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第二十一話 老猿の強者
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猿達は公一達の突進の勢いを止めようと携えていた槍を構えた。だが初手から二人の勢いに飲まれて浮足立ってしまい動きは乱れたものになっていた。
逃げ腰で構えられた槍の穂先は、二人を捉えるどころか、槍はてんでばらばらに動いて互いに邪魔をしていた。
大猿は見逃す訳もなく、絡まって動かない槍めがけて大剣を降り下ろした。槍は真っ二つに断ち斬られ乾いた音を立てて床を転がった。
猿たちは使い物にならなくなった槍を投げ捨て、慌てて柄に手を掛け剣を抜こうとしたが公一が間髪をおかず手前の二匹を突き倒した。
怖気づき後ずさる猿たちを押しのけ一匹の大猿が群れの先頭に躍り出た。
群れを率いてきた猿で、頭としては何もせずに引き下がる訳にはいかなかった。
群れの頭の猿は、公一の横に堂々と立つ大猿と比べると、いささか迫力に欠けていた。
相手の猿まだ若く、公一の横にいる大猿と比べると筋骨も見劣りしていた。大きく違っているのは重ねた年齢から醸し出される戦士としての風格、灰色に色落ちした毛並と身体に受けた傷の数だった。
壮年を過ぎ老年にさしかかった大猿には数々の戦で受てきた傷と倒した敵の数が彼にとって自信の源になっていた。
若い猿は老猿を相手に吼えるが虚勢に過ぎない事は誰も目にも明らかだった。
老猿は気負うことなくトンボに構えた大剣を大上段に振り上げた。
トンボからの大上段の構はどうしても反対側に死角が出来る。公一は要らぬ世話と思いながらも老猿の斜め後ろに陣取った。
不届き者が一対一の勝負に水を差さないとも限らないからだった。
案の定、若い猿は公一の動きを目で追い口元をわずかに歪めた。特に動揺が隠せなかったのは手下の猿たちで、自分達の動きを邪魔をした公一に向かって牙をむき出して威嚇をした。
本来なら若い猿は公一に気を取られた瞬間に一刀のもとに切り捨てもおかしくはなかった。
しかし老猿は咳払いに似た唸り声をあげ自分の方に注意を向けさせた。
若い猿は公一でも判るほど驚いた表情を見せ、剣先を再び本来の敵である老猿に向けた。
刹那、若い猿は剣を振り上げながら体を低く沈ませ老猿の懐深くに飛び込んでいった。
若い猿は振り上げた剣で老猿を牽制した後、膝の上めがけて勢いよく剣を振るう。
あわよくば足に手傷を負わせ動きを止め、手下と共に押し包んでとどめをさす。目論見が外れたとしても相手が体勢を崩してくれさえすれば自分の面目が立つ。打算だけの攻撃だった。
その心の乱れが剣の切っ先にも現れ必殺の刃にはならなかった。
老猿は顔間近に迫った切っ先を大剣の柄で軽くはじき、そのまま一文字に斬りつけた。
大上段から振り下ろされた剣は若い猿の右の腕から首元を通り楽々と体を二つに斬り裂いた。
二つに分かれた体は重い音を響かせ床に転がり、流れ出る血がゆっくりと広がっていく。
老猿は茫然と立ちすくむ手下の猿達に向かって大剣を掲げ勝利の雄たけびを上げた。その轟然と響き渡る雄たけびに打たれた猿たちは武器を投げたし降参の意志を
示す。
老猿は死んだ猿たちを指さし連れて行くように手振りで指図をした。
猿たちは死んだ仲間たちを引きずり、怖々と後ろを何度も振り返りながら引き上げて行った。
大猿は広間から逃げ帰る猿たちを見つめて溜息をついた。
「さて、ノイ様これからどうします? 猿たちの争いに巻き込まれしまったようですが」
珍しく自ら戦いに加わろうとせずに成り行きを見守っていたノイは公一横に立った。
「こいつらの一族だけの話しなら、ここまでだ。しかし降りかかる火の粉は必ず払う。それだけだ」
