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第九章
Ⅳ
しおりを挟む奏ちゃんの帰りを待って数分。
頭痛はしなくなっていた。
奏ちゃん、まだかな。
結構時間かかってる。
かなり遠くまで走っていったのかな。
こんな寒い夜に一人で。
しばらくすると誰かがこちらへ向かってくるのが見えた。
…誰かじゃない。
奏ちゃん。
電話している。
相手は琥珀だろう。
何を話しているのかは聞こえない。
彼女はそのままマンションへ入っていった。
五分ほどたつと琥珀から電話がかかってきた。
「……もしもし」
『獅音兄さん?
奏、帰ったよ。』
「…うん。」
『まだ奏の家の前にいるの?』
「…」
『…とりあえず、帰ってきたら。』
「…僕たち、終わっちゃうのか、なぁ…」
『…ちゃんと話した方がいいよ。』
終わってしまうのか、に対して否定も肯定もせず、琥珀はそう言った。
肺に冬の冷たい空気が入る。
そのまま、心臓が凍ってしまいそうだった。
「おかえり。」
「ただいま…」
帰宅すると、琥珀がリビングで台本を開いていた。
「体調、大丈夫?」
「うん。
…琥珀、ありがとう。」
「別にいいけど…
獅音兄さん、どうするつもり?」
別に琥珀は僕のことを責めているわけではないようだった。
「どうしたら…いいんだろう。」
「奏のこと、好きか分かんなくなっちゃった?」
琥珀にされた質問に、言葉がつまる。
僕が形だけの「恋人」に段々満足できなくなってきた頃、琥珀に同じことを訊かれた。
あの時と同じ質問。
でも、あの時のように即答できない。
琥珀はそんな僕をじっと見つめて、質問の答えを待っている。
「…そうじゃない、けど」
「…けど?」
「この好き、が、ただの執着なんじゃないかなって。
今更だけど、奏ちゃんに気持ち押し付けて、迷惑だったんじゃないかなって」
「本当に今更だね」
呆れたように、琥珀が呟く。
「てっきりそんなこと承知の上で奏と付き合ってるんだと思ってたよ。
奏にとって迷惑でも、それ以上に幸せにするっていう覚悟があるんだと思ってたよ。」
台本をぱたり、と閉じて琥珀は話を続ける。
「…奏の話しか聞いてないけど、今回のこと、奏も悪いと思うよ。
電話でも言ったけど、二人でちゃんと話した方がいいよ。
終わらせるなら、わだかまりは残さないで。」
おやすみ、といって琥珀は自室に戻っていった。
わだかまり
それは、僕にとってなのか、奏ちゃんにとってなのか。
すぐにシャワーを浴びる気にもなれず、ソファーへ倒れこむ。
…奏ちゃんにとってのわだかまりならば、僕は彼女のなかにそれを残したい。
どんな形でも、彼女のなかに僕が残ればいい。
忘れられなくなればいい。
そうすればやっと、僕は彼女の愛した夢と同列に並ぶことができるかもしれない。
…あぁ。
琥珀の言っていた「わだかまりを残すな」とは、こういうことか。
傷つけるなってことだ。
いま、ぼく、彼女を傷つけようとしたのか。
目を閉じる。
ぼく、さいていだ。
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