒否もされない。
「…み、わ…?き…る?」
「…」
「た…、ねぇ、きいて…」
「…」
「龍海!!」
「あっ、」
兄さんが俺を睨んでいる。
琥珀が何事かとこちらを見ている。
「…聞いてた?」
「あ…」
「…お前、先月の売り上げ、全店確認した?」
「あ、あぁ…」
「二号店の分抜けてるけど?」
「え、あ…」
兄さんがにっこりと笑う。
まずい。
隣で琥珀が小さく、ヤバい、と呟いた。
「お前、寝ているのかい?
東京湾で頭を冷やしてきたら?」
「す、すまない…」
「何が?
…あぁ、もしかして手伝ってほしいって意味?
いいよ。コンクリートでも足にくくりつけてあげようね。」
「…」
「…困ったね。
翠ちゃんはお前を、間抜けで腑抜けで、腰抜けにしたんだね。」
「それは違う!」
兄さんにしては珍しく、彼女を責めるような物言いに思わず言い返した。
「お前が僕に、そう思わせているんだよ。」
「…」
「龍海、ふらふらしてるんじゃないよ。
手放していいものかどうかくらい自分で判断しろ。」
「…」
「翠ちゃんを諦める日をだらだらと待つくらいなら今ここで諦めろ。」
そう言って兄さんは部屋を出ていった。
「…手放せるの?」
琥珀が俺に訊ねる。
「…そんなわけないだろ。」
「…そう。」
出掛けてくるね、と琥珀も部屋を出た。
俺はソファーに体を沈めて目を閉じる。
目蓋の裏には、彼女の泣き顔が焼き付いている。
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