4 / 18
第三話 正しさの値段
しおりを挟む
砦は、思っていたよりも小さかった。
街道を見下ろす丘の上に石壁があり、旗が一本立っている。
王国の紋章だ。色は褪せ、布は裂けかけている。
「最近、人の出入りが増えてな」
門の前で出迎えた兵士が言った。
「商人、流れ者、傭兵。
魔物より厄介だ」
砦の中は、緊張が張り付いたような空気だった。
兵士たちは武器を手放さず、視線が忙しい。
案内された詰所で、指揮官が頭を下げる。
「勇者殿。来ていただけて助かります」
彼は若い。
目の下に、眠れていない痕がある。
「魔物か?」
「いえ……人間同士です」
そう言って、地図を広げた。
この地域では、最近になって小規模な略奪が起きている。
村から村へ移動する盗賊団。
人数は十数名。
「討伐許可は?」
「出ています。ただ……」
言いよどむ。
「中に、元兵がいる」
元兵。
それだけで、話は変わる。
王国に仕えていた者。
何らかの理由で、外に出た者。
「捕縛が理想です」
「理想、か」
俺は地図を見る。
盗賊団の移動経路は、無駄がない。
補給地点も把握している。
素人じゃない。
「今夜、動く」
そう告げると、指揮官はほっとした顔をした。
「ありがとうございます。
やはり、勇者殿は――」
「期待するな」
遮る。
「結果は保証しない」
彼は一瞬戸惑い、それでも頷いた。
夜。
月は薄い雲に隠れている。
盗賊団の野営地は、林の中だった。
焚き火が二つ。
見張りが三人。
俺は剣を抜く。
殺さずに終わらせる方法もある。
だが、その場合、逃げた者が次に殺す相手は別の誰かだ。
どちらを選んでも、死者は出る。
だから、選ぶ。
一番、被害が少ない形を。
最初の見張りは、音を立てずに倒した。
意識を失わせる。
二人目は、気づいた。
剣を振るう。
彼の剣は、正しい構えだった。
「……勇者?」
驚きが声に混じる。
ためらいが、一瞬遅れを生む。
剣が彼の胸を貫いた。
野営地が騒がしくなる。
「敵襲だ!」
叫び声。
混乱。
盗賊たちは、連携が取れている。
だが、俺の動きを読めない。
戦いは短く、激しかった。
終わったとき、地面には血が染みていた。
生き残りは三人。
全員、武器を捨てている。
「助けてくれ!」
一人が叫ぶ。
「俺たちは、そうするしかなかったんだ!」
理由は、想像がつく。
職を失い、帰る場所がなく、
選択肢が削れていった結果だ。
だが、それでも。
「縛れ」
砦の兵に指示する。
彼らは従う。
翌朝、砦で尋問が行われた。
盗賊の一人が、俺を睨む。
「勇者だって?
