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第一話 『想獣』
承ノ惨 咸木エネミィ
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◆◇◆◇◆
「━━じゃあなんだ、お前のそのケガは他校生にやられたのかよ!?」
「そこまで怒らなくても……」
「心配してんだよ! ……それ、警察沙汰だろ」
俺の周りって、こんな友達思いな人いたっけ?
なんつーか……こんなホワイトを見るのは、初めてな気がする。
「そもそも、そこに至った経緯が分からねぇな。そうなったのには、何かしら理由があんだろ? 人助けの為とか」
ぎくっ。
なんだか、やけに鋭いな。
まずい……このままだとあの件が知れ渡ってしまう。
「そ、そうなのか? べ別に理由なんて無いけどなぁ~! ハハハ……」
やべぇー! 動揺しすぎてあからさますぎる演技になってもうた!
まあどうせ、ホワイトの事だ。なんだかんだ言って結局はバカだ。
どうか、バレないように祈ろう。
「なんだよ。心配しただけ無駄じゃんか」
お。これは、上手くいったんじゃ……?
「確かに、お前がそんな事する訳ないよな! 期待して損したぜ!」
そうだけど、言い方ってもんがあんだろ。どんだけ俺を過小評価してんだよ。
とりあえず、一つの危機から逃れた訳だが……。
まずいな。このままだと俺がつい口走ってしまう可能性が高い。
誰か、この状況を切り抜けてくれる奴は……。
「これはこれはユーキにホワイト! 何してんの……うわっ!? 顔ヤバっ!」
どいつもこいつも、上手く日本語を使えねぇのか!
「つーか、お前は……」
一般的な男子高校生の身長である俺より少し小柄なこいつは、桐橙麻。
クラスは一組と、俺達とはかなり離れているが、俺達三人は一年からの付き合いがある。
なんというか……この三人の関係性については、触れないでおこう。
できれば説明などしたくもないのだが、あえて分かりやすく述べるとするならば、俺が三人分いると解釈してくれれば構わない。
「大丈夫かよ、ユーキ? 大分派手にやったな……」
「ああ、ちと色々あってな。心配すんなよ。すぐ治る」
「へぇー……。そんな事より、二人とも!」
「そんな事より!?」
切り替えが早いのは良いことだが、もう少し心配してくれよ!
いやまあ、大丈夫って言ったのは俺だが!
俺の話をすぐさま切り捨て、桐が出したのはとある雑誌だ。
あ、勘違いするなよ? 決してその……いかがわしい物じゃない。
ちゃんと、ゲームとかそこらの記事を主に掲載している有名な情報誌だからな!?
「なになに……? うおっ! マジかよ!」
「どれ。……おぉ」
俺達が驚いているのには、もちろん理由がある。
「そうだ! 俺も最近知ったんだが……」
桐が嬉しそうに指差すそのページには、一つのゲームの特集が組まれていた。
「超大手ゲーム会社『キコーヨー』の代表作『サクセス・ファンタジー』の、続編が発表されたんだ!」
━━サクセス・ファンタジー。略称『SF』。
物語の舞台となる異世界都市で、剣士となったプレイヤーが世界を守るため奮闘するという、まあどこかありがちなストーリー設定だが、他には無い技術を駆使し、とてもやり応えのある作品になっている。
その面白さは国境さえ越え、今では全世界で大ヒットした超大作である。
今の所シリーズは『3』まであり、俺は一応全て揃えてある。
正直他と大して変わらないようにも思えるが、と言っても決してつまらない訳では無いので、時間の合間にやったりもする。
その大人気ヒット作の続編が発売されるとなれば、翌日には店の前には大勢の人で溢れ返るだろう。ネットでも即完売、恐らく在庫は一時間もかからず切れる。
「こんなの……決まってるよな!?」
「ああ! あれしかねぇ!」
「もう、今からでも準備を済まさなければ!」
そうだ。相手はあの大人気作。
まず在庫は即効で無くなる。店も大行列間違いなし……ならば!
「「「今から泊まりで、ゲーム屋に蔓延るぞ!」」」
どんな無謀も、吝かではない!
