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第七章
Ⅴ
しおりを挟む今日の奏ちゃんも、なんだかいつもと違っていた。
「どっちにする?」
約束通り買っていったケーキの箱を奏ちゃんが覗き込む。
中に入っているのはロールケーキと、ビターチョコレートのムース。
彼女はいつも、より甘そうなほうを選ぶ。
今日もそうだろうと思ったのに。
「…獅音さんはどっちにしますか?」
「え…」
彼女がまっすぐ僕を見る。
「いや、僕はどっちでもいいよ。」
「甘いもの、好きですか?」
「普通に食べるよ。」
視線をそらして、そう答える。
甘いものが好きな奏ちゃんに付き合って僕も少しは食べるようになったけど
…実はあんまり得意じゃない。
だけど、一緒に食べたいから2つ買うときはいつも、片方は甘さ控えめなものを選んでいた。
彼女はいつも甘そうなほうを選ぶから。
僕も無理しすぎず一緒に楽しめるから。
でも、今日は…
「獅音さんはどっちの方が好きですか?」
どうしよう。
「う~ん…」
ビターチョコの方、選んじゃっていいのかな。
でも、奏ちゃんもビターチョコの気分かもしれないし…
…僕のことなんていいのに。
奏ちゃんが好きなほうを選んでくれたらそれでいいのに。
「…こっちの、ロールケーキいただきますね。」
答えられずにうんうん唸っていると、奏ちゃんはそう言った。
「あ、うん。」
良かった。
やっぱり奏ちゃん、ロールケーキの方が良かったんだ。
「美味しいですね。」
柔らかく笑って、奏ちゃんが声をかけてくれる。
「喜んでもらえて良かった。」
甘いものを食べてるときの奏ちゃんはいつも頬が緩んでいる。
可愛い。
食べているところを見ていると、奏ちゃんの視線がふと適当につけていたテレビに注がれた。
「…もうクリスマス。早いですね。」
「そうだね。」
テレビではクリスマスの特集が流れていた。
奏ちゃんはあんまり、そういうイベントに力を入れるタイプじゃないと思っていたけれど
「…何か、クリスマスらしいことします?」
予想外にも、そんな提案をしてきた。
「奏ちゃんは何かしたいことある?」
「う~ん…ケーキ食べるくらいしか…
あっ、今と変わらないですね。」
「ふふっ。そうだね。」
テレビではクリスマスマーケットに出店する店の紹介がされている。
「クリスマスマーケット、行く?」
テレビに目を向けながらそう伝えると、彼女もまたテレビを見て
「…行ってみたい、かも。
私、行ったことないです。」
そう答えた。
「じゃあ一緒に行こう。
僕も行ったことないんだ。」
クリスマスデートだ。
凄く恋人らしい。
別に縁もゆかりもないイベントなのに、なんだろうかこの特別感は。
ちょっと浮かれている。
ニヤつきそうな表情筋を微笑み程度に抑える努力をしていると、
「…あ。」
「ん?」
「プレゼント交換もしてみません?」
奏ちゃんが色々と提案してくれるなんて。
…つくづく、珍しいことが続く日だ。
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