「慎重ですね。何か考えでも?」
「矢を射かけられなかったからな。どこの連中かによるよ。まあ矢を射かけられたらお返しは十分にさせて貰う。まあ見ていろ」
その時、猿たちが広間から出て行くのを見送っていた老猿がノイと公一のそばに近寄りいきなり二人を抱きかかえて頬ずりをしてきた。
彼なりのお礼と親愛の情を態度で示そうとしたのだろう。
「くすぐったいぞ! ははは」
ノイは大喜びだったが公一には複雑な気持ちが胸の中に去来した。
だが今のところは敵ではない味方は多いほどいいのだから。
「なんだ公一、あんまり嬉しそうじゃないな」
「いえ、さっきまでこの人と命のやり取りとをしていたと思うと……」
公一正直な気持ちを打ち明けた。
「公一難しく考えるなその時はその時だ。自然に生きろ」
離散集合は世の常であることは公一も十分承知している。この異界で生き残りノイを広い世界に戻すには勇敢なだけは早晩に手詰まりになる事は目に見えている見ている。
ノイの真っ直な気持ちを傷つけたくない公一にまたひとつ頭痛の種が増えることにになった。
老猿は気がすんだのかノイと公一を床にそっと下ろし、今度はノイ手をとると大剣で広間の反対側をさした。
「ここからは見えませんが、いくつか出入り口があるみたいですね」
「隠れる場所もあ……。いえ住処かも」
「公一そこまで気を使わんでもいいぞ。ついて行ってみればわかる。よもや私達を売ることはなかろうよ」
「そのほうが面白いか」
と一言付け加えた。
公一はその時のノイの暴れぶりを想像すると敵が哀れになった。
老猿は大剣を右肩でかつぎ左手でノイの手を優しく引いて道案内をしてくれる。
公一は念のため殿になって、後をつけて来る者がいないか絶えず暗闇に目を凝らした。仲間が増えたとはいえ手を抜く訳はいかなかった。
ただひとつ公一の気がかりは、老猿が忍び足で歩いても右足を引きずる微かな音がどうしても耳についてしまうことだった。
老猿は細い通路も熟知していて公一が思ってもみないところから通路を見つけ出した。
通路は老猿がようやく通り抜けが出来るものから水が流れている場所など自分の足跡を消す工夫をしながらに道を選んでいることに間違いなかった。
この道は老猿が傷を負ったときや病気で動けないときに必死なって探した生きた道の証でもあった。
「この人もずっと一人で戦い続けていたのか」
老猿は公一の気持ちに気がついたのか自分の右の足を軽く叩いたて見せた。
「お前、逆に心配されているぞ」
ノイは公一を指をさしてクスクスと笑った。
老猿もノイにつられ笑い声の代わりに歯の間から短い間隔で息を洩らした。
ノイ疲れたのか、あくびを繰り返し目をこすり始めた。
「いい加減つかれましたよ。少し休ませてください」
公一は自分の疲労を理由にしてノイに休みを取らせようと考えた。
老猿も同じ意見らしく頷いてくれた。
「だらしないな奴だな。じゃあ、この辺りで休みをとるぞ。公一、お前そこに座れ」
公一は言われるがまま壁に寄りかかって腰をおろすと、ノイも公一に身体を擦り付けながら横に座り細い腕を首に回した。
ノイは公一を引き寄せ潤んだ瞳で見つめる。
「絶対に離れないでくれ。このまま抱いて寝たい。絶対に……」
そのままことりと首を落して静かに寝息を立て始めた。
公一は少しでもノイに肌を近づけようと細い腰を抱いた。
「ん、何か変だぞ…」
ノイは公一に頭を擦り付けるたびに幼い子供に戻っていた。
「ノイ様はこの事を言っていたのか。疲れて寝る時が弱点なんだ。この格好で放り込まれたんだな」
公一は幼い子供に戻ってしまったノイの体を自分の呼吸に合わせて軽く叩いてやった。安心して寝ることができますようにと。
老猿も音を立てない様に二人のすぐ横に座り公一の肩に手を回し二人を守るように抱いた。
公一は老猿に礼を言った。
