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夏休みの終わり

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思えば私にに泣く権利など無かった。
眠ろうとして、ベッドに座った時にふと冷静になった。
私は騙した側なのに、何を思って泣いたのだろう。
友達に、好きな人に嫌われる事、ただそれが怖かったのだ。
罪悪感からではない。私は私の為に泣いていたのだ。
だからもう泣かないと決めた。
私の為にはもう十分泣いたのだから。

次の日私はお父様と話し合った。これからどうするのか、どうしたいのか。
ヘンリーと話した事を交えながら素直な気持ちを伝えてみる。
お父様は自分の思うようにやってみなさいと、そう言ってくれた。

夏休みの終わり、私は私の本当の家に、イザベルとシャルロットを招待した。

イザベルに本当の事を話すとシャルロットに伝えると、自分も黙っていたのだから同罪だと、その場に呼んで欲しいと頼まれた。

先に着いたのはシャルロットだった。
私は緊張していたが、彼女はいつも通りのようだ。
ガーデンテラスにお茶が出来るように準備してある。
連日暑い日が続いていたが、夏休みも終わりを迎えると秋の気配がしてきた。
木陰になった所は涼しく、今日は外の方が気持ちが良い日だった。

「緊張してるのね?久しぶりだわ。ティーナのその姿。」

私は今日お気に入りのドレスを着ている。瞳と同じ薄紫色のドレスだ。
裾が広がる形が流行っているが、私のドレスはストンと落ちた形が多い。いざと言う時に戦いやすい、それが私の1番のこだわりだ。

しばらくするとイザベルがやって来た。
事情は手紙で事前に知らせてあったので、驚いた様子は見えない。
私は自分の言葉で説明し、謝る為に口を開こうとした。

しかし、イザベルに扇子で言葉を止められる。閉じた扇子を私の口元に置き、うっとしそうな顔で言った。

「謝ろうと思っているなら、やめて下さる?私はヘンリー様の婚約者なのですよ。あなたが陛下の密命を受けてしていた事を咎めるはずがないじゃない。」

彼女の物言いは怒っているように聞こえるので、私は許されているのか判断出来なかった。

「私は!!、、私はあなたが女で良かったと思いましたの。あなたの事を周りの人に男色家だからこの人は大丈夫と触れ回っても、私達が男と女なのには変わりないですわ。私の立場で、男友達とずっと仲良くするのは難しいわ。だから、あなたが女と知って嬉しかったのよ。」

イザベルは尻窄みになって行く声で最後に、これからもよろしくしてあげますわ。と言った。
もう泣かないと決めた私だったが、それを聞いて、ダムが決壊したかのように涙が溢れ号泣した。
涙と鼻水をたっぷりイザベルの服に付けて、扇子でしこたま叩かれる。
シャルロットはそんな私達を見てお腹を抱えて笑っていた。

「それでこれからどうしますの?」

イザベルはメイドにタオルで鼻水を拭いて貰いながら聞いてくる。
着替えを勧めたのだが、もう良いわと言って取り合ってくれなかった。

「ヘンリーには、イサキオスに真実を言うまでは今まで通りで良いって言って貰った。護衛も続けるつもりだ。」

私は腫れた目をタオルで冷やしながら答えた。

「お父様には、今はランカスターの名前で入学しているから、次の4月にもう1度クリスティーナ・バレンティアとして編入した方が良いだろうって言われてる。」

「じゃぁ、クリス・ランカスターは学園を辞めると言う事になるのね?」

シャルロットが美しい所作で紅茶を飲みながら尋ねる。

「うん。今の所3月まではクリスで通おうと思っているのだけど。そうなると、皆に伝えてからもしばらくは男装かな。4月に入学する事を考えたら、クラスメイトにも伝えたいけどね。」

「クラスメイトに伝えるなら、男装はしなくても良いんじゃないの?それにしても、ややこしい話しね。」

シャルロットが眉をひそめる。

「それで?イサキオス様にはいつ伝えるの?」

イザベルが聞く。

「少し先になってしまうんだけど、、今度10月の初めに学園祭があるだろ?」

「あぁ、あのやたらめったら派手な学園祭ね。かなり権力を持った貴族の方々が多く集まるから、ヘンリー様と一緒に1日中挨拶回りになるでしょうね。」

タイマリス学園の学園祭は学生だけが楽しく騒ぐ祭りではない。
上は王族まで通う生徒の親や親戚達が集まって来るのだ。下手な夜会よりも人脈を広げる事の出来る場なので、それこそ色んな人がやって来る。

偉い人が集まれば金も集まる。当然祭りはとても豪華で派手なものになる。

しかし人が増えれば増えるほど、セキュリティーに穴が出来やすい。
これまでも、何度か誘拐未遂、殺人未遂等の事件が起こっていた。
それでも未遂で済んでいるのは、警備の質が良いからだろう。

「学園祭の後夜祭でダンスパーティーがあるだろ?それにイサキオスを誘おうと思ってて。」

「あなた男言葉が混じってるわね。どうにかならないの?」

イザベルが睨んでくる。

「いや、しばらくはクリスとして過ごす事になるしさ、、って、話し聞いてる?」

「聞いてたわよ。それで良いんじゃない?結局はあなた達2人の問題なんだし、あなたが納得してないと後悔するでしょ?」

シャルロットも頷いている。

「それでどのタイミングで言うの?誘う時?当日?」

何だかイザベルもシャルロットもチョット楽しそうにし始めた。

「いや、当日でしょ!」

「当日のどのタイミング?会ってすぐ?帰り際?」

「だってドレスを着て会ってるわけでしょ?イサキオス様が異常に鈍いとは言え、ドレスで来れば女だったって分かるでしょ?会ってすぐが現実的ね。」

「それなら最初に喧嘩してダンスパーティーに出られないかもしれないわ。」

「その時はその時じゃない。上手く行かない恋愛だったあるわよ。」

「でもそうなったらティーナが可哀想だわ。近くで見張っていないと。」

「私も見たいわ!あぁでもダメね。きっと抜け出せないわ。」

この会話に私の言葉は1つもない。
私を置いて盛り上がり過ぎだ。

「チョット私も混ぜなさいよ。」

私が怒ると、イザベルが、

「急に女の子の話し方しないでよ!気持ち悪いわね。あんたオネエなの?」

と言って来た。あんまりだ。

「マグリットと、アルにはいつ伝えようかと考えてて。夏休み明けたらすぐ伝えようかと思っているんだけど。」

私がそう言うと、イザベルが眉間にシワを入れる。

「私達もヘンリー様も知ってて、しかもマグリット様にアルルーノ様が知ってたのに、自分だけが知らなかったとイサキオス様に後でバレたら怖いわよ?マグリット様とアルルーノ様はあなたにベタベタ触るし。それが女と知っていたのに触れていたとバレれば、、ダメダメ。」

イザベルの顔は青くなった。
シャルロットも、

「同感だわ。彼らはイサキオス様の後にしましょう。」

と言った。

それから私達はパーティのドレスは何色にするか?アクセサリーは?など女の子らしい会話をした。
真実を打ち明けても、何も変わらなかった。
私はイザベルに心の中で深く感謝した。

気が強く、優しく、努力家な彼女の為にも学園へ通い、彼女をこれからも助けようと私は誓った。
まだ見ぬヒローインに、彼女の愛する人が奪われないように。
、、まだ見ぬヒロインに、彼女の愛する人が奪われないように。
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