「……教えてくれてありがとな、桐!」
「気にしなくていいって。それより、早くしないと授業に遅れちゃうぞ」
「っと、そうだな。それじゃあな、ホワイト、桐」
「おう、また後でな!」
「じゃねー。ユーキ」
マジか……、SFの新作!
やべぇ~! 今考えてるだけでもワクワクしてきた!
絶っっっ対!! ゲットしてやるよ!
━━一限目の休み時間。
そういや、最近あまり寝てないんだった。
あいつらの件もあるしな……。このままだとSFの発売に間に合わない。
よし! これから発売までの一週間、休み時間は必ず睡眠をとるようにしよう。
それじゃあ、夢の国に入場するとしますか…………、
「ユーウーキー……?」
ハハッ! どうやら、一人の少女がやってきたみたいだね!
ここは華麗にスルーを決めて、いち早く睡眠をとった方がいいと思うよ! ミナキーは!
「あ? んだようるせぇな。俺は今寝て……」
「………………ね、て?」
ガバッ!
「あっ、ちょっと! なんでまた寝るのよ!」
もうやだ! 今回は休ませてくれ!
ここ最近のストレスは、海桜から来てるということにいい加減気づきなさい!
「起ーきーなーさーいー! 水憑について、何か調べるんじゃないの?」
「………………っは!」
「アンタもしかして、忘れてたの……?」
忘れてる訳じゃ無いんだけどな……。
SFの話題のインパクトがでかすぎて、もはや忘れかけていたわ。
そうだな。よしっ、ここは覚悟を決めて……
「寝るっ!」
「だから何でよ!? アンタ、水憑がどうなっても良いの?」
海桜が必死に呼び掛ける。
「うーん。確かに、ただ事じゃないのは知ってるけどよ……」
そもそも、論点がおかしい。
それこそ俺はここ最近、青春についてばかり行動しているが、それはその……海桜の交換条件あっての事だ。そんな事が無ければ、たかがクラスメイトの為にいちいち優しくしてやらない。
「別に、今急がなくてもいずれ解決してやるんだから、良いだろうが」
「それじゃ、ダメなの!」
「…………何がダメなんだ?」
「お願い、ユーキ。確かに、私だけ何もできなくてユーキに迷惑かけてるのは分かってるの。だけど……、このままじゃ水憑が……っ!」
涙目になってまで、懇願する海桜。正直、幼馴染のこんな姿を見るのは初めてだ。
そこまで、青春の事を心配してんだろ……。よく伝わってくるよ。
でもな、海桜……、
「違うんだ」
「何がよ。どうせ面倒くさいとか考えて……」
「━━俺達に今、何ができる?」
その方法が無いから無駄なんだよ。
俺は海桜にそう言い放った。
「……そ、それは……そうだけど……。で、でも! 何か一つくらいあるでしょ!?」
「ここで俺達が変に行動してみろ。必ず條原に情報が漏れる。するとどうなるか……もう分かんだろ」
「……じゃあ、このまま何もできずに終わっちゃうの?」
「大丈夫だ。これも作戦だよ」
互いに睨み合い、こちらから動いたら負け。
このジレンマから、抜け出す為の唯一の方法とは。
「━━……今の俺達が取れる最善手は、何もしない事だ」
「そんなっ! …………分かったわよ」
ふぅ……。なんとか話が通じたか。
「でも」
目尻に溜まった涙を拭い、海桜は言った。
「いつかは、水憑をあの悪夢から覚ましてくれるんだよね?」
「………………ああ。約束する」
「……本当?」
心配そうな顔をした海桜が、俺に上目遣いで語りかける。
その姿がやたらと可愛くて、胸が締め付けられる感覚になった。
「本当だよ。お前の幼馴染を信じろってな」
「それじゃあ……約束ね」
海桜が小指を差し出す。
二人の指が重なり合い、交差する。
人生で二回目に、指切りを交わした瞬間であった。
ったく……。高校生なんだから、今さらこんな恥ずかしい事しなくてもいいだろうに。
「…………よ」
「ん? 何か言ったか?」
「だから! いつまで握ってんのよ! ちょっと痛いんだけど!」
「え? あ、ああ……。ごめん」
感動のワンシーン、崩壊の瞬間であった。
はあ……。ちょっとシリアスやると、すぐこれだ。やれやれ……。
━━現在時刻、一八時。
帰宅途中の俺は一つ、忘れかけていた事を思い出した。
いや、正確には思い出さされた、か。
俺が今歩いている商店街。
普段なら、道行く人で溢れ活気に満ちた通りとなっているのだが、今日はやけに人が少ない。
否。
人が━━不自然な程にいない。
俺以外、誰も。
いや、この表現は少し誇張しすぎた。
流石に一人はいる。いるんだが、いない。
あ、決して日本語がおかしくなった訳じゃないからな! 今でもちゃんと、漢字検定二級は取れるくらいに国語は得意な方だから!