「有難う。俺の言ってる事が判らなくてもお礼だけは言わせてほしい」
老猿は口を開いた。
「き… す…な」
公一はぎょっとして小声で尋ねた。
「あんた言葉が喋れたのか?」
逃げ腰で構えられた槍の穂先は、二人を捉えるどころか、槍はてんでばらばらに動いて互いに邪魔をしていた。
大猿は見逃す訳もなく、絡まって動かない槍めがけて大剣を降り下ろした。槍は真っ二つに断ち斬られ乾いた音を立てて床を転がった。
猿たちは使い物にならなくなった槍を投げ捨て、慌てて柄に手を掛け剣を抜こうとしたが公一が間髪をおかず手前の二匹を突き倒した。
怖気づき後ずさる猿たちを押しのけ一匹の大猿が群れの先頭に躍り出た。
群れを率いてきた猿で、頭としては何もせずに引き下がる訳にはいかなかった。
群れの頭の猿は、公一の横に堂々と立つ大猿と比べると、いささか迫力に欠けていた。
相手の猿まだ若く、公一の横にいる大猿と比べると筋骨も見劣りしていた。大きく違っているのは重ねた年齢から醸し出される戦士としての風格、灰色に色落ちした毛並と身体に受けた傷の数だった。
壮年を過ぎ老年にさしかかった大猿には数々の戦で受てきた傷と倒した敵の数が彼にとって自信の源になっていた。
若い猿は老猿を相手に吼えるが虚勢に過ぎない事は誰も目にも明らかだった。
老猿は気負うことなくトンボに構えた大剣を大上段に振り上げた。
トンボからの大上段の構はどうしても反対側に死角が出来る。公一は要らぬ世話と思いながらも老猿の斜め後ろに陣取った。
不届き者が一対一の勝負に水を差さないとも限らないからだった。
案の定、若い猿は公一の動きを目で追い口元をわずかに歪めた。特に動揺が隠せなかったのは手下の猿たちで、自分達の動きを邪魔をした公一に向かって牙をむき出して威嚇をした。
本来なら若い猿は公一に気を取られた瞬間に一刀のもとに切り捨てもおかしくはなかった。
しかし老猿は咳払いに似た唸り声をあげ自分の方に注意を向けさせた。
若い猿は公一でも判るほど驚いた表情を見せ、剣先を再び本来の敵である老猿に向けた。
刹那、若い猿は剣を振り上げながら体を低く沈ませ老猿の懐深くに飛び込んでいった。
若い猿は振り上げた剣で老猿を牽制した後、膝の上めがけて勢いよく剣を振るう。
あわよくば足に手傷を負わせ動きを止め、手下と共に押し包んでとどめをさす。目論見が外れたとしても相手が体勢を崩してくれさえすれば自分の面目が立つ。打算だけの攻撃だった。
その心の乱れが剣の切っ先にも現れ必殺の刃にはならなかった。
老猿は顔間近に迫った切っ先を大剣の柄で軽くはじき、そのまま一文字に斬りつけた。
大上段から振り下ろされた剣は若い猿の右の腕から首元を通り楽々と体を二つに斬り裂いた。
二つに分かれた体は重い音を響かせ床に転がり、流れ出る血がゆっくりと広がっていく。
老猿は茫然と立ちすくむ手下の猿達に向かって大剣を掲げ勝利の雄たけびを上げた。その轟然と響き渡る雄たけびに打たれた猿たちは武器を投げたし降参の意志を
示す。
老猿は死んだ猿たちを指さし連れて行くように手振りで指図をした。
猿たちは死んだ仲間たちを引きずり、怖々と後ろを何度も振り返りながら引き上げて行った。
大猿は広間から逃げ帰る猿たちを見つめて溜息をついた。
「さて、ノイ様これからどうします? 猿たちの争いに巻き込まれしまったようですが」
珍しく自ら戦いに加わろうとせずに成り行きを見守っていたノイは公一横に立った。
「こいつらの一族だけの話しなら、ここまでだ。しかし降りかかる火の粉は必ず払う。それだけだ」
「慎重ですね。何か考えでも?」
「矢を射かけられなかったからな。どこの連中かによるよ。まあ矢を射かけられたらお返しは十分にさせて貰う。まあ見ていろ」
その時、猿たちが広間から出て行くのを見送っていた老猿がノイと公一のそばに近寄りいきなり二人を抱きかかえて頬ずりをしてきた。
