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第三話:王都の視線と薬の需要
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1. ギルバートの帰還と驚くべき話
別荘の一角にある「霧の薬草屋」で、フィオナは村の女性たちと笑いながら、薬草のサシェ(匂い袋)を作っていた。その時、賑やかな蹄の音と共に、行商人ギルバートが大きな荷馬車を引いて帰ってきた。彼の顔は、前回会った時以上に興奮に満ちていた。
「フィオナさん!信じられないでしょうが、あなたの薬は王都を席巻しています!」
ギルバートは荷馬車からずっしりと重い革袋を運び出し、フィオナの前に差し出した。
「これを見てください、これが売り上げの一部です!貴族や軍の幹部が、まるで宝物のように買い求めています!」
フィオナは驚き、革袋の中身を覗き込んだ。そこには、銅貨や銀貨だけでなく、滅多に見ることのない金貨が混ざっていた。
「こ、こんなに?私は村の皆さんの分だけを作っていたのに……」フィオナは困惑した。「薬の価値が、こんなにも……。そんなに需要があるなんて、王都の方は、そこまで疲弊しているのですか?」
ギルバートは頷いた。
「ええ、深刻です。王都は今、権力闘争と政務の激務で、皆、すり減っています。彼らが飲んでいる高価な『活力剤』は、身体を一時的に興奮させるだけ。ですが、あなたの薬は『根本的な休息』を与えてくれる。彼らにとって、あなたの煎じ薬は、『静かなる休息』であり、権力を握り続けるための『生命線』なのです」
「静かなる休息……」
フィオナは村人たちの笑顔を思い浮かべた。王都の権力者が疲弊しているという事実が、フィオナの心に、また別の感情を呼び起こした。
2. 村の絆:調合を手伝う人々
ギルバートは、王都で薬を待っている人々のため、大量の追加注文をフィオナに依頼した。フィオナは、これほど膨大な量の薬草調合は、一人では不可能だと悟った。
「困りました。これほどの量では、薬草の採取も調合も、一人ではとても間に合いません……」
フィオナが不安げに呟くと、周りに集まっていた村人たちが声を上げた。
リタの母親である女性Aが、優しくフィオナの手を取った。
「何を言っているんだい、フィオナ。あんたが私たちを助けてくれたんだろう? 病のときも、怪我のときも。今度は、私たちがあんたの力になる番さ!」
力自慢の男性Bが胸を叩いた。「俺は森で育った。採取なら誰にも負けない。正確な場所と量だけ教えてくれれば、安全に採取してくるよ!」
フィオナは、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じた。王都では誰もが自分の利益のためにしか動かなかったが、この村の人々は違った。彼女は、感動で少し涙ぐみながら頭を下げた。
「ありがとうございます、皆さん……!ですが、薬の選別は、少しでも間違うと、薬効が変わったり、毒になったりします。危険ですから、無理はしないでください」
村長が穏やかに諭した。「大丈夫だ、フィオナ。私たちも、あんたのおかげで自分の健康に気を遣うようになったんだ。そして、あんたは教えてくれるんだろう? さあ、遠慮しないで任せてくれ!」
フィオナは決意し、村人たちに調合の指導を始めた。
「この『トウヒの葉』は、必ず葉脈を垂直に割いて乾燥させてください。横に割くと有効成分が熱で飛んでしまいます。そして、『カギ爪草』と絶対に一緒にしないこと。それは、身体を壊す強い毒です」
フィオナの指示は具体的で明確だった。彼女の指導のもと、村人たちは集中して作業に取り組む。薬草の知識を教える中で、フィオナは明確に自分の意見を主張するリーダーシップを身につけていった。
薬屋の経営について村長と話す際も、フィオナは提案を躊躇しなかった。
「村長。採取量を増やしすぎると、森の生態系が壊れ、薬草も枯れてしまいます。私たちはこの土地の恵みに生かされています。森の奥へ分け入るよりも、里の周辺で薬草を計画的に栽培する区画を作りませんか? 持続可能な方法を取るべきです」
「なるほど、持続可能な栽培か。さすがはフィオナ様、先見の明がある!貴族の教養というのは、やはり侮れないものだ」村長は感嘆し、すぐに計画の準備を始めた。
3. 王都の影とアルボの警告
