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第五十〇話 仇討 その十八 族長の勤めと愛情

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 公一の目に映ったのはノイの両手の中で陽炎のように揺らめく物はノイの呼吸に
動きを合わせるかのように膨張と収縮を繰り返した。
「インテンジィバ・ストム紹介しよう。お前の目の前いいるのが公一だ。我が…
我が… えーと…… おっ……と」
ノイは顔を赤らめて言葉に詰まっている。

「ノイ様、私の名前が出て来ませんか? じゃあ名乗りますね」
 公一はノイの手の中で揺らめく陽炎に向かって名乗りを上げた。

「我が名は鳥居公一。槍と盾になることをノイ様にお誓いした者。インテンジィバ・ストム様以後、お見知り置きを願いしたします」

 少し赤くなった頬を膨らめ口をとがらせているノイの掌から、陽炎はフワリと浮き上がると公一の周りを飛び回った。

 公一は自分の全てをさらけ出そうと腕を大きく広げて見せた。
 満足したのか、ぼんやりした光を放ちながら陽炎はノイの掌に帰って行く。

 ノイの掌に戻った陽炎は明滅を繰り返し何かを伝えようとしていた。

「なんて言っているんですか?」

「うるさいな! お前は、あっちに行っていろ」
 ノイは足を振り、つま先で公一を追い払おうとする。

「分かりましたよ。少し離れますから」

 ノイは公一をにらみ声を上げた。
「もっとだ!一族の内緒の話だ!」

 ノイは公一が十分に離れたのを確かめてから話し出した。
「なあ、あれだよ、あれ。お前もそう思うだろ。本当に鈍感なんだよ!」

 ノイのよく通る声は少なからず公一の耳に入って来る。
「俺の愚痴かあ…… しょうがないよな」
 公一はその場に腰を下ろして寝転がった。

 ノイは陽炎に向かって最初は小声で話しかけていたが、次第に熱が入っていき
声は益々否応なしに公一の耳に入ってきた。

「本当に鈍感で私の気持なんか判ってくれないんだ! 誘っても乗ってこないし。
 なあ、それともアイツは私のことを嫌いなのかな? だからな、こっちから……」

「ノイ様、何の話をしてるんですか?」

「公一、聞こえるならもっと遠くだ。離れろ!」
 
 半身を起こして公一が見たものは、ノイが手近な場所に有った巨石をひょいと持ち上げ自分が座っている方向に投げようとしている瞬間だった。

「あ、あぶなっ……」
 公一が、もと座っていた場所に巨石が見事に命中し、激しい音を立てて砕け散った。

「ノイ様、もう少し小さな声で喋って下さい」
 公一は逃げるように、その場を離れた

「それにしても、俺の愚痴以外に喋ることがあるのかな」

 公一は遠くに離れたノイの姿を見つめた。

 やがて陽炎がノイの腰の辺りを飛びまわりだした。
「馬鹿からかうんじゃない」
 ノイが叫ぶと同時に陽炎が自分の方向に近づてくるのが目に映った。

 今度は公一をからかうように飛び回入り股間の辺りにぶつかろうとする。
 「ノイ様とのことですね。あの方の気持は重々に承知しています」
 公一は一拍置いてから、低い声で続けた。
 「私もノイ様のことは大好きです。愛しています。この気持ちに嘘は有りません……」
 「……ノイ様は神格、私は人間なのです。貴方は認めてくれますが、神との関係を
持つことはノイ様や世界にも危険なことなのです」

 公一は自分の思いを続けようとしたが、陽炎は最後まで話を聞かずノイのいる方角に飛び去ってしまった。

 再びノイと何かを話しているようだったが、不意に鋭い目をして公一を睨めつけた。
「あ、消え――」
 いきなり現れたノイは、ものも言わず公一の顔面を思いっきり殴りつける。
 
 そのノイの拳は怒りのせいで拳が熱を帯び溶岩の様に赤く輝き煙を上げていた。
「馬鹿者! 本人に言わず他の奴に先に言うとは何事……」

 怒りに燃える眼を公一に向けるも、当の公一は白目をむいている。
「あ、聞いてない。ちょっとばかり強く殴り過ぎた。しっかりしろ」

「まあいいか。罰だ、罰」
 公一の身に着けていた物をはぎ取った。

 
 ……公一の目に入ってきたのは自分をのぞき込むノイの顔だった。
「あれノイ様…… 俺どうして寝てるんですか?」

「ああ、気にするな。お前は疲れていたんだ。いきなり倒れてな」
 ノイは公一の頭をそっとなぜた。
「だから、こうして膝を貸しているんじゃないか」

「すいません。すぐに起きます」

「いや、もう少しこのままでいろ。今、起き上がられても色々と困る。私も少し腰がだるいのだ」

「だったら余計に起きないと」
 ノイは起きようとする公一の頭を小突いた。

「目を閉じてじっとしていろ。こっちにも訳があるんだよ」
 半ば強引に目を閉じさせた。
  
「いいか、このままで聞け。今からインテンジィバ・ストムを見送ってやらねばならん。このまま骨を置いて置くわけにはいかない」

「俺も力を貸せますか?」

「察しが良いな。助かる」
 ノイは自分紅潮して頬を抑えながら、潤んだ瞳で公一を見つめた。

「インテンジィバ・ストム様は少しの間だけ、こちら側に来てらっしゃるのですね」

「いや違う。私がここに来るまで、骨になっても待っていてくれたのだ」

「長い間ですね……」

「そう… 長い間、屈辱に耐えだ。族長としてこのまま置いておくことは出来ないのだよ」
「長の勤め、愛情もある……さ」
 ノイは公一の頭をなぜながら呟いた。

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