━━さて。
そろそろ、この不自然さの原因を突き止めるとしよう。
そこにいて、いないモノ。
要するに、生体でも死体でも無い物。ここまでくれば、自ずと答えは見えてくる。
「危うく忘れかけてたぜ……」
「━━……何の用だ? …………ヒツネ」
人間のいない商店街の路地で一人佇む少女━━ヒツネに、そう問うた。
「久しぶりー! ユーキ!」
「やたらハイテンションだな。ともあれ、会うのは二週間ぶりくらいか」
「そうだよー。ユーキったら、私が話しかけようとしてもいつも忙しそうなんだもん。いつ話しかければ良いか分からなかったよ」
「そうかそうか。分からなかったのか……」
へぇー。そう…………、
「って、え!? おま、ずっと見てたのか!?」
「あったり前でしょうが。私達からすれば、人間共の生活なんてスッケスケで見えるんだよ」
つまり。俺はここ最近ずぅっっと、監視されていた、と。
そう考えると、背筋に軽く悪寒を覚えた。
「それじゃあ、俺が何をしていてもバレバレ……?」
「うん。バレバレ。バレバレの見え見え」
「何をしていても?」
「何をしていても」
「ナニをしていても?」
「何が違うか分からないけど、多分そう」
眼前の少女が、ストーカーレベルにつけ回してて困る。
━━閑話休題。
「んで? 今日は何しに来たワケ?」
「何よその反応。この間、ユーキが言ったんじゃん。『寂しくなったらいつでも来いって」
「んな━━」
先を言おうとして、言葉を呑む。
確かに、言っちゃってたな……。そんな事。
「要するに何? お前は今暇してて、今暇な俺に今だけ相手をしてほしくて、今ここにいるの?」
「すごいね……。一言の間に四つも『今』を入れてくるなんて。どれだけ強調したいのかな」
「俺は過去なんかより今を好む男だ。後も先も関係ねぇ。今を全力で生きるのさ」
と、思ってもない事で格好つけてみたものの。俺は重大な事実に気づいてしまった。
これ、話が一歩も進んで無いぞ……?
「よしそうか、なら話そう。いっそ話して夜を明かそう。それじゃあ、早速話題を提示してくれ」
「そうだね。ユーキ、よろしく!」
何に対してのよろしく!?
「まさかお前、自分で振る話題とか無いのかよ」
「無いよ。ナッシング」
「そうか。なら今日の俺の学校での出来事を聞いてくれ」
「どうぞ」
気づくと道端に一枚の座布団が敷かれていた。
その前にヒツネがちょこんと正座をする。
「それでは、咸木亭結祈の馬鹿馬鹿しい話にお付き合いください」
パチパチパチ……
茶番とも言える演劇が始まった。
「えー……、今日の俺はなかなか風変わりした一日を過ごしたんだよ。つーかしてる」
そして、背後で人形劇が進められる。
「まず、朝から変な夢を小一時間ほど見てだな。そのせいで学校に遅刻したんだが、そこに向かうまでが大変だったんだよ。幼馴染の頭がとち狂うわ、俺の自転車は大変な事になるわで、それは日常も自転車もメチャクチャだったんだ」
眼前の少女から白目を向けられている気がするが、気にせず話を続ける。
「そんで風紀委員長に怒られるし、風紀委員長にボコられるし、寝ようとしても起こされるし、本当に今日の俺はどうなってんだよ!」
怒りに任せて扇子を床へ叩きつける。
そして深呼吸して、平静を取り戻す。
「……おあとがよろしいようで。以上が、異常な俺の一日にございます」
終演を知らせるように、そっと幕が閉じる。
「━━……どうだヒツネ、少しは楽しめたろ?」
「全然面白くない」
「ぐはぁっ!」
「そもそも、短い。オチが無い。その上つまらない。こんなだったら、まだ魚のいない水槽を一日中眺めてた方が有意義だよ」
「ぐぼぇ!」
ヒツネの一言一言が、刃となって突き刺さる。
いや、流石にただの薄汚れた水よりはマシだろ!
