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第四話:秘術の習得と騎士団長の来訪
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1. 秘術の習得と知識の深化
騎士団の密偵が去った翌日、フィオナはアルボから渡された古文書、『古代薬学・防衛の秘典』の解読に没頭していた。別荘の調合室は、アルボの小屋と同じくらい、フィオナにとって最も集中できる場所になっていた。
「この配合……薬効を維持したまま、外部からの魔力干渉を遮断する『保護調合』。そして、この解毒理論は……」
フィオナは古文書と睨めっこしながら、アルボに問いかけた。
「アルボ様、この理論は、単に毒を中和するのではないのですね。薬草の有効成分が、病や毒の構造そのものを組み替える、と。私が学んできた薬学よりも、想像を絶する深さです」
アルボは薬草を煎じながら、淡々と答えた。
「その通りだ。公爵家の令嬢としての教育で、お前さんは物事の構造と論理を理解する力を手に入れた。それがなければ、この秘典はただの紙束だ。お前が持つ『体系的な記憶力』があってこそ、この秘術は活きる。ただ覚えるのではない、知識の構造そのものを、身体に叩き込め」
フィオナは、自身の頭脳こそが、この村を守る盾なのだと再認識した。彼女は集中力を研ぎ澄ませ、難解な知識を次々と吸収していった。
フィオナは習得した知識をすぐに生活に活かした。薬屋に来た村の子供が、森で摘んだという赤く可愛らしい実を見せてきたときだ。
「フィオナお姉ちゃん、この実、食べられる?」
フィオナは優しく、しかし真剣な眼差しで子供を諭した。
「待ちなさい。それは『アケビの毒実』よ。すぐにこの煎じ薬を飲みなさい。薬草の知識は、命を守るための知恵。安易に口にしてはいけないわ」
子供はすぐにフィオナの薬を飲まされ、事なきを得た。村人たちはその冷静な対処を見て、改めてフィオナへの信頼を深めた。彼女はもう、王都にいた病弱で自信のない令嬢ではない。村の命を守る、確かな賢者になりつつあった。
2. 騎士団の到着と不穏な空気
その日の午後。霧の里に、王都の精鋭騎士団数十名が突如として現れた。甲冑の軋む音と、整然とした行進の音が、静かな村の空気を切り裂いた。
村は騒然となった。騎士たちはフィオナの別荘前に駐屯地を設け、周囲を厳重に固め始めた。
村長が慌てて騎士団に詰め寄る。
「何の用だ!なぜこんな辺境の村に騎士団が!この村に疫病などない!フィオナ様の薬のおかげで、皆健康だぞ!」
騎士団を率いる隊長は、冷酷な表情で村長を突き放した。
「静かに。これは王命だ。『疫病の可能性』があるため、調査を命じられている。調査を妨害する者は不敬罪となる」
フィオナは別荘の窓からその光景を見ていた。彼女は、騎士団の真の目的が疫病調査などではなく、自分の知識と薬の調合法を奪うことだとすぐに察した。フィオナは、慌てる村人たちを静かに見つめ、冷静に対応するため、別荘の扉を開けて外に出た。
3. 衝撃的な再会と対峙
騎士団の隊列の中から、一人の男がフィオナの前へと進み出た。
その男の顔を見た瞬間、フィオナの心臓が激しく脈打った。
凛々しい顔立ちに、冷徹な光を宿した瞳。騎士団の最高位の鎧を纏ったその男は、かつて、公爵家と第一王子殿下との間で、フィオナを最も冷たく裏切った男――親衛騎士団長、ルパートだった。
ルパートはフィオナの姿を上から下まで見下ろし、驚きと、わずかな侮蔑を混ぜた声を発した。
「フィオナ……君が、この辺境で噂になっている薬師だったとはな。随分と健康になったようだが、こんな辺鄙な場所で何をしている」
フィオナは、かつて心の中で憎み、恐れた相手を前にしても、もう動揺しなかった。彼女はアルボから学んだ知識と、村人たちとの絆によって得た毅然とした態度で、ルパートに向き合った。
