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第二章

18 魔族の砦

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 アルスは剣を振り、切っ先についた血を払う。
 彼の目の前には、幾人もの血まみれの盗賊たちが倒れていた。
 利き手の手首から先が欠損している者や、足を失った者、腹や太ももに深い傷を負った者、ともに即死ではないが放っておけば失血死は免れない状態の者がほとんどだった。

「あとはお前だけだぞ、どうする?」

 そう言ってアルスは、唯一無傷で立っている盗賊団のリーダーらしき男にゆっくりと迫る。

「ひ、ひいっ……わ、わかった! こ、降参だ。 だ、だから、命だけは、た、助けてくれ……!」

 武器を投げ捨てて震えながら命乞いをする盗賊団のリーダー、よく見るとズボンの股間が湿っている。

「安心しろ、殺しはしない ――治癒ヒール!」

 アルスが治癒魔法を唱えると、盗賊たちの傷がたちまち癒えていった。
 治癒リジェネーションは初級回復魔法で、ちょっとした傷をいやす程度の効果しかないが、アルスが使用することによって完全治癒魔法へと昇華する。
 それどころか、失った手足までもが再生している者までいた。

 ほどなくして、先ほどまで街道に倒れて呻いていた盗賊たちは、ゆっくりと立ち上がり、アルスに礼を言うどころか、再び武器を構え始めた。

「おいおい、こいつ馬鹿だぜ! わざわざ俺達を回復して全快させやがった!」

「お人よしもここまでくると救えねーな! ヒャハハ!」

「自分の甘さを後悔すると良いぜ!」

「さっさとこのガキをやっちまえ! お前ら!」

 一斉に声を荒げる盗賊たちと、それをけしかけるリーダー。
 皆一様に目の前の少年を、お人よしの愚かな人道主義者だと嘲笑っていた。

 しかしその言葉とは裏腹に、アルスが一歩前歩むごとに、盗賊たちは一歩後ろへと後退っていく。
 傷が癒えても、手首を切断され、腹を裂かれた痛みは体が覚えている。

「お、おいお前ら、なんで後退るんだよ!」「お、お前こそ! さっさとあのガキ攻撃しろよ!」「あ、俺ちょっと急用思い出した!」

「く、くそ! お前らどいつもこいつもビビってんじゃねーよ! おらぁ! 死ねやガキイイイィ!」

 怖気づく部下たちを罵りながら、盗賊のリーダーが半ばやけくそ気味にアルスに斬りかかる。
 しかしアルスはその攻撃を剣で弾き、ガードががら空きになったところを反撃する。

 鮮血と共に、盗賊団のリーダーの顔面が斜めにバックリと裂ける。

「ぎぃあああぁ! あひぃ、があっ! ひぃ!」

 顔を抑えながらうずくまる盗賊団のリーダー。
 しかし、すぐにアルスの治癒魔法が放たれ、血が止まり肉が盛り上がる。

 追撃を仕掛けずにただこちらを睨んでいるアルスの姿を見て、リーダーは得も言われぬ恐怖を感じた。
 
「俺はお前らの心が屈するまで何度でも斬り、そして回復を繰り返すだけだ」

 アルスは盗賊たちを睨みつけながら、静かに落ち着いた様子でそう言った。

◇◇◇

「ノエルたちか、丁度話し合いが終わったところだ」

 ノエルたちがやってきた頃には、すでに盗賊団の戦意は完全に消失していた。

 地面には血と尿の海ができている。

 皆一様に、「ごめんなさいもうしませんゆるしてごめんなさいもうしませんゆるして……」と、ひたすら念仏のように繰り返し唱えてていた。

「どう見ても話し合いしてるようには見えなかったけど……」

 遠巻きに様子を見ていたノエルは、呆れたようにそう言った。

「ところでこの盗賊団はどうすんだ? 流石にここに放っておくってわけにはいかんだろう」

 ドヴァリは髭をいじりながら、放心状態の盗賊たちを見る。
 今は反省しているように見えても、放っておけばまた同じような事をするかもしれない。
 それをドヴァリは危惧していた。
 安全な交易ルートを確立するためにも、盗賊などの危険な要素は可能な限り排除しなければならない。

「このあたりに大きな街はありそうにないですし、いっそのこと殺処分してしまった方がよろしいんじゃないでしょうか?」

 エリーゼとしては、こんな家畜にも劣る百害あって一利なしの盗賊の為に時間を潰すよりは、一刻も早く目的地に行きたいところ。
 しかしそんな彼女に待ったの声を上げる者がいた。

「そんな、やっぱりどこかの街の憲兵団に引き渡した方がいいと思うわ」

 学級委員長としての気質からか、あくまでも法に則った処罰を受けさせるべきだというノエル。

「かといって来た道を戻るとなると、かなりの時間をロスすることになってしまうよ?」

「じゃあどうしたら……」

 アルベール部長の言葉を聞き、良い考えが浮かばないノエル。
 そんな彼らの元へアルスが近づいてくる。

「人間の街はないが、この先を半日ほど行くと魔族の前哨砦があったはずだ。確か今はミストレアと魔族領の中継地点として機能していると聞く」

「もしかして、魔族に盗賊団を引き渡すの?」

「ああ、このまま野放しにしておくよりは良いだろう」

「……そうね、それが現状では一番いい方法よね」

 少し思うところはあったが、納得した様子のノエルだった。
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