あなたへ

深崎香菜

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熱をもった頬

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車内はしんと静まり返っていた。
お母さんもこの沈黙の苦しさに耐えられないのか
お父さんに時々話し掛けていたが、
返事は全て『ああ』『うん』の繰り返しだった。
 
車は彼女の実家の方に走る。
ん…家まで送ってくれるんじゃないのかと
あつかましいことを考えてみる。
 
「先に下りなさい」
お母さんにそう告げると、
お母さんは不安そうな顔で僕を見つめた。
「今日もありがとうございました。また」
と僕が笑って見せると
少し悲しそうな顔をしながら応えてくれた。
あぁ…送ってくれるけど二人きりだから…な、
不安なのだろうか。
 
お母さんが降りると、
ボソっという感じで
「家はドコだね」
と、質問された。
「あ、えっと…」
場所を説明するとお父さんは頷き、
僕の住むアパートへと車を走らせてくれた。
 
 
しかし、車は思い通りには進んでくれなかった。
駅の近くの公園でお父さんが止めたのだ。
「何か飲まないかい?」
そう言うと僕の返事を待たずに自動販売機でコーヒーを購入した。
それを僕に手渡すとお父さんは車には乗らず、
そのままベンチに座ってしまった。
僕もなんとなく車を降りてみた。
「ここに座りなさい」
1つ隣のベンチを指差す。
僕は小さく頷くと指定された場所に座った。
 
 
なんだか緊張するなぁ…と思いながらいると
自然の缶コーヒーに手をつけてしまう。
そして気づけば中は空だった。
チラっとお父さんを見るとお父さんはずっとこっちを見ていたようだった。
「え、えっと…」
「田村君。」
突然厳しい声になり少し背中に汗が流れた。
「はい…」
「君は…これから先も明日香と付き合っていく覚悟の上で今一緒にいるのかい?」
「え、はい。そのつもりです。」
「この先きっと明日香には出会いなんて訪れることは少なくなり無いに近いだろう。
 そんな中の支えが君っていうわけだ。
 その君が明日香の病気や症状に耐え切れず別れを告げるとしよう。
 きっと心が折れてしまうだろう…
 ・・・・・だから」
 
何を言われるのかと思ったが
今まで何度も考え、つまったことだった。
と、言っても僕の決心はすぐに固まりそんなに悩んでいなかった。
そう。当然だと思ったしそうしたいと思った。
 
「僕は…こんなこと言うと考えが子供だと思われるかもしれない。
 けれど…、僕は明日香…さんが好きです。
 出会ってまだ一年も経たないわけですが
 今までに感じたことのない愛しさがあり
 何があっても手放したくない…そう思ってしまう時だってありすぎる…
 確かに彼女に私といたら幸せになれないよといわれたとき、
 それはそうだよなと思いました。
 けれど…やっぱり彼女と一緒にいたいと思った。
 彼女が見えない分、見れない分、僕が見ていこう。
 彼女が描けない分、描きたい分、僕が描いていこう。
 そう思ったし彼女とも約束をしました。
 
 確かに彼女の病気は視力が回復することは不可能といいますが
 死んでしまうわけではないんですよね?
 そしたら彼女が生きているうちに何か薬や治療法ができるかもしれない。
 僕は…そんな日が来てまた笑いあえる日を…待ちます。」
 
 
 
お父さんは鼻で笑った。
そりゃそうだろう。
大学生にもなった男が高校生や中学生のようなことを言っている。
馬鹿じゃないのか?と言いたいに違いない。
けれど…これが垂直な意見だった。
 
「君は今、私の前でこの先何があっても
 娘の傍にいる。そう言ったのだぞ?」
「…はい。そのつもりです」
そう言うとお父さんはッフと笑った。
その笑い顔が先程まで楽しく談笑していたときと同じだったので
肩の力がストンと抜けてくれた。

「…娘とこれからも頼んだよ。
 すまないね…こんなことを話して。
 君にこの先が見えず、今と同じ事を何の根拠も無しに言っているのなら
 一刻も早く娘から離れてほしかったんだ…」
「すみません…離れません」
そう言うとお父さんは僕をベンチから立たせてニッコリと笑った。
「…そうか…」







その瞬間頬?顔?!どっちだかわからないくらいの
大きな衝撃を受けた。
そのまま僕の身体は左へとぶっ飛ぶ・・・・

「…?!?!?!?!」
急いで起き上がりお父さんの方を見る。
「これくらいじゃ足りないが
 …あんまりすると後が残って明日香に怒られるからな。
 とっとと乗りなさい」
僕は唖然としていたのだが
キッとにらまれたので急いで車内に戻る。
その後の車内は先程よりもしんとしていて、
僕の右頬辺りだけが熱をもってジンジンとしていた。


それからというもの、
僕は彼女の父親に対して小さな恐怖心を抱いたらしい。
初めて会って談笑したときは自然と『お父さん』なんかと呼んでいたが
それから会って話していても『瀬戸さん』と呼ぶようになっていた。
最初は変な感じだったのだがそれは自然になった。
あの夜以来、僕や明日香さんご両親の間に変な空気は流れなくなった。
彼女の前でも僕に嫌味も言うようになったが…
(彼女はそれを大笑いして聞いていた)



冬の風が冷たくて
雪が降りそうな匂いの外。

僕の頬は今でも時々熱を持つのは何故だろうか
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