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60 ある子爵の毛根、更なるピンチ

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「アヤメちゃん、この前は世話になったね。手紙もカフドルス侯爵家のオスカー様に渡して、ケント君に確認してもらったよ」

「ありがとう。それで問題なく終了だよね」

「何とか収まったね」

私を殺そうとしたシヨーン絡みの決着は、こんな話だそうだ。


◇◇マツラ子爵◇◇

何度も問題を起こしてきた、我が長男シヨーンが、カフドルス侯爵家との軋轢を生みかねないことをした。

カフドルス侯爵家の次男オスカー様が発行された身分証明用メダルをオスカー様の「恩人」から取り上げたのだ。

その恩人のアヤメ殿は、戦乙女ヴァルキリーのごとき戦闘力、癒しの乙女エイルのごとき回復魔法を併せ持っている。

「英雄伝説」が大好きな現当主ガスター様も会うのを楽しみにしていた。

そのためのメダルのはずだ。

ここに来るまで長男シヨーンには何度も説明したが、平民ごときに気遣う必要はないと聞かない。

家臣も今後のことを考えて、廃嫡すべきだったと声を上げているそうだ。


侯爵家に到着してオスカー様に面会を求めたが、現侯爵ガスター様が直々にお会いになるという。

用件も聞かれない。

嫌な予感しかしない。
気になっている登頂の毛が、ぱらりと落ちそうだ。



なぜか侯爵様は、事の経緯を知っておられた。なのに、なぜかメダルの事には触れなかった。

「うむ、そうかシヨーン殿よ。そのアヤメという女が、我が侯爵家で発行した魔法メダルを持っていたと言うのだな」

意外ににこやかだ。

「はい。侯爵様。そして私はメダルを・・」
「いや、メダルの話はまだいい。それに、アヤメという女とシヨーン殿の揉め事に口を出す権利は無いからな」

「はい。そこは私めの裁量で取り仕切らせて頂きます」

「うむ。分かった」

我が長男は私の方が間違っていたという目を向けてくるが、このバカは何も感じないのか。

「して、ショーン殿」
「はい、侯爵様」

「我が次男オスカーが魔法メダルを発行したが、大変なことになっておってな」

「はあ・・」

「偶然にも「そのお方」のお名前はアヤメというのだ」

「・・・・え」

「オスカーの命を助けたにも関わらず、謝礼も受け取らず去ったのだ。だからオスカーは命の恩人に後日報いるためにメダルを渡したのだ」

「侯爵様、メ、メダルは・・」
「話の腰を折るな」

冷たい声だ。

私の頭の上から、何かがぱさりと落ちた。

「息子の恩人が、我が家で礼をする前に盗賊に害され、メダルを盗まれたという情報を得た。これを黙っておると、オスカー、そして親の私も恩人を見捨てた恥知らずとなってしまう」
「あ、あ、あう」

「アヤメ殿は息子の恩人だか平民らしい。平民絡みの捜索を他の貴族家には頼めん。そこで我が家で有志を募ったところ、アヤメ殿に直接助けられた15人はもちろんとして、50人ほどの「討伐隊」が出来上がった。彼らは暴発寸前なのだ」

これは、非常にまずい。

「して、子爵殿に頼みがある」
「は、はい。何なりと」

「「ある筋の情報」では、件の盗賊は子爵殿の領内にいるのだ。討伐隊を派遣する許可をいただきたい」

「は、は、はい」

まずいどころではない。それに先程から目の前に降ってくる縦筋はなんだ。あっ、私の髪の毛だ・・

「まあ、我が家の討伐隊を領内に無条件で入れたのでは、そちらの顔が立たん。子爵殿の面子もあろう。だから、ここは合同で討伐隊を組むということで妥協してくれぬか」

「はあ・・」

意図が読めん。

「ならば、申し訳ないが討伐隊のリーダーにはマツラ子爵家の「次期当主」になっていただきたいのだ」

「!」

侯爵様の意図が分かった。

「はい、では次男のガブリエルを討伐隊のリーダーにさせていただきます」

「ん?そこのシヨーンは当主候補ではなかったのか?」

「いえいえ。本人の希望により、今後は冒険者となります。今回、同伴させたのは最後の挨拶に伺わせた次第でございます」

さすがのシヨーンも何も言わない。口を開いた瞬間から、「侯爵家に恥をかかせた盗賊」として仕立て上げられる。50人の「アヤメ信者」が大義がなかろうと襲いかかってくる。

それくらいは、分かってきてる。

「そうか、律儀に遠路はるばるご苦労様だった。我が家とマツラ家は先祖からの結び付きがある。今後もよろしくな」

「と、ところで侯爵様」
「どうした子爵殿」

「ここに来る途中で、こんなものを拾いまして・・」
「おお!これはまさしくオスカーのメダル。届けてくれてすまなんだ」

途中から猿芝居となったが、シヨーンを廃嫡するどころか、家から追い出す流れになった。
可愛そうだか子爵家を守るには、これしかない。

◆◇◆◇

「ハドソンさん、強引だけど、シヨーンに侯爵様が「ざまあ」してくれてるよ。解決でいいや」

「それで、侯爵様は君と是非とも会いたいそうだ。僕が新たな窓口をやらせてもらって、いち早く情報を伝えた。君の機転で「縁」が切れなかったから、穏便に済ませたって感じだった」

そろそろ、ラヒドに渡るかな。


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