フィオナと村人たちの結束が高まる一方で、王都の影が近づいていた。
第二王子派が力をつけていることに焦燥感を募らせた第一王子派は、密偵を霧の里へ送り込んだ。密偵は裕福な商人を装い、フィオナの薬屋を訪れた。
「やあ、お嬢さん。噂の薬を大量に買いたいのだが、どこで調合している?それとも、裏の調合師でもいるのかね?」密偵は笑顔の裏に、鋭い視線を隠していた。
すぐに、フィオナの隣で作業していた男性Bが口を挟んだ。
「誰に売るかはフィオナ様が決めることだ。それに、調合師なら、ここにいるフィオナ様しかいない。変な詮索はしないでもらおうか」
村長もすぐに現れ、密偵を遠ざけた。
「この村の薬は、村の皆で育てている。部外者が口を出すことじゃない。お引き取り願おう」
密偵は、村人たちが結束してフィオナを庇い、一切の情報を与えないことに驚愕した。彼は目的を果たせず、王都へ戻り、フィオナが追放された元公爵令嬢であること、そして彼女の薬が王国の勢力図を変えていることを報告した。
密偵が去ったことを知ったアルボは、フィオナを小屋に呼び出した。
「フィオナ。王都の匂いが濃くなってきたぞ。お前さんが売っているのはただの薬だが、欲深い連中にとって、それは兵器だ。奴らは必ず、お前の知識を独占しようと、あるいは潰そうとする」
フィオナは不安を隠せなかった。「……私が、村の平和を乱してしまったのでしょうか?」
「違う」アルボは強い口調で言った。「平和を守るためだ。奴らの手からお前さんの薬を守るには、お前はもっと強くなる必要がある」
「どうすればいいのですか?」
アルボはフィオナに、埃をかぶった古文書を手渡した。
「私が教えてきた薬学は、まだ基礎だ。今から教えるのは、古代の防御術と、完璧な解毒の知識。お前が作った薬を、奴らが勝手に毒に変えることを防ぐ、最後の切り札だ。さあ、始めるぞ」
フィオナはアルボから渡された難解な古文書を抱きしめた。窓から見えるのは、笑い声が絶えない霧の里の景色。この村人たちの温かい笑顔と、この静かな居場所こそが、彼女が王都を追放されて初めて見つけた、かけがえのない宝物だった。
「私はもう、あの『役立たず』の令嬢ではない。私は、この村の薬師だ。この場所と、この人たちの笑顔は、絶対に守り抜く」
フィオナは、襲い来る王都の影に立ち向かう、強い決意を静かに固めたのだった。
別荘の一角にある「霧の薬草屋」で、フィオナは村の女性たちと笑いながら、薬草のサシェ(匂い袋)を作っていた。その時、賑やかな蹄の音と共に、行商人ギルバートが大きな荷馬車を引いて帰ってきた。彼の顔は、前回会った時以上に興奮に満ちていた。
「フィオナさん!信じられないでしょうが、あなたの薬は王都を席巻しています!」
ギルバートは荷馬車からずっしりと重い革袋を運び出し、フィオナの前に差し出した。
「これを見てください、これが売り上げの一部です!貴族や軍の幹部が、まるで宝物のように買い求めています!」
フィオナは驚き、革袋の中身を覗き込んだ。そこには、銅貨や銀貨だけでなく、滅多に見ることのない金貨が混ざっていた。
「こ、こんなに?私は村の皆さんの分だけを作っていたのに……」フィオナは困惑した。「薬の価値が、こんなにも……。そんなに需要があるなんて、王都の方は、そこまで疲弊しているのですか?」
ギルバートは頷いた。
「ええ、深刻です。王都は今、権力闘争と政務の激務で、皆、すり減っています。彼らが飲んでいる高価な『活力剤』は、身体を一時的に興奮させるだけ。ですが、あなたの薬は『根本的な休息』を与えてくれる。彼らにとって、あなたの煎じ薬は、『静かなる休息』であり、権力を握り続けるための『生命線』なのです」
「静かなる休息……」
フィオナは村人たちの笑顔を思い浮かべた。王都の権力者が疲弊しているという事実が、フィオナの心に、また別の感情を呼び起こした。
2. 村の絆:調合を手伝う人々
ギルバートは、王都で薬を待っている人々のため、大量の追加注文をフィオナに依頼した。フィオナは、これほど膨大な量の薬草調合は、一人では不可能だと悟った。
「困りました。これほどの量では、薬草の採取も調合も、一人ではとても間に合いません……」
フィオナが不安げに呟くと、周りに集まっていた村人たちが声を上げた。
リタの母親である女性Aが、優しくフィオナの手を取った。