彼なりのお礼と親愛の情を態度で示そうとしたのだろう。
「くすぐったいぞ! ははは」
ノイは大喜びだったが公一には複雑な気持ちが胸の中に去来した。
だが今のところは敵ではない味方は多いほどいいのだから。
「なんだ公一、あんまり嬉しそうじゃないな」
「いえ、さっきまでこの人と命のやり取りとをしていたと思うと……」
公一正直な気持ちを打ち明けた。
「公一難しく考えるなその時はその時だ。自然に生きろ」
離散集合は世の常であることは公一も十分承知している。この異界で生き残りノイを広い世界に戻すには勇敢なだけは早晩に手詰まりになる事は目に見えている見ている。
ノイの真っ直な気持ちを傷つけたくない公一にまたひとつ頭痛の種が増えることにになった。
老猿は気がすんだのかノイと公一を床にそっと下ろし、今度はノイ手をとると大剣で広間の反対側をさした。
「ここからは見えませんが、いくつか出入り口があるみたいですね」
「隠れる場所もあ……。いえ住処かも」
「公一そこまで気を使わんでもいいぞ。ついて行ってみればわかる。よもや私達を売ることはなかろうよ」
「そのほうが面白いか」
と一言付け加えた。
公一はその時のノイの暴れぶりを想像すると敵が哀れになった。
老猿は大剣を右肩でかつぎ左手でノイの手を優しく引いて道案内をしてくれる。
公一は念のため殿になって、後をつけて来る者がいないか絶えず暗闇に目を凝らした。仲間が増えたとはいえ手を抜く訳はいかなかった。
ただひとつ公一の気がかりは、老猿が忍び足で歩いても右足を引きずる微かな音がどうしても耳についてしまうことだった。
老猿は細い通路も熟知していて公一が思ってもみないところから通路を見つけ出した。
通路は老猿がようやく通り抜けが出来るものから水が流れている場所など自分の足跡を消す工夫をしながらに道を選んでいることに間違いなかった。
この道は老猿が傷を負ったときや病気で動けないときに必死なって探した生きた道の証でもあった。
「この人もずっと一人で戦い続けていたのか」
老猿は公一の気持ちに気がついたのか自分の右の足を軽く叩いたて見せた。
「お前、逆に心配されているぞ」
ノイは公一を指をさしてクスクスと笑った。
老猿もノイにつられ笑い声の代わりに歯の間から短い間隔で息を洩らした。
ノイ疲れたのか、あくびを繰り返し目をこすり始めた。
「いい加減つかれましたよ。少し休ませてください」
公一は自分の疲労を理由にしてノイに休みを取らせようと考えた。
老猿も同じ意見らしく頷いてくれた。
「だらしないな奴だな。じゃあ、この辺りで休みをとるぞ。公一、お前そこに座れ」
公一は言われるがまま壁に寄りかかって腰をおろすと、ノイも公一に身体を擦り付けながら横に座り細い腕を首に回した。
ノイは公一を引き寄せ潤んだ瞳で見つめる。
「絶対に離れないでくれ。このまま抱いて寝たい。絶対に……」
そのままことりと首を落して静かに寝息を立て始めた。
公一は少しでもノイに肌を近づけようと細い腰を抱いた。
「ん、何か変だぞ…」
ノイは公一に頭を擦り付けるたびに幼い子供に戻っていた。
「ノイ様はこの事を言っていたのか。疲れて寝る時が弱点なんだ。この格好で放り込まれたんだな」
公一は幼い子供に戻ってしまったノイの体を自分の呼吸に合わせて軽く叩いてやった。安心して寝ることができますようにと。
老猿も音を立てない様に二人のすぐ横に座り公一の肩に手を回し二人を守るように抱いた。
公一は老猿に礼を言った。
「有難う。俺の言ってる事が判らなくてもお礼だけは言わせてほしい」
老猿は口を開いた。
「き… す…な」
公一はぎょっとして小声で尋ねた。
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