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妖艶な女の呪い

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10月に入り、学園祭の準備は急ピッチで進められていた。
本番まであと10日、もうあまり日にちが無いのだが、授業は学園祭2日前まで通常通り行われる。
その為皆は連日夜遅くまで学園に残って作業する事となった。

学園祭は主にサークル活動をしている人の発表の場だ。
演劇、吹奏楽、美術、製菓、魔法薬等色々なサークルがあり、今まで練習したものをお披露目したり、作った物を売ったりする。

他にも大道芸人やプロの歌手が呼ばれたり、タイマリス学園ミスコンテストなるものも催される。

学生のお店は朝10時から4時まで開かれる。
4時から片付けをし、皆6時からのダンスパーティーに備えるのだ。
サークル活動をしている者は1日通してずっと忙しいが、サークルに入っていない者はただ好きな時間に来て楽しむ事が出来る。

ちなみに、4時からは一般の出店がオープンする。

学生に、学生の親族、業者に、一般客、そしてその日だけ雇う警備員の人。
これだけ聞いただけでも、いかに多くの人が学園を出入りするかがうかがい知れる。

それを一手に管理するのが生徒会なのだ。

生徒会メンバーは、この前紹介して貰った3人以外にも、会計の人、そして補佐が2人と、全部で6人いる。
それに学園祭の時だけ手伝うマグリットや私のような非正規生徒会の者達が20人ちょっと。
それだけいても、規模が大き過ぎる故にてんてこ舞いなのだ。
猫の手も借りたい状態で皆げっそりしていた。

今日はマグリットのお姉さん、ユリアーネさんと、きのこの様な見た目のパオロさんと生徒会室で当日の警備の話しをしていた。

「とっても綺麗な髪ね。」

ユリアーネさんが色っぽい声を出しながら私の髪を触る。

「あ、ありがとうございます。」

ユリアーネさんが遊び出したので、パオロさんが説明し出した。

「、、が、、で、、です。」

、、しかし全く聞こえない。
彼は伸びっぱなしの髪のせいで鼻と口しか見えない。
表情も分かりづらい上に声まで小さいので何度も聞き直してしまう。

仕方ないので、もう顔がくっつくぐらい近くで話しを聞いている。

「すみませんもう一度お願いします。」

私が悪いのでは無いが、先輩なので申し訳なく感じる。

「ここが、クリスさんが守る場所で、時間は12時から4時までです。」

今度は聞こえた。

1日ずっと警備に時間を取られると思っていたのに、学園祭を回る時間を与えてくれるらしい。
私は半ば諦めていたので喜んだ。

「あら、これは可愛いらしいわ。」

気付いたらユリアーネさんが、私の髪をおさげにしていた。

「可愛らし過ぎてこれはもう芸術ね。解けないようにしておくわ。」

ユリアーネさんが謎の言葉を残して去って行った。
パオロさんにどういう意味か分かるか聞いてみたら、

「多分、解けないよその髪紐。」

と言われた。
髪紐を引っ張ったがビクともしなかった。
私はおさげのまま途方に暮れる。

その日はそれで終わりとなり、寮へ向かって歩いていた。
もちろんおさげのままだ。

今は6時、久しぶりに早く帰れた。
寮の扉に手をかけた時に、誰かに名前を呼ばれた。
振り返るとイサキオスが立っていた。
どうやら訓練の帰りらしい。

教室では毎日会っているが、2人で会うのは久しぶりな気がする。

「今帰り?」

「あぁ。クリスも今終わったのか?」

「そう。今日は早く帰って来られた。」

近付いて来たイサキオスは私の髪に触れた。

「変わった髪型をしているな。」

私はおさげだった事を思い出す。
慌てて事情を説明した。
彼は笑った。

「クリスは色んな人にからかわれるな。」

頭を撫でてくれる。
私は恥ずかしくなって、少しうつむく。

「似合ってるよ。可愛い。」

私はとても恥ずかしくなって、ものすごくうつむく。

イサキオスは少し話そうと言って、すぐ近くにあったベンチへ私を連れて行った。

「イサキオスは学園祭の時、家族と回るの?」

「あぁ、父さんと兄さんが来ると言っていたよ。クリスは?生徒会の手伝いで昼間は忙しいんだろう?」

彼は私の手をそっと握った。

「う、うん。でも2時間ぐらいは回れそう。アルの魔法薬のお店へ行く約束をしてたから良かったよ。」

私は少し頬を染めて話す。
イサキオスが少し困った顔をした。

「アルの店か。行くのは良いけど、迂闊に薬を飲むなよ?」

「うん。アルとマグリットが2人揃ったら危ないけど、マグリットは多分その日1日忙しいはずだし。きっと大丈夫。」

イサキオスは苦笑いした。

「多分に、はずに、きっとか、、。全然安心出来ないな。何かあればすぐ言いに来いよ?」

イサキオスは私の身体を引き寄せた。
額同士をコツンと当てる。
この前のマグリットとの額相撲とは何もかもが違うなと思い、私は笑う。

「どうかしたか?」

額を当てたまま目が合う。
キラキラ光る金色の瞳に目が奪われる。胸がドキドキして苦しい。

私は気付いたら彼の頬を触っていた。

私何やってるの!?
自分で自分の行動に驚く。
彼の瞳には人を惹きつける魔法がかかっているのかもしれない。
そんな言い訳を頭で考え、頬に当てた手を慌てて離そうとしたが、彼の手が私の手に重ねられた。

重ねた彼の手が私の手を取り、そのまま手の平にキスを落とす。
もうダメだ、胸が苦しくて息が出来ない。
それでも彼の瞳から目をそらす事が出来なかった。

瞳に引き寄せられるように、私は彼の唇に自分の唇を寄せていた。
驚いた彼は赤くなっていたが、目を閉じた私には見えなかった。

彼の瞳を見ると魔法がかかる。
私は思い出せば死ねるほど恥ずかしいこの日の事を、彼の瞳のせいにした。
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