結局、俺たちを殺す側じゃないか」
「殺したのは俺だ」
否定しない。
「だが、全員じゃない」
彼は笑った。
「生き残ったから何だ。
処刑されるだけだ」
指揮官が視線を逸らす。
それが、現実だ。
王国は秩序を守る。
秩序を壊した者は、切り捨てる。
正しい。
正しいが、救いはない。
その日の夕方、砦を出る。
兵士の一人が声をかけてきた。
「勇者殿……ありがとうございました」
感謝の言葉だ。
だが、その声は少し震えている。
彼も分かっている。
正しい行動の裏に、
何があったのかを。
砦を離れ、街道を歩く。
英雄譚になるだろう。
盗賊を討ち、秩序を守った勇者。
だが、俺の中には残る。
剣を向けられ、
一瞬だけ躊躇した男の顔が。
彼は、別の選択肢を与えられていなかった。
それでも、俺は剣を取った。
世界は救えない。
だが、正しさを選ばなければ、
もっと早く壊れる。
その程度の延命のために、
また一つ、手を汚した。
歩きながら、剣を見る。
軽い。
血を吸っても、
まだ軽いままだ。
街道を見下ろす丘の上に石壁があり、旗が一本立っている。
王国の紋章だ。色は褪せ、布は裂けかけている。
「最近、人の出入りが増えてな」
門の前で出迎えた兵士が言った。
「商人、流れ者、傭兵。
魔物より厄介だ」
砦の中は、緊張が張り付いたような空気だった。
兵士たちは武器を手放さず、視線が忙しい。
案内された詰所で、指揮官が頭を下げる。
「勇者殿。来ていただけて助かります」
彼は若い。
目の下に、眠れていない痕がある。
「魔物か?」
「いえ……人間同士です」
そう言って、地図を広げた。
この地域では、最近になって小規模な略奪が起きている。
村から村へ移動する盗賊団。
人数は十数名。
「討伐許可は?」
「出ています。ただ……」
言いよどむ。
「中に、元兵がいる」
元兵。
それだけで、話は変わる。
王国に仕えていた者。
何らかの理由で、外に出た者。
「捕縛が理想です」
「理想、か」
俺は地図を見る。
盗賊団の移動経路は、無駄がない。
補給地点も把握している。
素人じゃない。
「今夜、動く」
そう告げると、指揮官はほっとした顔をした。
「ありがとうございます。
やはり、勇者殿は――」
「期待するな」
遮る。
「結果は保証しない」
彼は一瞬戸惑い、それでも頷いた。
夜。
月は薄い雲に隠れている。
盗賊団の野営地は、林の中だった。
焚き火が二つ。
見張りが三人。
俺は剣を抜く。
殺さずに終わらせる方法もある。
だが、その場合、逃げた者が次に殺す相手は別の誰かだ。
どちらを選んでも、死者は出る。
だから、選ぶ。
一番、被害が少ない形を。
最初の見張りは、音を立てずに倒した。
意識を失わせる。
二人目は、気づいた。
剣を振るう。
彼の剣は、正しい構えだった。
「……勇者?」
驚きが声に混じる。
ためらいが、一瞬遅れを生む。
剣が彼の胸を貫いた。
野営地が騒がしくなる。
「敵襲だ!」
叫び声。
混乱。
盗賊たちは、連携が取れている。
だが、俺の動きを読めない。
戦いは短く、激しかった。
終わったとき、地面には血が染みていた。
生き残りは三人。
全員、武器を捨てている。
「助けてくれ!」
一人が叫ぶ。
「俺たちは、そうするしかなかったんだ!」
理由は、想像がつく。
職を失い、帰る場所がなく、
選択肢が削れていった結果だ。
だが、それでも。
「縛れ」
砦の兵に指示する。
彼らは従う。
翌朝、砦で尋問が行われた。
盗賊の一人が、俺を睨む。
「勇者だって?
結局、俺たちを殺す側じゃないか」
「殺したのは俺だ」
否定しない。
「だが、全員じゃない」
彼は笑った。
「生き残ったから何だ。
処刑されるだけだ」
指揮官が視線を逸らす。
それが、現実だ。
王国は秩序を守る。
秩序を壊した者は、切り捨てる。
正しい。
正しいが、救いはない。
その日の夕方、砦を出る。
兵士の一人が声をかけてきた。
「勇者殿……ありがとうございました」
感謝の言葉だ。
だが、その声は少し震えている。
彼も分かっている。
正しい行動の裏に、
何があったのかを。
砦を離れ、街道を歩く。
英雄譚になるだろう。
盗賊を討ち、秩序を守った勇者。
だが、俺の中には残る。
剣を向けられ、
一瞬だけ躊躇した男の顔が。
彼は、別の選択肢を与えられていなかった。
それでも、俺は剣を取った。
世界は救えない。
だが、正しさを選ばなければ、
もっと早く壊れる。
その程度の延命のために、
また一つ、手を汚した。
歩きながら、剣を見る。
軽い。
血を吸っても、
まだ軽いままだ。
0
あなたにおすすめの小説
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる