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本当の始まり

私が死んだ理由 マリア目線

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私マリア・クレメンティーは、ヘンリー様が謹慎処分になったのを、城から家に戻った後聞かされた。

夜会で刺されたあの日、ヘンリー様は忙しいだろうに私の元へ来てくれた。
私はそれだけで喜ぶべきだったのだが、クリスティーナやイザベルと話した事で、私の心に迷いが出来ていた。
そんな私には、真っ白なタキシード姿で現れた彼を受け入れる事が出来なかったのだ。
彼はあの騒ぎの時に、一度も私に触れなかったのだと絶望してしまった。
その後彼に色々話しかけられたが、上手く返す事が出来なかった。笑ってと彼に言われ、何を笑う事があるのかと思い、彼を睨んでしまった。

彼が部屋から去ってしばらくして、私は後悔した。もちろん全てを受け入れる事が出来た訳ではないが、彼が忙しい中私に会いに来た。それは理解するべきだった。
そして、私は彼の為だけに生まれ変わった。それだけは忘れるべきではない。
彼と結ばれないなら、私は生まれ変わる必要など無かったのだ。
皆の話しを聞いて、王妃の大変さは少しぐらいは分かったつもりだ。
私が死ぬかもしれない時に、ヘンリー様は私を抱きしめる事よりも、いち早くその場を治める為に先頭に立って動かなくてはいけない。
私が彼を選ぶという事は、今回のような事がこれからもあり得るという事だ。
それも王妃になる覚悟の1つ。

「でも、それでも私は彼の側にいたい。」

私は声に出してみた。自分の考えを理解する為に。
この先どんな絶望が待っていたとしても、私は彼の側で絶望しよう。この日私はそう決めた。

そして、それから彼とは会えず家に戻っていた。
あの時の私の態度で彼を傷付けていたらどうしよう。私は柄にもなくそんな事ばかり考えていた。
彼が謹慎処分になったと聞いた後、居ても立っても居られずに家を飛び出してた。
私の家から城まではかなりの距離がある。高いヒールにドレスを着た私が走っている姿は滑稽だろう。しかし走らずにはいられない。
前世、自分の夫を殺した記憶を思い返す。あんな愛のない結婚、もうこりごりだ。相手から死ぬまで愛されるかどうかそんな保証は無い。それならば自分が愛した相手の側で一生を終えたい。
その一心で痛む足を無視しながら、私は必死で走っていた。

城まであと半分、私は一度足を止めて汗を拭った。
6月を過ぎ、過ごしやすいものの走れば汗が吹き出る。
はぁーはぁーと息をしながら前を向いてた。彼の所へ!そう思った時、私の横に立派な馬車が止まった。
首を傾げそちらを向くと、中にサーキス・コーリアスが乗っていた。

「サーキス?」

私の側でいる時の彼は、いつも頬を染め目をきらめかしていたのに、今は私に冷たい視線を送ってくるだけだ。

「城へ行くのか?」

彼はいつもなら絶対使わないような言葉遣いで聞いてきた。私は少し恐ろしくなったが、素直に頷く。

「乗れ。」

サーキスは自分の前を指差す。彼の豹変ぶりが気になったが、私は馬車へ乗り込んだ。走るのをやめた途端、足の痛みが酷くなり立っていられない程だった。
馬車に乗せて貰っている間に治療しよう。
馬車で向かい合うように座ったが、彼は私の事を見ようともしない。一体何なのか?段々と腹が立って来た。

「何なの?何か怒ってるの?」

私の口調は荒くなった。
彼はチラッと蛇の様な目で見ただけで、答えなかった。代わりにとばかりに鼻で笑われる。

「何なのよ!ハッキリ言いなさいよ。」

ようやく彼は私の方を見た。

「ヘンリーに会いに行くのだろう?」

彼は私の質問に答える気は無いようだ。

「、、、そうよ。」

「俺は今からヘンリーに会う。会いたいなら付いて来れば良い。」

「???」

彼がなぜ謹慎中のヘンリー様に会いに行く必要があるのだろうか、、。私は聞こうとしたが、サーキスに先に止められた。

「聞いても俺は何も答えない。正確には答えられない。何も聞くな。」

「答えられない?」

私は質問したつもりだったが、彼はもう私の方を見なかった。サーキスと一緒にヘンリー様に会いに行って、私はヘンリー様に怪しまれたりしないのだろうか?一抹の不安を感じたが、ヘンリー様に確実に会えるなら、素直に付いて行った方が良いだろう。
揺れる馬車の中、私の鼓動はどんどん早くなって行った。
何度かの人生を経験して、私が今最悪の場面を向かえようとしているのが何となく分かった。
最悪とはどれほど最悪か、、死をも覚悟しなくてはいけないのか。
冷たい顔をしたサーキスからは何も読み取る事は出来ない。
私は手を握りしめながら、馬車の中での時間に耐えた。
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