性春時代

あかいとまと

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心に響く曲

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### 心に響く曲

 その後のある日。

 ON@獅子丸さんが発表した曲がTikTokでバズった。

 『聖なる星の調べ』というその曲は、視聴回数が1500回ほどで、いいねが100ほども付いたという。

「最近、伸び悩んでいたんだけれど、突然のことに驚いたよ」

 獅子丸さんはカズにそう話してくれた。

「でも、曲を発表しだして3ヶ月ですよね? それでそこまで行けば凄いんじゃないですか!?」

 そう言うカズに、獅子丸は言った。

「そうでもないよ。翌日からはガクッと視聴者数が無くなったからね。たまたまその曲が良かっただけだよ」

 遠慮がちにそう言う獅子丸さんに、カズが言った。

「どんなに視聴者数が減っても、オレは獅子丸さんを応援します!」

「嬉しいけどね。でも、もしかしたら、そろそろ配信も辞めるかも知れないよ」

「えっ、どうしてですか!?」

 身を乗り出して尋ねるカズに、獅子丸は言った。

「僕の音楽はもう世界中に広まった。僕の夢はもう叶ったも同然だからね。これ以上配信を続けて飽きられるのも嫌だしね」

 カズは獅子丸さんの言葉に一瞬言葉を失った。
 視聴者数が減ったこと、たまたまバズっただけだという謙虚な言葉、そして何より「配信を辞めるかも知れない」という言葉に、胸が締め付けられるような思いだった。

「でも、それって、オレだけじゃなくて、他のファンも獅子丸さんの音楽を待っているんですよ! 『聖なる星の調べ』を聴いた人が、泣いていたって言ってましたよ。オレも、あの曲を聴いたとき、心が震えました。それって、偶然じゃないじゃないですか」

 獅子丸さんは静かに微笑んだ。
 その表情には、どこか遠くを見るような、切なげな光があった。

「ありがとう、カズ。君の言葉は、本当にありがたいよ。でもね、音楽ってのは、届く人がいれば届かない人もいるんだ。届かない人にはいくら頑張っても届かない。だから、たとえ1人だけでも、心に響いたなら、それだけで僕は充分なんだよ」

 カズは首を振った。

「そんなの、逃げてるみたいで嫌です。獅子丸さんは、もっとやれるはずです。オレは、信じています。だから、もう少し続けてください!」

 カズはスマホを取り出すと、Google検索でON@獅子丸を検索し、表示されたソレを獅子丸に見せた。

 そこには、こう書かれていた。

『作詞作曲家のON@獅子丸さんは、2025年4月から活動を開始し、SNSでの配信を中心にファンを獲得している人気急上昇中のクリエイターです。

ON@獅子丸さんは、主にSNS、特にTikTokで活動している作詞作曲家です。2025年4月から活動を開始し、SNSでの配信を通じてファンを増やしています。

独特な世界観を持つ楽曲:
ON@獅子丸さんの楽曲は、ポップでありながらも、どこか懐かしさを感じさせるメロディーや、日常を切り取ったような歌詞が特徴です。彼の音楽は、幅広い層のリスナーに支持されています』

 獅子丸さんはそれを読み、少しの間、カズの顔を見つめていた。
 それから、静かに目を伏せた。

「⋯⋯昔ね、ある人にこう言われたことがあるんだ。『音楽は、届けるためにあるんじゃない。出会うためにあるんだ』って。そのときは意味が分からなかったけど、今なら少し分かる気がする。音楽は、誰かの心に届けるために生まれるんじゃない。出会うために生まれる。だから、たとえ届かなくても、出会えた瞬間、音楽は完成するんだ」

 カズは息を呑んだ。

「出会う……?」

「そう。君と出会えたのも、『聖なる星の調べ』を聴いて泣いたという人も、きっと何かと出会えたんだ。だから、僕はもう、充分だよ」

 カズは立ち上がり、机に手をついた。

「それでも、オレは獅子丸さんの音楽を、もっと聴きたいです! 出会いたいんです。もっと、心の奥深くにある、オレだけの音楽と出会いたいんです!」

 獅子丸さんは少し驚いたようにカズを見た。
 それから、ふっと笑った。

「⋯⋯君は、本当に純粋だね。昔の僕も、そうだったかもしれない。音楽が好きで、ただ好きで、毎日口ずさんでいた。でもね、カズ。音楽を続けるってことは、孤独と向き合うことでもあるんだ。誰にも届かないと感じたとき、それでも続ける覚悟がいるんだよ?」

