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千景くんのなやみ
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週末、私は部屋でのんびりした時間を過ごしていた。ベッドでゴロゴロしている側には、いたずらをしているちっちがいる。
「こら、ここに入ったらダメだって言ってるでしょ?」
「ニャア?」
「ちっちはこのバッグが好きなの?」
「ニャー!」
まるで返事をしているみたいに、ちっちは元気よく鳴いた。
すっかり我が家の一員になったちっちのことは、お父さんもお母さんも可愛がってくれている。ちっちはまるで人間の言葉がわかってるように物覚えがすごくいいけど、私のバッグだけは注意してもよく入りたがる。
「ニャア、ニャア」
今度はバッグのショルダーストラップを引っ張って、私の膝の上に持ってきた。
「もしかして、お出かけしたいの?」
「ニャン」
ちっちはあれから一度も外に出ていない。一般的に猫にさんぽは必要ないと言われているみたいだけど、ちっちは外の世界を知っているから気分転換したいのかもしれない。
「暴れないって約束できる?」
「ニャアーン!」
私はちっちとさんぽに出かけることにした。猫用のハーネスがないため、バッグにちっちを入れて、顔だけ外に出した。少しでも嫌がったらやめようと思っていたけど、ちっちはぬいぐるみのように大人しくて、久しぶりの外の景色を楽しんでいるみたいだった。
「外の空気はどう?」
「ニャアア!」
「天気がいいから気持ちいいね」
目的地を決めずに歩いていると、いつの間にか河川敷の土手に来ていた。ここは、ちっちと出会った場所。この前と違って土手の下にあるサッカー場で小学生たちが試合をしていて、かなり賑わっていた。
「ニャーニャーニャー」
その時、ちっちがなにかを見つけた。その先には、ぼんやりとサッカー場を眺めている綺麗な男の子がいた。
「……千景くん?」
名前を呼ぶと、彼がこっちを見た。やっぱり千景くんだった。学校の制服と違って、千景くんは紺色のセットアップを着ていた。それがすごく大人っぽい反面、自分の格好は部屋着にカーディガンを羽織っただけだ。
近所をさんぽするだけのつもりだったから、完全に油断した。
私ってば、だらしないだけじゃなくて、ダサすぎない?
「き、き、着替えてきます!」
「え、なんで?」
ダッシュで家まで戻ろうとしたのに、あっさりと千景くんに腕を掴まれた。「べつに変じゃないし、そのままでいいでしょ」と言ってくれて、洋服は仕方ないにしてもせめて髪の毛くらいは!と、手ぐしで整えた。
「千景くんは、なんでここに……?」
「俺は昼ごはんを買いにいった帰り。この近くに美味しいパン屋があるんだ」
見せてくれた袋の中身には、はりねずみのチョコパンに、らいおんのクリームパン。そして、かめのメロンパンが入っていた。
「……わあっ、可愛いね!」
「遠山さんは、ちっちとさんぽ?」
「うん。この前よりけっこう大きくなったでしょ?」
「俺のことわかってるかな?」
「わかってるよ。だって、私より先にちっちが千景くんのことを見つけたんだもん。ね?」
「ニャアン!」
千景くんに撫でてもらえたちっちは、嬉しそうに目を細めていた。
「遠山さん、お腹すいてる? せっかくだから一緒にパン食べようよ」
「え、私も食べちゃっていいの?」
「うん。好きなの選んで」
どれも可愛くて迷っちゃうけど、私ははりねずみのチョコパンを選んだ。
「あとでお金払うね」
「はは、いいよ。俺から誘ったんだし」
私たちは土手の傾斜に腰を下ろした。千景くんが選んだかめのメロンパンは、よく見ると甲羅がサッカーボールの模様になっていた。
「千景くんって、サッカー好きなの?」
メッセージアプリのアイコンもサッカーボールだし、さっきだって試合中のサッカーを見ていた。
「サッカーは好きっていうよ。好きだったかな。小学生の時にやってたから」
「千景くん、今は帰宅部だよね。なんでサッカー部に入らなかったの?」
「もうやりたいと思わないから」
千景くんの曇った顔を見て、もしかしたら聞かれたくないことだったんじゃないかって思った。