それからしばらく経ち、やがてヒツネが、
「ねぇ、ユーキ」
「ん? なんだ? 今度はどんな無茶振りを押し付けてくるんだ?」
そう皮肉げに応えた俺の発言を平然と無視して、ヒツネが一言。
「━━ここら辺で一回、『想獣狩り』をしてみない?」
……こんな無茶振りかよぉおお!!
「ふざけんな! やるわけねぇだろ!」
「なんで~! 『想獣狩り』が、そんなに嫌?」
「い や だ ね! それとこれとは話が別だ! 大体、この前言っただろ! んなことしねぇって!」
「ぅう~……!」
それから黙り込んだヒツネだが、数瞬の間を開けて、
「━━……青春水憑」
「は? 今お前、何て言った?」
「だから、青春水憑を救いたいんでしょ? だったら、なおさらこの仕事を引き受けた方が良いよ」
よくわからん。
というか、話の進め方が強引すぎる気がする。
おい作者! この話を書いている時間が夜遅くだからといって、適当なシナリオを描くんじゃない!
それはそれとして置いといて。
俺は、目下の疑問を指摘する。
「ん~……。仮にその、想獣を倒したとして……、それと青春に何の関係があるんだ?」
「それは後で説明するよ。ほら、こうしてる間にもタイムリミットが近づいて来てるんだよ? 善は急げ。百聞は一見に如ずとは、よく言ったものだよ」
「わ、ちょっ……押すなよ」
言われるがまま、手を取られ連行された俺だった。
「━━じゃあなんだ、お前のそのケガは他校生にやられたのかよ!?」
「そこまで怒らなくても……」
「心配してんだよ! ……それ、警察沙汰だろ」
俺の周りって、こんな友達思いな人いたっけ?
なんつーか……こんなホワイトを見るのは、初めてな気がする。
「そもそも、そこに至った経緯が分からねぇな。そうなったのには、何かしら理由があんだろ? 人助けの為とか」
ぎくっ。
なんだか、やけに鋭いな。
まずい……このままだとあの件が知れ渡ってしまう。
「そ、そうなのか? べ別に理由なんて無いけどなぁ~! ハハハ……」
やべぇー! 動揺しすぎてあからさますぎる演技になってもうた!
まあどうせ、ホワイトの事だ。なんだかんだ言って結局はバカだ。
どうか、バレないように祈ろう。
「なんだよ。心配しただけ無駄じゃんか」
お。これは、上手くいったんじゃ……?
「確かに、お前がそんな事する訳ないよな! 期待して損したぜ!」
そうだけど、言い方ってもんがあんだろ。どんだけ俺を過小評価してんだよ。
とりあえず、一つの危機から逃れた訳だが……。
まずいな。このままだと俺がつい口走ってしまう可能性が高い。
誰か、この状況を切り抜けてくれる奴は……。
「これはこれはユーキにホワイト! 何してんの……うわっ!? 顔ヤバっ!」
どいつもこいつも、上手く日本語を使えねぇのか!
「つーか、お前は……」
一般的な男子高校生の身長である俺より少し小柄なこいつは、桐橙麻。
クラスは一組と、俺達とはかなり離れているが、俺達三人は一年からの付き合いがある。
なんというか……この三人の関係性については、触れないでおこう。
できれば説明などしたくもないのだが、あえて分かりやすく述べるとするならば、俺が三人分いると解釈してくれれば構わない。
「大丈夫かよ、ユーキ? 大分派手にやったな……」
「ああ、ちと色々あってな。心配すんなよ。すぐ治る」
「へぇー……。そんな事より、二人とも!」
「そんな事より!?」
切り替えが早いのは良いことだが、もう少し心配してくれよ!
