『世界は救えないと知っている勇者が、それでも剣を取る理由』

夜澄 文

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第十二話 広がる誤解

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 王都を離れて、三日。

 行き先は、指定されていない。
 それ自体が、処分の一部だった。

 裁量を与える――
 言い換えれば、結果の責任を全部背負え、ということだ。

 街道を歩いていると、
 噂は思ったより早く追いついてくる。

「聞いたか?
 勇者が、命令を無視して村を救ったらしい」

「国に逆らったんだって?」

 声は、ひそひそと。
 だが、確実に広がっている。

 町に入ると、
 露骨だった。

「勇者さま!」

 呼び止められる。

 男が、頭を下げる。

「お願いです。
 俺たちの村にも、来てください」

「……何があった」

「盗賊が。
 役人は、間に合わない」

 彼の背後には、
 同じような目をした人々。

 期待。
 依存。

 俺は、視線を外した。

「俺は、
 どこにでも行けるわけじゃない」

 嘘ではない。

 だが、
 彼らは納得しない。

「勇者なら……」

 その言葉が、
 重くのしかかる。

 俺は、逃げるように町を出た。

 その夜、
 野営地で火を起こす。

 静かな闇の中で、
 魔王の声がした。

「始まったね」

「……何が」

「君が、
 “選ぶ者”から
 “祈られる者”に変わる過程」

 言葉が刺さる。

「俺は、
 そんなつもりはない」

「だろうね」

 魔王は、淡々と続ける。

「だが、人は、
 理解できないものを、
 単純化する」

 勇者は、救う存在。
 そう信じたほうが、楽だ。

「君が一度、命令を破った。
 それだけで、
 物語が生まれる」

 否定できない。

 翌日、別の町。

 同じことが起きる。

 助けを求める声。
 期待する目。

 断るたびに、
 失望が積み重なる。

 俺は、
 誰も救えない勇者になりつつある。

 昼過ぎ、
 王都からの密使が来た。

 セレーナ王女の書簡だ。

「状況を把握しています。
これ以上、個別対応は避けてください」

 命令ではない。
 だが、釘だ。

 続く一文。

「あなたが“希望”になることは、
国にとっても危険です」

 王女は、分かっている。

 俺が、
 制御不能な象徴になり始めていることを。

 その夜、
 小さな村に辿り着く。

 火の跡。
 遅かった。

 生き残った老人が、
 呟く。

「勇者が来てくれれば……」

 胸が、軋む。

 俺は、
 間に合わない存在だ。

 救えない世界で、
 救うと期待される矛盾。

 魔王の声が、
 静かに重なる。

「君が動けば、
 間に合わない者が増える」

「……分かっている」

「それでも、
 動かないと、
 もっと増える」

 詰んでいる。

 選択肢が、
 どれも悪い。

 夜明け前、
 俺は決めた。

 自分からは、動かない。

 だが、
 見えた火は、
 もう無視しない。

 中途半端だ。
 だが、
 それが、今の限界だった。

 剣を背負い、
 歩き出す。

 世界は救えない。

 そして今、
 勇者という存在も、
 救えなくなり始めている。
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