「何を言っているんだい、フィオナ。あんたが私たちを助けてくれたんだろう? 病のときも、怪我のときも。今度は、私たちがあんたの力になる番さ!」
力自慢の男性Bが胸を叩いた。「俺は森で育った。採取なら誰にも負けない。正確な場所と量だけ教えてくれれば、安全に採取してくるよ!」
フィオナは、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じた。王都では誰もが自分の利益のためにしか動かなかったが、この村の人々は違った。彼女は、感動で少し涙ぐみながら頭を下げた。
「ありがとうございます、皆さん……!ですが、薬の選別は、少しでも間違うと、薬効が変わったり、毒になったりします。危険ですから、無理はしないでください」
村長が穏やかに諭した。「大丈夫だ、フィオナ。私たちも、あんたのおかげで自分の健康に気を遣うようになったんだ。そして、あんたは教えてくれるんだろう? さあ、遠慮しないで任せてくれ!」
フィオナは決意し、村人たちに調合の指導を始めた。
「この『トウヒの葉』は、必ず葉脈を垂直に割いて乾燥させてください。横に割くと有効成分が熱で飛んでしまいます。そして、『カギ爪草』と絶対に一緒にしないこと。それは、身体を壊す強い毒です」
フィオナの指示は具体的で明確だった。彼女の指導のもと、村人たちは集中して作業に取り組む。薬草の知識を教える中で、フィオナは明確に自分の意見を主張するリーダーシップを身につけていった。
薬屋の経営について村長と話す際も、フィオナは提案を躊躇しなかった。
「村長。採取量を増やしすぎると、森の生態系が壊れ、薬草も枯れてしまいます。私たちはこの土地の恵みに生かされています。森の奥へ分け入るよりも、里の周辺で薬草を計画的に栽培する区画を作りませんか? 持続可能な方法を取るべきです」
「なるほど、持続可能な栽培か。さすがはフィオナ様、先見の明がある!貴族の教養というのは、やはり侮れないものだ」村長は感嘆し、すぐに計画の準備を始めた。
3. 王都の影とアルボの警告
フィオナと村人たちの結束が高まる一方で、王都の影が近づいていた。
第二王子派が力をつけていることに焦燥感を募らせた第一王子派は、密偵を霧の里へ送り込んだ。密偵は裕福な商人を装い、フィオナの薬屋を訪れた。
「やあ、お嬢さん。噂の薬を大量に買いたいのだが、どこで調合している?それとも、裏の調合師でもいるのかね?」密偵は笑顔の裏に、鋭い視線を隠していた。
すぐに、フィオナの隣で作業していた男性Bが口を挟んだ。
「誰に売るかはフィオナ様が決めることだ。それに、調合師なら、ここにいるフィオナ様しかいない。変な詮索はしないでもらおうか」
村長もすぐに現れ、密偵を遠ざけた。
「この村の薬は、村の皆で育てている。部外者が口を出すことじゃない。お引き取り願おう」
密偵は、村人たちが結束してフィオナを庇い、一切の情報を与えないことに驚愕した。彼は目的を果たせず、王都へ戻り、フィオナが追放された元公爵令嬢であること、そして彼女の薬が王国の勢力図を変えていることを報告した。
密偵が去ったことを知ったアルボは、フィオナを小屋に呼び出した。
「フィオナ。王都の匂いが濃くなってきたぞ。お前さんが売っているのはただの薬だが、欲深い連中にとって、それは兵器だ。奴らは必ず、お前の知識を独占しようと、あるいは潰そうとする」
フィオナは不安を隠せなかった。「……私が、村の平和を乱してしまったのでしょうか?」
「違う」アルボは強い口調で言った。「平和を守るためだ。奴らの手からお前さんの薬を守るには、お前はもっと強くなる必要がある」
「どうすればいいのですか?」
アルボはフィオナに、埃をかぶった古文書を手渡した。
「私が教えてきた薬学は、まだ基礎だ。今から教えるのは、古代の防御術と、完璧な解毒の知識。お前が作った薬を、奴らが勝手に毒に変えることを防ぐ、最後の切り札だ。さあ、始めるぞ」
フィオナはアルボから渡された難解な古文書を抱きしめた。窓から見えるのは、笑い声が絶えない霧の里の景色。この村人たちの温かい笑顔と、この静かな居場所こそが、彼女が王都を追放されて初めて見つけた、かけがえのない宝物だった。
「私はもう、あの『役立たず』の令嬢ではない。私は、この村の薬師だ。この場所と、この人たちの笑顔は、絶対に守り抜く」
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