いやまあ、大丈夫って言ったのは俺だが!
俺の話をすぐさま切り捨て、桐が出したのはとある雑誌だ。
あ、勘違いするなよ? 決してその……いかがわしい物じゃない。
ちゃんと、ゲームとかそこらの記事を主に掲載している有名な情報誌だからな!?
「なになに……? うおっ! マジかよ!」
「どれ。……おぉ」
俺達が驚いているのには、もちろん理由がある。
「そうだ! 俺も最近知ったんだが……」
桐が嬉しそうに指差すそのページには、一つのゲームの特集が組まれていた。
「超大手ゲーム会社『キコーヨー』の代表作『サクセス・ファンタジー』の、続編が発表されたんだ!」
━━サクセス・ファンタジー。略称『SF』。
物語の舞台となる異世界都市で、剣士となったプレイヤーが世界を守るため奮闘するという、まあどこかありがちなストーリー設定だが、他には無い技術を駆使し、とてもやり応えのある作品になっている。
その面白さは国境さえ越え、今では全世界で大ヒットした超大作である。
今の所シリーズは『3』まであり、俺は一応全て揃えてある。
正直他と大して変わらないようにも思えるが、と言っても決してつまらない訳では無いので、時間の合間にやったりもする。
その大人気ヒット作の続編が発売されるとなれば、翌日には店の前には大勢の人で溢れ返るだろう。ネットでも即完売、恐らく在庫は一時間もかからず切れる。
「こんなの……決まってるよな!?」
「ああ! あれしかねぇ!」
「もう、今からでも準備を済まさなければ!」
そうだ。相手はあの大人気作。
まず在庫は即効で無くなる。店も大行列間違いなし……ならば!
「「「今から泊まりで、ゲーム屋に蔓延るぞ!」」」
どんな無謀も、吝かではない!
「……教えてくれてありがとな、桐!」
「気にしなくていいって。それより、早くしないと授業に遅れちゃうぞ」
「っと、そうだな。それじゃあな、ホワイト、桐」
「おう、また後でな!」
「じゃねー。ユーキ」
マジか……、SFの新作!
やべぇ~! 今考えてるだけでもワクワクしてきた!
絶っっっ対!! ゲットしてやるよ!
━━一限目の休み時間。
そういや、最近あまり寝てないんだった。
あいつらの件もあるしな……。このままだとSFの発売に間に合わない。
よし! これから発売までの一週間、休み時間は必ず睡眠をとるようにしよう。
それじゃあ、夢の国に入場するとしますか…………、
「ユーウーキー……?」
ハハッ! どうやら、一人の少女がやってきたみたいだね!
ここは華麗にスルーを決めて、いち早く睡眠をとった方がいいと思うよ! ミナキーは!
「あ? んだようるせぇな。俺は今寝て……」
「………………ね、て?」
ガバッ!
「あっ、ちょっと! なんでまた寝るのよ!」
もうやだ! 今回は休ませてくれ!
ここ最近のストレスは、海桜から来てるということにいい加減気づきなさい!
「起ーきーなーさーいー! 水憑について、何か調べるんじゃないの?」
「………………っは!」
「アンタもしかして、忘れてたの……?」
忘れてる訳じゃ無いんだけどな……。
SFの話題のインパクトがでかすぎて、もはや忘れかけていたわ。
そうだな。よしっ、ここは覚悟を決めて……
「寝るっ!」
「だから何でよ!? アンタ、水憑がどうなっても良いの?」
海桜が必死に呼び掛ける。
「うーん。確かに、ただ事じゃないのは知ってるけどよ……」
そもそも、論点がおかしい。
それこそ俺はここ最近、青春についてばかり行動しているが、それはその……海桜の交換条件あっての事だ。そんな事が無ければ、たかがクラスメイトの為にいちいち優しくしてやらない。
「別に、今急がなくてもいずれ解決してやるんだから、良いだろうが」
「それじゃ、ダメなの!」
「…………何がダメなんだ?」
「お願い、ユーキ。確かに、私だけ何もできなくてユーキに迷惑かけてるのは分かってるの。だけど……、このままじゃ水憑が……っ!」
涙目になってまで、懇願する海桜。正直、幼馴染のこんな姿を見るのは初めてだ。
そこまで、青春の事を心配してんだろ……。よく伝わってくるよ。
でもな、海桜……、
「違うんだ」
「何がよ。どうせ面倒くさいとか考えて……」
「━━俺達に今、何ができる?」
その方法が無いから無駄なんだよ。
俺は海桜にそう言い放った。
「……そ、それは……そうだけど……。で、でも! 何か一つくらいあるでしょ!?」
「ここで俺達が変に行動してみろ。必ず條原に情報が漏れる。するとどうなるか……もう分かんだろ」
「……じゃあ、このまま何もできずに終わっちゃうの?」
「大丈夫だ。これも作戦だよ」
互いに睨み合い、こちらから動いたら負け。
このジレンマから、抜け出す為の唯一の方法とは。
「━━……今の俺達が取れる最善手は、何もしない事だ」
「そんなっ! …………分かったわよ」
ふぅ……。なんとか話が通じたか。
「でも」
目尻に溜まった涙を拭い、海桜は言った。
「いつかは、水憑をあの悪夢から覚ましてくれるんだよね?」
「………………ああ。約束する」
「……本当?」
心配そうな顔をした海桜が、俺に上目遣いで語りかける。
その姿がやたらと可愛くて、胸が締め付けられる感覚になった。
「本当だよ。お前の幼馴染を信じろってな」
「それじゃあ……約束ね」
海桜が小指を差し出す。
二人の指が重なり合い、交差する。
人生で二回目に、指切りを交わした瞬間であった。
ったく……。高校生なんだから、今さらこんな恥ずかしい事しなくてもいいだろうに。
「…………よ」
「ん? 何か言ったか?」
「だから! いつまで握ってんのよ! ちょっと痛いんだけど!」
「え? あ、ああ……。ごめん」
感動のワンシーン、崩壊の瞬間であった。
はあ……。ちょっとシリアスやると、すぐこれだ。やれやれ……。
━━現在時刻、一八時。
帰宅途中の俺は一つ、忘れかけていた事を思い出した。
いや、正確には思い出さされた、か。
俺が今歩いている商店街。
普段なら、道行く人で溢れ活気に満ちた通りとなっているのだが、今日はやけに人が少ない。
否。
人が━━不自然な程にいない。
俺以外、誰も。
いや、この表現は少し誇張しすぎた。
流石に一人はいる。いるんだが、いない。
あ、決して日本語がおかしくなった訳じゃないからな! 今でもちゃんと、漢字検定二級は取れるくらいに国語は得意な方だから!
━━さて。
そろそろ、この不自然さの原因を突き止めるとしよう。
そこにいて、いないモノ。
要するに、生体でも死体でも無い物。ここまでくれば、自ずと答えは見えてくる。
「危うく忘れかけてたぜ……」
「━━……何の用だ? …………ヒツネ」
人間のいない商店街の路地で一人佇む少女━━ヒツネに、そう問うた。
「久しぶりー! ユーキ!」
「やたらハイテンションだな。ともあれ、会うのは二週間ぶりくらいか」
「そうだよー。ユーキったら、私が話しかけようとしてもいつも忙しそうなんだもん。いつ話しかければ良いか分からなかったよ」
「そうかそうか。分からなかったのか……」
へぇー。そう…………、
「って、え!? おま、ずっと見てたのか!?」
「あったり前でしょうが。私達からすれば、人間共の生活なんてスッケスケで見えるんだよ」
つまり。俺はここ最近ずぅっっと、監視されていた、と。
そう考えると、背筋に軽く悪寒を覚えた。
「それじゃあ、俺が何をしていてもバレバレ……?」
「うん。バレバレ。バレバレの見え見え」
「何をしていても?」
「何をしていても」
「ナニをしていても?」
「何が違うか分からないけど、多分そう」
眼前の少女が、ストーカーレベルにつけ回してて困る。
━━閑話休題。
「んで? 今日は何しに来たワケ?」
「何よその反応。この間、ユーキが言ったんじゃん。『寂しくなったらいつでも来いって」
「んな━━」
先を言おうとして、言葉を呑む。
確かに、言っちゃってたな……。そんな事。
「要するに何? お前は今暇してて、今暇な俺に今だけ相手をしてほしくて、今ここにいるの?」
「すごいね……。一言の間に四つも『今』を入れてくるなんて。どれだけ強調したいのかな」
「俺は過去なんかより今を好む男だ。後も先も関係ねぇ。今を全力で生きるのさ」
と、思ってもない事で格好つけてみたものの。俺は重大な事実に気づいてしまった。
これ、話が一歩も進んで無いぞ……?