彼のことを知りたい気持ちはあっても、誰にだって踏み込まれたくない心の境界線はある。私は今、そこを越えてしまったような気がした。
「ご、ごめん。私ってば無神経に……」
「全然平気だよ。あ、遠山さんって水切り知ってる?」
「もしかして、石投げのこと?」
「そうそう」
メロンパンを食べきった千景くんが、おもむろに腰を上げた。水切りは水面に投げた石が、どれくらい跳ねたか競ったりする遊びのこと。小さい頃、おじいちゃんちの近くの川でやったことかあるけど、私はいつもうまくできなかった。
「俺、けっこう得意なんだ。見てて」
千景くんは足元に落ちていた石を拾い上げて、勢いよく川に向かって投げた。石はリズミカルな速度で、トントンッと水面の上を走っていく。
「わーすごい!」
「遠山さんもやってみる?」
「でも、多分私にはできないよ」
「投げ方、教えるよ」
そう言って千景くんは、私の後ろに回ってきた。
「体を少し前屈みにして、腕を振るのと同時にスライドさせるように石を離すんだ」
千景くんは私の手を取って教えてくれてるけど、距離が近くて声が頭に入ってこない……。
くっついている背中が熱い。千景くんはいい匂いがするけど、私は大丈夫? 汗くさいって思われちゃったらどうしよう……。
「じゃあ、やってみて」
私の心配をよそに、千景くんは角が削れた丸い石を渡してくれた。教えてもらったとおりに石を投げると……。
「えっ、うそ」
石はまるで生きてるみたいに、水面を跳び跳ねていた。一回、二回、三回、四回。石は向こう岸に届く勢いで、跳ね続けている。
私って、水切りの才能があるのかも!
……と、一瞬だけ自惚れそうになったけど、冷静に考えればこんなに石が踊るみたいに動くはずがない。
「千景くん、魔法使ってる?」
「バレた?」
「もう、ビックリさせないでよ!」
思わず肩を叩くと、千景くんは「ごめん、ごめん」と無邪気に笑っていた。
いつの間にか千景くんと緊張しないで喋れるし、少しずつだけど仲良くなれてるような気がする。
千景くんといると、楽しいし、嬉しい。
千景くんは、どうだろう?
自惚れだと言われても、同じように思ってくれていたらいいなと思った。
「こら、ここに入ったらダメだって言ってるでしょ?」
「ニャア?」
「ちっちはこのバッグが好きなの?」
「ニャー!」
まるで返事をしているみたいに、ちっちは元気よく鳴いた。
すっかり我が家の一員になったちっちのことは、お父さんもお母さんも可愛がってくれている。ちっちはまるで人間の言葉がわかってるように物覚えがすごくいいけど、私のバッグだけは注意してもよく入りたがる。
「ニャア、ニャア」
今度はバッグのショルダーストラップを引っ張って、私の膝の上に持ってきた。
「もしかして、お出かけしたいの?」
「ニャン」
ちっちはあれから一度も外に出ていない。一般的に猫にさんぽは必要ないと言われているみたいだけど、ちっちは外の世界を知っているから気分転換したいのかもしれない。
「暴れないって約束できる?」
「ニャアーン!」
私はちっちとさんぽに出かけることにした。猫用のハーネスがないため、バッグにちっちを入れて、顔だけ外に出した。少しでも嫌がったらやめようと思っていたけど、ちっちはぬいぐるみのように大人しくて、久しぶりの外の景色を楽しんでいるみたいだった。
「外の空気はどう?」
「ニャアア!」
「天気がいいから気持ちいいね」
目的地を決めずに歩いていると、いつの間にか河川敷の土手に来ていた。ここは、ちっちと出会った場所。この前と違って土手の下にあるサッカー場で小学生たちが試合をしていて、かなり賑わっていた。
「ニャーニャーニャー」
その時、ちっちがなにかを見つけた。その先には、ぼんやりとサッカー場を眺めている綺麗な男の子がいた。
「……千景くん?」
名前を呼ぶと、彼がこっちを見た。やっぱり千景くんだった。学校の制服と違って、千景くんは紺色のセットアップを着ていた。それがすごく大人っぽい反面、自分の格好は部屋着にカーディガンを羽織っただけだ。
近所をさんぽするだけのつもりだったから、完全に油断した。
私ってば、だらしないだけじゃなくて、ダサすぎない?
「き、き、着替えてきます!」
「え、なんで?」
ダッシュで家まで戻ろうとしたのに、あっさりと千景くんに腕を掴まれた。「べつに変じゃないし、そのままでいいでしょ」と言ってくれて、洋服は仕方ないにしてもせめて髪の毛くらいは!と、手ぐしで整えた。
「千景くんは、なんでここに……?」
「俺は昼ごはんを買いにいった帰り。この近くに美味しいパン屋があるんだ」
見せてくれた袋の中身には、はりねずみのチョコパンに、らいおんのクリームパン。そして、かめのメロンパンが入っていた。
「……わあっ、可愛いね!」
「遠山さんは、ちっちとさんぽ?」
「うん。この前よりけっこう大きくなったでしょ?」
「俺のことわかってるかな?」
「わかってるよ。だって、私より先にちっちが千景くんのことを見つけたんだもん。ね?」
「ニャアン!」
千景くんに撫でてもらえたちっちは、嬉しそうに目を細めていた。
「遠山さん、お腹すいてる? せっかくだから一緒にパン食べようよ」
「え、私も食べちゃっていいの?」
「うん。好きなの選んで」
どれも可愛くて迷っちゃうけど、私ははりねずみのチョコパンを選んだ。
「あとでお金払うね」
「はは、いいよ。俺から誘ったんだし」
私たちは土手の傾斜に腰を下ろした。千景くんが選んだかめのメロンパンは、よく見ると甲羅がサッカーボールの模様になっていた。
「千景くんって、サッカー好きなの?」
メッセージアプリのアイコンもサッカーボールだし、さっきだって試合中のサッカーを見ていた。
「サッカーは好きっていうよ。好きだったかな。小学生の時にやってたから」
「千景くん、今は帰宅部だよね。なんでサッカー部に入らなかったの?」
「もうやりたいと思わないから」
千景くんの曇った顔を見て、もしかしたら聞かれたくないことだったんじゃないかって思った。
彼のことを知りたい気持ちはあっても、誰にだって踏み込まれたくない心の境界線はある。私は今、そこを越えてしまったような気がした。
「ご、ごめん。私ってば無神経に……」
「全然平気だよ。あ、遠山さんって水切り知ってる?」
「もしかして、石投げのこと?」
「そうそう」
メロンパンを食べきった千景くんが、おもむろに腰を上げた。水切りは水面に投げた石が、どれくらい跳ねたか競ったりする遊びのこと。小さい頃、おじいちゃんちの近くの川でやったことかあるけど、私はいつもうまくできなかった。
「俺、けっこう得意なんだ。見てて」
千景くんは足元に落ちていた石を拾い上げて、勢いよく川に向かって投げた。石はリズミカルな速度で、トントンッと水面の上を走っていく。
「わーすごい!」
「遠山さんもやってみる?」
「でも、多分私にはできないよ」
「投げ方、教えるよ」
そう言って千景くんは、私の後ろに回ってきた。
「体を少し前屈みにして、腕を振るのと同時にスライドさせるように石を離すんだ」
千景くんは私の手を取って教えてくれてるけど、距離が近くて声が頭に入ってこない……。
くっついている背中が熱い。千景くんはいい匂いがするけど、私は大丈夫? 汗くさいって思われちゃったらどうしよう……。
「じゃあ、やってみて」
私の心配をよそに、千景くんは角が削れた丸い石を渡してくれた。教えてもらったとおりに石を投げると……。
「えっ、うそ」
石はまるで生きてるみたいに、水面を跳び跳ねていた。一回、二回、三回、四回。石は向こう岸に届く勢いで、跳ね続けている。
私って、水切りの才能があるのかも!
……と、一瞬だけ自惚れそうになったけど、冷静に考えればこんなに石が踊るみたいに動くはずがない。
「千景くん、魔法使ってる?」
「バレた?」
「もう、ビックリさせないでよ!」
思わず肩を叩くと、千景くんは「ごめん、ごめん」と無邪気に笑っていた。
いつの間にか千景くんと緊張しないで喋れるし、少しずつだけど仲良くなれてるような気がする。
千景くんといると、楽しいし、嬉しい。
千景くんは、どうだろう?
自惚れだと言われても、同じように思ってくれていたらいいなと思った。
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