『魔王（自分）が居ない世界って、案外悪くない。～転生先は、私を討った勇者夫婦の次男として～』

第十一話：王立学術院への特別招聘。表舞台での欺瞞と、深まる王国の疑念。

１．策略の転換と、英雄の歓喜
第十話での「闇の結界」による侵入者排除は、王国の暗部、特に王立学術院の上層部と、その裏で動く査察機関に激震を与えた。彼らは、ルークの持つ力が、もはや個人的な魔術ではなく、王国レベルの脅威であり、秘密裏の排除は不可能であると結論づけた。
学術院の最高機密会議室で、一人の査察官――第十話で侵入失敗を主導した男の直属の上司――が、冷徹な目で報告書を読み上げた。
「対象の力は、我々の常識を超えている。排除は困難。戦略を切り替える。光栄という名の罠で、対象を学術院の中枢に引き込み、監視下に置く」
こうして、ルークの才能を最大限に褒め称える、**「最年少・特別研究員」**としての招聘が決定された。その実態は、中枢施設での厳重な監視と、魔術による詳細な身体・精神検査だった。
数日後、アーデント家に王立学術院からの使者がやってきた。
使者は、ルークの才能を大袈裟に褒め称え、「王国の未来のため、この類稀なる才能を埋もれさせてはならない」と、特別招聘状を差し出した。
父カイは、王国の表向きの厚意を心から信じ、その英雄らしい**「純粋な信頼」**を疑うことはなかった。
「おお！ やはり私の息子だ！ ルーク！ やったぞ！ 英雄の血筋が王国に認められた証だ！」
カイは、ルークを抱き上げ、心から大喜びした。兄ライオスもまた、弟の活躍を自分のことのように誇りに思い、ルークの肩を叩いた。家族の喜びが、ルークを罠へと導く。
ルークは、この招聘が巧妙な罠であり、自宅結界への報復であることを瞬時に理解した。しかし、父の誇り、兄の期待、そして母の苦悩を鑑み、この罠に乗ることを選択した。公の場で王国の目を欺き、自らの安全を確保し、母の負担を恒久的に減らすための**「情報収集」と「環境掌握」**を目的として。
「……はい、父さん。王国の未来のために、尽力します」
ルークは、完璧な「神童」の仮面を再び装着し、静かに使者に頭を下げた。
２．隔離された研究室と、完璧な欺瞞
ルークは、学術院に招聘された初日、隔離された特別研究室へと案内された。そこは、特別研究員としての体裁の裏で、数名の教授と査察官が待ち受ける、尋問室でもあった。
ルークは、能力測定と精神査察という名の**「試験」**に直面した。
査察官たちは、ルークの知識の根源を探るべく、古代言語の深層理論、失われた魔術の構造、そして魔王アスタロトの存在に関する見解など、多岐にわたる質問を浴びせた。
ルークは、魔王の知性を制御し、「人間としての限界をわずかに超えた天才」として振る舞った。彼の知識の放出は、まるで蛇口を絞るように精緻にコントロールされた。知識の精度を意図的に90パーセントに留め、不必要な完全性を避けた。100パーセントの知識は魔王のものだが、90パーセントは「天才」の領域だった。
（完璧は、怪しい。天才は、未だ発展途上であるべきだ）
最も過酷だったのは、精神査察だった。査察官の一人、ルークの家の侵入失敗を主導した上層部が、挑発的な質問を投げかける。
「ルーク君。君の父親は、偉大なる英雄だ。魔王という悪の存在について、君はどう思うか？ その血筋から、悪の匂いを感じることはないかね？」
その言葉は、ルークの最も触れられたくない、**「魔王の記憶」**に触れるものだった。ルークの心の中で、闇の力が暴発しかける。体内の闇が、制御の壁を叩く。
しかし、ルークは、自力でその衝動を抑え込んだ。彼は、自宅結界に残した残滓のエネルギーを意識的に利用し、**「外部からの鎮静化」ではなく「自力での感情の凍結」**を試みた。
ルークの瞳が一瞬、冷酷な知性に支配され、査察官の瞳を射抜いた。そして、次の瞬間、彼は**「子供の困惑」**という仮面に戻り、静かに答えた。
「僕は、魔王のことはよく知りません。でも、父さんは、世界で一番優しい英雄です。悪の匂いは、僕の家にはありません。あるのは、ミルクの匂いだけです」
この一連の完璧な制御と、周到に準備された**「子供の無邪気さ」**という演技により、ルークはすべての試験をクリアし、疑念を抱かせる証拠を一切出さなかった。
３．孤独な勝利と、深まる監視
ルークは、公には「史上最年少の天才」として認められ、特別研究員としての地位を確固たるものにした。しかし、その勝利は、彼の心に新たな孤独をもたらした。
特別研究室を退出する際、査察官の一人がルークに近づき、低い声で囁いた。
「ルーク君。君の才能は、素晴らしい。しかし、あまりにも完璧すぎる制御は、人間らしくない。王国の目は、君から離れることはない。覚悟しておきたまえ」
査察官は、ルークの能力を認めつつも、その**「感情の不在」と「自力での制御」**に強い不信感を抱いていた。彼は、「この神童は、見せかけの仮面だ。本当の力は、我々の目が届かない場所にある」と確信。公にはルークを擁護しつつ、学術院内に秘密裏にルークを監視するネットワークを構築し始めた。
ルークの学術院での生活は、表向きは栄光に満ちていたが、その裏側は、監視と欺瞞に満ちた新たな戦場となった。
４．闇の硬質化と、母の苦悩の深化
帰宅後、ルークを抱きしめた母エリスは、大きな変化を感じ取った。
ルークの体内の闇は、以前のように暴走の兆候を示す**「流動的な闇」ではなく、まるで結晶化したかのように冷たく、硬質に制御されている**ことを感じたのだ。それは、ルークが自分（母の愛）への依存を断ち切り、**真の「闇の支配者」**としての一歩を踏み出したことを示していた。
エリスの光の力が、ルークの闇を溶かすことは、もはや不可能だった。
エリスは、ルークの頭を優しく抱きしめながら、内省した。
「この子は、私から離れていこうとしている……。私の光の力が届かないほど、強くなってしまった。でも、これは、この子が私を守るために選んだ道……」
ルークの強さは、エリスを安心させたが、同時に、母親としての役割の終焉と、聖女としての使命の葛藤を深めさせた。ルークは、公の場で勝利を収めたが、その代償として、母の光から離れて**「孤独な闇の道」**を進み始めた。ルークの二重生活は、さらに危険で複雑なものとなり、物語は、新たな敵との対立へと向かう。