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第一章
Ⅲ
しおりを挟む『…行ってしまわれるのですか。』
『…今回の戦は負け戦になるだろう。』
『…』
『もう、会えないかもしれぬ。』
ここまで悲しいシーンは初めてかもしれない。
好きな人と死に別れるというのはどんな気持ちだろうか。
『…旦那様と、離れたくありませぬ。』
『私もだ。だが…
このままここにいては、いずれこの城も攻め落とされ、お前は…』
『…』
『お前には死んでほしくない。
だが、他の男に奪われるのも耐えられぬ。
今なら間に合う。逃げて、』
『いいえ。』
そこで奏ちゃんの様子がおかしいと気づく。
声が震えている。
台本から顔を上げて彼女の顔を見る。
目が潤んで、顔が真っ赤になっていた。
泣きそうなのを我慢している。
琥珀が言っていた、何があっても続けろとはこういうことか。
…続けなくては。
『…お琴。』
『旦那様だけが琴の唯一のお人。
旦那様が討たれたなら、琴も死にます。
他の殿方に心を許すくらいなら、琴は死にます。』
『…』
『…愛して、います…あいして…っ、』
いよいよ彼女の目から涙がこぼれた。
「…っ、」
僕の目を見て、愛していると、泣いている。
「……ぁ、」
続け、なくては…
「獅音兄さん、台詞。」
琥珀の声にはっとした。
「あ、あぁ…ごめんごめん。ちょっと…」
「ごめんなさい、感情の山場はもう少し後ですもんね。
私、急に泣き出しちゃってビックリしましたよね。」
…そういうことじゃなくて。
「獅音兄さん、大丈夫。
奏はちょっと感情と涙の結び付きが強すぎるだけだから。
嬉しいことでも泣くから。」
「ちょっと恥ずかしいからやめてよ琥珀…
獅音さん、驚かせてごめんなさい。」
「いや…」
そういうことでもなくて。
なんだろうこの気持ちは。
ただ、奏ちゃんはこんなに綺麗だっただろうか。
「じゃあもう一回、二人のシーン頭から。」
「うん。獅音さん、すみません何度も。」
「あ、いや、別に大丈夫だよ。」
二人に引っ張られて僕もちょっと役に感情移入しやすくなったのだろうか。
忠義の気持ちとしては、奥さんの琴を綺麗と思うのはあっているんだろうな。
そう思わせる奏ちゃんの芝居も凄いんだろうな。
…もっと、見たい。
「…あの」
「何ですか?」
「…最後の、奏ちゃんが死んじゃうシーンも見てみたいんだけど、やってくれる?」
「あ、あぁ…はい。
私が死ぬ所は琥珀も出るから、練習するので…
良かったら感想教えてください。
琥珀もいい?」
「いいけど…二人揃って死ぬ死ぬ言わないでよ…」
「ごめんごめん。」
「分かったよ琥珀。ありがとう、奏ちゃん。」
「じゃあ二回目行くよ」
二回目も、同じ所で奏ちゃんは泣いた。
僕も同じようにまた奏ちゃんを綺麗だと思って、心が痛んで、言葉に詰まった。
そのまま続けたけれど、彼女を奏ちゃんだと思っているのか琴だと思っているのか
僕は千歳獅音なのか、忠義なのか
最後まで、よく分からないままだった。
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