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本当の始まり

忍び

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しばらくして、全校集会の場で新生徒会のメンバー全員が挨拶する事が決まった。
全員なら良いかと安心したが、サーキス君が皆の前で一体何を言うのか、、一抹の不安が残る。
今は放課後、新生徒会のメンバーが集まったいた。

「えっと、生徒会長になった、ヘンリー・レヴェンシュタインです。よろしくお願いします。」

4年生もいる中彼は仕切っていた。
さすがだ、、尊敬の眼差しで私は彼を見た。
そしてそんな私をサーキス君が熱い眼差しで見つめてくる。

「じゃぁ、次副生徒会長お願いします。」

簡単な自己紹介が始まった。
4年生はあと3人、書記になったオレンジ色の髪をおさげにした眼鏡にそばかすの素朴で可愛いらしいアメリ・ファーバァー子爵嬢。

会計になった、とても背が高く185㎝はあろうか、青い短い髪にキツネのように細い目と大きくて薄い唇のゴードン・スペッシー二。

そして、金髪碧眼どう見ても美しい相貌の男子なのに瓶底眼鏡をかけた残念な仕上がりの彼がラファエロ・ナイトメア。

後は忙しい時に助っ人で入る人達も数名決まっているらしい。

今日は顔合わせと、今度の全校集会で各々挨拶する内容を考えていてくれという報告だけで終わった。
サーキス君は名残惜しそうにしていたが、用事があるらしく足早に帰って行った。
私はラファエロさんの事が気になってしょうがない。
部屋にはヘンリーとラファエロさんだけが残っている。
正確にはラファエロさんが帰ろうとしたところを私が足止めしたのだ。

私はラファエロさんの顔を見ながら彼の周りをグルグル回る。
目を細めジーッと見つめる。
ヘンリーがそんな奇行に走る私を不気味な物を見る目で見ている。

「クリスどうしたの?先輩だよ?失礼な事してるよ?」

ヘンリーは普段そんなに私と2人きりにならないので、対処法が分からないようだ。
私は集中していたのでヘンリーの声は聞こえない。
ラファエロさんの匂いを嗅ぎ始めたところでヘンリーが慌てて止めに入った。
後ろから羽交い締めにされる。

「離してヘンリー、匂い嗅いで核心したんだから!」

私は暴れてヘンリーから逃れた。

「お兄様!!お兄様でしょ!!」

私は指を指しながら叫んだのだ。
ラファエロさんが慌てて私の口を塞いだ。

「勘弁してくれよ。変装してる時点で潜入してるって分かるだろ?ティーナはバレンティア家の人間なんだから、もっと慎重に動かないと、、分かったかい?」

私はコクコクと頷く。
ヘンリーが私の様子がおかしかった訳を知り心底ホッとした顔をした。

「クリスのお兄さんでしたか。良かった。クリスがおかしくなったのかと思いました。ライディーン殿ですね?留学したとお聞きしましたが。」

「ここではラファエロとお呼び下さい。3月の終わりにこちらに帰って来ました。ティーナが魔竜の一件でお世話になったので、お礼をしようと思って今回の任務を受けました。」

お兄様はニコニコ笑っているが、かなり怒っているようだ。
お礼とはどのようなお礼なのか、、考えただけでゾッとする。
お兄様は強い上に容赦が無い。無慈悲な性格を考えれば、イサキオスより最強かもしれない。
イサキオスは対人間となればきっと冷徹になりきれないから。
しかしそんな所が好きなのだけど。

「ティーナ、ここでは先輩として接してくれ。」

「はい。ラファエロ先輩!」

お兄様は私の頭をくしゃりと撫で、気を付けろと言い残して去って行った。
残された私は、ヘンリーに聞きたかった事があったので、お茶に誘った。
マリアの事をどう思っているのか、イザベルの友として、そして彼の友として聞いておきたかった。

カフェの一角に座ると、結界を張った。結界を張った事自体を怪しまれはするだろうが、話しを聞かれないし入っても来られない。
これが一番安全だろうと考えた結果だった。
私は大好きなパウンドケーキを頬張りながら聞いた。

「ヘンリーはマリアの婚約話しどう受け止めてるの?」

彼は優雅に紅茶を飲みながら答えた。
本当に何をしていても一々絵になる男だ。

「あれは父上が先走り過ぎた。いつもならダルトワ殿が父上の暴走を抑えるのだが、彼はちょうど居なかったのだ。クレメンティー嬢が聖剣を出したのならともかく、あの時点であんな発表あり得ない事だ。」

ヘンリーは珍しく怒っていた。
私はその姿にホッと胸をなで下ろす。

「しかし、ダルトワ殿が気付き自体を収める前に、イザベルの父親の事を嫌う一部の力を持った貴族が騒ぎ立ててしまった。そして何よりクレメンティー嬢が人々の心を掴む事にたけている。それはもう恐ろしい程に、、。これにより自体は悪化した。」

ヘンリーは苦々しい顔をする。

「何かあったの?」

嫌な予感を感じ恐る恐る私は聞いた。

「私も心を掴まれかかった。、、あの娘は本当に恐ろしい。欲しい言葉を欲しいタイミングで投げかけてくる。気付けば彼女の為に何かしたいと思ってしまうのだ。」

「、、ヘンリーもしかして?」

彼は首を振った。

「私は大丈夫だ。目の前で彼女の信者のようになった者を見たおかげで冷静でいられた。しかし、自分が冷静でない状態をつけ込まれれば、、。」

彼は最後まで答えなかった。
ヒロインの力をまざまざと見せつけられた気がした。
彼女はもしかしたら乙女ゲームの事を知っているのでは、、もしそうであればかなり最悪の方向へ進んで行くだろう。
ヒロインが本気になれば、攻略対象者を手玉に取るぐらい訳ないのだから。
しかしここは、ゲーム世界ではなく現実世界だ。ここで生きている彼らにそれがどれほど効果があるものなのか、、。

魔竜を作り出した悪者、それを追いかけているお兄様、マリアの存在、そして生徒会の仕事が増え、、何だかもう処理しきれそうにない。
とりあえず全校生徒の前でする挨拶の問題から片付けようと、私はスプーンをマイクに見立てて、ヘンリーに挨拶の練習に付き合って貰うのだった。

「えー、私クリスティーナ・バレンティアはスポーツマンシップに則り、、」

「クリスそれは運動会の宣誓なんじゃない?」

私に挨拶の才能はない。
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