 カズはゆっくりと座り直した。

「オレにも、あります。孤独。でも、獅子丸さんの音楽を聴くと、それが少し和らぐんです。だから、オレは、獅子丸さんの音楽が好きなんです。オレだけじゃない。きっと、他にも同じような人がいるはずなんです⋯⋯」

 獅子丸さんは、長い沈黙の後、静かに言った。

「⋯⋯でもね、カズ。初めの頃は良かったけれど、今は世界の中で20人くらいしか聴いてくれてないんだよ? それがどんなに悲しいか⋯⋯でも、分かった。もう少し、続けてみよう。でもね、カズ。君には、お願いがある」

「何ですか?」

「僕が音楽を辞めたとしても、それでも僕と友達でいて欲しい」

「もちろんです! オレはいつまでも獅子丸さんの側にいます!」

 そう言うカズに、獅子丸は言った。

「昔、君と同じようなことを僕に言った人がいたよ。でも、その人は僕を裏切り去って行った。それ以来、僕はその人と会ってはいない」

 過去を思い出しているのか、遠い目をしながら獅子丸は続けた。

「僕はそれが原因で心を病んだ。長い間、そのせいで何も手につかないような生活を送って来たんだ。だからこそ僕はすべての人達と縁を切り身を隠した。十数年もの間、何も出来なかったんだよ⋯⋯ハルトが産まれるまでは」

 そう言って、しばらく間を置き、話を続けた。

「ハルトは僕の妹の子供なんだ。でも、妹は精神を病んでいてね。子供を捨てて夫のもとに行ってしまった。だから、僕の両親と共に、僕が面倒を見て育てて来た。でもね、ハルトも思春期を過ぎて成長して来たら、僕の言うことも聞かなくなってきた。『おんちゃん、ウザイ』とか言って、口も聞かなくなって来たんだよ」

 寂しそうな顔をして、獅子丸が言う。

「僕は、かつての親友に裏切られて去られたことで心を病んだ。今度はハルトに捨てられて同じ道を辿るかも知れない。だから、君には友達として側にいて欲しいんだ」

 カズは獅子丸さんの言葉に、胸が熱くなるのを感じた。
  
「オレは、絶対に獅子丸さんを裏切りません。絶対に、離れません」  

 獅子丸さんは、少し驚いたようにカズを見つめ、それから、ほんの少しだけ笑った。
  
「ありがとう、カズ。君の言葉は、本当に心に染みるよ」  

 その日、カズは獅子丸さんの家を出るとき、何か大切なものをもらったような気持ちになった。  
 それは、音楽の持つ力、そして人と人とのつながりの重みだった。  

 それから暫くして、獅子丸さんは新たな曲をカズに聴かせてくれた。  
 タイトルは『赤い糸2』。  

 それは、カズとの会話を受けて生まれた曲だった。  
 ピアノの旋律から始まるその曲は、やがて多楽器が重なって、まるで星の光が降り注ぐようなリズミカルな音の流れ。  
 歌詞は、短いけれど心に響く言葉の連なりだった。  

「赤い糸が切れたなら、真実の影が見えるだろう。偽りの愛も消える時、本当の絆を試される。神が紡いだこの運命。神が描いたこの未来。愛がもし嘘ならば、糸は切れるだろうか?」  

 この曲は、また多くの人の心を打つだろう。  
 視聴者数は、『聖なる星の調べ』ほどには伸びなくても、コメント欄にはメッセージの言葉が届くかも知れない。  

 カズは、その曲を聴きながら、涙をこらえながら微笑んだ。  

「獅子丸さんが⋯⋯また、音を奏でてくれた」  

 それから数日間、獅子丸さんは定期的に音楽を発信し続けた。  
 バズることはない日が続いていたが、それでも、確かなファンがついていた。  
 そして、カズは毎回、流れる曲を聴くたびに、新たな自分と出会えた気がした。  

 ある日、獅子丸さんはカズにこう言った。
  
「カズ。君のおかげで、僕はまた音楽を楽しめている。音楽は、出会うためにある。でも、出会った後も、一緒に歩んでくれる人がいるって、本当に幸せなことだね(笑)」  

 カズは、うなずいた。
  
「オレも、獅子丸さんと出会えて、本当に嬉しいです。これからも、ずっと音楽を奏でてください。オレは、いつまでも聴いてますから」  

 獅子丸さんは、静かに目を閉じた。  
 そして、小さな声で言った。
  
「ありがとう、カズ。君が側にいてくれる限り、僕は音楽を辞めないよ」  

 それからも、獅子丸さんの音楽は、どこか遠くの星の光のように、静かに、でも確かに、誰かの心に届いていった。  

 出会うために奏でられた音は、やがて、繋がるための光となって、広い世界へと広がっていくのだった。





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