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プロローグ
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追放の決定は、会議が終わる直前に差し込まれた。
「では最後に、人員整理の件だ」
進行役の男がそう言って、机の上に積まれていた書類を一枚だけ取り上げた。
その紙が俺の前へ滑ってくる。革張りの卓を擦る音が、やけに耳に残った。
名前。
所属。
担当魔法。
そこに並んでいたのは、俺自身が一番よく知っているはずの情報だった。
「生活魔法専門。戦闘転用不可。結界補助への応用も限定的」
読み上げられる声には、個人的な感情が混じっていない。
それが、この場の空気をよりはっきりさせていた。
王都魔術部局は、今、余裕がない。
国境では小競り合いが続き、予算は戦闘系に優先的に回される。
そうなれば、削られるのは決まっている。
――生活魔法。
水を清め、布を洗い、食料を保たせ、環境を整える。
生きるために必要な魔法だが、戦況を変えることはない。
「代替可能。複数名での分担が可能な分野だ」
つまり、一人いなくなっても回る、という判断だ。
俺は書類から目を上げ、円卓を囲む人間たちを見渡した。
誰も俺を見ていない。
彼らが見ているのは「配置図」と「数字」だ。
合理的だと思った。
ここで感情論を持ち出すのは、場違いだ。
役に立つか、立たないか。
それだけで決まる場所なのだから。
「異論は?」
形式上の問い。
答えが決まっていることを、全員が理解している。
俺は、自分の仕事を頭の中でなぞった。
倉庫の保存期間を延ばしたこと。
病棟の感染率が下がったこと。
雑務に割いていた人手が減ったこと。
だが、それらはすべて「気付かれにくい成果」だ。
戦果のように、分かりやすい数字にはならない。
「ありません」
そう答えた自分の声は、驚くほど平坦だった。
会議はそのまま次の議題に移った。
俺がこの場にいる意味は、もう終わっている。
解散後、部局の腕章は即座に回収された。
机の中を確認され、備品と私物を分ける。
生活魔法用の触媒石は、使用済みという理由で返却された。
それが妙に現実的で、少しだけ可笑しかった。
建物を出ると、王都の空気はいつも通りだった。
石畳は乾いていて、排水溝は詰まっていない。
噴水は一定の高さを保ち、広場に水音を響かせている。
誰かが、毎日、それを維持している。
生活は、壊れなければ評価されない。
止まらなければ、意識すらされない。
それが俺のやってきた仕事だった。
城門を抜け、郊外へ向かう街道を歩く。
人の声が少しずつ遠ざかり、靴音だけが残る。
胸の奥に、重たいものが溜まっていく感覚があった。
だが、それをどう呼べばいいのか分からない。
怒りでも、悲しみでもない。
ただ、「不要」と判断された事実だけが、静かに横たわっている。
歩きながら、ふと思った。
――もう、誰かの役に立たなくていいのではないか。
その考えは、最初は逃げのように思えた。
だが、何度も反芻するうちに、別の形を帯びてくる。
役に立たなければならない。
成果を示さなければならない。
それができなければ、ここにいる資格はない。
その枠組みから、外れたのだ。
水袋を取り出し、生活魔法で中身を整える。
水量は一定。温度も安定している。
特別な操作はしていない。いつも通りだ。
戦えない魔法。
切り捨てられた魔法。
それでも、これがなければ、俺の生活は成り立たない。
ならば――。
まずは、自分の生活を回す。
誰のためでもない。
評価のためでもない。
生きるために必要なことを、必要なだけやる。
そう決めたとき、足取りが少しだけ変わった。
向かう先は、昔住んでいた地方の村だ。
畑と井戸があり、空き家も残っている。
役に立つかどうかは、もう考えない。
追放された生活魔法使いの、静かな日常は、
――ここから始まる。
まだ、誰にも価値として数えられないまま。
「では最後に、人員整理の件だ」
進行役の男がそう言って、机の上に積まれていた書類を一枚だけ取り上げた。
その紙が俺の前へ滑ってくる。革張りの卓を擦る音が、やけに耳に残った。
名前。
所属。
担当魔法。
そこに並んでいたのは、俺自身が一番よく知っているはずの情報だった。
「生活魔法専門。戦闘転用不可。結界補助への応用も限定的」
読み上げられる声には、個人的な感情が混じっていない。
それが、この場の空気をよりはっきりさせていた。
王都魔術部局は、今、余裕がない。
国境では小競り合いが続き、予算は戦闘系に優先的に回される。
そうなれば、削られるのは決まっている。
――生活魔法。
水を清め、布を洗い、食料を保たせ、環境を整える。
生きるために必要な魔法だが、戦況を変えることはない。
「代替可能。複数名での分担が可能な分野だ」
つまり、一人いなくなっても回る、という判断だ。
俺は書類から目を上げ、円卓を囲む人間たちを見渡した。
誰も俺を見ていない。
彼らが見ているのは「配置図」と「数字」だ。
合理的だと思った。
ここで感情論を持ち出すのは、場違いだ。
役に立つか、立たないか。
それだけで決まる場所なのだから。
「異論は?」
形式上の問い。
答えが決まっていることを、全員が理解している。
俺は、自分の仕事を頭の中でなぞった。
倉庫の保存期間を延ばしたこと。
病棟の感染率が下がったこと。
雑務に割いていた人手が減ったこと。
だが、それらはすべて「気付かれにくい成果」だ。
戦果のように、分かりやすい数字にはならない。
「ありません」
そう答えた自分の声は、驚くほど平坦だった。
会議はそのまま次の議題に移った。
俺がこの場にいる意味は、もう終わっている。
解散後、部局の腕章は即座に回収された。
机の中を確認され、備品と私物を分ける。
生活魔法用の触媒石は、使用済みという理由で返却された。
それが妙に現実的で、少しだけ可笑しかった。
建物を出ると、王都の空気はいつも通りだった。
石畳は乾いていて、排水溝は詰まっていない。
噴水は一定の高さを保ち、広場に水音を響かせている。
誰かが、毎日、それを維持している。
生活は、壊れなければ評価されない。
止まらなければ、意識すらされない。
それが俺のやってきた仕事だった。
城門を抜け、郊外へ向かう街道を歩く。
人の声が少しずつ遠ざかり、靴音だけが残る。
胸の奥に、重たいものが溜まっていく感覚があった。
だが、それをどう呼べばいいのか分からない。
怒りでも、悲しみでもない。
ただ、「不要」と判断された事実だけが、静かに横たわっている。
歩きながら、ふと思った。
――もう、誰かの役に立たなくていいのではないか。
その考えは、最初は逃げのように思えた。
だが、何度も反芻するうちに、別の形を帯びてくる。
役に立たなければならない。
成果を示さなければならない。
それができなければ、ここにいる資格はない。
その枠組みから、外れたのだ。
水袋を取り出し、生活魔法で中身を整える。
水量は一定。温度も安定している。
特別な操作はしていない。いつも通りだ。
戦えない魔法。
切り捨てられた魔法。
それでも、これがなければ、俺の生活は成り立たない。
ならば――。
まずは、自分の生活を回す。
誰のためでもない。
評価のためでもない。
生きるために必要なことを、必要なだけやる。
そう決めたとき、足取りが少しだけ変わった。
向かう先は、昔住んでいた地方の村だ。
畑と井戸があり、空き家も残っている。
役に立つかどうかは、もう考えない。
追放された生活魔法使いの、静かな日常は、
――ここから始まる。
まだ、誰にも価値として数えられないまま。
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