「よしそうか、なら話そう。いっそ話して夜を明かそう。それじゃあ、早速話題を提示してくれ」
「そうだね。ユーキ、よろしく!」
何に対してのよろしく!?
「まさかお前、自分で振る話題とか無いのかよ」
「無いよ。ナッシング」
「そうか。なら今日の俺の学校での出来事を聞いてくれ」
「どうぞ」
気づくと道端に一枚の座布団が敷かれていた。
その前にヒツネがちょこんと正座をする。
「それでは、咸木亭結祈の馬鹿馬鹿しい話にお付き合いください」
パチパチパチ……
茶番とも言える演劇が始まった。
「えー……、今日の俺はなかなか風変わりした一日を過ごしたんだよ。つーかしてる」
そして、背後で人形劇が進められる。
「まず、朝から変な夢を小一時間ほど見てだな。そのせいで学校に遅刻したんだが、そこに向かうまでが大変だったんだよ。幼馴染の頭がとち狂うわ、俺の自転車は大変な事になるわで、それは日常も自転車もメチャクチャだったんだ」
眼前の少女から白目を向けられている気がするが、気にせず話を続ける。
「そんで風紀委員長に怒られるし、風紀委員長にボコられるし、寝ようとしても起こされるし、本当に今日の俺はどうなってんだよ!」
怒りに任せて扇子を床へ叩きつける。
そして深呼吸して、平静を取り戻す。
「……おあとがよろしいようで。以上が、異常な俺の一日にございます」
終演を知らせるように、そっと幕が閉じる。
「━━……どうだヒツネ、少しは楽しめたろ?」
「全然面白くない」
「ぐはぁっ!」
「そもそも、短い。オチが無い。その上つまらない。こんなだったら、まだ魚のいない水槽を一日中眺めてた方が有意義だよ」
「ぐぼぇ!」
ヒツネの一言一言が、刃となって突き刺さる。
いや、流石にただの薄汚れた水よりはマシだろ!
それからしばらく経ち、やがてヒツネが、
「ねぇ、ユーキ」
「ん? なんだ? 今度はどんな無茶振りを押し付けてくるんだ?」
そう皮肉げに応えた俺の発言を平然と無視して、ヒツネが一言。
「━━ここら辺で一回、『想獣狩り』をしてみない?」
……こんな無茶振りかよぉおお!!
「ふざけんな! やるわけねぇだろ!」
「なんで~! 『想獣狩り』が、そんなに嫌?」
「い や だ ね! それとこれとは話が別だ! 大体、この前言っただろ! んなことしねぇって!」
「ぅう~……!」
それから黙り込んだヒツネだが、数瞬の間を開けて、
「━━……青春水憑」
「は? 今お前、何て言った?」
「だから、青春水憑を救いたいんでしょ? だったら、なおさらこの仕事を引き受けた方が良いよ」
よくわからん。
というか、話の進め方が強引すぎる気がする。
おい作者! この話を書いている時間が夜遅くだからといって、適当なシナリオを描くんじゃない!
それはそれとして置いといて。
俺は、目下の疑問を指摘する。
「ん~……。仮にその、想獣を倒したとして……、それと青春に何の関係があるんだ?」
「それは後で説明するよ。ほら、こうしてる間にもタイムリミットが近づいて来てるんだよ? 善は急げ。百聞は一見に如ずとは、よく言ったものだよ」
「わ、ちょっ……押すなよ」
言われるがまま、手を取られ連行された俺だった。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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