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127 嬉しくて、でも切なくて

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カナワの街に戻る。

リュウの様子を見に行くことにした。


それを口実に、ミールとミシェルを2人きりにさせる。

自覚した。

私はミシェルが好きになってしまった。だけどミールも大切なのだ。

『超回復』に関する何かも作用しているのだろう。

その『』が引き継いだ記憶のようなものが絡まったのか。

ミシェルと出会ったときに、ミールに感じたようなインスピレーションがあった。

アリサと同じ強い瞳に吸い寄せられてしまった。

それを差し引いても、心をとらえられることは、時間の問題だった。そう思う。

迫る熱線を私の代わりに背中で受けてくるた。

あれから、ミシェルを見るとドキドキが止まらない。


だけど、やっぱり私は2人を見守る立場を取りたい。

教会の汚れ仕事。ひどい生き方をさせられてたミールが、スマトラさん達と暮らし、普通に笑える。

ただ子供っぽい。

15歳の成人というより、子供時代からやり直している感じ。

卓越した戦闘力にそぐわない、あどけない笑顔だった。

人の好き嫌いは、私の基準に引っ張られていた。

だけどミシェルと出会って1ヶ月程度。

それだけで、明らかに変わった。

今、目の前。ミシェルの横にいるミール。年相応の女らしい顔を見せるようになった。

「ミールに街を案内してもらったのに、ミールの方が道に迷ってさ」
「あっ、ユリナ様の前でばらさないの」

照れ笑い。口を尖らせる。頬がたまに赤くなる。

なんて可愛いんだろう。

きっと自分でも、何だか気付いてない。


ダンジョンにミシェルを連れていくと言った。

誰にも相談してない、自分の意思。

私だけに分かる、ミールの嬉しい進歩だ。

ミールか、私の意見だけを大事にすることを心配していた。

やっと他の人を優先した。前に進んでくれた気がする。

ミシェルはミールと私を優しい目で見ている。

私のことも大事と思ってくれると感じるし、亡くした仲間を思い出させる。

嬉しくて・・

けど、切なくて・・

涙が出そうになる。

それだけで十分。


「ユリナ様、リュウさんに会ってどうするの。まさか、カナワに移住するの?」

「違うよ。スキル絡みで突然逃げたから、きちんと・・」

「きちんと?」

お別れしよう。

だけミールとミシェルのため、そう思えるから、ほんの少し嘘をつく。

「もう一緒にいられないけど、リュウが好きだって伝えるの」

「え?」

「えって、何かおかしいかなミール」

「ユリナ様もミシェルが・・」
「私も? ミールも、ミシェルがなに?」

「あの、なんでもない」

ミールは真っ赤。

可愛すぎて少し意地悪してしまった。ミシェルは何だか複雑な表情だ。

ミールの精神的な成長を見た気がする。

きちんと女の子だ。

「ミール」
「なに?」
「乾杯しよう」
「何に?」

「ミールとミシェルの明るい未来に」
「もちろんユリナ様もね」

「だよね。3人一緒だ。俺はユリナとミールに出会えた幸運に感謝したい」
「ありがとう」



「ふーどこーと」に不埒な輩が入ってこない。

警戒していたが、杞憂だった。

ここには、スマトラファミリー、冒険者ギルドのギルマス、副ギルマスが関わっていることが、周知の事実になっている。

ここに手出しするなら、特級ダンジョンに突っ込むくらいの勇気が必要。

サルバさんと3人娘、そして出店したメンバーはひとまずは安心と思えた。

なので、カナワに行くことにした。


◆◆◆
カナワはオルシマから北に向かう。

川を迂回したりすると、300キロくらい移動すると思う。

私がカナワに行っている間に、ミールとミシェルで中級ダンジョンまで攻略するのが目標だそうだ。

そこからは、2人と私で上級ダンジョンに潜る。

本格的なミシェルのレベルアップを目指す。

「それまでに2人の仲がより深まってるかな。だったらいいよね。美男と美少女だし、お似合いだ」

街道を歩きながら、呟いている。

「・・」

ただ歩いている。

「私らしくない!」

エールを出した。ストックは300杯ある。久々の一気飲みだ。

気持ちを整理するためにも、急ぎ足程度の早さで移動している。

予定も約束もないから、行ったなりだ。

◆◆
夜も結構歩いたから、4日で250キロほど進んだ。

気持ちの整理?

ついてない。

勝手にミシェルの瞳を思い出して胸が熱くなった。

勝手にミールとミシェルがくっつくと思って祝福したいと思った。

私は・・と思って泣いたりした。切なくて、食べ物が喉を通らない。

「リュウのときも押しかけ彼女になったし、優しくされると惚れちゃうのかな。私って、自分で思ってたよりもチョロい女なんだな・・」

木陰に休んで、ジンをラッパ飲みしながら呟いた。


今は夕方だ。

晴れて夕焼けがきれい。
なので、草むらで座ってジンからワインに切り替えてあおっている。

この4日間でエールを40杯、ウイスキー、ジン、ラムを各2本と、ワイン3本。だけど、つまみは干し肉が2枚だけ。

切なくて、食べ物が喉を通らない。

『超回復』をアルコールの分解ばかりに使っている。ちょっと飲み過ぎだ。


街道筋なので、日が暮れる前に近くの村で野営したい。

馬車が走ってきた。

なんとなく見覚えがある紋章の貴族の馬車。確かこれから行くカナワの街の領主、カナミール子爵家のものだ。

ガサッ。私の後ろの林の中から、何かが来た。振り向くと、男が10人。

「なんだ盗賊か」

剣持ち6人、槍持ち2人、弓持ち2人とバランスが取れた盗賊パーティーだ。

私の呟きが、盗賊にも聞こえたようだ。

「こんなとこに女が座っているぞ」
「酒臭え」

「大した見てくれじゃねえが、若いな」
「連れて帰ってヤルか」

「お断り。私に構ってたら、貴族の馬車が通りすぎるわよ。今なら傍観者になってあげるから、死にたくなかったら私をシカトして」

「なんだ姉ちゃん、細っこいな。魔法使いか何かか」

「10人相手にいい度胸だ。だけど、相手を見た方がいいな」

酔った勢いで発した言葉が盗賊を刺激してしまった。

私はアルコールが入ると、的確に敵をあおる癖があるようだ。

馬車に盗賊8人が向かい、2人が私の方に来た。

「死にたくなけりゃ、おとなしくしてろ」

槍先を首に突きつけられた。

「はいはい」

ずぶっ。

私は返事をしながら、自分から槍に刺さりに行った。

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