『世界は救えないと知っている勇者が、それでも剣を取る理由』

夜澄 文

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第十五話 言葉が刃になる

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 勇者管理局が発足してから、七日。

 建物は、城の一角を間借りしただけの簡素なものだ。
 だが、人の出入りは多い。

 書類、使者、視察団。
 俺は、剣よりも紙に囲まれていた。

「本日の案件です」

 局の責任者――元内政官の男が、淡々と読み上げる。

「南部交易都市リィン。
 食糧価格の高騰により、暴動の兆しあり」

 ありがちな話だ。

「貴族と商会の癒着が疑われています。
 ただし、軍の介入は政治的に困難」

 だから、俺が呼ばれた。

「勇者殿には、
 “視察および民への説明”をお願いしたい」

 戦えとも、守れとも言われない。

 話せ、ということだ。

 リィンは、活気のある街だった。

 市場は騒がしく、
 だが、どこか荒れている。

 人々の視線が、
 すぐに俺に集まる。

 剣より先に、
 言葉が求められている。

 広場に、即席の壇が用意された。

 逃げ場はない。

「勇者さま!」

 誰かが叫ぶ。

「俺たちは、
 見捨てられたのか!」

 怒りが、
 言葉になって飛んでくる。

 俺は、深く息を吸った。

「見捨ててはいない」

 それだけで、
 ざわめきが起きる。

「だが、
 すぐに解決できる問題でもない」

 正直な言葉だ。

 前列の男が、怒鳴る。

「じゃあ、
 何しに来た!」

 その問いは、
 もっともだ。

「話しに来た」

 俺は、そう答えた。

「何が、できて」
「何が、できないかを」

 空気が、張り付く。

「今、街で起きていることは、
 剣では止まらない」

「原因は、
 価格と流通と、
 それを決めている人間だ」

 名指しはしない。
 だが、誰もが分かる。

「俺が剣を抜けば、
 今日の怒りは止まる」

「だが、
 明日の飢えは止まらない」

 沈黙。

 人々は、聞いている。

「だから、
 俺は斬らない」

「代わりに、
 ここにいる」

 誰かが、呟く。

「……勇者が、
 戦わないって言った」

 それは、事実だ。

 だが、
 それだけが切り取られる。

 演説が終わった後、
 すぐに問題が起きた。

 商会側が、抗議してきたのだ。

「勇者殿の発言は、
 我々への非難だ」

 政治問題化は、早い。

 王都からの使者も、
 顔を青くしている。

「もう少し、
 言葉を選んでいただければ……」

 俺は、黙って頷いた。

 だが、
 選んだ言葉が、
 これだった。

 夜、宿で一人になる。

 魔王の声がした。

「よく話したね」

 皮肉ではない。

「剣より、
 よほど血が出る」

「……分かってきた」

「だろう?」

 魔王は、楽しそうだ。

「言葉は、
 誰の手にも渡る」

 事実だ。

 翌朝、
 王都から正式通達が届く。

「勇者レインの発言は、
あくまで個人的見解であり、
国家の公式見解ではない」

 切り離しだ。

 守りでもあり、
 距離取りでもある。

 俺は、紙を畳む。

 それでいい。

 俺は、
 国家の代弁者にはならない。

 だが、
 黙る存在にもならない。

 広場での視線を、思い出す。

 怒り。
 失望。
 それでも、
 聞こうとする目。

 世界は救えない。

 だが、
 言葉を交わすことでしか、
 延ばせない時間もある。

 剣を背負い直す。

 次に斬るのは、
 敵か、
 誤解か。

 あるいは、
 自分の沈黙か。

 それは、
 まだ決まっていない。
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