「ルパート様。ここは霧の里です。私は、この村の薬師です」フィオナの声は、感情を抑え、静かに響いた。「王命による疫病調査と聞きました。具体的に何を調査されるのですか?」
ルパートは、フィオナの変わり果てた姿――以前の病弱な影が消え、自信に満ちた強い瞳になっていること――に内心動揺したが、態度は硬化した。
「君の調合する薬が、国内の秩序を乱しているという報告を受けている。我々は、その薬の安全性を確認する必要がある。すべての薬草、調合記録を提出してもらおう」
フィオナは冷静に、そして法的な知識をもって拒否した。
「それはお断りします。私の調合記録は、病の構造に関わる個人情報であり、営業秘密です。王命による『疫病調査』の範囲を逸脱しています。王命の書面を拝見する限り、貴殿の要求に答える義務はありません」
4. アルボの助言と監視下の日々
フィオナの毅然とした拒否と、正確な知識による反論に、ルパートは一時的に言葉を失った。彼は辺境で再会した元婚約者が、ここまで知性と胆力を身につけているとは想像もしていなかったのだ。ルパートは舌打ちをし、騎士たちに命じた。
「記録は後だ!まずは村の薬草を厳重に管理下に置け。彼女の監視を続けろ!」
ルパートは調査を諦めず、騎士団を別荘の周囲に駐屯させた。
その夜遅く。アルボがフィオナの別荘を訪れた。
「なかなか見事な対応だったぞ、フィオナ。知識は、暴力に勝る防御だ」
「ルパートは、必ずまた来ます。彼らが狙っているのは、薬の秘密と、私自身です」フィオナは緊張を緩めなかった。
「その通りだ。騎士団が駐屯している間は、薬草の採取も調合も、細心の注意が必要だ。そして、絶対に解読した秘典の記録は渡すな。あれは王家をひっくり返す力を持つ。お前さんの知識と、この村の平和を守るためだ」
「はい。わかっています」
フィオナは、アルボから渡された秘典と、村人たちの笑顔を思い浮かべた。彼女はもう、逃げも隠れもしない。
ルパートの冷酷な視線が注がれる中、フィオナの、自分の知識と力で大切な場所を守り抜くという、静かで強い戦いが始まったのだった。
騎士団の密偵が去った翌日、フィオナはアルボから渡された古文書、『古代薬学・防衛の秘典』の解読に没頭していた。別荘の調合室は、アルボの小屋と同じくらい、フィオナにとって最も集中できる場所になっていた。
「この配合……薬効を維持したまま、外部からの魔力干渉を遮断する『保護調合』。そして、この解毒理論は……」
フィオナは古文書と睨めっこしながら、アルボに問いかけた。
「アルボ様、この理論は、単に毒を中和するのではないのですね。薬草の有効成分が、病や毒の構造そのものを組み替える、と。私が学んできた薬学よりも、想像を絶する深さです」
アルボは薬草を煎じながら、淡々と答えた。
「その通りだ。公爵家の令嬢としての教育で、お前さんは物事の構造と論理を理解する力を手に入れた。それがなければ、この秘典はただの紙束だ。お前が持つ『体系的な記憶力』があってこそ、この秘術は活きる。ただ覚えるのではない、知識の構造そのものを、身体に叩き込め」
フィオナは、自身の頭脳こそが、この村を守る盾なのだと再認識した。彼女は集中力を研ぎ澄ませ、難解な知識を次々と吸収していった。
フィオナは習得した知識をすぐに生活に活かした。薬屋に来た村の子供が、森で摘んだという赤く可愛らしい実を見せてきたときだ。
「フィオナお姉ちゃん、この実、食べられる?」
フィオナは優しく、しかし真剣な眼差しで子供を諭した。
「待ちなさい。それは『アケビの毒実』よ。すぐにこの煎じ薬を飲みなさい。薬草の知識は、命を守るための知恵。安易に口にしてはいけないわ」
子供はすぐにフィオナの薬を飲まされ、事なきを得た。村人たちはその冷静な対処を見て、改めてフィオナへの信頼を深めた。彼女はもう、王都にいた病弱で自信のない令嬢ではない。村の命を守る、確かな賢者になりつつあった。
2. 騎士団の到着と不穏な空気
その日の午後。霧の里に、王都の精鋭騎士団数十名が突如として現れた。甲冑の軋む音と、整然とした行進の音が、静かな村の空気を切り裂いた。
村は騒然となった。騎士たちはフィオナの別荘前に駐屯地を設け、周囲を厳重に固め始めた。
村長が慌てて騎士団に詰め寄る。
「何の用だ!なぜこんな辺境の村に騎士団が!この村に疫病などない!フィオナ様の薬のおかげで、皆健康だぞ!」
騎士団を率いる隊長は、冷酷な表情で村長を突き放した。
「静かに。これは王命だ。『疫病の可能性』があるため、調査を命じられている。調査を妨害する者は不敬罪となる」
フィオナは別荘の窓からその光景を見ていた。彼女は、騎士団の真の目的が疫病調査などではなく、自分の知識と薬の調合法を奪うことだとすぐに察した。フィオナは、慌てる村人たちを静かに見つめ、冷静に対応するため、別荘の扉を開けて外に出た。
3. 衝撃的な再会と対峙
騎士団の隊列の中から、一人の男がフィオナの前へと進み出た。
その男の顔を見た瞬間、フィオナの心臓が激しく脈打った。
凛々しい顔立ちに、冷徹な光を宿した瞳。騎士団の最高位の鎧を纏ったその男は、かつて、公爵家と第一王子殿下との間で、フィオナを最も冷たく裏切った男――親衛騎士団長、ルパートだった。
ルパートはフィオナの姿を上から下まで見下ろし、驚きと、わずかな侮蔑を混ぜた声を発した。
「フィオナ……君が、この辺境で噂になっている薬師だったとはな。随分と健康になったようだが、こんな辺鄙な場所で何をしている」
フィオナは、かつて心の中で憎み、恐れた相手を前にしても、もう動揺しなかった。彼女はアルボから学んだ知識と、村人たちとの絆によって得た毅然とした態度で、ルパートに向き合った。
「ルパート様。ここは霧の里です。私は、この村の薬師です」フィオナの声は、感情を抑え、静かに響いた。「王命による疫病調査と聞きました。具体的に何を調査されるのですか?」
ルパートは、フィオナの変わり果てた姿――以前の病弱な影が消え、自信に満ちた強い瞳になっていること――に内心動揺したが、態度は硬化した。
「君の調合する薬が、国内の秩序を乱しているという報告を受けている。我々は、その薬の安全性を確認する必要がある。すべての薬草、調合記録を提出してもらおう」
フィオナは冷静に、そして法的な知識をもって拒否した。
「それはお断りします。私の調合記録は、病の構造に関わる個人情報であり、営業秘密です。王命による『疫病調査』の範囲を逸脱しています。王命の書面を拝見する限り、貴殿の要求に答える義務はありません」
4. アルボの助言と監視下の日々
フィオナの毅然とした拒否と、正確な知識による反論に、ルパートは一時的に言葉を失った。彼は辺境で再会した元婚約者が、ここまで知性と胆力を身につけているとは想像もしていなかったのだ。ルパートは舌打ちをし、騎士たちに命じた。
「記録は後だ!まずは村の薬草を厳重に管理下に置け。彼女の監視を続けろ!」
ルパートは調査を諦めず、騎士団を別荘の周囲に駐屯させた。
その夜遅く。アルボがフィオナの別荘を訪れた。
「なかなか見事な対応だったぞ、フィオナ。知識は、暴力に勝る防御だ」
「ルパートは、必ずまた来ます。彼らが狙っているのは、薬の秘密と、私自身です」フィオナは緊張を緩めなかった。
「その通りだ。騎士団が駐屯している間は、薬草の採取も調合も、細心の注意が必要だ。そして、絶対に解読した秘典の記録は渡すな。あれは王家をひっくり返す力を持つ。お前さんの知識と、この村の平和を守るためだ」
「はい。わかっています」
フィオナは、アルボから渡された秘典と、村人たちの笑顔を思い浮かべた。彼女はもう、逃げも隠れもしない。
ルパートの冷酷な視線が注がれる中、フィオナの、自分の知識と力で大切な場所を守り抜くという、静かで強い戦いが始まったのだった。
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